宮崎駿・スタジオジブリの世界には常に「愛」と「憎しみ」がある。

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 宮崎駿&ジブリの世界は「永遠」に続いて欲しい・・・・メッセージの力を期待したい!!!

 

 2012年の1年間○○小学校で介助員の仕事をしていた時に、支援の必要な生徒が5年生だったので、5年1組のクラスに介入することが多かった。支援のM君以外のクラスメートともとても仲良しになった。その中のF君はなかなかスポーツマンで頭も良くリーダーシップも発揮していたが、いろんな話をしていた時に「ジブリ作品」の話になって、私が「ジブリ美術館」に行ったこともあるし、ジブリ作品の全てを観たことがあるって話をした時から、何を感じたのか、そのF君だけは、私のことを【ジブさん】と呼ぶようになった。他の子供たちは「平ちゃん」とか「ガキヘイ」とかいろいろとあだ名を付けてくれていたが、F君は1年間続けて呼んでいた。何でそんなに気に入っていたのか分からないが、私は悪い気はしなかった。

 

 実際、私の人生と「宮崎駿」「鈴木敏夫」「高畑勲」・・・・そして「久石譲」は心の中で深い繋がりがある。長編アニメーションほど「時間」と「お金」のかかる作品はない。余程「観客動員」できる内容でないと、「経営状態」を悪化させるリスクが高い。もちろん「チームワーク」を必要とするので、様々な部門の「技術者」の労力、そして【人件費】が必要とされる。本当に人に感動を与える作品を作ろうと思えば、「経営能力」も求められる。だから、鈴木敏夫のようなプロデューサーの存在は大きい。決して「宮崎駿」の才能だけでは「作品」は完成しないのだ。

 宮崎駿の作品は「スタジオジブリ」が設立される以前から魅了されていた。1979年の「ルパン3世カリオストロの城」は東映、1984年の「風の谷のナウシカ」は東宝で製作されている。この両作品はアニメーションの素晴らしさを見事に具現化していた。カリオストロの城はまず「脚本」が素晴らしく、あんなに予想外の展開をしていくアニメは想像を超えていて、「面白かったわ!」という印象を未だに残している。「風の谷のナウシカ」・・・・・「火垂るの墓」と同様、クライマックスでは本当に涙が滲んでくるし、胸は感動で一杯になるし、未だに私の「宮崎駿作品No.1」である。「腐海の樹々は汚染された世界を浄化するために存在している」というメッセージは強烈だった。また「ナウシカ」も日本の古典に登場する「虫愛ずる姫君」がモデルになっているというから面白い。更に追記しておくと、宮崎駿原作の漫画「風の谷のナウシカ」は1994年にやっと完結しているので、あのアニメ映画の続きはまだまだあるということである。「続編」を製作してくれないかなあ!!

 1985年に「スタジオジブリ」が設立されているので、1986年の「天空のラピュタ」以降、2013年に公開された「風立ちぬ」まで17作品制作されている。それぞれが本当に味わい深くて、優劣が付け難い感じがするが、私の中では「作品の完成度」「メッセージ性の強さ」「主人公の存在感と魅力」「色彩感覚と情景の美しさ」などにより、ちゃんと「順位」が付いている。今回、このブログでは、その順位は観る人によって異なるので、それぞれの作品の何に「惹かれたのか」「どのような場面が印象的」だったのか、少しずつ解説しておきたいと思う。紙面の関係上「全作品」は無理だが多分、読者との共通点も多いと思うが、中には「そんなとこ?」って不思議がられるかもしれない。勝手だが「年代順」に解説していきたいと思う。

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 「天空のラピュタ」は天涯孤独の少年パズーとラピュタ王家の末裔「シータ」との空飛ぶ島「ラピュタ」を巡る冒険活劇である。【飛行石】という物質の存在感のリアリティーがありすぎて、空中海賊「ドーラ」とムスカ大佐の【欲望】が見事に表現されていて、完全に感情移入させられていた。特に吹き替えの声優「初井言榮」(ドーラ)「寺田農」(ムスカ大佐)の声は耳にこびり付いてしまっている。主題歌の「あの地平線 輝くのは どこかに君をかくしているから・・・・・さあ でかけよう ひときれのパン ナイフ ランプ かばんに詰め込んで 父さんが残した熱いまなざし 母さんがくれた あのまなざし」は本当に素晴らしい。アニメソングは余り歌わないが、この曲は「スバ抜けて」大好きで、何回も口ずさんでいる。

