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私の人生に様々な彩り・思想・影響を与えてくれた人達!!

2013-10-29
私と共に「昭和の時代」を生きた人たち・・・きっと「天国」は賑やかに違いない!!!


私の青春時代は作曲家【弾厚作】であり、歌手「加山雄三」であり、映画「若大将シリーズ」の時代だった。
加山雄三という存在を知って、「世の中にこんなかっこいい奴がいるんや!」と思春期真っ最中の私にはかなりショッキングな出会いであった。その加山雄三は「弾厚作」というペンネームで作曲をしていたが、彼の作曲した曲の全てが私の青春と重なっている。私の人生で回数として一番口ずさんで歌ったことのある曲は舟木一夫の「高校三年生」(作詞:丘灯至夫、作曲:遠藤実、1963年リリース)と加山雄三の歌う【君といつまでも】と【旅人よ】とである。その当時から作詞家の欄に記載されていた【岩谷時子】という名前は印象に残っていた。
!!
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 その岩谷時子さんが、先日97歳で大往生された。彼女の作詞した数は3000以上とも言われているが、加山雄三には400曲も作詞されていたと知って驚いたが、私の愛した曲「夜空の星」「蒼い星くず」「お嫁においで」のすべてが青春時代の私の心を躍動させてくれていた。ピンキーとキラーズの「恋の季節」もそうだし、岸洋子の「夜明けの歌」島倉千代子の「ほんきかしら」ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」郷ひろみ「男の子女の子」
佐良直美「いいじゃないの幸せならば」・・・なんとまあよく聴いたものだ・・・・それが全て「岩谷時子」さんの作詞。また彼女は越路吹雪のシャンソンの世界を、その訳詩の才能によって見事に開花させている。「愛の賛歌」「サントワマミー」「ラストダンスは私に」は私の家内の好きな曲でもある。

 【歌】を通して、時代を一緒に生きてきたという「感慨」がある。昔は大晦日のNHKの「紅白歌合戦」に夢中になっていたが、ここ20数年チャンネルを合わせたことがない。振り返れば、この1年いろんな方が、私より先にこの世を去っていったが、【私に生き甲斐を与えてくださった方々】を思い返すと、歌手部門では「夢は夜ひらく」の藤圭子、バタヤンの愛称の「大利根月夜」の田端義夫、俳優部門では、この男は本当にくたばりそうにないなあと思うほどバイタリティーに溢れ、鬼気迫る演技を見せてくれた「三国連太郎」は大船撮影所の門扉に「犬・猫・三國、入るべからず」との看板が取り付けられたというエピソードがあるくらいの稀有の問題児だったらしいが、1968年、私が21歳の時に観た今村昌平監督の「神々の深き欲望」という映画のインパクトは「成人してたった1年目」の「人生経験の少なかった」私には【強烈過ぎる印象】を残した。その後「釣りバカ日誌」で西田敏行との掛け合いは楽しかったが、【本性】はここには無いと思っている。もうひとり「夏八木勲」は時代劇でも「戦国自衛隊」のようなSFチックな作品の中で、いつも存在感を示していた。

 映画監督の「大島渚」の「日本の夜と霧」「戦場のクリスマス」「愛の亡霊」どれも見ごたえがあったし、自分の中に何かを形成したように感じられた。映像が与える力は強いなあと感じさせられた映画だった。
ウクレレ漫談の「牧伸二」にはよく笑わしてもらった。納谷幸喜こと「大鵬」は1960年から1969年までの間に30回優勝している。【柏戸】関との対戦にどれだけ興奮したことか・・・ああ、懐かしいなあ!

でも、精神科医で思想家でもあった「なだいなだ」は存在感が別次元にあった人である。私の20代は雑誌「思想の科学」が大きな影響を与えてくれたが、「なだいなだ」もよく執筆されていて、私が、その後、精神科の看護師になることを後押ししてくれた人でもあったと感じている。人間の「正常」と「異常」に関して論説されていたこともあり、小田実や鶴見俊輔などと同じように、とても「学ぶことのできる」対象であったと感じている。その頃から変わった名前だなあと思っていたが、亡くなられてから初めて知ることができて、逆にビックリしてしまった。【ナダ】はスペイン語で「無」を意味する言葉で、「ナダ・イナダ」とは「何も無くて、何も無い」という意味を表しているという。鋭い文明考察とユーモアあふれる文章で、幅広い執筆活動を続け続けていた彼らしいネーミングだと思うし、彼の残した名言とされる中で
この二つは特に好きである。

「なまけものは、哲学を持っているが、働いてばかりいる人間には、哲学がない」

「子どもの愚かさをとがめすぎるから、その分大人が愚かになる」

彼の著作「片目の哲学」はなかなかの読み物である。そういえばコラムニストの天野祐吉、作家の安岡正太郎、そして【平成の鬼平】と言われた中坊公平、1955年に発生した「森永ヒ素ミルク中毒事件」は当時の厚生省によって隠蔽されようとしていた。「14年目の訪問」という保健婦たちの実情調査によって、真実が明るみに出てきたが、被害者弁護団の一員に勧誘されたときに「アカと見られて人生をフイにできない」と悩んでいたときの彼の父親の言葉が胸を打ちました。「そもそも子どもに対する犯罪に右も左もあると思うのか。人様のお役に立とうかという時に、迷うてお父ちゃんに尋ねるな!情けない」と怒ったそうである。

 今の私には「愛する人間」「愛すべき人たち」が自分の回りに数多くいるから、まだまだ死にたくないなあと思っているが、人間は「死」も「原子力(放射能)」もコントロールできないから、「死」は「一生懸命に生きる」ということでしか対処法はないが、原子力はこの世から無くせばいいだけの話、何一つ難しいことはない。欲の突っ張ったバカ政治家ども、節操のかけらもない電力会社のトップはこんな「単純な」問題にも答えが出せない。今、自民党政府は友好国「トルコ」にも「原発」を輸出しようとしています。こんなに日本国民から自然エネルギーへの転換を要望されているのに、この「無神経さ」・・・・「安全神話」が崩れてしまった「原発」そして稼動させると「放射性廃棄物」の処理場の課題がクリアーできないのに、・・・これは一種の「詐欺商法」と同列の犯罪的な行為ではないかと思います。トルコなんて紛争が多発している中東地域に近接していて、テロリズムの最もリスクの高い「攻撃目標」になりやすいというのに、自分さえ安全ならばいいのか、それとも一蓮托生という「ヤケクソ政治」をしとりまんのか・・・

 ということで、この1年間の内に、こんなにも私に【影響】を与えてきた人達が「次の世界」に逝ってしまわれました。とても、寂しいことですが、いずれお会いできることでしょう。ちょっと思ったのですが、人によって、自分の脳裡に形成される「死後の世界」は様々で「天国」「地獄」「ヘブン」「煉獄」・・「何にもない」「ゼロ」「無」という人まで様々です。でも、【死後の世界】に彩を添えるってことは別に不謹慎でもなければ、恥ずべきことでもないと思うんですよね。だから、すでにこの世を去ってしまった人で、自分の人格を形成するのに【良い影響】「楽しい思い出」を残してくれた人達ばかりがいる世界に行けると思うと、ちょっとだけ「気が楽にナル」というか「楽しみ」になりませんか?・・・・三国連太郎と酒を酌み交わしてみたい、大島渚監督の映画に出てみたい、なだいなだと「哲学」について語り合いたい・・・・・・・・勿論、越路吹雪の歌を生で聴かせてもらう・・・

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・・・・・・いや、残念、やっぱり俺は「地獄行き」やったわ! 
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by taira710 | 2013-10-30 00:51 | Comments(0)

「菊池容斎」とは日本が誇る日本画家、歴史家でもある!!!

2013-10-28  

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「銀河万丈」「安河内眞美」という人物を知る人は【菊池容斎】という不世出の日本画家に出会える!!!span>  

私は【骨董品】と聴くと、「真贋力」つまり【本物】と「偽物」を見分ける力を連想する。その力を単なる素人力として単純に楽しめる番組があって、よく覗き見することがある。その番組はテレビ東京系列の「開運!なんでも鑑定団」である。当初は「偽のお宝を自信満々に持ち込むような学のない金持ちを集め、その鼻を折るというネガティブな発想から生まれた企画」であったらしい。でも、1994年から放映されているが、鑑定士のメンバーが、あの「いい仕事してますねえ!」で有名になった古美術鑑定家の中島誠之助(焼き物・茶道具)をはじめとする日本の様々な分野における「鑑定眼と博識」を持っておられる錚々たる面々が登場されるので、かなり見ごたえがある。
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  視聴率が平均「11~15%程度」の番組だから、観た事のない方もおられるだろうが、この番組の果たしている【役割・貢献度】はとても大きいように感じている。まず、日本中にこれだけ【お宝】を大事にしている方々が多いというのと、書画・陶器・スポーツ関連・おもちゃ関連・化石から漫画本・刀剣・鉄道関連に至るまで、そのジャンルも様々で、画面に登場される人々の「欲望」と「趣味心」と「喜怒哀楽」がリアルに現れて、こんな面白くて、そして埋もれていた「文化財」を発掘する付加価値が凄いと感心している。

 その楽しい番組の中で出会ったのが二人の人物で、一人は「銀河万丈」(ぎんがばんじょう)という名の声優さんであり、もう一人の方は六本木で古美術商をされている「安河内眞美(あんこうちまみ)さん」という女性である。銀河万丈さんの番組内の「美術品・芸術家」に関する【解説】の語り口が無類に好きで、名前を耳にすることが初めての人物が多いが、とても「信憑性」が感じられるし、「興味」をそそられてしまう。勿論、【解説】の原稿は別のスタッフが担当しておられるのだろうが、「銀河万丈さん」の骨太で、ほとんどアニメーション映画に登場してくる悪役や大物の【声優】をされ続けてこられた「迫力」は人並み外れている。北斗の拳の「サウザー」やアーノルド・シュワルツネッガーとシルベスター・スタローンの大物二人の吹き替えもされているから超一流である。

 もう一人の安河内眞美さんは1954年生まれ福岡県の出身、上智大学のロシア語学科を卒業し、アメリカ留学後に刀剣商を営む義兄の影響を受け「古美術」に関心を持ち「老舗骨董品店」に就職するという変り種。現在は【美術商あんこうち】を経営されている。そんな彼女の真贋力は素晴らしく、判定にも解説にも【迷い】がない。・・・・しかし、あの番組だけで判断するのは「早急」過ぎると思うのだが、日本人の多くが「古美術に対する真贋力」が余りにも無さ過ぎるのではないかと感じてしまう。自分のそれまでに培われた狭い「美意識」だけで判断・判定しているようで、もっとお金をかけて「本物をたくさん観賞・鑑賞」して、【美意識の質】を高めるという作業・勉強が欠けているのではないかと切実に思ってしまう。つまり、悪い言葉で言えば、ほとんどが「成金趣味」である。しかし、国宝級の逸品までが登場するから、この番組はイイ、とてもイイ!!

