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年末押し迫ると・・・もうブログよりも優先度が高いことが・・・

 

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  いやあ、忘年会シーズン・クリスマスシーズンが終わると同時に、中学校の終業式がありました・・・・    嬉しいことに14日間の「冬休み」が始まりました。「断捨離」再考!!!

 

 皆さんは不思議に思われるかも知れないが、12月を「師走」と呼ぶようになって久しいが、この「師走」という言葉の語源は【諸説】あって、正直なところ【正確な語源】は不詳だという事実をご存知ですか?

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 勿論、その「字」の通り「師が走るほど忙しい月」という意味だと思い勝ちですが、平安時代から師匠の僧侶がお経をあげるために、東西を馳せ参じる月として説明されている文献もあるのですが、その他に「年が果てる」という意味を持つ「年果つ」から変化したという・・・「この1年が終わります」という意味から来ているという説が一つ。もう一つは「四季が果てる月」を意味する「四極(しはつ)」からとする説。更に「1年の最後になし終える」という意味の「為果つ」からくる説などが・・・・・この「諸説」が存在するということ自体が私には驚きです。単純に「師が走るほどに忙しい」で十分じゃないでしょうか。

 

 師走は「年賀状」を出す時期と思っていましたが、手紙やはがきのやり取りは年がら年中、勿論「師走」に友達や知人、上司に手紙を出さなければならない事情とかあるものです。人間にはいろんな転機がありますからね。そう言えば、【介助員】の仕事に就くまで「特別養護老人ホーム」の医務室に勤務したことがありますが1231日付けで退職したことがありました。皆さん、スイーツでの送別会をして下さったりして、とても感激さしていただいたことがありました。仕事に関してはやはり社会人は「辞め際」というか、本音と建前は違うでしょうが、やはり誰かに「惜しまれて」辞めるというぐらいが丁度良いんじゃないでしょうか。

 

 暫く、「ブログ」は3日間ほど自粛させていただきます。今年こそは「断捨離」を徹底するって決心しましたので、これを「徹底する」ことが肝要だと思っています。このブログを入力しようと思い立ったのは、九州の久留米に住む私の友人の女性の看護師さんが、「リエゾンナース」になることを最終目標として、救急指定として認可されている総合病院で二交替勤務で8ヶ月前から働いておられるのですが、今の私には「夜勤」があるなんて勤務は、もう「死」と直面するようなハードさを感じるので、とてもじゃないができないですが、それでも、まだまだ「働き続けたい」と真剣に思っています。仕事が無くなってリタイアしている人生なんて、今は考えられないですし、とても想像すると「苦痛」を感じてしまいます。余り人の役に立っているという実感はないですが、仕事があるということは「必要」とされていることだと勝手に思い込むようにしています。

 

 今日だけで、40枚近い年賀状を書き、整理整頓をし、年末年始に必要な「飲料水」【清涼飲料水】「するめ等の酒のアテになるお菓子類」を購入したり、瞬間湯沸かし器の電池の交換、冬場に暖かい学校用のにサンダルなどを購入。明日はまだまだ年賀状の続きがあります。不思議なことに病院勤務時代は年末年始といえども当直などで勤務することが多く、本当に年末年始に同僚や上司と会うことが多く、「年賀状」のやり取りをするということが勤務関係ではほとんどなかったですが、小学校や中学校で仕事をするようになって、先生方の日頃の忙しさや尽力を目の当たりにしていると「年賀状ぐらい出さなきゃ!」と思うようになってきました。ここ3年間、学校関係は全員の職員さんに出しています。返信も必ず来ますし、【年賀状1枚】を出すだけで、何かそれまでと関係が少し「好転」するように感じてしまうのです。・・・・・そうか、そういうことだったのか・・と数年前に気づいたことですが、やはり病院時代もちゃんと「年賀状ぐらい」出しておけば良かったなあと反省してしまうことがあります。

 

