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 結婚とは「教育」と共通するものがある。男性も女性もお互いの「権利」を尊重しあうことが秘訣!!

  2013-09-30


「結婚」とは相互に「愛し合う」こと以上に「教育」しあうことが必要!!


 昨夜はとても楽しくて嬉しい時間を過ごすことができました。看護学校で26回生の「精神援助論」の講師をしていたのは2007年で、もう6年も前のことです。その時の教え子が結婚して、その「二次会」に参加してきました。会場は堂島にある「Cherry Jam」というイタリアンレストランです。

 結婚して「A.Y.」になられた教え子とは不思議な縁があって、私が趣味で長年テニスをしているのですが摂津市の体育館のテニス仲間のT君と話をしていた時に「ボクの姉ちゃんも看護師目指して、看護学校に行っているんですよ」という話から、私が講師に出向いている看護学校名も一緒なのにビックリ、良く聞いてみると何と、その当時教えていた「A.Tさん」は何とT君の実のお姉ちゃんだったんです。そのような縁があって、今、旦那になってしまった「R.Y.」さんともテニスをする機会があり、今回の「結婚祝賀会」に声を掛けてくださったんです。

 会場に行くと、私がずば抜けての「年長者」という印象があったのですが、若い男性・女性たちで一杯、その中の3名の女性と目が合って・・・・「あっ、先生!」と教え子たちが気づいてくれたんですね。「先生、何の授業でしたか?」なんて質問も出て、いかにあの当時「雑談」ばかりしていたか・・・でも「1分間スピーチ」とか、強烈なインパクトは残していたようで、よく覚えてくれていました。皆、それぞれに仕事をしていたり、結婚していたり、その中のFさんは、何ともう一度「産婆さん」になりたくて「助産師の資格取得」のために、また学校に再入学しているというからビックリです。「開業したいんですか?」と尋ねると、「それは考えていない」とのこと。少子化の時代、助産師として「独立」することはなかなか難しいですね。056.gif

 でも、それぞれが「医療・看護」に関心があって、自分の人生を自分自身で切り開いていっているのですが、
このような前向きな看護師さんや学生に出会うと、ある意味で「教育面」においては日本は先進国なんだなあと思ったりもします。でも、今、中学校という現場にいて、日本の将来に「安心感」が持てないんです。何故か?

 
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私は、このブログ入力をしながら、女子教育の必要性を訴え、昨年10月にイスラム武装勢力に頭を撃たれたパキスタンの16歳の少女、「人権活動家」としての生き方を選択したマララ・ユスフザイMalala Yousafzaiさんの国連での演説を思い出してしまいました。僅か16歳であれ程素晴らしい演説ができるんだと感動させてもらったんですが、今、YouTubeで全演説を聴くことができるので、是非、聴いてもらいたいですね。その演説の中で私の頭を銃で撃ったタリバン兵士と出会っても、私は決して銃口を向けることはしませんと非暴力を訴え、「タリバンは教育や女性の力を恐れている。銃弾は我々を黙らせることはできない」と強調し、私から「弱さ・恐れ・絶望」が消え「強さ・勇気」が生まれたと語っています。また、「タリバンやイスラム過激派の子供たちにも教育を受けさせたい」と話し、世界中の子供たちすべてに無償の義務教育の機会を与えることを求め、最後に「教育が(あらゆる問題の)唯一の解決方法です」と訴えたのです。016.gif

 日本は「義務教育制度」があり、塾も家庭教師もダンス教室からピアノ教室、サッカー教室からフランス語まで・・・・・でも、小学校はまだ先生に権威があって「教育方針」がある程度徹底されていたが、中学校となると、あらゆる科目の時間に「無駄」が多い。「ガリ勉」が育成される要素は全くない。勉強の時間のみがどんどん消えていくだけ。先生方も本当に穏健で我慢強い。「中学校はとても不安定な時期、自分で考えさせ遠回りしても自立できる方向にサポートする。チームワークもグループ内の必然性を生み出すサポートをする」という考え方なのだろうかといい方に解釈しないと、「こんな礼儀も知らない節度も無い思いやりも配慮もできない中学生を量産してどうするの!」と、ちょっと憤りを感じてしまう瞬間もある。011.gif

 教え子の結婚祝賀会から「教育問題」にシフトしてしまいましたが、私は「結婚」とは「相互教育」だという考え方を持っています。お互いに未知の領域への挑戦をしつつ、幾つになっても「成長する可能性」を信じながら、お互いの知的領域の切磋琢磨、時に「価値観」のせめぎ合いで「夫婦喧嘩」になったりすることもあります。「生活の知恵」に関しては、多くの場合、女性の圧倒的優位です。

 フランスの社会学者のオーギュスト・コントは不倫の大恋愛で得た女性とたった1年間で死別したことをきっかけとして大きな思想的変革をきたしたことで有名ですが、その彼がこのような言葉を残しています。

「男と女という、こうも違った、また複雑な二人の人間の間で、互いに良く理解しふさわしく愛するために、一生を費やして長すぎるということはない。」

  日本でも、まだ子供たち、女性たちの教育が100%保証されているという社会体制にはなっていません。親に虐待されて「不登校」になってしまう子供たちもいますし、格差社会の影響で、全ての女性が自分の希望通りの「教育機会」を保障されているという環境にはないと思います。でも、それを保証していくのは結婚して子供を育てる「両親の教育観」に関わってくるのです。どんなに貧しくても、どんなに逆境にあっても、子供たちに教育を受けさせることだけは絶対に犠牲にしてはならないと考えてくれる親ばかりがいたら、子供たちは間違いなく「正しく成長」していくものだと思います。勿論、そこに「押し付け」ではなく「愛」が必要とされているのですが・・・・・・・・
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by taira710 | 2013-09-30 21:30 | 人と人との出会い! | Comments(0)

「コケカキイキイ」って言葉が脳裏にこびりついて離れない・・その理由??

2013-09-27


「紙芝居」を何よりも愛した昭和30年代の自分との再会ができるか・・・・・
 

 最近の子供たちの目の前には「映像」が溢れている。小学校・中学校で2年半「介助員」として生徒たちと関わってきて、今の子供たちの描く「絵」だったり「デザイン」は私たちの時代のセンスとは大きな開きを感じる事が多い。映像が溢れていると言っても、学校が終わると、次は「塾」「家庭教師」が待ち受けていて、インターネットで自由に「画像選択」ができる機会が多いということでは無さそうだが、「質的」に大きな変化・発展をしてきているように思う。

 私と同世代の人たちしか知らない「テレビてんすけ」という番組は、私が8歳~9歳の頃に、それこそ画面を食い入るように観ていて、未だに心に残っているテレビ番組である。ウィキペディアで調べると、正しくは「テレビ天助」と表記し、1955年4月10日から1956年12月30日までNHKテレビで放送されていた人形劇という説明がされている。「チロリン村とくるみの木」は1956年4月14日から1964年4月3日に放映されていたから、8歳から16歳まで観つづけていたことになる。まさに「テレビっ子」だったわけだ。ドン・ガバチョが登場する「ひょっこりひょうたん島」は放送期間:1964年4月6日 - 1969年4月4日だったから、高校生の時代に真剣に観ていた事になる。日本放送協会(NHK)が放送開始したのが1953年2月だったから、まさにテレビ放送の「黎明期」に多感な小中学生・更に高校生の時代をテレビと共に過ごしていたんだという実感が強く残っている。この世の中に「テレビ」ほど面白いものはないと思っていた。

 たかが「人形劇」と言われるかもしれないが、あの時代の人形劇の声の吹き替えをされていた人たちは,藤村有弘・楠トシエ・熊倉一雄・中山千夏など錚々たるメンバーでした。「ジャンジャカジャーン」と画面に登場してくる当時のスターばかりである。
 
