私の人生に様々な彩り・思想・影響を与えてくれた人達!!

2013-10-29
私と共に「昭和の時代」を生きた人たち・・・きっと「天国」は賑やかに違いない!!!


私の青春時代は作曲家【弾厚作】であり、歌手「加山雄三」であり、映画「若大将シリーズ」の時代だった。
加山雄三という存在を知って、「世の中にこんなかっこいい奴がいるんや!」と思春期真っ最中の私にはかなりショッキングな出会いであった。その加山雄三は「弾厚作」というペンネームで作曲をしていたが、彼の作曲した曲の全てが私の青春と重なっている。私の人生で回数として一番口ずさんで歌ったことのある曲は舟木一夫の「高校三年生」(作詞:丘灯至夫、作曲:遠藤実、1963年リリース)と加山雄三の歌う【君といつまでも】と【旅人よ】とである。その当時から作詞家の欄に記載されていた【岩谷時子】という名前は印象に残っていた。
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 その岩谷時子さんが、先日97歳で大往生された。彼女の作詞した数は3000以上とも言われているが、加山雄三には400曲も作詞されていたと知って驚いたが、私の愛した曲「夜空の星」「蒼い星くず」「お嫁においで」のすべてが青春時代の私の心を躍動させてくれていた。ピンキーとキラーズの「恋の季節」もそうだし、岸洋子の「夜明けの歌」島倉千代子の「ほんきかしら」ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」郷ひろみ「男の子女の子」
佐良直美「いいじゃないの幸せならば」・・・なんとまあよく聴いたものだ・・・・それが全て「岩谷時子」さんの作詞。また彼女は越路吹雪のシャンソンの世界を、その訳詩の才能によって見事に開花させている。「愛の賛歌」「サントワマミー」「ラストダンスは私に」は私の家内の好きな曲でもある。

 【歌】を通して、時代を一緒に生きてきたという「感慨」がある。昔は大晦日のNHKの「紅白歌合戦」に夢中になっていたが、ここ20数年チャンネルを合わせたことがない。振り返れば、この1年いろんな方が、私より先にこの世を去っていったが、【私に生き甲斐を与えてくださった方々】を思い返すと、歌手部門では「夢は夜ひらく」の藤圭子、バタヤンの愛称の「大利根月夜」の田端義夫、俳優部門では、この男は本当にくたばりそうにないなあと思うほどバイタリティーに溢れ、鬼気迫る演技を見せてくれた「三国連太郎」は大船撮影所の門扉に「犬・猫・三國、入るべからず」との看板が取り付けられたというエピソードがあるくらいの稀有の問題児だったらしいが、1968年、私が21歳の時に観た今村昌平監督の「神々の深き欲望」という映画のインパクトは「成人してたった1年目」の「人生経験の少なかった」私には【強烈過ぎる印象】を残した。その後「釣りバカ日誌」で西田敏行との掛け合いは楽しかったが、【本性】はここには無いと思っている。もうひとり「夏八木勲」は時代劇でも「戦国自衛隊」のようなSFチックな作品の中で、いつも存在感を示していた。

 映画監督の「大島渚」の「日本の夜と霧」「戦場のクリスマス」「愛の亡霊」どれも見ごたえがあったし、自分の中に何かを形成したように感じられた。映像が与える力は強いなあと感じさせられた映画だった。
ウクレレ漫談の「牧伸二」にはよく笑わしてもらった。納谷幸喜こと「大鵬」は1960年から1969年までの間に30回優勝している。【柏戸】関との対戦にどれだけ興奮したことか・・・ああ、懐かしいなあ!

でも、精神科医で思想家でもあった「なだいなだ」は存在感が別次元にあった人である。私の20代は雑誌「思想の科学」が大きな影響を与えてくれたが、「なだいなだ」もよく執筆されていて、私が、その後、精神科の看護師になることを後押ししてくれた人でもあったと感じている。人間の「正常」と「異常」に関して論説されていたこともあり、小田実や鶴見俊輔などと同じように、とても「学ぶことのできる」対象であったと感じている。その頃から変わった名前だなあと思っていたが、亡くなられてから初めて知ることができて、逆にビックリしてしまった。【ナダ】はスペイン語で「無」を意味する言葉で、「ナダ・イナダ」とは「何も無くて、何も無い」という意味を表しているという。鋭い文明考察とユーモアあふれる文章で、幅広い執筆活動を続け続けていた彼らしいネーミングだと思うし、彼の残した名言とされる中で
この二つは特に好きである。

「なまけものは、哲学を持っているが、働いてばかりいる人間には、哲学がない」

「子どもの愚かさをとがめすぎるから、その分大人が愚かになる」

彼の著作「片目の哲学」はなかなかの読み物である。そういえばコラムニストの天野祐吉、作家の安岡正太郎、そして【平成の鬼平】と言われた中坊公平、1955年に発生した「森永ヒ素ミルク中毒事件」は当時の厚生省によって隠蔽されようとしていた。「14年目の訪問」という保健婦たちの実情調査によって、真実が明るみに出てきたが、被害者弁護団の一員に勧誘されたときに「アカと見られて人生をフイにできない」と悩んでいたときの彼の父親の言葉が胸を打ちました。「そもそも子どもに対する犯罪に右も左もあると思うのか。人様のお役に立とうかという時に、迷うてお父ちゃんに尋ねるな!情けない」と怒ったそうである。

 今の私には「愛する人間」「愛すべき人たち」が自分の回りに数多くいるから、まだまだ死にたくないなあと思っているが、人間は「死」も「原子力(放射能)」もコントロールできないから、「死」は「一生懸命に生きる」ということでしか対処法はないが、原子力はこの世から無くせばいいだけの話、何一つ難しいことはない。欲の突っ張ったバカ政治家ども、節操のかけらもない電力会社のトップはこんな「単純な」問題にも答えが出せない。今、自民党政府は友好国「トルコ」にも「原発」を輸出しようとしています。こんなに日本国民から自然エネルギーへの転換を要望されているのに、この「無神経さ」・・・・「安全神話」が崩れてしまった「原発」そして稼動させると「放射性廃棄物」の処理場の課題がクリアーできないのに、・・・これは一種の「詐欺商法」と同列の犯罪的な行為ではないかと思います。トルコなんて紛争が多発している中東地域に近接していて、テロリズムの最もリスクの高い「攻撃目標」になりやすいというのに、自分さえ安全ならばいいのか、それとも一蓮托生という「ヤケクソ政治」をしとりまんのか・・・

 ということで、この1年間の内に、こんなにも私に【影響】を与えてきた人達が「次の世界」に逝ってしまわれました。とても、寂しいことですが、いずれお会いできることでしょう。ちょっと思ったのですが、人によって、自分の脳裡に形成される「死後の世界」は様々で「天国」「地獄」「ヘブン」「煉獄」・・「何にもない」「ゼロ」「無」という人まで様々です。でも、【死後の世界】に彩を添えるってことは別に不謹慎でもなければ、恥ずべきことでもないと思うんですよね。だから、すでにこの世を去ってしまった人で、自分の人格を形成するのに【良い影響】「楽しい思い出」を残してくれた人達ばかりがいる世界に行けると思うと、ちょっとだけ「気が楽にナル」というか「楽しみ」になりませんか?・・・・三国連太郎と酒を酌み交わしてみたい、大島渚監督の映画に出てみたい、なだいなだと「哲学」について語り合いたい・・・・・・・・勿論、越路吹雪の歌を生で聴かせてもらう・・・

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・・・・・・いや、残念、やっぱり俺は「地獄行き」やったわ! 
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by taira710 | 2013-10-30 00:51 | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


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