 安河内眞美さんの古美術、特に掛け軸・日本画に関する【見識・知識】は一級品だと思う。彼女の解説の隅々に「本物を数多く鑑賞してきた」という自負を感じるし、その裏づけとなる学識も凄い、作者の独特の筆致や【構図】、力強さ、色使いまでインプットされている。さらに感動させられるのは、たとえ「偽者」であっても「鑑賞するに値するもの」はちゃんと褒められる姿勢である。心から【値打ちのある芸術品】を愛する心が無ければ、過去の芸術品から脱皮できないだろうし、新しい芸術品をこの世に生み出す力も生まれてこないと思う。

 このお二人に感謝すると共に、この番組で巡りあう事のできた「菊池容斎」という日本画家に注目させてもらえたことにとても喜びを感じている。この【菊池容斎】という人物は、何と1788年生まれで幕末から明治初期にかけて活躍した日本画家である。菊池容斎の描いた画は、本当に見惚れるほど素晴らしく、その素晴らしさに影響を受けた画家は数多くいたことが分かる。容斎は狩野派はじめ土佐派、円山四条派など諸派に学び、更に中国画・西洋画にも興味を示したというから、なかなか貪欲である。彼の画は、今、ボストン美術館にも東京国際美術館など多くの美術館に収蔵されている。


 しかし、私が一番惹かれたことは、菊池容斎が文政8年(1825年)から絵を極めるのには「先哲の古跡」を研究する必要を感じ、『前賢故実』(ぜんけんこじつ)という著作に取りかかり、11年かけて、天保7年(1836年)に完成させたことである。これは神武天皇の時代から、後亀山朝にいたる【日本史を代表する500人】を選び、画の左右にそれぞれ小伝を加えたり、詩歌を掲げたものである。その500人にも登る人物の歴史を学んだり、子孫に会いに行っては話を聴いたり、その人物のイメージを確かなものとするために、日本のあちこちを旅し続けたという「努力の集積」には頭が下がります。この著は容斎の歴史趣味と尊皇愛国の精神を遺憾なく伝えた代表作であり、明治元年(1868年)9月に刊行されています。

 今でこそマスコミに取り上げられることは少ないですが、『前賢故実』は明治維新以降の国家意識の高まりの中で歴史画が盛んに描かれ出すと、その【バイブル】としての役割を果たしたようですし、日本画家のみならず、洋画家や生人形師、写真家、果ては講釈師まで参考にしており、その影響力の大きさを窺い知ることができます。今でも日本史の教科書に印刷されている「歴史的人物」のほぼすべては菊池容斎の「前賢故実」の人物画を参考にして描かれたものだと言えるのです。凄い人物と出会えたものです!!!

 日本の歴史の教科書に、全く違った人物画が「だれそれ」という名前が付けられて掲載されていたことがあったようですが、菊池容斎のように「歴史的事実」にこだわり「考証」という裏づけをとる努力をして、そして、その人物に自分がいかに敬意を払っているかを「小伝」や「詩歌」を添えて紹介する手法などを見せ付けられると、ここにいろんな意味の「お手本」があるような気がしてきます。日本には本当に素晴らしい「先人」がいたのに、今の現代人の中で、一体「誰が」・・・・「歴史的人物」として書き残されていくのでしょうか。ただただ「エコノミーとミックスされた政治屋さん」だけは掲載しないで戴きたいと思います。


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PS:添付した写真は菊池容斎の作品【塩治高貞妻出浴之図】と【前賢故実】に収められている自画像と
  500人の中の二人【源義経】と「紫式部」像
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by taira710 | 2013-10-28 20:39 | Comments(0)

自然資源はエネルギー源、燃やせば熱も出せばゴミも出す!!!

2013-10-27

人間にとって不可欠・・【石油】「石炭」・自然資源って「無限」にあるの??? 【ウラングラス】の魅力!!

もはや現代人と現代社会は「石油」とは切っても切れない「日常生活」を営んでいます。私は自分ではもう「車の運転」は適性にかけると判断して20代を最後に止めてしまいましたが、現代に生きている限り「車の恩恵」は多分に受けています。仕事に行くときはバスを利用したり、テニスに行くときは車に便乗させてもらったりしています。映像で「石炭」を燃料として走る自動車を見たことがありますが、人間にとって不可欠と言われている「石油」が後「枯渇するまで30年~50年」と噂されています。果たして、これから人間は、地球上にある「自然資源」とどのように付き合わなければならないのでしょうか???

 ちょっと概略的に【自然資源】の歴史を紐解いてみたいと思います。「へえ~」と思うようなことも多々ありました。まずは自然エネルギーとして一斉風靡した「石炭」の過去と現在・未来はどのようになっているのでしょうか。1612年に、イギリスのスタードバントが石炭を原料とした「コークス」を使った製鉄法を発明し、後にダッドリー、ダービーらが加えた改良の結果、鉄の大量生産が可能となったんです。それに伴い炭鉱開発も発展を遂げるようになるのですが、最盛期には石炭が「黒いダイヤ」と呼ばれて産業革命当初から20世紀はじめににかけて、【最重要】の燃料として活用されていたのです。もちろん石炭はご存知のように「腐敗分解する前の古代の植物」が長期間「地熱」「地圧」を受けて【石炭化】した植物の化石なんですが、様々な製造機械・蒸気機関車・石炭自動車などの動力源、そして「石炭ストーブ」などの「暖房」の燃料として大活躍していました。

 日本では江戸時代末期から筑豊、唐津地方では「石炭」が個人消費されていて、薪(マキ)の代用とされていた。何とか「商売」として活用できないか思案していた時に、瀬戸内地方の製塩業者向けの販路を見出すと大きく発展を遂げました。松ヤニよりも低コストであった石炭が歓迎されたのです。石炭の需要は日本中に広がり、最盛期には日本中に800もの炭鉱があり、「三池炭鉱」「石狩炭田」「筑豊炭田」など「炭坑節」などの歌や「青春の門」などの小説の舞台になった炭鉱も数多くありました。私も上陸したことのある、廃坑により無人になってしまっていた長崎県の海上に浮かぶ【軍艦島】も、一時は5000人以上の人たちが集落を形成していたのです。

しかし、その当時の炭鉱労働は「利潤追求」をする会社が多く、労働は劣悪で、多くの労働者が粉塵・ガス爆発などの事故で亡くなっています。そして、【石油】の登場によるエネルギー革命を境として、炭鉱は急転直下の【斜陽産業】になっていったのです。・・・・・ということは、斜陽にはなったけれど、【石炭】はまだまだ【埋蔵】して残っているのです。福島原発の事故以降、【火力発電所】の動力源として電力会社の需要が増えています。
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では、【石油】は一体どのような状況になっているのでしょうか?英語でPetroleumと言いますが、ラテン語のPetra(岩石)とOleum(油)で言葉通りの語源なんですね。油田が形成された原因は【生物由来説】(有機成因論)がもっとも有力です。百万年以上の長期間にわたって厚い土砂の堆積層に埋没した「生物遺骸」は、高温と高圧によって「油母」という物質に変わり、それから更に液体やガスの炭化水素へと変化する。それが岩盤内のスキマを移動して、貯留層に溜まり「油田」を形成するんですって!

 でも、とっても気になるのは地球物理学者によるこのような指摘があることです。地球史上の石油生成の歴史は【極めて特異】だったということで、その中心的な時代と言われる「中生代」は二酸化炭素の濃度が今より10倍も高く、気温は10℃も高く「地球温暖化」が進行していて植物の光合成が極めて活発に行われていて、しかも今の中東地域は2億年もの間赤道付近に停滞し、海底は酸欠状態が続いていたため有機物は分解されず、石油熟成に「好条件」であったという解説です。つまり「この偶然が中東油田を作った。石油は探せばまだまだある、という単純な発想は地球史から見て正しくない」ということなんです。
「石油資源は決して無限ではない!」という極めて単純なことの科学的根拠のひとつになっています。

 しかし、正反対の学説もあるのです。無機成因論とは「惑星が誕生する際には必ず大量の炭化水素が含まれる」「炭化水素は地球の内核で放射線の作用により発生する」「この炭化水素が惑星内部の高圧・高熱を受けて変質することで石油が生まれる」「炭化水素は岩石よりも軽いので地上を目指して浮上してくる」というものである。その根拠としては「石油の分布が生物の分布と明らかに異なる」「化石燃料では考えられないほどの超深度から原油がみつかる」「石油の組成が多くの地域でおおむね同一である」「ヘリウム、ウラン、水銀、ガリウム、ゲルマニウムなど、生物起源では説明できない成分が含まれている」などが挙げられる。この無機由来説に基づけば、一度涸れた油井もしばらく放置すると再び原油産出が可能となる現象を説明することができる。また超深度さえ掘削できれば、日本はもちろん世界中どこでも石油を採掘できる可能性があることになり、膨大な量の石油が消費されたとしても、掘削技術の問題さえ解決されれば枯渇する危険性はほぼ皆無であるとされている。・・・・・・そんな「うまい話」あると思いますか?