 でも、よく記憶を辿ってみると、その当時の「テレビ」よりもさらに鮮烈に記憶に刻まれていた画像がある。・・・・・・それは、「紙芝居」である。今の子供たちは、幼稚園・小学校での読書の時間にボランティアのお母さん方が「紙芝居」実演をしてくださったりするし、図書館に「貸し出し」できる「紙芝居」セットが準備されている。しかし、私たちの時代は、突然、近所で遊んでいると、あの拍子木のカチカチという音と声がして、どんなに友達と熱中して遊んでいても、大急ぎで家に帰って「5円or10円のお小遣い」をねだって、全速力で「紙芝居屋のおっちゃん」がいるところまで駆けていった覚えがある。時には,開けることのできない「貯金箱」から必死でお金が出てくるように四苦八苦していたことも思い出す。
 
 私の紙芝居の記憶の中にこびり付くように「コケカキーキー」という奇妙な声と「黄金バット」の画像が鮮明にインプットされている。何と66年間頭から離れない薄れない。ところが、社会の変遷と共に、日常生活の中で「紙芝居」興行と出会う機会も極端に減少し、「後継者の養成」もなかなか難しい時期もあったと思う。自ら紙芝居の「作画」「興行」に従事したことのある庶民文化研究家・評論家だった加太こうじの著作もよく読んだし、私の友人に鍼灸師の鈴木常勝という人物がいるが、彼は現在でも「紙芝居」の実演をしていて、「国策・軍国紙芝居」などの独自の研究家でもあり、大学や公民館などで「紙芝居」に関する講演を行っている。アサヒグラフ別冊「戦中・戦後紙芝居集成」(1995年発行・2700円)は私の大事な蔵書の一冊でもあり、過去を振り返る際の大きな素材になっている。
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 改めて強く思うが「紙芝居」は本当に、その当時の子供たちの人間形成に大きく影響を与えた「文化」であり、研究に値する「文化遺産」だと思っています。今の子供たちは確かによく「読書」をします。でも、ある児童文学作家が言っていたように「最近の子供は本を読んでも、すぐ次のスケジュールが控えている。その子供にとっては「情報・キャリア」としてしかその読書は残っていかない。しかし、昔の子供は本を読んだ後、何もすることが無いので「妄想・空想」する時間がたっぷりあった。その「空想する力・妄想する力」がとても子供には必要なものだったのに・・・・・」と私も同じように感じます。それは、私の場合は小さい頃、特に「読書」が好きだったわけでもないので「紙芝居」から、その影響を受けたように思います。

 まず「紙芝居」の世界には、大人との何ともいえない楽しいコミュニケーションがありました。大抵おっちゃんが多かったと思います。おっちゃんは紙芝居を始める前にいろいろ売ってくれます。私は「酢昆布」が大好きでした。食べ過ぎてゲロを吐いたこともありました。それと上手くいくと「ご褒美」がもらえた「カタヌキ菓子」や「ナメヌキ菓子」・・・・よっぽど集中しないと容易に割れてしまうんです。「うさぎ」だったり「ワニ」だったり細くなっているところが必ずある形でした。勿論「練りアメ」(水アメのこと)は白く色が変わるまで練っては、まさに味わうように舐めていた自分の姿を思い出します。

 そして「クイズ」もありました。どんなクイズだったかはよく覚えていないですが、駄洒落クイズだったり、なぞなぞクイズだったり、歴史上の有名人の名前だったり、勉強になったり、頭の刺激にもなりました。前述した「戦中・戦後紙芝居集成」の年表には、昭和27年は街頭紙芝居のピークで、全国で紙芝居実演を「生業」としていた人が5万人いたと記述されています。一人の紙芝居屋さんが100人の子供を相手に商売をしていたとしたら、何と日本全国500万人の子供たちに夢と冒険心を育み、恐れと好奇心を刺激された、まさに「文化遺産」だったということです。

 その世界には「勧善懲悪」があり「正義」があり、「悪逆非道を懲らしめる勇者」がいたり、様々なヒーロー」が登場していましたし、その反面、子供心には、何とも気色の悪いエロとグロテスクな世界も存在していました。「コケカキイキイ」という言葉が長年脳裏から離れず、その言葉がインプットされたきっかけは「紙芝居」とは分かっていたのですが、どのようなストーリーだったのかよく覚えていません。その「得たいの知れない叫び声のようなもの」の正体が分からないまま、とても気に懸かっていましたが、私の蔵書の中でも探し出すことはできませんでした。

 ところが、インターネットはそれこそ「得体の知れない叫び声」だけで検索できるとは夢にも思っていなかったですが、友人の紙芝居師の鈴木常勝氏に訪ねると「コケカキイキイ聞いた事あるけど、あれはなかなか手に入れへんねん!」と絶版に近いような稀少紙芝居らしいことは分かりました。その後、少しPCに慣れ親しんでいた時に、本当に冗談半分で入力すると、何と「ヒット」したんです。

 「コケカキイキイ」という言葉自体が表題の「紙芝居」でした。ウィキペディアにはこのように記載されていました。水木の『鬼太郎シリーズ』の原点である伊藤正美の紙芝居『墓場奇太郎(ハカバキタロー)』が1933年から1935年頃に人気を博すが、後に関西地方でも同様の怪童が活躍する紙芝居『コケカキイキイ』が作られた。この作品は『墓場奇太郎』からヒントを得て作られ、関西では知名度が高かったと言われる。現物がほとんど確認できない幻の紙芝居だったが、2008年に京都国際マンガミュージアムで開催された「紙芝居百年展」に出展された・・・・・ですが、私には、そのストーリーは未だに分からないままです。果てしなく、私の妄想世界に響く叫び声・・それが「コケカキイキイ」なんです。

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by taira710 | 2013-09-28 02:06 | 人と人との出会い! | Comments(0)

「アノマロカリス」が絶滅した謎、それは「食物連鎖の頂点」に君臨していたから???・・・

2013-09-25

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先日、テレビの「Qさま」というクイズ番組を見ていて、東京の高校生が「ある想像図」を見て、「アノマロカリス」という正しい名前を答えていて、ちょっとビックリしたんですが、この生物に興味を抱いている高校生がいるんだと嬉しくなりました。

アノマロカリスは約5億2,500万~約5億0,500万年前(古生代カンブリア紀)の海に棲息していた捕食性動物で、カンブリア紀最大の動物であったと言われていて、当時の頂点捕食者(生態ピラミッドの最高次消費者・食物連鎖の頂点に君臨していた生物)であったと考えられています。
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 当時発掘された部分化石の特徴から、1892年に「anomalo- (奇妙な) + caris (エビ)」=「奇妙なエビ」との意味で Anomalocaris (アノマロカリス)という学名を与えられているんですが、中国語でも読んで字のごとく「奇蝦」(きか=奇妙なエビ)と呼ばれています。

でも、食物連鎖の頂点に君臨していた生物が「氷河期」でもない時代に何故絶滅してしまったのか?・・・・・・・この謎を解く鍵は、現代人のまさに「食物連鎖の頂点」に君臨している「ホモサピエンス」という種族の生き方を観察していると少なからず「推測」できるような気がしてきます。かつて白亜紀(1億5500万年~6500万年前)の時代に、巨大な隕石が「地球」に衝突し、、大量のチリが太陽の光を長期間にわたり遮ぎったことで「氷河期」が現れ、また、「光合成」ができなくなってしまい、食物連鎖の鎖が断ち切られて、その時代の「食物連鎖の頂点」にいた恐竜は絶滅してしまったのは、明らかに科学的に証明されてきた「事実」と言えるのです。でも地球が「氷河期」を体験しながらも、今、様々な生物が地球上に繁栄しているのですが、氷河期でさえ30%の生物が生き残り続けたということは「生命の凄さと生き物の知恵と適応力の強さ」を感じてしまいます。

オーストリアの動物行動学者だったコンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)( 1903年~1989年)は、「刷り込み」の研究者で知られています。様々な種類の生物を自宅で飼育していたことでも有名ですが、卵から生まれたハイイロガン(雁)を飼っていて、生まれて最初に出会ったコンラート・ローレンツを母親と勘違いして付きまとわれたという経験から「刷り込み」という動物独自の行動パターンを学問的に立証したのですが、「近代動物行動学」を確立した人物の一人として、多くの人々に認知されています。