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 今年の年末は【断捨離の徹底】をメインテーマにしていますが、今まで何故してこなかったのかという【批判】がありそうですが、私の「断捨離」は数年間のステップを経てしか【実行】しないのです。それは何故か・・・

それは「断捨離」には人間が失ってはならない心まで失ってはならないという重要なテーマ・命題があるからです。今の時代は【物】が溢れています。家の中に1年間の生活をして「何一つ増えたものが無い」という御仁がおられたらお目にかかってお話を聴きたいという衝動に駆られるほど、凡人の人間には至難のわざと言えるようなことだと思っています。当然、物が増えるが、人間は「所有欲」から自分を「遊離」させることはなかなか難しいし、それなりの「愛着」あるいは「いざというときの必要性」時には「妄想に近い必要度」を感じてしまったりします。でも、それに唯一科学的根拠・裏づけを持って{説得でくる根拠}は「アナタはこの品物、この書類を、このり1年間振り向きもしませんでしたね。こんな品物・書類が本当に必要ですか?今以上に真剣にこの品物、この書類が今のアナタに必要かどうか検討してみてください!」というステップを年単位で設定しているからです。

 

 経済アナリストの森永卓郎56歳は「ミニカー」「消費者金融のティッシュ」「空き缶」等の収集癖があります。何千台と蒐集されているので、陳列台の置き場所を確保するために、自宅以外の専用のスペースをレンタルされているのですが、こんな贅沢な趣味は持っていないですが、「収集癖」ということであれば、小さい頃から「切手」「プラモデル」「新聞の切り抜き」「マンガ雑誌の中から名作だけを専用ファイルに収集」「日展・展覧会の絵葉書」など、中には現在も続けているものもある。収集癖が自己の体内に生まれるには「それなりのドラマ」や「衝撃的な感性の動揺」があるものですから、他人の収集癖にイチャモンをつけるつもりなどサラサラございません。でも、{物の収集癖}には「エンドマーク」が無いんですよね。人生のどこかで転機の時点で「諦念」するかキリが無いと「ギブアップ」するかしないと・・・・後は家の中に「様々なリスク」を持ち込むことに等しくなってくるんです。勿論収集癖には「お金」「投資」が必要ですし、それが誰かに「犠牲」を作っていないか{斟酌}する必要はあるでしょうし、「火災時」「地震の時」のリスクの増大を間違いなく招いてしまうんですよね。

 

 ところが、物事を考える視点というのは「双方向」あって、「大地震」や{災害時}に家の中に無駄のものが一切無くて、必要なものは「都度」購入するという人たちは、間違いなく取り残された弱者になってしまうということです。「非常用の水」もなければ「非常食のストック」もない。懐中電灯や携帯ラジオの電池の予備も無い「断捨離生活」を目指してしまうと・・・・それはとんでもない間違いです。家に「予備品」の無い人たちはものの見事に「パニック」に陥ってしまうのです。この人たちが「暴徒」になってしまう可能性は、今までの事実が証明するようにとても高いのです。

 

 「断捨離から新しい人生が始まると考えるのは幻想です。無から有は生まれません。物を捨てて何かが生まれるということは無いです。新しいアイデアも感性も、異質なものが融合した時に生まれています。過去の知識を捨て去って新しい論文が生まれないのと同じ理屈です」・・・・・【心のガラクタ】は人間には必要なんです。捨ててはいけません。全ての発想や豊かさの源泉なのですから」「無駄の中からこそ新しいものが生まれるんですから、自分の可能性を捨ててしまうようなことはしてはいけないのです」・・・・なるほど

 

 狭い家を効率的に活用するために思いつかれた「デフレの産物」のような「断捨離ブーム」・・・ライフスタイルが均一化・規格化していくことは国家としてはとても【制御しやすい国民】なんですよ。ライフスタイルが多様化してくると、その多様性にあわせて企業は様々なサイズや色や材質のものを作らないと売れない、これがめちゃくちゃコストがかかってしまう。解決策は郊外の安い広い家に住み、都会に出稼ぎに来る生活スタイルを貫けば、「物の大事さ」が改めて分かって「断捨離」なんて馬鹿らしくなってできなくなってしまいますよ。

