河童と桜の咲く水辺で酒を飲んでみたいなあ!!命がけかなあ?


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河童に魅了された男・・・・河童になりたかったのかな?  魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界にしか河童はいないのだろうか?    愛すべき画家「小川芋銭」の生き方に学ぶ!!!

  今日、4月1日は「エイプリルフール」である。その起源は諸説あって「不明」だとされていますが、そんな日に伝説上の生き物「河童」をブログの題材としたことには意味があります。1975年(昭和50年)に放送開始された「日本むかしばなし」という番組は市原悦子と常田富士男の声が何ともいえない不思議で優しい雰囲気を醸し出していて、私は28歳にもなっていたが、それから38年間、今でも再放送があると「童心」に帰って楽しんでいる。そんな日本昔話には「鬼」と「天狗」と「河童」は本当によく登場していて、「河童」は決して「架空」ではなく、実在する「存在」と思い込みたい気持ちになるほどリアリティーを感じている。

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 登場してくる「河童」はとってもいたずらだったり、悪さをする河童もいたが、何となく愛らしく憎めない存在として私の心に刻まれている。河童の頭は「禿げている」のではなくて、頭頂部には「お皿」があって、いつも「水」で濡れているのです。それは「生命の源」を象徴していて、お皿が暑さや突発的な理由で割れたり乾いてしまうと霊力を失ったり、「死ぬ」こともあるとされています。また「くちばし」があったり、「甲羅」がついていたり、「水かき」もあるとされています。面白いのは「きゅうり」が大好物とされていて、それは新鮮なきゅうりは瑞々しくて、水分に事欠かないからだとされています。お寿司屋さんで「きゅうりの海苔巻き」を【かっぱ巻き】と呼称しているのはなかなか洒落ていると感じます。

ところで、支援学級のO君も私の頭のてっぺんをわざわざ見に来て「禿げてる!」と言うし、娘のTOMOKOも「お父さん、頭きれいに剃ったほうがかっこいいのん違うん?ほんまに河童みたいやで!」と平然と言う。でも、そうはいかんのや!・・・わずかに残っている「髪の毛」はそれなりに役に立ってるんや!と無性に主張したくなってしまう。実際、5年ほど前にも「丸坊主」にしこともあるし、昨年は日本列島縦断旅行の直前に、旅行中の頭の「保清」を考えて丸坊主にした。でも、冬は寒いし、何かが頭に当たると衝撃が強いし、残っている髪の毛だけで、少なからず「衝撃」を緩和する効果があると思っている。でも、「禿げ」と「河童の皿」は外見がとてもよく似ていて、そんなに慌てなくても、自然体で生きていれば、周りの髪の毛がどうせ薄くなってくるので「時間の問題」だと思っている。

 でも、テレビを観ていて、いろんな企業の連中が不祥事の責任上、テレビの画面の中で「申し訳ありませんでした!」と居並んで謝罪する光景を嫌になるほど観ているが、お辞儀した時に、頭の頭頂部が丸く禿げているのは確かに「美的」ではないと感じる。偏見だが知性も疑いたくなる。でも、ありがたいことに「自分」には見えない。これが「救い」でもある。人間とは人それぞれに美意識がある。でも、自分の「欠点」とは言いたくないが、年齢とともに現れてくる自然現象としての「症状」は比較論から言えば、やはり「美しい」とはとても言えないし「美しくはない」。でも、その状況を「正視」することなく日常生活を送ることができるので、「劣等感」に苛まれることも無い。

 つい先日も私の大好きな「開運!何でも鑑定団」という番組で、【河童】ばかりを描き続けてきた日本画家「小川芋銭」の作品が紹介されていたが、「河童」というのは俺にはとても愛すべき存在として「認知」されている。でも、私は「河童」の起源について調べたことは無いが、その「起源」はまさに年相応に頭頂部が禿げてしまった【人間】ではなかったか、いや、そのような存在がきっと「河童」を実在的な存在として【民話】の中に生み出したに違いないと思っている。泳ぎがとても上手で、そして頭頂部が禿げているちょっと痩せ気味の人間がいれば、緑がかった河の中で人間離れしたスピードで泳いでいたりしたら、きっとそれは「河童」のような「特異な存在」に写ったに違いないと思っている。英語では「river stripe、kappa」と言うが、「水の妖精・川の小鬼」のように思われている。