 彼が、その著書「ソロモンの指環」に書き表わしていますが、本来は動物は「食物連鎖」の中での立ち位置を本能的に理解していて、あの「百獣の王」と呼ばれている「ライオン」でさえも、自分の空腹を満たせば、それ以上の殺戮は決してしようとしないし、草食系の動物でさえ、木の実を獲り尽したり、食べつくしたりしないのです。子孫の為に「食べもの」を残しておくことの必要性を本能の中で正しく理解しているのです。

 ところが、この「ホモサピエンス」という生き物は、この食物連鎖のバランスを全く理解できず、「殺しつくす」「獲りつくす」「食べつくす」ことに歯止めがなかなかかけられない生き物で、また反面、「鯨」という海洋の最大の生物を「動物愛護」とか「ヒューマニズム」という大義名分で守り続け、まさに「頂点捕食者」に人為的にしてしまっているのですが、「捕鯨の歴史」はノルウェーでは紀元前3000年と言われているし、日本の縄文遺跡から鯨の骨が出土しているのです。世界でもカナダのイヌイット、アラスカのエスキモー、グリーンランドの先住民族など多くの人間が、「捕鯨」を生き続ける手段として、昔から引き継いでいるのです。鯨を単純に「頂点捕食者」にして、鯨の天敵が全くいない、鯨を食べる生き物がいないという環境にしてしまうと、必ず、海の生物は鯨に「食べつくされて」しまうはずです。それは、結果的に人類の存続にもかかわってくる重大な事柄なのです。・・・といっても、私には、現在、世界中にどれだけの「鯨」が生育しているか正確には知らないです。日本でも「調査捕鯨」という名目で、年間に1000頭以上の鯨を捕獲していることは事実ですからね。

 ところで、本題に戻りますが、「アノマロカリス」が温暖な古生代に絶滅してしまった理由は、ただただ本能の中で「殺しつくすこと」「獲りつくすこと」「食べつくすこと」に対しての「歯止め」が効かなくなってしまったからだと想像しています。人間の「食欲」における欲望はなかなかコントロールすることが困難になってきています。料理人・シェフと呼ばれている人達は、ますます「食材の味」を活かした料理の腕を磨き、消費者はますます、その味に魅了されてしまっている。世界中の人間に「均等に食料が配分される」状況になれば、その限界は40億人と言われています。「子供たちの飢餓」が世界中にあって、「世界規模での格差社会」があるがゆえに生き延びることができている人間が、日本という国を構成しています。「アノマロカリス」はまさに格差社会の頂点にいたんですから。

 ホモサピエンスは本能のどこかで「殺しつくすこと」「獲りつくすこと」「食べつくすこと」が人類の滅亡・絶滅につながることを感知できているはずです。「宗教問題」「領土問題」の先には「食糧問題」が間違いなく危機的状況を作り出すは十分に予見されます。植物は二酸化炭素を利用して「光合成」で「酸素」を作り出しています。実は植物も酸素を必要としていて、植物が残してくれた「酸素」を、人間を含めた他の生物が利用させてもらっているだけのことなんです。人工的に「光合成」と同じ反応を作り出そうとすると「莫大な電力」が必要とするんです。・・・・・・ということは、アマゾンの森林を伐採して、地球上の酸素の絶対量が少なくなれば、今度は「酸素問題」が待ち構えています。
 
 ホモサピエンスは本当に「絶滅」の危機を乗り越えることができるのでしょうか。

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PS:世界中に「アノマロカリス」の研究者がいますが、2010年の学会発表では、アノマロカリスは食物連鎖の頂点にいた生き物ではなかったという説が出されたことがあります。
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by taira710 | 2013-09-25 20:38 | Comments(0)

愛知・北海道・東北・関東そして東海・名古屋に戻ってきて前半戦総括!

2013-09-23
日本列島縦断旅行総括


第6弾 新宿➔町田➔鎌倉➔辻堂➔小田原➔沼津➔名古屋➔セントレア空港
   
 8月8日(16日目)~8月10日(18日目)


8月8日(木曜日) 第16日目

「グリーンプラザ新宿」では生ビール中500円、中国式オイルマッサージ2時間\7980円を精算しました。 新宿の朝は「カプセル」の中で覚醒。嬉しいことに鼾をかく人が周囲にいなかったので熟睡できた。私が周囲に迷惑をかけていたかは、この際問わないことにする。カプセルホテルは靴を入れた靴箱の鍵をフロントに預ける必要がある。頻繁の出入りがあるとセキュリティーが守れないからだと思うし、店内の飲食・収入源に大きな影響を与えるからだと思う。しかし、「出入り禁止」の張り紙はされていない。私は予備のサンダルシューズを所持しているので、それを着用して外出、朝食後、再入室して、荷物をまとめて10時前にチェックアウトする。

昌士兄貴に電話して、今から「町田」に向かうからとTEL.、兄貴は「今からテニスの予定が入っている」とのこと。兄嫁が迎えに来てくれるとのこと。東京に来るたびに兄宅に遊びに行くので、マイペースで行動ができるのが嬉しい。ところが、また電話が掛かってきて「平さん、昌士さんがテニスする予定してますけど、平さんも一緒にテニスしませんかと言ってますけど」とのこと。勿論「いいですよ!」と返事してしまった。正直、昨日の今日で疲れていることは確か・・・でも「テニス」と聞くと、ほとんど高確率で「YES」と返事してしまう。小田急線 新宿➔町田  360円

11時から80分間、「試合」ではなくレッスンとのこと。コートに行くと、受付で声を掛けられる。何と初心者の体験入所で、ラケットもシューズも貸してもらえる。80分間たっぷり楽しみ、その後は兄夫婦と食事タイム、料理屋「梅の花」はブログでも紹介させてもらったが、接客態度も雰囲気もとても好感度が高い。戴いたご馳走は、勿論兄貴の奢りです。ご馳走様でした。

兄宅に帰り、洗濯は兄嫁に頼んで、ブログ入力と、本夕「塩田眞理子さん」のライブが鎌倉であるので、それまで暫く休息。18時を回って、いざ出陣。町田➔相模大野➔藤沢➔(江ノ島電鉄)➔鎌倉 距離が短いので、きっぷの購入が必要。300円+290円=590円

「鎌倉ダフネ」での再会、新しい出会い・・・・楽しかったですね。音楽を愛好する人達は、本当に心が大らかで、人生の愉しみ方を知っておられるという印象。ちょっと時間が遅くなっていたのと、お目当ての塩田眞理子さんのライブの予定が午後10時30分までだったので、残念ながら鎌倉ダフネに長居はできなかった。  鎌倉ダフネではいろいろと飲みましたし、チャージ料が必要でした。\3800円

ライブ終了後、塩田さんが辻堂で少しお時間を作ってくださいました。鎌倉➔大船➔辻堂 230円
嬉しいことです。普段はカッコいい「ジャガー」に乗っておられるのに、今日は車は最寄り駅までとのこと。辻堂南口駅前にある「魚民」はPrivate Diningが売りで、なかなか客席の創りに雰囲気があるし、案内してくれた場所は「辻堂の1万ドルの夜景」が見渡せるなかなかの席。何よりも良かったのが、夜景よりも塩田眞理子さんと並んで食事している姿が、目の前のガラスに映りこんでいること。・・・・・いやあ、いろいろお忙しい眞理子さん、ありがとうございました。

クラシックラガー・ウーロン茶・海鮮サラダ・焼き万願寺・いかげそ唐揚げ・茶漬け明太子・鶏せいろそば゛
お勘定は\3778円でした。楽しい会話と食事を愉しんで、お店を出たのは、深夜の1時前でした。

 塩田さんとはお別れして、今宵の泊まりをどのようにするかです。兄嫁には「今日は帰らない」と連絡を入れていたので、別紙ブログ記載の通り、有り難い処に、有り難い値段で「宿泊」できる「ネットカフェ」がありました。ビジネスホテルとの差は「部屋が確保されていること」「ベッドがあること」くらいですが、パーテーションはしっかりできていますし、ベッドも「簡易」といえばありますから、この値段で自分の空間を確保することが保証されたら、そりゃ若者は利用するでしょうね。間違いなく快適です。
   快活クラブ  8時間パック 1500円 シャワー300円  フェイスタオル150円 \1950円
   深夜1時09分  ローソンで買出し歯磨きセット・大福餅・コカコーラ・清涼飲料水 339円

