国旗「日の丸」の歴史を改めて勉強してみた!!驚いちゃいましたねえ!!

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 国旗「日の丸」は誰がデザインしたの・・・・・驚きの歴史・・・・そして

    世界中の「国旗」には様々な大変な歴史が反映されている・・・・・

 

 私の住んでいるマンションは1979年に建てられたから、もう築35年経過している。その古ぼけた?マンションの410号室がマイハウスだが、その一室の「トイレ」の便座の正面には「世界地図」が貼り付けられていて、世界地図の周囲に196カ国の世界中にある国々の「国旗」がカラフルに印刷されている。世界中の「国旗」には様々な歴史的背景があり、それが「国旗」のデザインに象徴的に凝縮されている。「国旗」をテーマに取り上げて、どのような切り口で「ブログ」の文章として完成させるか、ちょっと工夫がいる感じがする。その「構成」を少し整理しておきたいと思う。

 

 まず、一つ目はまず「日の丸」の歴史とデザインである。二つ目は「トリコロール」で有名なフランス国旗がどのような影響力を持っていたのか・・・これはなかなか面白いと思っている。二色旗・三色旗・四色旗など本当にたくさんの国が採用している。それから「インド」の国旗のように「不思議な形」が旗の中央にデザインされている国旗が結構多い。そのデザインの意味を調べてみるのはなかなか興味深いと思っている。そして、後は、かって海外旅行したことのある国の国旗はどのようなデザインだったのか・・・日の丸のように「太陽」「月」「星」をデザインしている国もこれまた多い。そして、最後には、「日垣 平が選んだ国旗デザインベスト10」なんてコーナーも作ってみると面白いかなあと思っている。

 

 そういえば、もう10数年も前の事だったと記憶しているが、テレビで「世界の天才少年」なんて特番が企画されていて、それは優秀な子供たちが登場していたが、たった4歳で「世界中の国旗をすべて言い当てることができる」という少年が登場して、「英才教育」もなかなか多様なんだなあと感心したのと、この少年は将来どのような人生・職業を選ぶんだろうと、少年の未来に興味を持ってしまったことがあった。本当にあの時の少年は今何をしているんだろう。どのくらい外国の旅を経験しているんだろう?・・・

 

 白地に赤くの「日の丸」は私が物心ついた4・5歳の幼児の頃から、国民の祝日には家々の軒先に「日の丸」の旗が掲揚されていたし、学校の行事でも「日の丸」は当たり前のように目にすることが多かったので、その後の国旗掲揚に反対したり、「君が代」を歌うことを拒否したりする一部の人達の「精神・イズム」は正直「理解」したいと思わないというのが本音である。以前のブログにも一部「日の丸」や「君が代」のことに関して書いたことがあるが、「愛国心」とはオリンピックの時に頑張っている日本人選手を応援したくなる純粋な気持ちと強く繋がっているし、その栄誉を讃える為に掲揚される国旗「日の丸」や演奏される「君が代」を耳にして、胸がジーンとしてしまう「この気持ち」こそが本物だと感じている。

 

 それにしても、「日の丸」はいつ誰がこのデザインを考え、どのような経緯を経て「国旗」として認められるに至ったのか・・・・「日本人」としてはかなり「関心」を抱くことのできる対象物ではないのでしょうか?「ウィキペディア」を各自で読んでくださいなんて野暮なことは申しません。驚くほどの資料があります。

 

 まず驚いたのが「日の丸」の歴史を想像してみて、時代劇で日の丸が掲揚されている『光景』などを、私は一度も観たことがないので、明治維新以降のことだと思い込んでいた。ところがそうじゃない様子である。日本は大昔から漁労と農耕に依存している社会だった。多くの民衆にとっては「生活の基盤」が当然のように「太陽」と結びついていた。信仰も「天照大神」という太陽神を崇めるようになる。飛鳥時代末期には国号を「日ノ本(日本)」と命名している。日本列島は南北に長い島国のために、特に太平洋側の人々は「日出処天子〜」と聖徳太子が表現したように、東の海から昇る太陽の光景に心から有難いという気持ちになったに違いないと想像している。「続日本紀」という書物には、701年に文武天皇が元旦の儀式に「日の丸」の原型とされる「日像」の旗を掲げていたことが記録されています。ただ、面白いのは、その頃の太陽の表現は「赤字に金色の丸」が通常と考えられていたらしく、平安時代末期まで続いているのです。

 

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 「白地赤丸」の日章旗の原型は正確には「不詳」だと言われているが、とても「有力」な説がある。平安時代、朝廷の象徴である「錦の御旗」は赤地に金の日輪、銀の月輪である。源平の戦いが始まると、源氏は「白地に赤丸」を使用し、平家は「赤地に金丸」を掲げて戦いに挑んだが、結果、平家は滅亡し、源氏が天下統一をし、「日の丸」の原型である「白地赤丸」が「象徴」として受け継がれていったという説である。かなり説得力がある。その後の室町時代や豊臣秀吉の時代の貿易船の絵には、船尾に必ず「日の丸」の旗が掲げられていて、徳川幕府の時代には『日の丸』は「公用旗」として使用し、「熱海よいとこ日の丸立てて御本丸へとお湯が行く」という歌が生まれたりしている。白地に赤丸の「扇」も絵巻物に描かれたりしている。