 河童のことを調べているといろんな「説」に遭遇します。でも、私の気に入らない【説】は私にとっては無意味です。想像上の生き物は「楽しい存在」として認知してあげたいと思います。もちろん、【民話】や伝承文学の中にも登場するので、昔の人たちにとっては「単に楽しい存在」としての【河童】ではなかっただろうと十分に想像ができます。日本昔話を観てイメージしてしまう河童は楽しいことが多いですが、「水の神様」の落ちぶれた姿が「河童」としている説があったり、 悲しいのは江戸時代は「子供の間引き」が頻繁に行われていて、その子供の遺体が河原に晒されていた姿から「河童」が生み出されたという説もあります。そんなところから河童の子供好きが言われ、子供と「相撲」を取ることが大好きな「河童」が想起されたように感じます。悲しくなくなった子供が寂しがらないようにという思いからです。

 河童の由来としては西日本は大陸からの渡来した『河伯』、中国の神話に登場する黄河の神が日本に渡来して「河童」となったとされ、その起源は西暦6世紀頃とされています。東日本では安倍清明との関係で生み出されたなど多くの説があります。でも、何となく「河童」って創造物は「沼」や「池」や「川・河」のそばに住んでいると、自然発生的に生まれてくるような「存在」に思えます。民間信仰に「河童」に類したものはやはり日本各地に存在はしているのです。

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 それにしても「河童」から連想するものとして、強烈に印象に残っている「CM」がありました。最近はめったにテレビ画面で見る機会は無くなりましたが、私の子供のころは耳につくほど放映されていたように思います。私と同年代の人は直ぐに分かったとと思いますが「黄桜」という日本酒のCMで、清水崑の「かっぱ天国」の絵のアニメーションの主人公が「河童」だったのです。清水崑の描くかっぱの「女性」が色白で妙に色っぽくて、けっこうファンだったことを覚えています。歌詞とリズムが何とも楽しくて、あの往年の楠トシエが歌っていた。ちょっと引用してみると「かっぱっぱ ルンパッパ かっぱ黄桜 かっぱっぱ ボンビリビン のんじゃった ちょっと いい気持ち…飲める 飲める 飲める 飲める〜」酒造会社「KIZAKURA」のホームページを開くと、昔の懐かしいCMが観られるし、河童に関する『研究』は相当なもので、読み物としても一級品である。また、機会があれば覗いていただきたいと思う。

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 さて、話は見事に中断しているが、『河童画家』小川芋銭・・・芋銭と書いて「うせん」と読む。1868年3月11日に生まれているから明治の前の「慶応生まれ」の人物である。家は「武家」だったが、明治維新の激動の時代に現在の茨城県の牛久市に移り「農家」となっているから、なかなか武士が生き難い時代になったのだろう。最初は新聞社に入社して挿絵や漫画を描いていたらしいが、本格的に「日本画」を目指し、横山大観に認められるという「幸運」もあり、妻の理解と助力により歴史に名を残す人物になっている。牛久市には未だ足を踏み入れたことはないが、明治時代のその当時の状況・風景を想像すると、ただただ「自然がいっぱい」だっただろうなあと感じる。

 そんな環境で「農業」に従事しながら『自然』を眺めていて、それでいて水辺に住む生き物に興味を示し、明かりの少ない「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の世界に興味があった芋銭にとって「河童」という存在は「少し恐怖」も感じながらも好奇心と『題材としての面白さ』から河童を描きはじめたんだろうなあと想像しています。ただ、付け加えておきたいのは、小川芋銭は河童以外にもユニークな人物画とか自分の身の回りで働いている農民の姿なども描き、また「俳号」を持つ俳人としても活躍していた様子である。

 「河童」は本当に愛すべき存在である。ますますこれから『河童』に似ていく自分を予感しているが、自然体でいて、かつ「人並み」に禿げ上がっていく自分の頭と共に、「自然」を愛し「水」に感謝し、頭の皿ではなく、頭の中身がボケないように、いろんな世界に興味を示しながら生きて生きたいと思っている。「かっぱっぱ ルンパッパ・・・・」の心境である。

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by taira710 | 2014-04-01 14:39 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)
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