8月9日(金曜日) 第17日目

 翌朝、8時過ぎにチェックアウト、辻堂の駅中でそばを食す。   \300円
 辻堂➔藤沢➔相模大野➔町田 480円 
町田の兄宅で、仮眠・昼食、ブログ入力し、「もう一晩泊めてもらえるかな!」と了解をとり、のんびりと過ごす。ブログ入力も捗ったし、休息も取れて、とても気分が良い。夕食の時間となり、兄夫婦がまたまた「外食」に誘ってくれる。ブログにも書かせて貰った「料理屋・三右エ門」に誘ってもらった。ここで「弁解」しておくが、兄嫁は決して料理が苦手でもないし、下手でもない。彼女の料理の腕はプロ並みである。でも、何故一緒に外食するのか・・・それは一緒に「愉しみたい」から。
 
帰宅してからもいろいろと会話させてもらった。私が66歳・兄貴が72歳、兄嫁は私と同い年・・・それがいろんな話題で会話できる。楽しいし嬉しいし、貴重な存在である。その夜はゆっくり睡眠させてもらった。

8月10日(土曜日) 第18日目

 6時前に起床、まず荷物の整理、不要なものは大阪に送り返す。大阪を出て17日間旅をし続けてきて、本当に長期旅に必要なものと「不要なもの」がはっきりと分かるようになってきた。パッキングした荷物を兄嫁に発送を依頼して、洗濯済みの衣類などをパッキングして、十分に英気を養いことができたので、いざ、明日は「石垣島」に向かって出発だ!!!

 町田➔8時23分から小田原急行に乗車 590円支払い➔小田原➔熱海➔静岡➔浜松➔豊橋➔金山➔(名鉄の乗り換え)りんくう常滑:680円  ➔Jホテルりんくうにチェックイン 15時25分 719号室
      所要時間:7時間02分          宿泊料金:\6300円

 ホテルにチェックインしてテニス仲間の友人にメール、やり取りが何回か続いて、良い時間に待ち合わせの約束ができる。りんくう常滑➔名鉄名古屋  680円
名古屋ではやはり名物を食べないと・・・・・「浜寿司」「風来坊」と連チャン・・・・
いいね、吉田さんとは今まで何度と無く飲んでいるが、まさか名古屋で付き合ってもらえるなんて嬉しい限りです。ここの「飲み代」は余り正確には覚えていないが、浜寿司では私が払って、風来坊では吉田さんにお願いしたように思う。         まあ\ 7000円というところかなあ。

 とても「満足」して帰り着きました。明日はいよいよ「石垣島」です。天気も良さそうです。


      この3日間の合計      交通費総計:3610円  食費総計\15417円
                    宿泊代総計:8250円  雑費総計 \7980円

前半戦:7月24日~8月10日までの使用金額総計公表:  

交通費累計:\126140円
                 食費累計: \106259円
                宿泊費累計:\148971円
                 雑費累計: \ 32790円
              累計総計: \414160円


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by taira710 | 2013-09-23 22:43 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

8月7日は本当に長~い1日でした。でも、充実感最高!!



第5弾: 会津若松➔会津鉄道➔会津高原尾瀬口・檜枝岐・沼山峠・尾瀬沼・➔会津高原尾瀬口➔
 野岩鉄道 ➔新栗橋➔東武鉄道・曳舟➔浅草➔新宿  
Part3 8月7日 15日目 この日たった1日のこと!!

8月7日(木曜日):15日目
会津若松の東横インは「接客態度」も「食事」も言うことありません。素晴らしいの一言。

今日は、今まで憧れ続けてきた「尾瀬・至仏岳」に行きます。最初、駅前のバスの運転手さんに「尾瀬行き」のバス乗り場を尋ねると、もう「運行していません」との返事。JR窓口に行くと、会津鉄道の発車時間が間もなくとのこと。大急ぎでホテルに戻り、荷物を引き取り、会津鉄道に乗車。途中「乗車券代の請求」をされる。\820円 8時53分会津若松発➔会津田島9時58分➔会津高原尾瀬口10時44分

会津高原尾瀬口で下車、そこからバスで「沼山峠」まで行く必要がある。でも、距離感が全く分からない。
バス代金往復\4000円(会津高原憩いの家で購入)の値段にびっくりした記憶がある。11時05分発に乗車乗り始めて何と2時間以上・・・これは予想していなかった。「檜枝岐村」(ひのえまた)を過ぎて、まだ進む・・・どんだけ乗るねん! 正直内心ドキドキ・・・・尾瀬から帰れなくなったらどうしようという思いが・・・何と2時間10分かかりました。このような時こそ「想定外」と言うのです。

「沼山峠」に到着したのは13時15分、早速帰りのバス時間を確認すると16時20分発が最終便。ということは、往復「3時間」というタイムリミット内で「尾瀬沼」を往復する必要がある。最初何とも長いくだり道が続くので、帰りの時間は5割増しで計算しておかないと・・・ということは「難しい」この計算は簡単にできないよ!! でも、道は歩きやすいし、14時02分尾瀬沼ビジターセンターに到着しました。1時間以内に到着できたので一安心。天気も良いし、とてもとても楽しめました。
お土産物売り場・・・・「あゆの甘露煮」700円(兄宅へのお土産になりました) 店長さんらと話が盛り上がりました。

予定していた帰りのバス16時20分発に乗り、会津高原尾瀬口に到着したのは18時20分、正直勘違いしていて、会津田島までバスに乗っていく予定をしていたんです。何故分かったかというと、トイレに降りて、ロッカーとトイレの記憶があって、「そうだ、ここからバスに乗車したんだ!」と気づいたからです。本当に降り場を間違えなくて良かった。大変な事態になっていたと予想されます。

18時36分に野岩鉄道鬼怒川線に乗車し、車内で詳細に「乗り継ぎ」時間をチェック。どうしても「浅草」までたどり着けそうに無い。幸いなことに車掌さんが乗車していたので「アドバイス」を受けるために相談すると、嬉しいことに「この時刻表には掲載されていないですが、臨時列車が出ているんです」と教えてくださる。これで「浅草」には何とか到着できそうである。一安心!!!  
野岩鉄道➔乗車料金\1180円
「南栗橋」で乗り換え➔「曳舟」で乗り換え➔東武鉄道特急に乗車・・・・改札口で「東武スカイツリーライン」分の乗車料金140円を請求される。

車内で「浅草」圏内の宿泊先を6件ほど探しまくったが、どこも満杯。そこで思い出したのが、以前に東京に来たときに宿泊したことのある「新宿のカプセルホテル」・・・名前はうろ覚えだったが、検索しているうちに「場所的」に記憶があったので思い出す。地下鉄も山手線も総武線も動いているので、移動は簡単。ICCAカードで乗車 160円 総武線は「青春18きっぷ」でOK!
23時20分「カプセルホテル・グリーンプラザ新宿」に到着。会員カードがあれば安くなるのに、今回は持参せず。
グリープラザ新宿宿泊代金\4300円
風呂に入り・生ビールを飲み、マッサージをしてもらって、鍵のバーコードで支払いチェック、翌朝精算予定。ちょっと空腹を満たすために外出、東京の「富士そば」は大好きです。紅生姜天そばとカレーライスとビールは美味しかったです。1180円
長時間の車内では大鰐温泉で購入した「味よせ」と水筒の飲み物で空腹を満たしていました。
その後は、もうぐったりと就眠。会津若松8時53分乗車➔新宿到着  14時間27分の旅でした。

                      交通費合計:6300円  食費合計:1180円
                      宿泊費合計:4300円  雑費合計: 700円

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by taira710 | 2013-09-23 15:42 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

東北大震災と津波の被災者の方々は必死に生きておられます!!