もうひとつ忘れてはならないのは現在立命館大学の教授である今中忠行教授の「石油分解菌説」です。石油分解菌「HD-1株」が通常状態では石油を分解する能力を持ちながら、石油も酸素もない環境におかれると、【細胞内に逆に原油を作り出すことを発見】した。このHD-1株の研究が進めば、将来的には【石油醸造プラント】での有機的な石油の生成が可能になるとも言われており、今後の研究が待たれるところであるというニュースです。・・・・・面白いですね!!!

後、「天然エネルギー資源」といえば前述した石炭・石油以外に「天然ガス」「メタンハイドレート」「オイルシェール」「オイルサンド」のいわゆる「化石燃料」があります。その成分がガス状になっていたり、氷のようになっていたり、石に含有されていたり砂に混じっていたりするだけで呼び方が変わっているだけです。

 ところが、問題は「ガソリン」を大量使用する車社会が「地球温暖化」を推し進めている大きな要因のひとつなのですが、メタンハイドレートは海底にある資源として採掘するのに莫大な設備が必要ですし、オイルシェールとオイルサンドの埋蔵量はかなりあるそうですが、必要成分を抽出するのに時間と費用と【産業廃棄物】の処理が必要とされるのです。もし開発が推進されれば間違いなく「地球」を汚染していく要因になっていくはずです。今、「尖閣列島」付近で天然資源が埋蔵されているニュースが広がると同時に、中国との緊張が高まっています。人間関係でも「独り占め」はろくな結果を招きません。地球に埋蔵されている自然資源を独り占めしようとすれば、歴史が示しているように「紛争」「戦争」に移行していくのは明らかです。そんな原因を作った為政者・政治家どもは安全な場所で高みの見物です。

 私たちの世代というか、今を生きている人たちは、とても大きな「変化」の時代を生きています。このたった50年間に「発明」「発見」されたものがどれだけあるか。すごい時代を生きているのです。決して悪いことばかりではありません。本当に「人間」が「人間らしく」幸せに生きられる文明も数多く切り開かれています。でも、その背景には「核兵器」が何万基も存在し、テロリズムの脅威も広がっています。

 皆さんは「ウラングラス」という工芸品をご存知ですか。あの恐ろしい核兵器はウラン鉱石からウラン235を濃縮抽出して製造されるんですが、歴史的には大昔から「酸化ウラン」をガラス製品に混入していた地域があったんですね。19世紀にそのガラス製品が再発見され、1830年代からおよそ100年間、アメリカやチェコでウラングラスは作り続けられました。ところが、ウラン鉱石が「原子力」の有用な資源であることが分かり、核兵器への転用の恐れから「国際原子力機関」による厳重な管理下におかれるようになってからは、許可を受けているチェコのボヘミアグラスなど歴史がある製造業者に限られているようです。

 この「ウラングラス」の特徴は真っ暗闇の中で紫外線ランプで照らすと緑色に妖しく輝き蛍光を発するという点です。昔は紫外線ランプはなかったはず゜ですよね。何故人間はその美しさに気づいたんでしょうか?・・・・それは、早朝の空が青色のときには空には紫外線が満ちているので、この時にウランガラスが蛍光を放つ事によりこの特徴が知られる様になったですって!!!ロマンチックと思いませんか・・・「核兵器」と「ウラングラス」・・人間とは本当にこの「両極端の存在」を生み出した不可解でよく分からない生き物なんです。
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by taira710 | 2013-10-27 11:36 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人間を支配する【人工頭脳】は誰が考えるのか? 宇宙人それともPC!!

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 【人工頭脳】は人間が考え出したもの、それに【支配】されるなんて世界は来ない!!・・想定外は?

先日のNHKの「クローズアップ現代」に取り上げられていたテーマは「人工頭脳」、その中で、あのインターネット検索最大手グーグル(Google)が「人工頭脳を搭載した自動運転カー」の開発・試乗のステップまで展開していることが報告されていた。私のような「いい加減で」「注意力散漫」で「ミスを連発」するような人間から観ると「人工頭脳」で「自動運転」する車が、市内から高速道路まで走り回っている状況を想像するだけで、【何とも味気なくて人間を退化させている危険な世界】なんだと思ってしまう。

 ところが、番組を見続けていて、「なるほど」「これは人間が運転するよりずっと秩序正しい」世界が広がる可能性があるなあと思い始めたのです。Googleの言うところの開発の根拠が、アメリカ国内で引き起こされた交通事故の93%以上が「ヒューマンエラー」によるものだという「事実」をベースにしているところです。更に、アメリカのような国土が広大な世界においては【車による移動】は【欠くことのできない必需品】であり、基本的人権である「生存権」を自ら確保する不可欠手段であるに違いないと思い始めました。実際に、もうすでに市内を試乗しながら「生活」されている人達がいて、特に「高齢者」「障害者」など既存の運転能力を失効してしまって人たちにとっては、この「自動運転装置の開発」は素晴らしい恩恵を手に入れることができたと感じられるに違いないと思われました。だって、人間っていろんな【欲望】【欲求】があるじゃないですか!「運転」ができないというだけで、全てを我慢しなければならないというのはとても辛いし、もし「自動運転装置」で他の人に頼らずに生活できたら、こんな素晴らしい事はないように思います。
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 でも、「原子力発電」じゃないですが、「安全・安全」といわれた神話はあっという間に崩壊してしまいましたが・・・「人工頭脳」って「ヒューマンエラー」を起こす「人間」が考案しようとしているものですよね。ここに「自己撞着」「矛盾」はないんですかね?

 今まで「人工頭脳」をテーマにしたSFや近未来社会映画をたくさん観てきましたが、一番にインパクトがあったのは1982年から数年間放映された「ナイトライダー(Knight Rider)」に登場する人工頭脳を搭載した人間の言葉を解し、特殊装置を備えた【ナイト2000】という車、敏腕刑事マイケルの相棒として大活躍する。声優の佐々木功の声とテーマ曲が未だに強烈に残っています。もうひとつは「鉄腕アトム」ですね。早くから少年雑誌に連載されていたようですが、私にはテレビで放映されていたアニメとあの有名な主題歌がSFの世界を堪能させてくれていました。1963年から1966年にかけてフジテレビ系列で放映されていましたから、中学生から高校生の時代に夢中になっていたんです。感動や恐怖心などの人間的な感情を持てないという【葛藤】や「苦悩」が描かれていたのを覚えています。この鉄腕アトムは「原子力」がエネルギー源だったんですよね。なんと善悪を見分けられる電子頭脳。記憶容量は15兆8000億ビットあるという設定ですから凄いですよね。

 
でも、「人工頭脳」が引き起こす【核戦争】をテーマにした「ウォーゲーム 1983年」はハッカー少年の遊びをきっかけとしてアメリカが核戦争の危機に陥ってしまう・・・・最後は、勝者のでない「三目ゲーム」に巨大コンピューターを誘導することで「収束」を迎えるんですが・・・・その他に記憶に残っているのは「ターミネーター」に登場する人工頭脳【スカイネット】の存在や「AI(Artificial Intelligence)」に登場する義母モニカの愛を求め続ける子供ロボット「デイビッド」の悲しみやウィル・スミスがロボット嫌いの刑事で登場する「アイ・ロボット」などが印象に残っている。特に「アイ・ロボット」では刑事役のウィル・スミスが交通事故に遭い、瀕死の重症を負うが、その時に駆けつけた救命ロボットが同じ事故で死に掛けていた「少女」よりも救命率が上回ったことで、少女を見捨てたことを未だに許せないでいるという【設定】にインパクトがありました。

 もうひとつ「ステルス」(2005年・アメリカ映画)はステルス無人戦闘機「E.D.I(エディ)」が人工頭脳によって、完全自立行動・判断ができるようにインプットされていたが、【落雷】の衝撃を受けて、危険な単独行動を始める。人間の頭脳で「人工頭脳」が「アンダーコントロール」されているという「セリフ」は現実でも映画の中でも必ず口にする人物がいる。・・・・でも、それでは「映画」にならない。だから【落雷】で人工頭脳に変化が起きる設定にされている。では・・・・・「現実」はどうなんでしょうか。

 【原子力発電所】の【安全神話】は歴史的にあった津波と同じ大きさの破壊力で【メルトダウン】を起こしてしまいました。専門家が「想定外」という言葉を口にするたびに、【何と常識がない、歴史から学ぶことのできない輩】と憤りを感じてしまいます。原子力発電所には多くの職員が働いています。「本当に原子力発電所が安全ならば、ヒューマンエラーを完全にゼロにするためには、人工頭脳によるコンピューター管理に切り替える方向で検討されたらいかがですか!」と言いたくなってしまいます。

 「人工頭脳」(Artificial Intelligence)という言葉を最初に使用したのはアメリカの科学者のジョン・マッカーシーとマービン・ミンスキーの二人ですが、1955年のことです。またPCの歴史を遡れば、17世紀まで戻りますが、最初のパーソナルコンピュータとされることが多い「Altair 8800」が生まれたのは1974年(昭和49年)のことです。今でこそ「PC」「モバイルPC」は当たり前のような存在になっていますが、たかだか40年の歴史なんです。どれだけ優秀な人間が作ったところで、たかが「人間」です。またまた「想定外」のことが引き起こされることは目に見えています。

 私は「人工頭脳」の研究は必要だと思っています。現在でもアメリカでその開発された「Google車」で楽しい生き甲斐に満ちた生活を送っておられる方々がおられるのです。でも、開発者は決して奢らないでください。あなた方はマンハッタン計画の主導者で「原爆」を開発したロバート・オッペンハイマーのように「世界に使うことのできない兵器を見せて戦争を無意味にしようと考えていた」とか「原爆の使用に関して科学者(物理学者)は罪を知った」なんて「後の祭り」のような言葉を残こさなければならないような無様な【科学者】「開発者」には是非ともならないように「精進」していただきたいと思いますね。

 性善説と性悪説とかあるとするならば、悪いやつらは必ず「文明」を悪用するものなんです。開発者・科学者にどれだけ善意があっても、悪用されればそれで終わりです。どれだけの【サスペンス映画】でそのような場面を見せ付けられたことか。少しは学習されたらいかがですか!!!