 

 江戸幕府の家紋は「丸に三つ葉葵」が用いられていたが、将軍家の所持船には「日の丸」が用いられることもあり、「船印」としての権威ある印として承認されていた。また、薩摩藩に服属していた琉球王国(沖縄の前身)は日本の漁労民と同様に「太陽神」を信仰していて、中国への長期の船旅の時には、航海の無事を祈る意味で「日章旗(日の丸)」を船印にしていたという事実が残っている。

 

 もうひとつ重要なエピソードがある。1854年3月に日米和親条約調印後、外国船と区別するために、日本国共通の『船舶旗』を制定する必要が生じた。その際、幕府の重鎮から相談された幕府海防参与の徳川斉昭が建議書を幕府に提出した。そこには【日本の国威を表している旭の丸(日の丸)こそ日本の総船印に用い、中黒は幕府官船に用いることこそ最も適当である】その後も【ほかの事とは違い、この国旗制定は日本の後々の代まで国印として大切にされる物である。今、我々が制定しようと努力している国旗は日本の宝であり、制定された上は〜・・・・・・・世界に輝きわたる日本の国旗を制定されたい】と重ねて進言している。

 

 翌年、1855年、幕府海軍の洋式軍艦「昇平丸」の船尾に「日本国の船旗」として「日章旗」が掲揚された第1号とされている。1859年に幕府は『『日章旗を御国総標にする』という触れ書きを出し、事実上「国旗」としての地位を確立した。

 

 ところが、【日の丸(日章旗)】に関して、これだけの歴史的経緯がありながら、【国旗】としての法的な裏づけは「太政官布告」のまま放置されていた。1931年に帝国議会に提案されたが、「審議未了」で廃案になっている。そして太平洋戦争に「敗戦」し、1945年、GHQの指令により【日章旗の掲揚原則禁止】されている。その後【祝日】のみ許可されていたが、1949年になり、マッカーサーは声明を発表し、正式に日章旗の自由掲揚が認められるようになった。「反・日の丸」を主張する勢力は「日本教職員組合」「日本共産党」「朝日新聞社」などが上げられているが、その団体・組織がどのような「理由」「論拠」で反対しているのか知らない。ただ、「帝国軍隊」が「日の丸」を国家の象徴として使用し続けてきたという【理由】だけとしたら、それは余りにも【短絡】過ぎるように感じる。

 

 しかし、「慣習」としての日章旗の掲揚は、私の記憶ではかなり多くの庶民が、昭和世代に【祝日】に限らず掲揚していたように思う。特に「元旦」などは【国旗】としてしか思えないほど家々の軒先に掲揚されていた。さらに「船舶法」(M32年)・「海上保安庁法(S23年)・自衛隊法(S29年)などの条文には【国旗】という言葉の記載がすでにされている。

 

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 ところが、平成初期から教育現場における「日の丸掲揚と君が代斉唱」に対する反対運動が続いていた。漸く1999年(平成11年)に「国旗及び国歌に関する法律」が公布され、正式に国旗として定められた。それ以降も反対する人たちがいたが、教育関係者にとって「国旗掲揚の際の起立」と「君が代の斉唱」は【義務】という認識が定着し始めている。国旗国家法における【日章旗】の制式は、縦横比を2対3、対角線の交点を中心として、縦の長さの5分の3を直径として描くのが正式とされている。しかし、「風にはためく時の見栄えは日章が旗竿によっている方が美しい」とする意見も聞かれている。1999年の7月に実施されたテレビ朝日の世論調査では「それでも国旗に反対」という意見は「8%」にも上っている。一体、どのような思想的背景があるのだろうか?・・・・それとも、ただの天邪鬼なのか、無政府主義者と名乗りたがる輩なのか・・

 

 まあ、いずれにしろ、今回は「新たな学習」ができた思いである。私の勤めている○○中学校の卒業式でも入学式でも起立拒否や斉唱拒否をする職員はおられなかったように感じられたが・・・・しかし、源平合戦のくだりはなかなか面白かったし、平家が勝っていたら「日本国旗」のデザインは「赤字に金丸」だったかと想像すると、歴史とは面白いなあと思ってしまう。

 

 残念ながら、今回は「日の丸(日章旗)」に限定したブログになってしまった。これは致し方ないと思っている。こんなに【知らないこと】ばかりとは思ってもいなかった。世界中の「国旗」のデザインと、その歴史的背景に関しては、また今後の「モチベーション」の行方次第だと思っている。196カ国の内の40カ国ほどの国旗の歴史に目を通したが、それぞれに「凄まじい」と表現していいような歴史的背景を持っている。世界中の国旗の歴史・・・・海外旅行者の多い時代、単に名所旧跡を観光するだけではなく、【国】が存立した歴史を【国旗】のデザインの意味するものから「訪問」してみるのも意義があるように感じている。

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by taira710 | 2014-04-29 11:47 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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