第4弾:天童➔山形➔米沢➔福島➔相馬➔会津若松
 
 
Part2 第13日目~14日目:8月5日(月曜日)➔8月6日(火曜日)

8月5日(火曜日) 13日目
 コンフォート天童の朝食は美味しかったです。早速、レンタサイクルを借りて、市内めぐり。天童郵便局で用事を済ませ、天童の橋めぐり、アンジェリーナの女性たちとの出会い、天童公園、最近ブログ入力が続いているので「目に疲労感」を感じ始めていました。たちばなや薬局で「新アイルビー」目薬950円で購入。

 今回の旅行は本当に天気にも恵まれ、ツキまくっていた印象が強かったが、今までのブログには書いていなかったが、あれだけ思い出深い「天童」で、「何故か理由が分からない感じて」青春18きっぷを紛失してしまった。コンフォート天童をチェックアウトして、駅まではものの5分、いつものポシェットに入れているポケットに「青春18きっぷ」が無い!!!!。焦りました!!! 荷物も全て点検してみたが不明。昨夜、天童駅に到着して、歩いて5分でホテルにチェックイン、間違いなくポシェットに収納した記憶があるのに、紛失。ホテルにもう一度戻り、部屋を再チェックするも見つからず。それも、函館で新規に購入しているから2回しか使用していないのに・・・・こんなことに。あああ・・・・・!

 でも、こんなことでめげていたら、これから「どんなことが待ち受けているかもしれない」日本列島縦断旅行なんて完遂できない。気分転換に駅前にある「将棋資料館」を見学、「へえっ!」と思うことがいくつかあってなかなか楽しめました。将棋資料館300円
天童駅で新規に「青春18きっぷ」を購入して、12時29分発の「山形行き」に乗車。\11500円
12時50分山形駅に到着。

 山形では1時間30分待ち、嬉しいことに「山形県・花笠踊り」の初日に出くわすことができた。
どこか近くに観光名所がないか観光案内所でもらった地図を広げて検討している時に、花屋のお嬢さんスタッフと楽しい会話をすることができました。結局、観光はせず。
 山形駅では「山形特産:牛めし」980円、ビール200円 14時24分米沢行き➔15時13分到着

米沢では「ずんだん餅」を購入しました。650円 米沢では2時間30分の待ち時間です。この時間も有効に使えました。17時46分米沢駅から乗車➔福島駅に到着したのは18時31分でした。インターネットで予約できていたので安心です。東横イン福島東口2」にチェックインできてホッとしました。夕食は成田綾子さんが調理された「カレーライス」がまた美味かったですね。    
東横イン福島東口2➔宿泊代 \5480円

ここまで「総括ブログ」を書き続けてきて、「ハタっ」と気づいたことがありました。そうです。「コインランドリー」の洗濯・乾燥代金を計上するのを忘れていました。洗濯200円・乾燥200円はかかります。
今日で13日目・・・・・・栄・旭川・福島・・・? 3回は「洗濯」しました。1200円を計上。
セブンイレブン22時33分➔缶ビール・100%グレープ・カップヌードル 422円

                       交通費合計:11500円  食費合計:2252円 
宿泊代合計5480円   雑費合計:2450円                       

8月6日(水曜日) :14日目

東横イン福島東口2の朝食は「漬物」「サラダ」が抜群に美味しかったですね。

10時30分福島駅東口➔相馬営業所 12時到着
1000円です。道路はとても整備されていますが「高速バス」ですので、かなりスピート゛を出します。対向車がまた復興作業途上の大型のトラックが多いので、とても緊張してしまいます。
 終点の相馬営業所からJR相馬駅まで歩いて10分ほどです。
 相馬駅の駅員さんに尋ねてみましたが、まだまだ復旧途上で、3駅先の「原ノ町」までしか線路ができていません。12時25分相馬駅発の列車に乗っていくと「とんぼ返り」していると、バスの時間に間に合わない。
でも、折角「相馬」に来て、海岸線までは行っておかないと!

まずは腹ごしらえです。駅前に一見「貧相」なラーメンの暖簾がかかっている。余り期待感もなく扉を開けて中に入ると「満員状態」・・・・ラーメン・ビール・餃子1人前でしめて\1450円
駅前に戻ると「荒川光雄さん」の運転するタクシーが客待ちをしていました。いろんな話を聴けました(ブログ参照) \ 4820円も掛かりましたが、これも地元への「還元」です。
14時20分のバスに乗って福島に戻りました。\1000円 福島駅東口到着:15時50分でした。

 この日のうちに会津若松に移動しておく必要があります。・・・・何故なら「尾瀬」には時間的余裕を確保して行きたいからです。自然を舐めると怖いからです。福島駅16時51分に乗車➔郡山経由で18時59分に会津若松に到着できました。会津若松東横インで「ワタナベさん」にフロントで出会えました。

 シャワーを浴びて、会津福島の市内を「美味しいて楽しい店」を求めてそぞろ歩き、捜し求めていた店は閉店していらしく、その代わりに「居酒屋・一箕よしむら」というお店に出会えました。本当に楽しい時間でした。詳細はブログ参照してください!!! ここでのお勘定は \ 3800円
   22;35➔セブンイレブン 午後の紅茶 韓国風海苔 \285円
      
              交通費合計:6820円 食費合計:5535円  宿泊費:5480円  

                   交通費総計:18320円  食費総計:7787円
                   宿泊費総計:10960円  雑費総計:2450円

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by taira710 | 2013-09-23 14:02 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

東北編のスタートです! 本当に楽しい体験がいっぱいでした!

  2013-09-23



第3弾:東北編 Part1:関門海峡・青森・大鰐温泉・大館・秋田・天童
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8月3日(土曜日)~8月4日(日曜日) 第11日目~第12日目


8月3日(土曜日)

 函館駅で2枚目の「青春18きっぷ」購入、\11500円 単純に1枚クリアーしたかと思うと嬉しい。2枚目はピンピンしたきっぷ。
10時27分函館発(江差行)➔11時59分木古内で「特急白鳥28号に無料乗車」12時51分「蟹田」到着
➔次の普通列車まで1時間14分の待ち時間あり。東京理科大学の3人組と海辺で遊ぶ。いいね、旅で出会った若者たちと談笑できるなんて!!!➔青森に14時42分到着。
白鳥車内で貝柱と缶ビール購入 270円+1050=1320円 
大鰐温泉に行きたかったので、まず青森駅近くに予約できたホテルがあったので、チェックインして荷物を預けることにする。駅から遠かったら、こんなアイデアも役に立たない。
駅で東京理科大学の3人が待っていてくれる。15時26分青森発、弘前で乗り換えて、16時35分大鰐温泉に到着。入浴代500円、タオル200円 味よせ370円
津軽ビール800円 温泉もやしそば大盛り850円

HOTEL ABEST(017-723-2001) 602号室、5階にフロントがあって、6階まで階段を登るという建築が面白い。後からホテルにしたんでしょうか。
ホテルでシャワーを浴び、ブログ入力して、いそいそと街中に出かけていく。いいね、「ねぶた祭」のお囃子の響きは・・・・若いぴちぴちの女の子たちが、大鰐温泉よりも遠方から青森へ乗り込んできていた。
ねぶた祭を堪能し、後は喉を潤すこと。「朝市寿司」での数時間は本当に楽しかったです。領収書貰い忘れたので正確にはよく覚えていませんが、お釣りはいいですとと断って11000円支払いさせていただいたように思います。
ホテルに帰って、勿論熟睡しました。

交通費合計:11500円   食費: 14340円
                   宿泊費:ねぶた祭値段:10345円(朝食付き)
雑費:700円
8月4日(日曜日):12日目です!