水爆の研究に反対して「水爆の父」といわれるエドワード・テラーとも対立したそうですが、良心に目覚めるのが遅すぎるようです。「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語って、核兵器開発を主導したことを後悔したって、広島で12万2338人、長崎で7万3884人、被爆後5年間に広島で20万人、長崎で14万人すべて合わせて53万6222名もの人々が【虐殺】のように殺された事実は消すことができません。

 Googleはインターネット最大手の企業です。その企業が、これからの【高齢社会】で必ず役に立つ「人工頭脳搭載した自動運転カー」の開発に着手し成果を出していることは素晴らしいことですが、しかし、これが「社会貢献」ではなくて、あくまでも「収益」を見込めるからという「利潤追求」という単純な発想で開発着手されているとしたら、必ず、オッペンハイマー症候群になるに違いありません。誰がが命名したようですが、「自分の開発した事実を後悔し、良心に則り謝罪し続ける症候群」という意味合いで使用すればピッタリです。

 人間は「賢明」でもあり「愚鈍」でもあります。全てを見通しているようで、それは【絶対神】でないかぎり、それは難しいことだと思います。そんなものは存在しないと思いますが。でも、人間は自分の「頭脳」に奢っていては、「とんでもないもの」を生み出してしまいます。科学者は常に「一部の人たち為にナル」という【根拠】だけではなく、「これはどんな悪い奴らにも悪用されることはない」「このような防御策がある」というような科学的立証、「科学的正義感」を常に意識しながら、自分の「事業」に関わってもらいたいと思っています。非常にエゴイスティックな天才科学者の「天馬博士」のような人材よりも、鉄腕アトムの「育ての親」の「お茶の水博士」のように、常に自分の「良心」に照らし合わせて「道義的・倫理的」科学を追及する姿勢が必要ではないかと願い続けています。
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by taira710 | 2013-10-25 18:49 | Comments(0)

総括はなかなか時間がかかる。もう2ヶ月が経過!!!

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第8弾 石垣島・波照間島~石垣島~鹿児島の旅       8月11日(日曜日)~8月13日(火曜日)


8月11日(日曜日)第19日目

 愛知県・りんくう常滑にある「Jホテルりんくう」の朝食はとてもバラエティーがあり美味しかったです。今日は石垣島への旅立ちの日ですから、1日の始まりが大事です。
朝食を早く食べ過ぎたので、空港の待ち時間に空腹感を感じる。若鯱家で「朝食セット」840円
りんくう常滑➔中部国際空港  ICCAカード使用   210円

8時50分中部国際空港発 JTA253便➔➔➔➔➔10時52分沖縄那覇空港に到着
                          
石垣島行きは13時50分に出発するので3時間ほど時間がある。
「ふる里茶寮・そじ坊」で食事しながら、ブログ入力。SoftbankのWiFiが機能してビックリ、
WiFiもバッテリーに限界があるので大急ぎで入力した記憶が残っている。3時間なんてあっという間に経過してしまう。
13時50分沖縄那覇空港➔➔➔➔➔14時50分石垣空港到着    ¥45900円
ずいぶん高い飛行機代ですが、日程が決まっていなかったし、LLCではないので致し方なかったです。
石垣空港からバスに乗って石垣バスターミナルまで  15時➔15時40分  520円
ベッセル石垣島を予約していたが、市内の道路が分かりにくくて、遠くからホテルの場所が分かるのに、直線コースの道路が無くて、とても遠回りして到着しました。途中、美味しそうなケーキ屋さんがあって、最初はソフトクリームだけ食べるつもりでいたのに、ケーキが余りにも美味しそうだったので、購入し、店の前のオープンラウンジのスペースで食す。めちゃ美味かったです!!!
          お菓子のマルシェ 塩ロール840円、ドリンク262円 ¥1102円

ベッセル石垣島、とても感じのいいホテルでした。¥4395円
レンタサイクルをホテルで借りて、石垣市内をかなり散策しました。2時間を越えると有料になるので、必死で頑張りました。石垣第2中学校に三線にテニスコートにいろいろ楽しめました。
ホテルに戻ってから、まず「洗濯」です。コインランドリー 400円
ビッセル石垣島のフロントの「金城美千代さん」に教えてもらった「ひとし本店」まで結局出かけてみることにする。ブログにも書いたようにオリオンビールに【島ラッキョウ】は美味かったですね。
                             ¥3410円
帰りに「ココアストア」に寄って飲み物「濃密りんご」とスライスサラミ購入 ¥448円
十分に満足して、明日は「波照間島」に行くことを決定し、高速フェリーの出発時間を確認し、就寝。
 

8月12日(月曜日):第20日目
 石垣島離島ターミナル、➔ 波照間島 高速フェリー  往復5700円 安栄観光離島フェリー
 8時30分発       9時40分到着

 波照間港ターミナル内売店で親盛美智子さんと出会う。
    波照間島の地図 150円

最初、荷物を預けて歩き始めるが、地図を眺めていると、これはかなりの距離があるし、無理だと判断。幸いなことに「レンタサイクル」の店が道路わきにあって、¥500円でレンタルする。
波照間島は楽しい、さとうきび畑がいっぱい、竹富町も独特の風情があり、そこを抜けて、最南端の平和の碑のあるところまで行く。何とも開放感のある瞬間・・・・・・売店で購入した150円の地図がとても役に立つ。それでも、行き止まりになる道に何回入り込んだことか。不思議な島。

 たっぷり2時間波照間島をサイクリング、親盛さんのおられる売店に戻ると、親盛さんが「もっとゆっくり愉しんできたら良かったのに!16時10分のフェリーが出ることになったんですよ」と言われ、私にメールしてくれたとのこと。初対面で渡したケイタイアドレスにメールしてくださるなんて、その優しさにまたまた感動!フェリーに乗って石垣島に戻るか、波照間島に宿泊するか迷っていたが、親盛さんが同級生のやっている民宿を捜してくださる。(詳細はめちゃ面白いブログでどうぞ!)

波照間島の美味しいアイスクリームを食べました。 290円  自動販売機300円
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民宿「ハウス美波」は宿泊代なし、レンタサイクル500円  夕食もタダ!!!
売店で「お茶」と「ビール」購入400円 
その夜は素晴らしい【星空】とペルセウス流星群を堪能することができました。あんな満天の星空見たことない・・ことないんです。利尻島の星空も素晴らしかったですね。

 夜は熟睡できました。シュラフを敷いただけの布団なしの板間でしたが、何とも言えない開放感を感じながら就眠したのを覚えています。

8月13日(火曜日):第21日目

 その日の朝は早起きでした。6時前に起床し、波照間島の朝と朝焼けを堪能しました。食事は無いので、、持っていたおやつを間食していたんですが、そんなに空腹感は強くなかったです。9時50分に石垣島行きのフェリーが出港するので、それまでマイペース。フェリーターミナル近くの売店で、親盛さんの笑顔に再会できました。朝から売店の仲間「ラーメン屋」さんは開店していました。なかなか気難しい料理人とそれを手伝っている女性・・・全然楽しそうに仕事をされていないんだなあという変な印象をもってしまった。        ラーメン 650円 生ビール500円

 大勢の観光客が乗船していきます。島で親しくなったのか、若い男女が楽しそうに会話したり写真を撮ったりしています。旅で知り合うって本当に楽しいから、もっと多くの若者が旅に出て欲しいですね。

天気は穏やかです。ブログ原稿を入力しているとあっという間に時間が経過してしまいます。11時に到着して、ホテルベッセルに立ち寄ったり、ウロウロ石垣市内を歩き回っていました。
石垣バスターミナル➔➔石垣空港  520円
石垣空港内で空腹感を感じたので、「GEN」というカウンター寿司屋で食事。
オリオン瓶600円,地ビール700円 セーイカ・シビマグロ・とびっこ・エビ・ホタテ貝柱
                                     ¥2900円
お土産を購入  石垣牛:「ことぶき空港売店」  ¥10500円 
ビンテージ 43度「招福」2625円  梅酒「招福」4合瓶 1386円  合計4011円
海人工房 オリジナル商品 2625円 多分、ヤモリのプリントされているTシャツ

ANA1447便 沖縄行き 16:15分発➔➔➔17:10到着
沖縄での取り継ぎ時間は、僅かに35分しかありません。
ANA 478便 鹿児島行き 17:45➔➔➔➔19:00鹿児島空港に到着
                           ¥51700円
空港バスに乗車して、ホテルを予約している鹿児島中央駅に到着したのは、夜の21時前、かなり疲労感も強かったですが、東横イン鹿児島中央駅東口の「今村友香さん」のお陰て゛ホッとすることができました。           東横イン鹿児島中央駅東口  宿泊代➔4731円
ホテルに到着して「洗濯」コインランドリー ¥400円
鹿児島は事前に美味しそうな店を調べていたが、洗濯は1時間以上もかかって、疲れきってしまう。
歩いて5分で「サンクス」があったので購入。
豚焼肉重298-日清カップヌードル168-ミニ冷やし中華330-スーパードライ217-
キリン淡麗217-    合計1230円
疲れている時はこれで十分、鹿児島の夜は更けていきます。鹿児島の夜はまたの機会に!