1988年に公開されたのが、あの感動作「となりのトトロ」である。私は何と41歳という年齢に達していた。でも、昭和30年代の日本の田舎を舞台にしているファンタジーはオリジナリティーとノスタルジアに溢れ、12歳の少女サツキと4歳のメイちゃん姉妹の活躍が微笑ましくて面白く、そしてハラハラさせる展開が最高だった。植物の種を植えて、芽が伸びるように祈る「ダンス」が特にウキウキしてしまった。ハッピーエンドで終わり、心から「ホッ」とさせてもらった作品だった。

 1989年の「魔女の宅急便」はクロネコヤマトがスポンサーになったので、魔女キキの相棒に黒猫の「ジジ」が登場する。宮崎特有の「ブラックユーモア」かも知れない。その後も「おもいでぽろぽろ」「紅の豚」「平成ぽんぽこ狸合戦」と作品が続く。1995年の「耳をすませば」は心に残る作品だった。青年と少女の淡い恋愛心がとても爽やかでドキドキさせてもらったし、「カントリーロード」という音楽も良かったし、「猫」の存在感、そして「バイオリン製作」に情熱を燃やす「職人気質」の生き方に感銘を覚えた。

1997年の「もののけ姫」は凄かった。人間と自然との共存が強烈なメッセージとして伝わってきていた。人間は歴史の中でたくさんの「自然」を破壊してきた。【生存】のために必要なこともあるが、「一線を越えてしまう破壊」は復元力に完璧なダメージを与えてしまう。それが私には強烈に伝わってきていた。今の時代、クマもイノシシも山から人間世界に降りてきている。人間が動物のテリトリーを犯し続けているからだろう。でも、こんなに増えてしまった「人間」と「自然」との共存はますます難しくなってきている。人間自身が「人間」という種族の生きにくい時代を作ろうとしている。

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 2001年の「千と千尋の神隠し」は唸ってしまった。こんなにインパクトのある「登場人物」をよく考えられるもんだと感じた。それぞれが、その場面の【主人公】を演じられるのですから、話が面白すぎます。出だしから「人間の飽食」を皮肉り、【お腐れ様】という神様は、体内に人間の作ってきたゴミやヘドロを全て飲み込んでくれているという「犠牲的存在」・・・・「欲望」にまみれた人間も多々登場してくるが・・・・平凡な10歳の小学生が、不思議に世界に迷い込み、両親を「豚」に変えられた「魔力」を解くために、内なる「生きる力」に目覚めていく。この映画は「同世代の子供たち」に対して、人生をどのように「歩めば良いのか」・・・決して「人真似」ではなく、それぞれの「人生」を生き抜く力を呼び覚ましてくれていたように思う。小学生に尋ねると、やはりこの作品のファンが4年生以上には多かった。

 2002年以降の「ハウルの動く城」「ゲド戦記」「崖の上のポニョ」などはそこそこ面白かったが、もうひとつ【インパクト】「メッセージ力」が不足していたように感じられた。「借りぐらしのアリエッティー」はちょっと「マイナス」のショックを受けたほど、心に残らなかった。まあ34年間に渡り、これだけ「創作的」な仕事を続けてきたんだから、中には「この程度」の「軽い」作品もあって致し方ないと思うが・・・・・・宮崎駿作品に対しては「決して欠かせて欲しくないメッセージ力」を常に期待している気持ちがある。最新作2作品は観るのが楽しみである。