 今日は長丁場です。早起きしました。ホテルの朝食とても美味しかったです。
青森発9時08分発の普通電車「大館行」に乗車➔10時42分に到着しましたが、12時9分発の「秋田行き」が発車するまで1時間27分もあります。ここは、観光案内所で名物「きりたんぽ」を食べさせてもらえる店を尋ねてみる。嬉しいことに「日曜日・11時開店」の店がありました。でも、タクシーを使うしか方法がありません。「かつらタクシー」の運転手さん、きりたんぽ専門店「元祖・むらさき」の送迎をしてくれました。820円+910円=1730円(往復)
元祖「むらさき」は評判のお店らしい。接客態度もOK、勿論味も最高でした。1860円
満足して12時9分の「秋田行き」に乗車できました。
秋田には13時51分に到着しました。「秋田・竿灯まつり」です。
 秋田では何か食べましたかね!!?・・・・記憶もないし、領収書もないです???多分、何も食べなかったと思います。待ち時間がたった39分間でしたからね。
14時30分秋田発➔17時08分新庄到着 乗車時間:2時間38分 27駅 
新庄19時06分➔天童 19時58分 「乗車案内」で調べていて、山形行きの普通電車が17時21分、18時05分と2本も私が乗車した時間より早い列車が出てくる。でも、到着時間から逆算すると19時06分に乗車している。2時間近くも新庄にいたのかなあ?かなり精力的にブログ入力はしていました。
山形県新庄市NEWSDAY➔ビッグヌードルカレー・特上栗どらやき \325円
天童のホテルにチェックインしたのは20時を回っていた。シャワーを浴びて近くの居酒屋でも行こうかと一度はホテルを出て歩き出したが、疲労感が強かったので、朝食を楽しみにしてブログ投稿し早々に就眠。
                 交通費合計:1730円  食費合計:2185円
    コンフォート天童宿泊代:\5200円

                 交通費総計:\13230円  食費総計:16525円
                 宿泊代:15545円     雑費:700円

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by taira710 | 2013-09-23 10:00 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

「チキンラーメン・トラウマ」になっちゃった心優しき【発明家】のお話・・・・・

 2013-09―21

 私の友人にイニシャルが「S.M」という男がいる。私よりもたった1ヶ月早く生まれただけで、いつも先輩風を吹かせて、先に挨拶をしないと不機嫌になる・・・・イニシャル通り、マルキ・ド・サド伯爵のように「究極の自由」を追い求めて、人生の大半を「刑務所」と「精神病院」で過ごさざるをえなかった人物ほど先鋭的でもないし、オーストリアの作家ザッヘル=マゾッホや、「性の心理学」でマゾヒズムの概念を提唱したクラフト=エビングのように「性的倒錯」に興味がある人物でもない。ところが、この男が何とも素敵で包容力のある男で、まだ私のテニス人生で偶然知り合って、たかだか5年未満という人物であるが、その男の魅力の虜になってしまって、毎週土曜日になると、テニスを愉しんだ後、その男の自宅にお邪魔しては、ただダラダラと飲み食いを愉しむ「反省会」をし続けている。

 この男、何とも不思議な男で、今はもう自分で起業した会社の「会長」職を担っているという一端の男には違いないが、自分の息子が小学生の時に、父親の職業欄に「発明家」と書かれたというエピソードを持っている。私は、今、精一杯「介助員・看護師・救急救命士」という肩書きを有効に使わせてもらって仕事を続けることができているが、自分の息子に「発明家」と認知されているオヤジなんて、この世に何人いてるんだろうかと不思議に思ってしまうと同時に羨望の気持ちもある。彼は自分の思いついた「idea」に「付加価値」を「on」にして、必ず具象化できる「天才」に違いないと内心思っている。正面きって褒めると「本気」にするから迂闊に本音は言わないようにしている。

 私は、特に高校生になってから「発明」「発見」に関してはかなり興味を持った時期があり、「発見」は比較的「地理的」な範疇だという思い込みがあって、ある時から「地球って小さいんだなあ!」という印象を持ち始めてから、「発見」にはほとんど興味が無くなってしまい、「発明」に比重が極端にシフトしてしまった記憶がある。今はもう絶版になっているが、日本経済新聞に長期に【発明】のエピソードが連載されていて、とても楽しく刺激的に読んだ覚えがある。

 彼の話をいろいろ聴いていて、時代を一世風靡した「チキンラーメン」の話はかなり面白い。ある関西のテレビ番組では、世の中に売り出されている様々なお菓子・食品・調味料などの製造工程をレポートするコーナーが人気になっているし、事実、「へえっ・・・こなして作っているんや!」(こなしては正に大阪弁で、こんな風にしてという意味を持っている)というインパクトが毎回あり、かなり評判が良い。でも、視聴者を「不愉快」にさせる情報は、ものの見事にカットされている。

 ところが、SMさんは、まさに「発明家」の面目躍如、様々な企業からの「省力のためのアイデア要請」の依頼が多々あった時期があり、今や専売特許になっている「チキンラーメン」の製造工程でのコンサルテーションの要請を受け、その製造工程をつぶさに検証して回り、全ての製造工程を見学したキャリアがおありなのです。そのような「体験」をすると、まず画面では放送される事の無い「ニワトリさんたちの屠殺(とさつ)」現場も体験されるということになってきます。それ以来、ニワトリの匂いと鳴き声がトラウマとなり、「チキンラーメン」が食べられなくなったというリアリティーを抱えたという過去があります。

 人間という生き物は「見て見ぬフリをする」ということがとても器用にできる生き物なんですが、極めて極端なベジタリアン以外の人間は少なからず、世に言うところの畜産・牛・豚・ニワトリの恩恵に浴しているのですが、人間という「生き物」もただの「食物連鎖」の中のひとつの「鎖」に過ぎず、どんな綺麗事を並べたって、人間は「残虐」の限りを尽くして生き延びなければならないのです。良心が咎めたり、自分の主義主張に合わなければ、ただ、その物を食べることを止めさえすれば良いだけの事です。ただ、ベジタリアンは全く「良心の呵責」に苦しまなくても良い存在なのかといえば、「植物だって生き物です」と主張される方々もきっと多いでしょうし、人間はただ謙虚に「人間としての自分の立ち位置」を正しく理解しておいた方が良いとは感じます。

 私の奥さんは、ある人が言っていた言葉にとても共感していて「人間は他の動物・生き物と同じように、自分の体力でゲットできないものは、意図して食べないように心がけたほうが良いです」という健康保持の価値観を良く持ち出してきます。私は「まだ、釣りをして魚をゲットする体力は残っています」という自己体力評価から「もう牛は自分一人ではよう殺すことができないので、最小限にします」と本気で思っています。この言葉は強ち間違いではないように思っています。鯨は勿論捕獲できないし、鹿・熊・イノシシもそうです。もはや、勝負できません。ニワトリ・・・捕まえられるかなあ??

ここまで書き連ねてきて、一体何を言いたいのかといえば、文明はオートメーションを進めてきました。でも、オートメーション化のせいで、失業していった人達は数多くいます。でも、そのオートメ化のアイデアは決して「罪悪」であるはずがないのです。チキンラーメンは今も爆発的に売れ続けています。その背景に「ニワトリの屠殺方法」の合理的なアイデアが工夫されてきた過程があるのですが、人間は数多くの生き物を「絶滅種」として血祭りに挙げてきました。畜産に関しては「治外法権」とは決して言えません。私は「牛肉」なんて大好きです。牛に対して「感謝」こそすれ、涙や呵責があるはずもありません。

SMさんは自分の開発したオートメ推進器械の「発明」によって、「職人」と呼ばれていた人たちの職域を奪い、失業者を生み出し、大量の畜産の屠殺を進めてきたという「良心の呵責」があるそうですが、それをあえて非難はしませんが、そのオートメ化のアイデアが無ければ、人間のどれだけ多くの人々が「飢え」に苦しんできたに違いないと思うのです。チキンラーメンの発明・販売された1958年以降、未だに「すぐおいしい、すごくおいしい」というキャッチフレーズが頭に染み付いていますが、チキンラーメンが「安価な即席食品」として売り出されたお陰で、どれだけ多くの子供たちが「空腹」という苦痛から解放されたことか!!!人間社会の宿命なのか、人件費を削減するオートメ化を推進しないと、生産コストが安くならないのです。大量処理・大量生産を押し進めることは、従業員の馘首を招かざるをえません。でも、反面、多くの人々がその安価な製品を購入することができて、恩恵に浴することができるのです。