          交通費合計:105780円    食費合計:  10840円
          宿泊代:    9126円    雑費:    19086円
                           総計   ¥144832円
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by taira710 | 2013-10-23 23:43 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

【きゃりーぱみゅぱみゅ】は遊び心が一杯!ラーメン大好きな20歳!!

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">「きゃりーぱみゅぱみゅ」は音楽家「中田ヤスタカ」との出会いで、その才能を開花させている!素晴らしい!! 

私は「歌・音楽・ミュージック・ダンス」が大好きである。若い頃から音楽に夢中になる傾向がある。自然と身体が踊りだすこともある。でも、悲しいことに、童謡から、フォーク、イージーリスニング、クラシック、ロック、歌謡曲、演歌、ラテンとそれなりの音楽ジャンルを遍歴してきても、ここ十数年、単発ではないこときないが、「その歌手とそのパーフォーマンス」と「その周囲のクリエイティブ集団の特異さ」に魅了されるようなことは皆無と言っていいほど、自分にとって「魅力的な音楽」を耳にすることがなかった。所謂「ジャニーズ系音楽」なんて全く受け付けられない。歌詞もリズムも全く頭に入らない。ところが、昨年辺りからテレビの「コマーシャル音楽」を通して響いてくる音楽に妙に親しみを感じてしまっている自分がいて、特に今年新しく発表された「新曲」に圧倒されてしまっている。

 それは、66歳の男が口に出す歌手ではないかもしれないが、その名は「きゃりーぱみゅぱみゅ」彼女の本名がネットで公開されて無粋な輩がいるなあと思っていたが、若い頃から読者モデルなどをされていたらしい。彼女に本名を尋ねると「Caroline Charonplop Kyarypamyupamyu」とフルネームで答えてくれる。何ともおしゃれな女の子だと感心している。しかし、ファッション雑誌の表紙を飾るような、ただの原宿系モデルだった彼女の潜在的な才能が、You tubeでプロモーションビデオを観ていると、余りにもクリエイティブに開花しているので、彼女の才能に気がついた人間も凄いが、彼女の意見をいろいろと取り入れて「バーチャルリアリティー」の世界を具現化していく彼女の周囲の「芸術集団」の素晴らしさにも感服してしまう。

彼女はヨーロッパ(イギリス・ベルギー・フランス)やアメリカ、東南アジアなど8カ国でのコンサートツアーをやり終えたとのこと。その一部がテレビで紹介されていたが、世界中の外国人にも、その心地よいクリエイティブな才能に満ち溢れ「KAWAII」と言わしめる彼女のキュートな魅力と「変顔」が大好きな彼女のお茶目さは、大変な魅力ある存在として写っているのだと思う。英語なんか離せなくても「ボディーランゲージ」でハートが繋がっている典型的な実例である。

 「きゃりーぱみゅぱみゅ」を褒めちぎりたいのだが、それにも増して「きゃりーぱみゅぱみゅ」にこれほど100%フィットした「歌詞」と「作曲」をクリエイトした「中田ヤスタカ」とは凄い才能の持ち主だと思っている。サザンオールスターズの桑田佳祐と同レベルと感じる。日本レコード大賞編曲賞を受賞しているし、ジブリ作品や「ワンピース」の音楽にも携わったキャリアがあるし、何よりも、あのテクノポップで今も人気の高い【Perfume】をプロデュースしているのだから、音楽界では誰しもがその実力を認めているのでしょう。

 特に【作詞】が本当に凄い!私の想像だか、「きゃりーぱみゅぱみゅ」のプロデュースを開始した2011年、やっと18歳になったばかりのコスプレが良く似合う彼女を、このような【映像】に載せてプロモーションビデオを製作してみたいと思い描くように・・まさに【想像】した通りに出来上がっている。一体、この広い音楽の世界で「つけまつげ」を題材にして、あれだけポップな「歌詞」と「曲」が思い浮かぶものだと、本当に感心させられる。曲の題名は「つけまつける」になっているのもシャレすぎている。「げ」なんと音を入れなくても十分に通じるし、リズム感がとても心地よい。題材が面白すぎる。チアリーディングで使用する「PonPon」を「PonPon出して、しまえばいいの~PoiPoi捨てる悪い子はだれ」・・・・よく思いつけるよなあ。【インベーダー】もきゃりーぱみゅぱみゅが「おっしゃ Let‘s世界征服」なんて歌っていたら「オっシャレ」で【平和すぎて】笑ってしまう。最近の一番のお気に入りは「au」のコマーシャルに登場する「にんじゃりばんばん」その歌詞の一部を少し転載してみよう。

鮮やかに 恋して にんじゃりばんばん
なんだか にんじゃりばんばん
bloom bloom bloom 花びらも舞う
飛んでけ にんじゃりばんばん
常識を変えたら 驚きが日常

この摩訶不思議な歌詞がリズミカルな音楽に【変身】するように、きゃりーぱみゅぱみゅが「忍者」になって踊りまくっている。振り付けが何ともコミカルで、その創られたCG世界の楽しいこと、カラフルなこと、うきうきすること、リズミカルで本当に心が癒されます。こんな「幻覚」のような世界、【妄想】が創り出すような世界・・・・・小中学生だけでなくて【大の大人】までが夢中になる気持ち、分かりすぎちゃいますねえ!!!「にんじゃりばんばん」のPVの一番最後の場面、絶対笑ってしまいます。面白い!!!

きっと、子供たちは自分の【妄想する世界】が現実になったような錯覚に囚われてしまっているんじゃないでしょうか、まさに一種の【ハイテンション】のような気分の高揚・覚醒が起こってしまう・・・・でも、したくてもできない・・・いろいろ悩んで、人目を気にして、友達の噂が気になってできないことって多いんじゃないかなあ・・・・その気持ちがいっぺんで解放されてしまう。何の罪悪感もなく、ただウキウキした気分になって様々なストレスが一瞬に吹き飛んでしまう・・・・「音楽」の与える力はすごいと思う。

  人と人との出会いは本当に様々である。作詞家と歌手、作曲家と歌手、音楽プロドゥーサーと歌手との出会い、その相互作用によって素晴らしい作品が作り上げられる例は、日本でも世界でも数多く観られてきている。ストリートミュージシャンから一流になった歌手も多い。でも、その過程で、必ずその才能に注目し、その才能を開花させた「存在」がある。でも、「歌手」の場合は、その歌唱力が大きく物を言うように思うが、きゃりーぱみゅぱみゅは難しい歌をよく歌えるなあとは感心するが、「歌唱力」にだけ魅力があるのではなく、コスプレはじめ様々な新しい息吹きを感じさせる【センス】と「パーフォーマー」として超一流の「動き」ができることが素晴らしいと思う。その未来図の姿がきっと中田ヤスタカには見えたのでしょう。彼の爆発的な創作活動はまさに「きゃりーぱみゅぱみゅ」のために全開になっているような気がしてきます。

  私の家内は、私より6歳年上です。でも、新進気鋭の芸術家に対する理解力はあると思っていたのですが、「きゃりーぱみゅぱみゅ」だけは「全否定」をしていました。・・・・団塊の世代以上の女性で、「きゃりーぱみゅぱみゅ」の存在を絶賛される方がおられたら、本当に語り合いたいと思っているくらいです。彼女のパーフォーマンスを楽しんでいるのは、「おっさん」だからなんでしょうか???私は、「音楽」としての質も高いし「PV映像」としても、とても素晴らしいと思っています。でも、好きになれないものは仕方ないですからね・・・・「芸術」の世界は、やはり「美意識」「価値観」の多様性があって、「合致」することは難しいんでしょうね。もう何百回も視聴していますが、この「楽しさ」「面白さ」が分からないんですかねえ。

 是非、ご存知のない・・あるいは否定派は「にんじゃりばんばん」のPVをYouTobeで覗いて見てください。間違いなく【ウキウキ】してしまいますから・・・・!!!
 
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by taira710 | 2013-10-23 22:37 | Comments(0)

「巨人伝説」が生まれてきた背景には自然に対する畏怖があった!!!

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「ダイダラボッチ」と「巨人ネフィリム」・・世界中にある「巨人伝説」は何故生まれてきたの???

