「食事の団欒」は人格形成に必要・・・「料理」「グルメ」に学ぶ創作力!!

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「食」は命と心を形成するもの・・「料理上手」に「食生活」を支えてもらえるのはありがたいこと!・・

・・・・・そして【食の病理】について

 

 私の本箱には「グルメ」に関する本・特集雑誌が50冊ほど、そして「おとこの料理」とか「漬物の作り方」とかのレシピ集が数冊、そして「あまから手帳」という雑誌は昭和59年1984)年11月に創刊されているが実地調査姿勢が本格的で、そして「器」「インテリア」「旅」「食材」の要素もたっぷり含まれていて、読み物としても一流の雑誌に仕上がっている。テーマが興味あるときだけ購入しているが、もう100冊以上ある。その中で情報を得て、看護関係の友人たちと目当ての店に食事に行ったり、親しい女性とのデートのコースに組み込んだり、自分で「島根県産のらっきょう」を購入してきては、一応レシピは読むが、我流の配合で「ちょっと辛味の強いパンチのあるらっきょう漬け」を作ったりしている。正月には「かずのこ」や「ごまめ」を作ったりするのが恒例の行事になっている。

 

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 私は1947年生まれの戦後っ子だが、姉を含む姉・兄5人の末っ子だったので、「食べる」ことにはとても興味・関心があった。ただ、母親はとても子育てに熱心というか「母性本能」の塊のような女性だったので、「ひもじい」思いをした記憶がない。今、振り返っても本当に不思議な気がする。料理の腕はぴか一だった。「おふくろの味」とかよく表現されるが、決して「贅沢」ではなかったが、レパートリーも凄かったし、オリジナリティーもあったし、あれ程「愛情」を日々感じられた食生活をし続けられたことにとても感謝している。中学校でも本当によく「弁当」を作ってくれていて、授業中にも弁当の味のことを考えていて、口元が緩んでいたと思う。

 

 よく「食の恨みは一生続く!」というが、未だに強烈に記憶している「食の思い出」がある。以前にブログに書いたような気もするが、もし「再録」していたら、それだけ「忘れられない記憶」として残っている証拠だと思っていただきたい。私が小学校4年生くらいだろうか、兄弟と両親とで大阪の【千日前】に【映画】を観に行ったのか、何の目的で行ったのか記憶していないが、全員で「蕎麦屋」に入ったことがある。そばは熱いし、私は末っ子なので食べるのが遅かったのだと思うが、その蕎麦が何とも美味しくて「最後の汁の一滴」まで飲み干したかった。ところが「上映開始時間」などがあったのかどうか・・オヤジも兄貴たちも、口々に【もういいやろ!】と繰り返し、とても急かされて、結局「最後の一滴」まで味わうことができなかった。たかが「蕎麦のつゆ」かも知れないが、これが人生で一番辛かった「食の思い出」である。この時に「美味しいものはゆっくり味わいたい」というグルメの本質を体得したように思う。

 

 中学生になり、チキンラーメンを作って食べたりしていたが、「自分で食事を作る」ということに全く抵抗が無かった。今はいろんなタレントが自分の名前を冠した「料理本」を出版しているが、料理が好きな人間は間違いなく食べることにすごい「こだわり」があるのだと思う。高校生になりクラブ活動に熱中すると、空腹感が強く、帰宅しては「今日、晩御飯のおかず何?」って口癖のようにオフクロに尋ねていた。浪人期間は、2歳年上の兄貴の友達が家に遊びに来ると、よく私が【手作りラーメン】を作って提供していた。

 

 京都のD大学に行くようになって、クラブのメンバーと京都の「新京極」に繰り出しては夜遅くまで飲んでは友人宅に宿泊させてもらっていたし、大学近くの評判の店にはよく食べに行っていた。大学の先輩たちは本当に安くて美味しい店をよく知っていた。

 

 大学を中退して、フリーターの時期には居酒屋の店員をしていたが「おでん」や「どて焼き」の秘密レシピを教えてもらうまでになり、自分が調理を担当するようになったり、寿司屋のシャリを担当したり、中央市場で「食材」の取り扱いなどをしていた。かなり自信を持って仕事をしていたように記憶している。

 

 I病院に就職し、いろんな同僚と酒を飲み交わし、美味いものを食べるということが、日課のようになっていた時期があった。また、ある先輩看護師と意気投合し、私が店を選定しては食べに行くという、かなり贅沢な交流を10年以上続けていた。それこそ、京都に行ったり神戸に行ったりした。大抵は先輩が奢ってくれたりしたので、私は自分の小遣い金を「パチンコ」「パチスロ」に投入することができて、あの当時の気持ちとして、とても楽しい時期が続いていた。家内にも「今日は誰それと行って来るわ!」と表明していたので、「二人はホモの関係?」などと突っ込まれたこともあるが、何故か双方にとってとても居心地が良かったように思っている。その先輩は定年で辞められた後は、I病院のスタッフとの交流は全面シャットダウンされたように記憶している。それは私も同様で、退職後、在職者との交流はほとんど無い。

 