 人間は「ただの人間」ですから、すべてを見通すなんてことはできません。でも、身近で卑近な実例として挙げられるのはスーパーやコンビニの品揃えの多さや、回転寿司屋の迅速な「提供スタイル」、その背景にどれだけの「オートメ化」が進んでいるのか・・・その背景にどれだけの畜産・魚類などの命が奪われているのか・・・・・・「人間ほど残酷な生き物はいないんですよ!」と自覚することで、何かが大きく変化するとは思えないですが、人間は「正しい食物連鎖」の一端を担う責務があるとは思います。「飽食」過ぎて、「絶滅種」「絶滅危惧種」を量産していくことは、自らの首を絞め、近い生来、自らの命を絶つことに等しい行為であるという事実には、もう気づいて良いのではと思います。

人生で1300以上の発明をしたトーマス・アルバ・エジソンは次のような言葉を残しています。

「私の発明は、すべての人にとって役に立つ物でありたい。そして、世界の平和に貢献するような物でありたい。もし私の発明で一人でも人が死んだとしたら、私には人生を生きる意味も資格もない」

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  添付した写真は、先日9月20日にあった文化発表会で出会った私のお気に入りの作品です。
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by taira710 | 2013-09-22 11:35 | Comments(0)

宇宙とは地球の母である・・・その果てに何があるのか・・

  2013-09-18

  先日、新聞のトップニュースに1977年に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の探査機「ボイジャー1号」【Voyager】とはVoyageの人称形で「旅人」の意味だが、その人工飛行物体が2012年8月に初めて太陽系を完全に出たことが確認された。ボイジャー1号は現在、太陽から約187億キロ付近を時速約6万キロの速度で飛行中とのこと。もう完全に頭の中はすでにSFの世界。太陽の重力圏からは出て、太陽風の届く範囲を超えたという記事が報道されていた。どうしてそのように判定されたかというと、ボイジャー1号から送信されてきたデータの中の「電子の密度」を分析したところ、太陽系外の恒星間に広がる「星間空間」で想定された値にすでに達していたために、そのように分析されたという話。今後は太陽系から抜け出たので、宇宙を飛び交う「宇宙線に由来する電子」などの密度が急上昇すると考えられる。・・・・・壮大な世界。

  宇宙と言えば、カール・エドワード・セーガン(Carl Edward Sagan, 1934年11月9日 ~1996年12月20日)を思い出す。彼の著作の「COSMOS」上下巻を図書館で借りて夢中で読んだ覚えがある。今、その内容を検討したら、彼のような有能な天文学者にしても「想像力の限界」があったんだなあと感じる面もあるが、彼はNASAにおける惑星探査の指導者でアメリカの天文学者、作家、SF作家など多才な才能を持ち合わせていた。彼は科学を「悪霊がさまよう闇の世界を照らすろうそくの光」と比喩で表現した。科学の進歩は本当に遅々として、簡単には大きな成果を挙げられないが、コツコツ努力を積み重ねることによって、ろうそく程の光明を見出すことができるんだという状況を的確に表している。ボイジャー1号&2号の製造に関与し、彼の死後もそれは宇宙空間を飛び続けていたのです。

  彼は1994年、61歳の時に「骨髄異形成症候群」と診断され、その2年後に彼はこの世を去ってしまいました。でも、彼の宇宙空間に描いていた「世界」の一部は私も共有できていたという思いがある。小さい頃から私は、なんせ「空」を眺めることが好きだった。夜でも昼でも空に浮かんでいる雲から月の形状・・・・星の瞬きに自分だけのロマンの世界を構築したり・・・・高いところに登るのも好きだった。何としても屋根の上に登って、見えない方角の世界を見てみたかった。山に登ると、どうしても頂上から見える「別世界」を観ないと気が済まなくなっていた。今回の旅行では、今でも続いている「その気概」が大いに役に立った側面を感じている。

 20代の頃までは「死んでもいいから、宇宙の果てがどんなところか知りたい!」と思ったことがある。しかし、人間には空気も水も食物も必要で、とてもじゃないが宇宙に行くどころの話ではないことが理解できてしまう。

 でも、若い頃から女性と「宇宙の話」をしても全く展開していかないことを何度か経験して、ある本を読んでいて「女性は自分の体内に「子宮(the uterus)」という小宇宙を持っているので、天体という宇宙には全く興味が湧かないのです」てな言葉に出くわしてから、ああそうなんだと未だに思い込んでいる。山﨑直子さんや向井千秋さんのような特別な例外はあるが・・・。それこそ、母親になった女性が、お腹を減らして泣いている赤ちゃんをほったらかして、月や星をボーッと眺めていたら、やはり人類は存続できなかったに違いないと思う。DNAの中に、あるいは「母性」というものの中に、ロマンとは別の本能を置いている存在が女性だと思っている。

 2003年にMVロケットによって打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は7年という歳月をかけて、総移動距離60億kmにおよぶ長い旅を終えて地球に帰還した。2005年夏にアポロ群の小惑星 (25143) イトカワに到達し、その表面を詳しく観測して[サンプル採集を試みた後、2010年6月13日地球に大気圏再突入しウーメラ砂漠へ軟着陸 した。帰還カプセルは、直径40cm、質量16.3kgの蓋付中華鍋風の形状をした耐熱容器で、地球重力圏外にある天体の固体表面に着陸しての「サンプルリターン」(砂・岩などのサンプルを採取して帰還すること)は、世界初の奇跡的な宇宙事業といえる。

 最も長い期間を航行し、地球に帰還した宇宙機【小惑星探査機:はやぶさ】➔2,592日間

 カプセルは地球に戻ることができたのですが、その母船でもあった「探査機はやぶさ」は大気圏に再突入して、その際の摩擦熱で見事に燃え尽きてしまったのです。はやぶさに託されていた最後の仕事は「故郷・地球」の映像を撮影して送信することでした。しかし、「カプセル放出」準備の為に、カメラは地球とは反対方向を向いていたのです。その大気圏突入直前に送信してきたのは「たった1枚」の地球の写真だったのです。はやぶさは故郷「地球」の姿をレンズという目に焼き付けて、燃え尽きてしまったのです。

 宇宙について知ることは地球の未来を創造していくことだと思います。惑星の母なる太陽は「核融合反応」というもので燃え続けています。でも、なんと50億年くらい経つと、燃えるものがなくなり、輝き続けることができなくなります。最期をむかえた太陽は、質量が減り、どんどんふくらんで、地球や火星の軌道あたりまで太ってしまうことが予測されています。その頃の人類は・・・・
 
 宇宙は決して「理解」できないものではなく、人間の英知は「その謎」を解けるだけの進化をしていのだと思っています。その為には、人間同士が「戦争という愚かな殺し合い」を続けている限り、英知を結集することはできないに違いありません。

PS:先日、我が息子が遊びに来た時に「ブログの記事」に関しての話になって、高校の教師をしている息子が
 「旅の記事が終わって、ただのブログになってきてるけど、この前のニックネームの話は同感やなあ。テニス  部のメンバーは全員ニックネームで呼ばしてもらってるんや!」と感想を言ってくれた。実は旅が終わって、 普段感じていることを書き留めておきたいという気持ちが強いので、日本縦断旅行の総括は当然投稿してい きますが、「このような記事」が出てくることも覚悟しておいていただければありがたいです。
 
 人間・日垣 平 66歳の覚悟・・・・・・何パクってまんねん、あきまへんで・・・・・

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by taira710 | 2013-09-18 21:13 | Comments(0)

北海道は美しい景色と海の幸の桃源郷!!うま~い!!!

2013-09―16 
 第2弾 利尻・礼文島・旭川・美瑛・小樽・函館

7/29(月曜日)第6日目 名古屋から一気に「利尻・礼文島」に飛びました!!!