  私はプロ野球が嫌いではないが「巨人」と聴いただけで虫唾が走る。「巨人」に入団したがる選手は全く好きになれない。「寄らば大樹の陰」という意識が強い奴、「強いだけの精鋭チーム」に入りたがる奴は、ただただ「ええ格好」がしたいだけで「強者に立ち向かう闘争心」が根本的に欠けていると思っている。「巨人」といえば、最近、とみに若者たちに人気の漫画、諫山創の「進撃の巨人」は、私が沖縄から石垣島に向かう飛行機の中で知り合った石垣第2中学校の3年生「金城さくら」さんが余りにも夢中に読んでいたので関心を持ってしまったが、実際に漫画ミュージアムで手にして、ストーリーよりも漫画のタッチが好きではないので、第1巻の途中まで読んで止めてしまった。ストーリーはなかなか壮大らしい。

 でも、私がいろんな映画や物語に登場してきた「巨人」に関心がないわけではない。というより「興味」「関心」がありすぎて、「巨人」が登場する映画には「影響」を受けすぎてヤバイ位の気持ちになってしまう。私が17歳の高校生の時代・1964年に公開された「アルゴ探検隊の大冒険」に登場する青銅の巨像が動き出し、帆船を持ち上げてしまう画面に遭遇した瞬間は、いまでも鮮明に覚えているし、イメージの中には埴輪のような風貌の「大魔神」の目の怖さが印象に残っている。どちらにしても強烈だった。その後も「アラビアンナイト」「ナルニア国物語」「北斗の拳」など巨人が出て来ると盛り上がる。物語といえば、「ジャックと豆のつる」「ガリバー旅行記」ですね。小人の国に遭遇して「巨人体験」ができるなんて・・・でも、なぜか、小人を踏み潰してしまいそうで・・・

 私が「巨人」に関心があるのは、自分が「巨人」のサイズになって縦横無尽に暴れまわりたいという気持ちがあるわけでもないし、人間どもを踏み潰したいという気持ちが強いわけでもない。どちらかというと、「巨人」と遣り合ってみたい、やっつけたいという気持ちの方が強い。でも、中には「正義の味方」の巨人が登場するので嬉しくなってしまう。「弱者」が「強者」に挑んでこそ、そこにドラマがあり感動があるという図式が大好きである。「勧善懲悪」という古いスタイルには郷愁があるし、古き良き時代の教育観がのぞく。
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 日本の民俗学(フォークロア)の創始者・柳田國男は日本国中の民間伝承の中で「ダイダラボッチ」という巨人伝説に関して記載しているが、このダイダラボッチは物語の中で山や湖沼を作ることが多く、「国づくりの神」ではなかったのかという推論がされている。「ダイダラボッチ」という言葉の響きも大好きで、家内と「巨人伝説」について話をしていると「ダイダラボッチって地方によって全然呼び方が違うの知ってる」と教えられた。
確かに「播磨国風土記」「常陸国風土記」などによって10種類以上呼び方が違っていた。さすが、何でもよう知ってはるわ!!!

 でも、何故、こんな昔から「巨人」の登場する物語が作り作られ続けているのか・・・・そんな昔から「巨人」になることに憧れていたのか・・・・どうもそうじゃないように感じる。前述したように、ダイダラボッチは「国づくりの神」としての存在感があったとすると、巨人伝説は人間の力の到底及ぶことのできない絶対的な存在=つまり「自然の脅威」そのものではないのかという気がしてきました。今のこの文明が進んだ現代においても、自然は「台風」「竜巻」「豪雨」「暴風雨」「津波」「地震」「サイクローン」「ハリケーン」「火山の大噴火」「豪雪」「大洪水」「山火事」などの様々な脅威を人間に与え続けています。その全てを生み出す・創り出すことのできる存在として「巨人」を創造したのではないかと感じています。今後も頻発するであろう異常気象・・・・人間に優しい巨人はなかなか登場してくれないです。

そんな中でも、「風の谷のナウシカ」に宮崎駿がわざわざ登場させた「巨神兵」という存在、自らの不完全さのために「自己溶解」していく、あの最後の醜い姿を「原子力発電のメルトダウン」と同じように感じた人たちはきっと多いと思う。「原子力発電=巨神兵」を崇めるかぎり、人間に本当の幸せは訪れるはすがない。「自然の脅威」を感じながらも、小さい存在である人間は「自然」と一体となりながら、「自然に生かされている存在」としていき続ける必要があるのです。宮崎駿からの心からのメーセージを受け取ることのできない程度の感性しか持たない政治家は本当にいらないですね。

 ギネスブックには世界一身長の高い人は、アメリカ人のロバート・ワドローという青年で脳下垂体腫瘍のために22歳の若さで1940年にこの世を去っています。その272センチという記録は未だに破られていないようです。人間の、今、組織されている筋肉とか骨格は「重力」という存在に左右されて生きざるを得ないのですが、身長の限界は「274.32cm(9フィート)」と科学的に言われています。これ以上の身長になると、骨格が重力に耐えられなくなるといわれています。でも、このギネス的存在は人並みの人間より、かなり背が高いというだけで、決して「巨人」ではないんですね。巨人はやはりファンタジーの世界に登場してもらいたいですよね。

 ところで、皆さんは「巨人:ネフィリム」という存在をご存知ですか? 私はまだ半信半疑でしか、このニュースを信じていません。でも、もし本当だったらと・・・胸がドキドキします。ディスカバリーチャンネルでも映像で紹介されたことがあるので、そんなに「嘘っぽい」ということでもないのです。更にアメリカのアリゾナ州はじめ、エジプト、南アフリカ、ロシアにチベット、ギリシャなど世界のあちこちで「巨人の化石」が発見されているというのです。その巨大さは、人間の祖先とはとても思えないほど巨大なのに、頭蓋骨すら手足・肋骨などまで人間の骨格にそっくりなんですね。今後、「DNA鑑定」や「放射性同位元素による年代推定」などを是非してもらいたいですね。
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 不思議な世界をのぞいて見ると、何故か心がワクワクしてしまいます。「巨人」なんかに頼らなくて、人間は自分のサイズにあった「分相応」の生き方を、自然と共存しながら生きれれば良いのです。身体を持て余016.gifすような「巨人」にはなりたくないし、身長が10メートルにもなったら大好きなテニスも全然楽しくなくなります。巨人ネフィリムもきっと恐竜と同じように、地球環境に適応できなくなって絶滅したのかもしれません。・・・・・


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by taira710 | 2013-10-20 13:07 | Comments(0)

地球の環境をいかに守るか・・「正しい方向」にベクトル変換!!

2013-10-17

アンパンマンの生みの親の生き様・・・そして「変節」「転向」「宗旨替え」・・・・・ 

数年前に友人の子供と一緒に横浜にあるアンパンマンミュージアムに遊びに行った事がある。その子供はもう小学校1年生になってしまっている。勿論、今でも「アンパンマン」が大好きである。年月が経つのは早い早いと思いながら、時間を止める術を知らない。やなせたかし、本名「柳瀬嵩」さんは94歳まで長生きされた。「一病息災」という言葉があるが、白内障に尿路結石・糖尿病に膀胱がん・・・・自分のことを「十病人(重病人)」と言葉遊びをされるほど、最後まで自然体で大らかな人生を送られた。病気は嫌だけど、「気概」は少しでも見習いたいなあと思っている。

 実は以前からブログ原稿として「投稿」したかった「テーマ」がある。それは、最近「元首相・小泉純一郎」の反原発・原発ゼロというメッセージ報道の際に使われている「変節」という言葉であり、歴史的に共産主義者が「転向」したり、キリシタンが弾圧されて「宗旨替え」をするといった、人間の生きる過程における「重大な価値観の転換」に関することである。

 「変節」とは国語辞典によると「それまで守り通してきた主義主張を変えること」とある。ところが、この変節という言葉は「節操がない」というように非難・批判的に使用されることが多い。しかし、あれだけ自民党党首時代に「安全な原発推進論者」だった小泉氏が、福島の原発事故の重大さを知り、フィンランドのオンカロ放射性廃棄物「最終処分場」の視察に行き、「今までの己が考えていた浅薄な原発に対する認識の甘さ」に気づき、自分なりに勉強して、「今までの主張は誤りだった。日本は環境を汚染しない自然エネルギーへの転換を政府が率先し舵取りをすべきだ!」と主張している。小泉氏の発言の、一体どこが節操がないのか・・・・私にとっては、ストレスに感じるのは「この極めて当たり前の理屈」を未だに理解できない政治家が自民党にウジャウジャいることである。

 今までも、「放射性汚染水」のことをブログに書きました。でも、本当に【原子力発電所】が作り出す放射性廃棄物の「量」は尋常ではないんですよ。福島のあの汚染水の「タンクの数」と同じように,稼動を続ける限りにおいて増え続けるのです。1993年に「全面禁止」が成立するまで、一体どれだけの量の「放射性廃棄物」が海に投棄されてきたことか・・・・13カ国もの国が「海洋投棄」を当たり前に行ってきたのです。放射性廃棄物も燃料棒から「放射能防御服」まで・・・・「廃炉」にしても、原子力発電を構成している建造物はほとんど【放射性廃棄物】になるんです。ついでに放射性物質の「半減期」はその言葉通り「1/2」を繰り返し続けていくだけで、いつまでも「ゼロ」にはならないんです。原発のような「悪循環を繰り返す人類を絶滅に導くパンドラの箱物」を稼動し続けたり、海外に輸出しようとすることを「良し」とする政治家ども、電力会社の中枢、原発擁護論者はつくづく「バカ」だと思います。彼らは「変節」なんてレベルではなくて、「原発が生み出す金の亡者」としか言えないですね。

やなせたかしさんは1941年に徴兵されて日中戦争に出征し、幹部候補生として中国人向けの宣伝ビラを作成したり、日本が引き起こした戦争を正当化するような「創作紙芝居」を作って地元民向けに演じた時期があります。「銃」を使って人を殺すことはなかったですが、自らの活動としては戦争に加担されていたのです。しかし、復員後、戦争中の食糧難に苦しんだ経験や、実の弟が戦死してしまった悲しみを体験し、「反戦意識」が強く芽生え、人間は決して「戦争してはならない」「本当に正しい正義とは、自分を犠牲にしてとる行動にこそある」という自己犠牲の精神を強くアピールしたのです。

 その自己犠牲の精神が「アンパンマン」の活躍の精神に「絵」として再生されたのです。空腹で苦しんでいる人に、自分の身体の一部を食べてもらって「飢え」を凌いでもらう・・・・当時の大人には、この精神の素晴らしさは届きませんでした。でも、子供たちにとってはまさに「ヒーロー」の誕生です。
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 「転向」「宗旨替え」は歴史的に多くの「犠牲」を生み出してきました。軍国主義時代に行われ続けていた、いわゆる「レッドパージ」はナチスの行ってきた「ユダヤ人狩り」と何ら変わりがありません。どれだけの共産党員が「拷問」に掛けられ苦しめ続けられたか・・・・・江戸時代に行われ続けた「キリスト教徒に対する弾圧」も、「日本の歴史でこんなにもひどい宗教弾圧が行われていたの」と驚くくらい酷い弾圧が行われたのです。そんな拷問を受けながら「転向」してしまった人たち、「宗旨替え」をしてしまった人たちを非難も批判もする資格なんて私にはないですが、原発推進派から脱原発・原発ゼロのように「間違った方向」から「正しい方向」への「方向転換」は、人間である限り、大いにするべきだと思います。こんな場合の適切な言葉はないのでしょうか。「改善」という言葉は「良き方向に改める」と言う事ですから、「改善された」ということでしょうか。