 

 でも、1年間の熟考の末、今年も「断捨離」が必要だと思っています。地震対策もしていますし、もう過去の情報に囚われることの無い、常に前向きな「情報摂取技術」を身につけましたので、【それに時間を割くことが無駄なもの】という定義が成立するものは全て「処分」をしようと思っています。私のこれからの収集癖は「心の中にガラクタ」を貯めることではなく、「心の中に様々な楽しい思い出」を蓄積し続けたいと思っています。

 

 最後に、「師走の風の冷たさもひとしおですね。1年の締めくくりの時期でもありますが、健康に留意され楽しい年末年始をお迎えください。来年は新しい気持ちでスタートしましょう」

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by taira710 | 2013-12-27 02:14 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

忘年会・クリスマスパーティー・演奏会の三連チャンの盛り上がり!!

  

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 楽しい楽しい日が続きます・・・・・忘年会にクリスマスパーティーに、演奏会まで・・締めくくりは!

 

 1220日は私が勤務している中学校の忘年会があった。「飲み放題」「野菜食べ放題」の鍋セットだった。若い先生がテーブルメンバーだったので、私が「鍋奉行」をかってでました。「えのきだけ」の大好きなN先生「えのきだけだけ追加注文できないんですか」ってユニークなオーダーには笑ってしまいました。私もきのこは大好物ですが、こんなに好きな人がいるなんて、新鮮な驚きでした。飲み放題も絶好調でした。瓶ビールに焼酎に梅酒までいただきました。十分に納得です。勿論、若い先生たちと二次会にも参加しました。若い先生方の教育にかける「情熱」を感じることができました。嬉しい宵になりました。三学期も頑張りましょう。

 

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 1221日は朝の9時から17時まで昼食時間を除いて7時間以上テニスを楽しんでいました。今宵はテニス仲間の豪邸での「クリスマスパーティー」が開催予定です。私は蔵ずしに注文されていた「握りずしセット」を受け取りに行きました。15人もの参加があり、テーブルの上から、レンジの上まで「ご馳走」がいっぱいいっぱい並びました。「サンドイッチ」「サラダ」「なすとピーマン和え」「チキンピース」「オニオンスライス」「おでんいろいろ」「ミネストローネ」・・・それに2種類のシャンパンとビール・・・ワインも飲み放題!

 

  お腹がいっぱいになったら「ボーリングゲーム大会」です。2人組と3人組に分かれて6グループの対戦です。スプリットを出したりすると、もう点数が上がりません。でも、何と何と最高点はストライクが8回も出て204点というゲーム史上「最高点」がでました。私とHさんとのペアは163点という成績で「たった3点」ちがいで第3位に終わりました。やはりテニス同様、ペアとの相性は大事だと思いました。表彰式の後は、しばし休憩して「キャンドルサービス」と「プレゼント交換」です。今年のエンジェルちゃんは、フランス語で「天使」という意味があるANJUちゃんでした。あんまりキョロキョロ周囲を見回すので「八方美人」にならないようにしなくちゃいけないよ。゛ても、1週間ほど前から「直立歩行」歩き出したANJUちゃん。小さな足でバランスを取りながら、歩き回る姿は「人間の原点」を感じることができました。何と好奇心旺盛な、何事にも前向きな可愛い存在・・・・素敵で楽しい人生を歩んでくださいね。

 

今年から「ラブ会計」からひとり2000円の補助金が会員に出されました。何と、この楽しくて美味しかった数時間が「たったONECOIN500円」でエンジョイすることができました。テニスは1228日が最終です。年始は14日土曜日からテニスができます。嬉しいですね。それまでに「家の掃除」と「整理整頓」「断捨離」を徹底しておかないと、またまた奥様の「かみなり」が落ちてきます。「南海・東南海トラフ地震」の発生頻度がますます上昇してきています。「トラフ」とは厩舎にある飼い葉オケのような形をしている舟底のような海底盆地のことを言います。「物が多いということは、それだけリスクが高くなる」ということを本当に正しく理解している人は少ないと思います。一体自分の家の中にある「物」の総重量がどれだけあるか理解しておられたら、その怖さが分かるはずです。何十トンという重さになっているんですよ。皆さん、自分たちの命を守るために普段から最大限の準備をしておきましょう。楽しいことに浮かれてばかりいてはダメなんですよ。