   セントレナ空港   ANA703便    9:35発➔11:15新千歳空港
      新千歳空港➔利尻  ANA4929便  13:15発➔14:05利尻空港
                          43300円+手数料1050円=44350円
 この旅行を計画したのは7月19日に中学校の終業式を終えてから、実際にインターネットで検索し始めたが、名古屋中部空港から「利尻・礼文島」へのフライト便が全く探すことができず、茨木の「日本旅行」に相談。フライト便があっても「宿泊施設」が満杯かその逆・・・7月下旬に出発すると「日本縦断旅行」の日程が不足するような気がして、「もう24日に出発じゃ!」と覚悟を決めて、7月23日に契約完了。それまでにテント設営訓練もしていたし、必要物品は揃えて「準備万端」だったので、特に不安は無かった。予定通り岐阜・愛知方面での準備段階も無事終えて、とうとう、当初の目的地「利尻・礼文島」へのフライト便の当日がやってきた。とても興奮していたのを覚えている。

新千歳空港で丁度2時間の時間があったが、とても有効に使えた。
千歳空港 南国酒家   五目あんかけ焼きそば  780円 美味しかったです。
利尻空港から鴛泊港までのバス代  310円 運転手さんとの会話楽しかったです。
今日は「礼文島」まで行って宿泊します。フェリー出港時間まで1時間ほどあったので「ペシ岬」まで登って来ました。あの岬は直観どおり登るべき処でした。楽をしてては、新しい景色との出会いは作れません。
鴛泊港➔礼文島・香深港 ハートランドフェリー 880円 16:00➔16:40 

礼文島はとても風情がありました。港も「礼文町郷土資料館」もいい感じです。利尻富士がくっきり見えます。三井観光ホテルは歩いて10分程、途中余りにも美しい利尻富士の姿、虹のかかった光景は一生忘れないほどのインパクトがありました。
三井観光ホテル535号室 23600円プラス
三井観光ホテル飲み物代金(4830円:ビール2本・焼酎ロック2杯・ウニ丼) ここが、今回の日本縦断旅行の出発点といえます。健康で事故の無いように達成できることを祈願して、ちょっと贅沢しました。
自動販売機:300円                     交通費総額:45540円
                             食費プラス宿泊代金:29510円

7月30日(火曜日) 第7日目: この日も天気、礼文島の朝焼けを見た後、美味しい朝食を食べました。

朝食後、「礼文島」の高山植物の観察のために「桃岩展望台」を目指す。楽しいひととき。
礼文島香深港11時30分発➔利尻島鴛泊港12時10分 880円 
北国ホテルまで送迎依頼のTELをしました。荷物をホテルに預けて「姫沼」を散策してみたかったからです。迎えに来てくれたスタッフの「金城さん」姫沼まで送ってくれて「ここは電話が圏外になりますから、甘露泉水のある姫沼・ポン山トレッキングコースを行かれたらいかがですか」と勧められる。姫沼を1周して、いざトレッキングコースへ・・・・これがなかなか楽しくて、道が手入れされていて歩きやすいし、道標や「レッドライン」(迷い込まないように要注意のテープが張ってあります)が整備されていて、とても安全に歩くことができました。1時間30分歩きました。甘露泉水を水筒に貯めて、TELすると迎えが直ぐに来ました。

北国グランドホテル(611号)は鴛泊港の近くにありました。ゆっくり温泉に浸かった後、「マッサージ」をお願いしました。心身ともにリフレッシュした後、食事の時間がやってきました。西日がオホーツク海に沈もうとしています。同年代の方とお友達になりました。   マッサージ代金50分4800円
19800円プラス飲み物代金(スーパードライ1、中ジョッキ2、昆布焼酎利尻1)3300円=23100円
星空観察は無料送迎バス:とても感動的でした!!! 明日は北海道の稚内です。青春18キップの活躍の時です。
                     交通費総額:880円  雑費:実は5000円払いました。
                     食費&宿泊費:23100円

7月31日(水曜日) 第8日目:利尻島から稚内~旭川まで

北国グランドホテルの朝食はご馳走でした。でも、昨夜の夕食ご馳走でしたし、お酒も良く飲みました。普段よりは少し控えめに摂取しました。
鴛泊港8時45分発➔稚内までのフェリー代金2180円 波は穏やかです。船内で突然WiFiが反応しました。どういうこっちゃ・・・・稚内の圏内に入ったからです。
稚内では稚内発の列車の本数が少ないので乗り遅れると大変!バス停からの稚内駅行きのバスが出ているが、ぎりぎりは都合悪い。タクシーを利用:590円し、少し余裕を持って稚内駅で待機する。
セレクトカフェ:ウインナーパン170円(稚内駅)
10時51分発稚内➔14:04名寄➔16:03旭川到着 5時間30分電車に乗りっぱなしです。
旭川エリアに入って漸くSoftbank WiFiが作動しました。「都会」でしか使えないと広告しろ!
16時25分東横イン旭川駅前宮下通りに宿泊決定 \6156円VISA
18時~20時 「カレーライス無料サービス」に遭遇、めちゃ美味かったです。
それでも「旭川ラーメン」が食べたくて、フロントで尋ねて「梅光軒」に決定、予想通り美味しかった。
Baeさんにビールを奢ったので\1670円になりました。
22:08➔ローソンで「レモンティー・ミルククリーム・つぶ大福」 \387円
交通費:2770円 食費:2227円
                       宿泊費:6156円

8月1日(木曜日) 第9日目: 旭川をベースに「美瑛」に遊ぶ!!!
旭山動物園はキャンセルしました。開園時間まで時間がありすぎて勿体無いです。

美瑛への往復は「青春18きっぷ」を活用。 夕張メロンソフトクリーム 300円
レンタサイクル松浦商店 パッチワークの路:2時間400円  パノラマロード 電動自転車1200円
四季彩の丘 200円カンパ、りんご150円
旭川観光物産情報センター:夕張メロンゼリー315円 そば&ビール:750円
16時10分旭川➔19時35分小樽到着 この日に「小樽」まで行ってしまいました。
 
 今宵の宿泊は、飛び込みで入った「ドーミーインPREMIUM小樽」\10950円 朝食付き1泊で「高い」と思いましたが、21時になろうとしているのに、これから探すのは労力の無駄、手を打つことにしました。夕食はありません。「寿司屋横丁」に行くには時間が遅すぎます。でも、どんな風情のところかは見ておく必要を感じました。「どこか美味しいとこないかなあ?」と思いながら、夜の小樽を散策していました。
21時59分 MOS BURGER(てりやき・照り焼きチキン・イタリアンチキン):740円
22時12分サンクスで缶ビール2本と小岩井純水すいかを購入503円
                         交通費:1600円   食費:2958円
                         宿泊費:10950円

8月2日(金曜日) 第10日目:小樽で遊び、そして「函館」まで行ってしまいました。

今朝も快晴です。レンタサイクル:500円 小樽運河➔花畑牧場➔北一ヴェネツィア美術館
花畑牧場➔カタラーナ 290+ドライアイス210=500円 濃厚ソフト 380円
石原裕次郎記念館➔入場料 1500円  スマートフォンポーチ 1700円 Tシャツ:2800円
「青春18きっぷ」で小樽から乗車12時11分➔途中69歳の「ひとり旅人」お二人にお会いできました。
JR森駅で3人とも「いかめし」購入500円(柴田商店) セイコーマート缶ビール161円
電車で知り合った「奥村」さんと知り合いになっていたので、宿泊先が未決定だったので、ホテルに電話してもらって部屋を確保できました。函館到着:20時55分コンフォートホテル函館に決定➔6800円
荷物を送るのにダンボールを買いました。\180円です。小包送料\1790円
夕食は森の「いかめし」を食べていたし、買い置きのカップヌードルを食べました。
明朝はいよいよ「本州・青森」に突入です。青森のホテルも何ともラッキー「確保」できました。
                   交通費:500円 食費:1541円
                         宿泊費:6800円 雑費:7970円

 7月29日~8月2日まで(第6日目~第10日目)
交通費合計:51290円 食費合計:  6726円
           宿泊費合計:76516円 雑費合計: 12970円  総計:147502円
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by taira710 | 2013-09-16 14:57 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


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