 いつの時代も「為政者」は正しい道を進むことは少ないです。反体制派で「革命の闘士」として活躍しても、「権力」を握ってしまうと「タチの悪いただの人」になってしまうんですよね。「良心」をかなぐり捨ててでも、「金の亡者」でいる方が、きっと数倍「楽」なんでしょう。安倍晋三さんに「自己犠牲の精神」があるとはとても思えないですからね。

マザーテレサのように、あるいはレバノンでアラブ難民のために活動し続けている日本人女性のように、「誰かが犠牲になっている状況を見過ごすことができない」「傍観者でいることが耐えられない」「人間としての良心が見過ごすことができない」・・・そのような素晴らしい人たちは、すでに「行動」してしまっているんです。
常に「物事の正しいベクトル」が分かるんでしょうね。とてもじゃないが真似はできないけど。

 そんなことを考えながら、今朝、中学校に出勤していて、太田三丁目にあるホームメイド・ベーカリー「Chardon」で、できたての「アンパンマン」を見つけました。チョコレートで顔が描かれていて、中は粒アンで一杯です。一番最初にアンパンマンの「まるい鼻」にかぶりついてしまいました。・・・こんな人間に自己犠牲の精神なんてあるわけないですよね。でも、絶対に「自己の良心」に鑑みて、【許せないこと】【見過ごすことができないこと】【放置してはならないこと】には【人間としての声】を挙げるべきだと思っています。

 人間は「完全」な生き物では決してありません。間違いもいっぱいします。価値観も多様性があり、立場が異なれば、全く反対の視点で物を見るわけですから、難しいということは分かります。でも、福島であれだけの「犠牲者」「被災者」を出してしまった「原子力発電のメルトダウン」という事故・・・・チェルノブイリ・スリーマイル・・・一体どれだけ「事故」と「犠牲者」を積み重ねていけば、あなた方の言う「変節」を経て正しい方向に舵を切っていただけるんでしょうかね・・・・・そんな難しいこと違いまっせ!!!

PS:最近のブログで、ちょっと自分なりに気になっていたことがあった。「衒学的」(げんがくてき)、学問のあることをひけらかし自慢するという、とても嫌なタイプ、あるいは知りもしないのに「知ったかぶり」をする態度。どちらも「誤解」されてそのように思われるとイヤだなあと思っていた。そんな折、私の職場の支援学級の中で、そんな気持ちを「氷解」させてくれる嬉しい一冊に出会った。それが1999年に初版出版されている「小泉吉宏さん」の「ブッタとシッタカブッタ:なあんでもないよ」という本、「無知なブッタ」と「知ったかぶりをするシッタカブッタ」と【何でも見通しているブッダ(仏陀)】が登場する「笑えて、そして勉強になる」哲学のような不思議な本。「可愛いブタ」が主人公だから、本当にイイ!!!!
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by taira710 | 2013-10-17 21:42 | Comments(0)

「うわのそら」の真実・・・それは人間にとっては必要な時間!!!

2013-10-16
 「うわの空」・・・人間って「死角」「盲点」をいっぱい持ってるんだ・・・ええっ・ 

今日はかなり自分にビックリしたことがあった。毎週「水曜日」は家内がいるのに「夕食」がない。それもこの10月から来年1月までずっとない。理由は家内の向学心である。梅田まで語学勉強に行っている。自分で作ろうという気持ちは少しあるが、ほとんど「外食」してしまう。仕事帰りに食事することが多いので、勿論「ビール付き」の食事である。特に今週は楽しみにしていた。先週の水曜日に久しぶりに「王将・茨木店」に行った時に「焼きそば」を注文して、とても美味しくてビックリ・・・同じ「王将」でも、店によって違うのは分かるが、作り手(料理人)によって「こんなにも味が違うんだ」ということを知って、その料理人をベタほめしたことがあった。その料理人の名前は「Rさん」いつもはもう少し年配の貫禄のある料理人が作られていたが、それは決してまずいレベルでは決してないし、それでも十分美味しいから通っている。

 ところが、その日に美味しい焼きそばを食べ終わりつつ、料理人の「Rさん」の作る手さばきを眺めたりしていたが、「何とも美味そうな料理」が湯気を立てて出来上がった。余りに美味そうなので「その料理なんですか?」と尋ねてしまった。するとRさんが「これは10月だけの特別メニューのきのこ焼きそばです」と説明してくれました。Rさんが指差す方向を見ると、カウンター席の後ろの壁に「きのこ焼きそば」の大きなポスターが貼り付けてありました。その時、来週の水曜日は「きのこ焼きそば」と心に誓ったのです。

 何がビックリか・・・・今までの文章ではさっぱり分からないですよね。というのは、予定通り「きのこ焼きそば」と「餃子1人前」と「瓶ビール」を注文すると「Rさん」が笑顔で挨拶してくれました。1週間前のことを覚えてくれていたみたいです。人間って不思議な生き物で、一度「見逃した」「見損なった」「気づかなかった」というような体験をすると、そのような体験は繰り返したくないなあと「心理的投影」が起こるんでしょうね。Rさんの調理を眺めながら、後ろを振り返って「見残したことはないかなあ!」「何か新しいメニューあるんやろか!」なんて気持ちで眺めていたんです。その時です・・・・・ホントにビックリしたんですよ!!

いや、本当に正直に言いますが、「王将・茨木店」は以前に勤務していた「茨木小学校」の帰りにも立ち寄ったこともありますし、茨木中央コートでのテニスの帰りに立ち寄ったこともあって、それこそ10年以上「行きなれている店」なんですよ。ところが、カウンターの後ろに目をやって、今まで本当に気づかなかったのかなあ?と不思議に思って、働き者の美人女性店員さんの「Sさん」に尋ねてみました。実はカウンターの後ろには椅子席が並んでいるんですが、その席の壁面に「彫像のデッサン」の絵が何枚も「展示」されているのです。
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 「このデッサンはどなたが描かれたんですか?」・・・・またまた、その答えに一瞬「沈黙」してしまいました。「この絵は、この店で働いていたU君という25歳で亡くなったアルバイト職員のものです」「事故で亡くなってしまったんですよ」「私も彼が働いていたときに一緒に働いていたんです」と話してくださる。その話を聴いて、最初は「彼の遺作」を展示していると思い込んで、少し違和感を感じたのですが、「15年前に彼が働いていたときに、店長に「展示させてもらえませんか!」と自分から頼んで、OKが出てからずっと展示しているんです」とのこと。私自身はそんなに好きなタッチではありませんが、若者の荒削りのデッサンには、独特の存在感がありました。

 もう、少なくとも何十回と通っているのに、「絵」「デッサン」に決して無関心ではないのに、何で今まで気づくことができなかったのか・・・・余りにも不思議で、自分なりに納得できるような理由・原因を探したくて仕方がなくなってきた。

 そうか、「王将・茨木店」に行くときの前提条件は、間違いなく「空腹」「空腹感」です。頭の中は「何を食べようか」「早くアツアツの餃子が食べたい!」と食欲という本能でかなり占有されている。それに大抵は一人で行っているので「カウンター」に座ることが極めて多い。ということは、入店の度に、そのUさんの「デッサン」を背にして食事をしていたことになっていたし、食事中にキョロキョロするなんてありえない。食事が済むとさっさと精算をして出て行くだけ。でも、まさか、何年も気づかなかったなんて????

「うわの空」「灯台下暗し」確かに他の事に心を奪われて、そのことに精神・注意力が向かないなんてことは日常茶飯事と言ってしまえば、それはかなり問題がある。でも、自分の行動を「分析」してみると、どうも問題があるように感じ始めてきました。「食べるということに対する執着」なのか「空腹感があると周囲への注意力が散漫になるのか」・・・それとも、私の脳みその「構造」に「死角」や「盲点」が多すぎるのか。

 決して私に限ったことではなく、他人様のあり様を観察していると、「目の前にあるのに、何で気づかないんだろう」と思うことが極めて多い。勿論、その中に私も含まれているが。同色系とものがあれば「保護色」のようになって気づかないこともあるし、ちょっとした「びん」が、そのものの前に1本おいてあっただけで、探しているものの「一部」だけでは、その探しているものと「一致」しない。そう言えば、私も家内も同世代の友人たちも「物をどこに置いたか忘れてしまう」「毎日1回は探し物をしている」が共通の症状になっている。

 そうだ、今は亡きUさんが「デッサン」を通して教えてくれたのかな・・・・「上の空」「ぼーっとしてる」「呆然」「焦点が定まっていない目」「あらぬ方向を見ている」・・・・仕事を離れて好きな食事をしている時ぐらい「頭を休めてやらないと」・・・・「うわのそら」でいることが、どれだけストレスを解消してくれていることか。睡眠だけが決して「脳の休息」ではないことを、改めて「自覚」させてくれたようなものだ。

 そう言いながらも、自宅までの帰り道、とても意識して「新たな発見」を探してみた。いや・・・本当にびっくりの第2弾、「こんなところにこんな物が」「へえっ・・・この店にこんなインテリアが・・店主が自分で選んだんだ」「この看板のキャッチフレーズ、面白いなあ!」それこそ、「キョロキョロ」今まで視線を送ったこともない方向に目を向けたり・・・でも「意識しすぎ」・・・こんな毎日を送っていたら疲れきってしまう。やはり、家内が作る「夕食」のことを考えながら、「空腹」を我慢しながらボーッと帰りたい。

 王将・茨木店の「粋な店長さん」にブログ掲載の件でお話させていただくと、「ご遺族に迷惑がかからなければ」ということで、快く了解していただけた。Uさんの作品を無理して褒めるつもりはないが、今の今まで気づかなかったということは、それだけ「異和感」なく、「王将」という極めてポプュラーな中華料理屋の店内に調和していた「作品」ということを証明している。是非、機会があれば、皆さんも「餃子」などを食べに行くついでに「Uさんのデッサンの数々」を観賞してあげてください。
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by taira710 | 2013-10-16 23:15 | Comments(0)

「経済」は中国の「経国済民」が語源・・ちょっと勉強するか・・オレ、経済観念なし

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「暗黒の木曜日」「悲劇の火曜日」・・・世界恐慌の起こった日は、経済学者の力関係で作られる!!! 