 宮崎駿は「とても素直」で「嘘をつけない」人だと思う。ほとんど、小さい頃からの基本的な「人間性」は変わっていないのではないかと思う。その根拠は常に「子供の視点」「少年・少女の視点」が描かれているからである。・・・そんなことないか?自分が子供時代に思い描いていた「平和で穏やかな世界」が常に存在しているのを感じる。そして宮崎の思想は「バランス」を取ることに知性と理性を使っている。「反戦」といっても、ただの単純な「非武装中立」というような反戦とは異なっている。彼はかなりの「武器・兵器マニア」らしい。実際、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」にしろ、幾つかのアニメ作品に登場する「メーヴェ」「ガンシップ」「空中戦艦ゴリアテ」は迫力満点だった。男という者はつくづく厄介で、「反戦」なのに「武器」には異常な興味・関心を示してしまう。私もゴルゴ13に登場する「アーマライトM16」なんかにはとても興味があった。

 「反原発」はかなり強い主張をしていて「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」というメッセージを発信しているし、宮崎駿自身が東小金井市の「反原発」のデモに参加し、雑誌の表紙を飾っている。同時に「憲法改正」にも反対している。「得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほか」であるとしている。「環境問題」に関しても勿論強い関心を示しているが、「エコロジー」として一くくりにされることには反発している。それだけ、環境問題は「人間が生き続ける限り」において「矛盾と葛藤」を抱えなければならない問題だからと気づいているからだと思う。宮崎駿は1941年(昭和16年)生まれだから、幼少時は「疎開」をしていて、本当に怖い戦争体験はしていないが、強権的・権力的・独裁的な「国家」に対する批判的姿勢と統制的・権威的な社会主義には懐疑的でかつ批判的である。

  彼の「思想的背景」には3人の人物がいる。一人目はフランスの作家「サン・テグジュペリ」である。私は「星の王子様」を読んで感銘を受けたが、今、思い返すと「一種の流行」ではなかったかと「反省」している。「夜間飛行」はリンドバーグの大西洋横断を想起させ、なかなかスリリングで面白かった。宮崎駿は「人間の土地」という作品を絶賛している。いつか、機会があった時に読みたいと思っている。彼からのメインのメッセージは【命より大事なものがある】という感覚である。

二人目は植物学者の「中尾佐助」である。彼の「照葉樹林帯文化論」はヒマラヤ山麓から中国を経て西日本に至る地域の【文化要素】に共通点が多いことに着目し、「国境」で文化を区切るのではなく、植物の生態系を基盤にした「文化論」を展開していた。この思想は、宮崎駿の言う「世界の問題は多民族にある」という言葉が象徴しているように、今の安倍政権の日本のように【国家ナショナリズム(民族主義)】を全面に出すと必ず【国家間の摩擦】が起こり、そのあげくに「戦争」が引き起こされるという「歴史認識」を共有している。植物には確かに「帯」「圏」「地帯」がある。しかし、それはナショナリズムによって地図上にはっきりとラインが引かれている【国境】とは異なるものである。

  三人目は、網野善彦は歴史学者である。彼の歴史観の特徴は【日本人は単一民族】であるという「一国史観」に疑問を呈し、【日本】という国号が689年の「飛鳥浄御原令」によって定まり、「皇国史観」によって【神代】の時代から【日本】が形成されていたというのは「偽り」であるとし、日本国家の為政者に【アイヌ】「琉球」「蝦夷」も侵略・征服されて、今の「日本」が存在しているという【正しい歴史観】を持つべきだとしている。この歴史観は私も正しいと感じている。

 昨年末、【宮崎駿】は何回目かの「引退宣言」をされているが、昨年末に「本気」と伺える様な記者会見をされていた。鈴木敏夫も社長の座を後任に譲っている。でも、年齢的には宮崎駿が73歳だから、私の家内と同い年である。家内には【向学心】も「創作力」も「知識欲」も豊富にあるように感じている。ただ、本当の意味で【人々の為になる】創造力と創作力と想像力を持ち合わせている「天才肌」の人間は、私の切なる希望であるが「愛煙家」であって欲しくない。私はタバコほど周囲に「害毒」を無神経に撒き散らすものはないと思っている。引退宣言をきっかけに、それこそ「禁煙宣言」をしてもらい【健康】と「体力」をリカバリーして、世界を平和に変えるようなインパクトのある「長編アニメーション映画」に取り組んでもらいたいと思っている。

 

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by taira710 | 2014-01-29 21:52 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


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