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 在職中は、病院関係者との交流は本当に多かった。テニス部も創部していたし、組合活動もしていたし、マージャン仲間もいたし、様々な委員会活動もしていたし、異動は年2回もあった年が多く、いろんな職員さんと働く機会があり、同時にいろんな人たちとの「食事」をする機会があった。その積み重ねが、過去に最高体重74Kg、ウエスト89センチという体形を作ってしまっていた。

 

 でも、感謝しなければならないのは、家内の「私の健康」に関する気遣いで、常々、私に対して「戒める言葉」をよく言ってくれていた。いや、それは今も続いている。「食べ過ぎないで!一度太ったらなかなか元に戻らないんだから!」「糖尿病とか自分でコントロールできることで病気になったら知りませんからね!」「尿酸値大丈夫なの!」とかいろいろチェックされる。でも、ありがたいことに、家内の料理は本当に「美味しい」・・・私も料理を作るが、比べ物にならない。それにバランスをいつも考えてくれる。帰宅すると「今日玉子食べた?という質問があったりする。玉子を使う料理を考えていても、「昼にオムレツ食べたわ」と返事すると、玉子を使わない料理に即座に変更してくれるし、副食の種類も最低5皿は出てくる。私が余りに何でも「美味しい」というものだから、「お父さんのグルメは信用できません!そんなに何でもかんでも美味しいわけないでしょう!」と皮肉るが、結婚生活40年近くになるが、クソ不味いと思った記憶は「2回」しかない。一度は、今までのカレーの作り方がイヤになったらしくて「新しい創作味」を追及したらしいが、あのシーフード味は酷かった。それと、購入してきた「食材」に不味さの原因があるものがあるとダメ・・・・時々「何十%引き」という品物を購入してくるが、かなり吟味して購入してくるので「ハズレ」は少ないが、ある日、購入してきた「抗生物質の味」がするような「鶏肉」は酷かった。

 

 家庭料理がこんなにも美味しいのに、グルメ歴も1冊の本になるくらい経験している。グルメと言えば聞こえは良いが、端的に言えば「卑しい」からかもしれない。でも、看護師よりも「介助員」という仕事にめぐり合えたと同時に、介助員として就職した「小学校2校」「中学校1校」では、ありがたいことに「農園作り」をさせて貰っていて、どの年も「豊作」で夏野菜・秋冬野菜と天日をたっぷり浴びた「見事な有機野菜」を食べ続けることができているので、こんなに嬉しい事はない。学校の支援学級の生徒さんたちも先生方も喜んで食べてくださるので、作り甲斐もある。また、緑や野菜や子供たちの成長を同時に眺めての勤務生活は精神衛生面でもとても「快適」である。

 

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 でも「食欲」はやはり「欲望」である。家内は、あんなに料理が上手なのに、本人は必要以上の贅沢は決してしない。彼女の人生における信条・価値観とリンクしていて「まともに食べられない人が世界中にたくさんいるのに、なんでそんな番組が面白く感じられるの?」と「大食い番組」や「帰れま10」などのたらふく食べ続ける番組などは大嫌いである。私は面白くて仕方が無い。昔の「見世物小屋」を見ている雰囲気である。だから二人で高級料理店に食事しに行った記憶なんて本当に少ない。家族旅行・家族食事会の時くらいである。

 

 私は精神科病院で長年勤務してきたので、食欲が病的にストップしてしまう「うつ病」「躁病」、さらに思春期に多い「摂食障害」、過食した直後に指を喉に突っ込んで、全て吐き出してしまう若い女性患者さんを何人も見てきた。また、妄想や幻聴に支配され「食べるな!」「死ね!」と聴こえてきて、全く摂取しようとしない統合失調症の患者さんなど、多くの「食欲」に対する「病理」を持っている人々に出会ってきた。
  今も、私の手元には金剛出版から昭和
58年に出版された「食の病理と治療」という名著がある。下坂幸三というクリニックの院長が、当時の精神科領域に携わっていた18人の精神科医などの専門家の「食の病理」に関する論文を編集して出版したものである。時代は古いが、「視点」の鋭さは今の精神科でも十分に通じているし、自分の間近に「食に関する病理」のある方を抱えておられたりしたら、是非、読んでもらいたい「書物」である。

 

 精神的病理を抱えている多くの患者さんの「食の共通点」はいくつかある。それとは真逆に、私は「母親」の料理の味と家族との「一家団欒」という食事の機会がずっとあり続けたことで、自分の人格の一部が形成されたと思っているし、今の家内と結婚して、彼女の料理と「育児方法」で、私は「健康に関して正しい認識」ができるようになったし、娘や息子たちが「家族で楽しい食事をする機会」を十分に味わっていると思うので、二人の子供の人格形成にいい意味でのプラス効果が働いていると信じている。偏食も極めて少ないし、バランスよくいろんな順番で食事できるし、友人たちとの会食が大好きだし、食べることへの「好奇心」が強い。後は「健康」を阻害しないように、どれだけ母親の理念でもある【ストイックな志(こころざし)もどこかに秘めながら、「食生活」を楽しめる人生を自分自身の器量・度量として獲得できるかである。娘には「食のバランス」の取れた男と結婚して欲しいし、息子には勿論「料理の上手な女性」と結婚してもらいたい。乞う、ご期待である。

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by taira710 | 2013-11-27 21:42 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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