1929年10月24日、今から84年も前の日、ニューヨークの証券取引所で株価が大暴落したことを端緒として世界的な規模で金融恐慌と経済的荒廃が起こりました。その日が木曜日だったため【暗黒の木曜日】と呼ばれています。その日のたった5日後、投資家のリアクションが再度の大暴落という「悲劇の火曜日」を創り出してしまいました。この「世界恐慌」からの回復に、世界各国の政界・経済界は大変な努力を必要としたとされているのですが、世界中の消費者・投資家はバブルの崩壊時と同様に資産を失い、困窮に生きることを強いられたのです。自殺者も出るという正に悲劇だったのです。

 今、「アベノミクス」という安倍政権が世界中に向けて打ち出した「経済政策」があります。折角ですから素人なりに、まず自分が理解できるように「解説」してみたいと思います。何故かと言うと、私も含めて、日本人の大衆の多くは、実は「経済という魔物」にとても弱い一面があると感じているからです。「訳分からん!」とほり出したくなってしまうのが「経済学」なんです。でも、私の直観ですが、来年からの「消費税UP」もそうですが、「知らない」「知りなくない」で済まない、まさに生活を根底から「変える」何かが始まろうとしているからです。その変化は「成長」か「荒廃」のいずれかの方向に大きく舵が切られるからです。

アベノミクスは皆さんもご存知のように「三本の矢」から成り立っています。
# 大胆な金融政策
# 機動的な財政政策
# 民間投資を喚起する成長戦略

 別の具体的政策としては、まず「大胆な金融政策」としては、 2%のインフレ目標・無制限の量的緩和・ 円高の是正・ 日本銀行法改正があげられています。次に 「機動的な財政政策」としては 大規模な公共投資(国土強靱化)・ 日本銀行の買いオペレーションを通じた建設国債の買い入れ・長期保有が提起され、3つめの 「民間投資を喚起する成長戦略 」としては政策金利のマイナス化・ 「健康長寿社会」から創造される成長産業  「日本版NIH:国立衛生研究所」 ・全員参加の成長戦略・ 世界に勝てる若者・ 女性が輝く日本・・・・・ などが示されています。・・・・・・・まるで「自民党の掲げるマニフェスト」そのままです。これで参院選に勝利したんです。
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 でも、ここで皆さんに考えていただきたいのです。1954年9月21日生まれの日本国の首相の「安倍晋三」がこの政策・戦略を考え出したと思われますか?・・・・・・そうじゃないですよね。安倍晋三の「ブレーン」である経済学者が提案して、それをベースに安倍晋三が「方針決定」したものが「アベノミクス」なんです。小泉純一郎には竹中平蔵がいたように、世界中の大統領・首相・国王には必ず「ブレーンとしての経済学者」が存在するんです。

 問題は、その国の方向性が、この経済学者の学識・予見能力・経験値さらにその国における「発言力」に大きく左右されるのですが、一番大切なのは経済のベースを構成している「消費者・投資家」などが「どのように反応するか?」というような心理的予測と2000年以上も続いている人類社会、特に資本主義社会・社会主義社会・共産主義社会などの歴史的【経済動向】からの分析力と学習力を背景に提起されてくる「経済政策・成長戦略」によって大きく変わるということです。極端に言えば、「経済政策」は自民党系の経済学者と共産党系の経済学者の考え方の違いほどの「差」があるということです。

 少し切り口を変えますが、経済学者ポール・クルーグマンのエッセイ『良い経済学・悪い経済学』(原題:Pop internationalism)のなかで経済政策の知識についてとてつもなく無知なエコノミストが間違った政策を提案して、結果、大失敗した数々の例が指摘されているのですが、実は世界恐慌が起こったきっかけを作ったのが、間違った「政策」をアメリカ大統領に提言した「経済学者」の存在なのです。確かに経済は「複合的」なものですから、個人的責任に帰結させるのには問題があると思いますが、第1次世界大戦の後、【戦場にならなかったアメリカ】は「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況を手に入れていたのにもかかわらず、「農業の機械化による過剰生産」「ヨーロッパの復興による経済バランスの変化」そして「異常気象による農業恐慌」「社会主義経済に転換したソ連の世界市場からの離脱」などにより糸口が作られはじめるのですが、【バブル】を体験した人間には「射幸心」「欲望」が渦巻いていて「投機熱」だけは冷めやらないでいたのです。今でも投資家に語り継がれているエピソードがあります。ある日、ウォール街の靴磨きの少年が、靴磨きをしながらお客さんに「投資」を薦めたんです。その時に「不況になる日は近い」と予測して、暴落前に株式投資から全面撤退した予見性のある投資家がいたんです。

 株価が暴落すると、投資家はパニックに陥り、ますます状況は悪化していきます。そして、経済基盤を揺るがされ始めると【国】は介入せざるを得なくなり【経済政策】で乗り切ろうとするのですが、この時に大統領に進言した経済学者の考え方が根本的に間違っていて、世界を巻き込んでしまう世界恐慌・経済的疲弊を創り出してしまったのです。この世界恐慌の影響は「第2次世界大戦」さえも引き起こしてしまったのです。

 皆さんは経済に精通している人間が「人間的にも賢い」存在であると過信されないほうが良いと思います。例えば米国国務省の政策企画室長であったポール・ニッツェは「軍事ケインズ主義」を国家安全保障会議に提案しているのです。軍事ケインズ主義(Military Keynesianism)は、、景気や経済を調整する目的で多大な軍費を投入する政策で「戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって豊かな資本主義社会を永久に持続させられるとの主張」し、戦争を正当化するのですから、困ったものです。でも、あの時代は世界中のイデオロギーが摩擦を起こし、まさに「冷戦」に突入した時代ですので、経済学者も「国家の繁栄」を考えれば、ここにいくつくしかなかったんでしょうか???

もうひとつ、トリクルダウン理論(trickle-down theory)というものがあります。イギリスの精神科医で思想家だったバーナード・デ・マンデヴィルが1714年に著した『蜂の寓話』にその原点を求めることができます。副題の「私悪は公益」(Private Vices, Public Benefits)は、資本主義社会の本質を端的に示す言葉として有名ですが、経済学者が次のように言い換えたのです。

「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する」と・・・・・・・

 この考え方が「トリクルダウン理論」として経済理論または経済思想として採用されているのです。こんなふざけた経済理論はないですよね。まさに「おこぼれ頂戴!」という貧乏人を見事に蔑んだ理論だと思いますが、世の中は「この理論の実際」で満ち溢れていますよね。勝新太郎や松方弘樹の祇園での豪遊は伝説になっていますし、吉本CAの先輩芸人も何十人という後輩を引き連れても全額負担するという、まさに「金のある先輩が奢る」という慣習は見事に引き継がれているのですが、後輩芸人の「奢ってもらった」という負い目はいつまでも続きますよね。金持ちに一生迎合しなければならない経済理論なんて、富める者のみを擁護する、まさにご都合主義の理論だと思います。そもそも、日本の5%を占める富める人達の大部分は、もう十分に必要な物品を揃えているし、健康のために贅沢な食事を毎日続けたいと思っていないし、貧乏人が恩恵を受けるほど「多額の消費」をするはずがないのです。そんなもんです。

 今、日本は多額の負債を抱えている大変な国になってしまっています。消えた多額の年金は誰一人責任を追及されることなく消えてしまっています。こんな国でも、経済基盤が悪化し、年金制度が破綻したりすると、多くの高齢者がパニックに陥り、不幸な国に成り下がってしまいます。日本は「伝統」「文化」の素晴らしい国です。その為には「バブル」はいらないですが、誰もが【幸福感】に浸れる安定した国になってほしいと願っています。 
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 「第4の矢」は2020年に開催されることが決定した「東京オリンピック」だと言われています。過去の例から考えると間違いなく「経済的効果」を生み出すに違いありません。長年、自民党は官僚に支配され続け、多くの間違いを続けてきました。でも、あれだけ期待した【民主党】の政策は成果を出すことができませんでした。しかし、政党政治はバランスが重要です。国民にはそのバランスを考える知恵が必要です。

 でも、多くの失業者を生み出している、この長期にわたる【経済的停滞状況】は、人間に例えると「新陳代謝」が全く行われなくなったという状況に似ています。単発のカンフル剤ではもはや無理だということは誰しもに分かっているはずです。アベノミクスの中でも「全員参加の成長戦略」「女性が輝く日本」「健康長寿社会」から創造される成長産業」は本当に必要だと感じられます。ただし、許してはならないのが【原発の輸出】と【軍事特需】です。こんな産業に頼らなくても、日本は成長できるのです。 

 恐慌は必ず「戦争」を引き起こします。それしか、国家の生き残りを賭ける方法がないと経済学者は考えるからです。軍人と経済学者がバカだと、必ず戦争が起こります。しかし、絶対、この道だけは進んでいってはならないのです。 

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by taira710 | 2013-10-15 22:17 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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