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12,22日は、私がレッスンを受けている「アルトサックス」のH先生とそのお仲間のアンサンブルの演奏会が兵庫県の六甲駅近くの「カフェ&バー ONE PIECE」で開催されました。回り道をしてしまったので、少し分かりにくかったですが、帰りはあっという間に六甲駅に着いちゃいました。近くまで来て、サックスの音が聞こえて来てホッとしました。嬉しいことに、私が到着したときには15人近くのお客さんがおられましたが、真正面のソファーの「特別席」が空いていました。座り心地満点で、アンサンブル「Naturel」の4人の奏者がステレオタイプで観る事ができます。プログラムはNHK連続ドラマの主題歌「あまちゃん」に始まり、もちろん「クリスマスソング」そして大好きな「ユーミンとジブリ」のコラボ・・・一番、圧倒的な感動をさせてもらった曲が、最初にバンドネオン奏者で有名な【小松亮太】の演奏で聞いたことのある【リベルタンゴLIBERTANGO】という曲でした。あのバンドネオンでもかなり「難曲」と言われているこの曲を、4人の奏者がスピーディーにリズミカルに情熱的にアンサンブルで演奏されて、本当に大きな感動を味わうことができました。素晴らしい・・・・・ホント!この曲を次はいつ聴く事ができるのでしょうか?

 

「みなさん、ご一緒に!」のコーナーはmisiaの「Everything」と美空ひばりの「川の流れのように」の2曲でしたが、「Everything」はカラオケで90点台を出すのが最も難しい曲と言われているのに、この選曲は難しすぎます・・・乗りが悪くていけませんよ!「川の流れのように」はテレサテンの歌でよく聴いていたので何とか歌うことができましたが、【サックスの生演奏】で歌うのは、改めて難しいと感じました。でも、サザンの曲、アンコールの曲と最後まで楽しむことができました。東先生と愛息の「リョウタ君」とも一緒に写真が撮れて、良い思い出ができました。

 

帰りは「阪急御影駅」に途中下車して、前から訪れてみたかった「大蔵白仙」に行くことにしました。前もって予約の電話を入れると、かなり遅くしか空いていないとの事。「今すぐからじゃダメですか。30分ほどで到着できるんですが」と粘るように尋ねると、「分かりました。十分なお時間は取れないかもしれませんが」との返事で、一応予約成立。六甲駅から一駅乗車して御影駅から歩いて5分のところに、食の名店ばかりが入っている「御影ガーデンシティー」がありました。中華料理屋さまざまな名店が軒を連ねていて、良い雰囲気の建物になっています。その2階に「大蔵白仙」はありました。暖簾をくぐると、長いカウンターが右手にあり、テーブル席が左手にあります。寿司割烹店はカウンターに限ります。530分に入店して「申し訳ありません。カウンターでしたら、ご予約のお客様がおられますので620分位で御席を開けていただきたいのですが」との丁寧な一言。「分かりました」とまずはビールを注文。お寿司は折角来たのだから「おまかせにぎり」4200円をお願いする。最初に「かに」を合えた付き出しが何とも洒落た「器」で出てくる。少し40代中ごろと思われる大将とお話させていただくと、働いておられた「大蔵」という割烹店が阪神大震災で閉店になってしまって、この【御影】に遺志と料理法を継いで開店されたとのこと。

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「大蔵白仙」(おおくらはくせん)は中国の故事にちなんだ言葉かなあと想像していたんですが、大将からは前の店の名前を戴いてという程度の内容しかなくて、少しがっかりしましたが、私は「大蔵」から「商売繁盛でお金が貯まる様に」という意味と「白仙」から「健康で仙人のように白髪になるまで長生きする」という意味があるように思いましたと話すも、「それは良いですね」という反応も無かったのが残念でした。でも、味はなかなかオリジナリティーがあって、ひとつひとつ握りずしが「お皿」の上に、丁寧な説明つきで「一貫ずつ」載せられていき、お客さんの手元を見ながら、本当にお客さんのペースを重視して提供されるので、とても満足度が高くありました。実はこの店のことを知ったのは、今年の9月頃だったと思うのですが。関西テレビの「よ~い、ドン」という番組の中で女優の若村麻由美が紹介していた店だったんです。「お寿司」「握り寿司」というと、私が本当に大好きな「世界文化遺産となった和食の代表」のようなものです。その店の紹介がまた上手で、御影というなかなか足の運びにくいところだったので、いつか行ける様に機会を狙っていたのですが、その御影から一駅離れた六甲で演奏会が開催されるというので、これこそ「絶好の機会」というものです。

 

最初に「サーモンフォアグラ」が出てきました。・・・・「まぐろの赤身」「ぶりの上に大根おろし」【貝柱】

南米アンデスの紅塩・南イタリアシチリア岩塩なども容易されています。「あなご」「かに身」「白子」「くるまえび」「ねぎ塩うなぎ」「金目鯛」・・・合間の良いタイミングで「赤だし」が出てきます。ビールの後は、芋焼酎【極の赤】をロックで・・・・・そして追加で「穴子新香巻き」「ひらめ」を頼みました。でも、御寿司の味もGOODでしたが、一番感動したのが「ガリ」の味と三角錐の粒チョコレートのようにカットされた紅しょうがの形です。長年、お寿司屋に出入りしてきた経験がありますが、大蔵白仙の「ガリ」は最高の歯ざわりと味でした。余った「穴子新香巻き」とガリを追加してもらって【お土産】にしてもらいました。お勘定は7000円と一寸でした。とても贅沢な時間でしたが、「すし懐石」と銘打っているだけのことはあるなあと感じ入ることができました。このお店は「うな重」や【オリジナルな巻物】でも有名なようです。また、出会いのある機会を楽しみにしましょう。

 

こんな充実した3日間が終わりました。明日は中学校の終業式です。2週間の冬休みが始まります。
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by taira710 | 2013-12-23 16:45 | 人と人との出会い! | Comments(0)

吉永小百合 プロデューサーに初挑戦! 来年秋公開の新作品!!!

 

2013-12-19

 

 吉永小百合という女優の「人間性」「バイタリティー」に
      敬意!  あの存在感は・・彼女しか出せない
!!!

 

  ここに1曲の歌がある。その歌詞をご紹介しておこう。勿論、歌っているのは大女優「吉永小百合」

 

奈良の春日野 青芝に  腰をおろせば 鹿のフン フンフンフーン 黒豆や

フンフンフーン 黒豆や  フンフンフンフン 黒豆や

男鹿 女鹿 子鹿連れ 鹿にうめぼしやったらば ププフーン いによった プンプンプーン いによった

春の鐘鳴る 東大寺 さぞやねむかろ 坊さんも コクコクコークこっくりこ

コクコクコークこっくりこ コクコクコクコクこっくりこ

 

作詞はあの有名な『有楽町で逢いましょう』、『東京ナイト・クラブ』、『潮来笠』、『いつでも夢を』など数々のヒット曲を生み出した佐伯孝夫であるし、作曲の大野正雄はフランク永井に楽曲を提供したりしている。

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  この曲は1965年に「天満橋から」という、その年のNHK紅白歌合戦での吉永小百合の歌唱曲だったが、売り出されたレコードのB面が、この「奈良の春日野」という曲だった。発売当時は何一つ注目されることもなかったが、1986年、あの有名な長寿番組【笑っていいとも】の司会者タモリが典型的な「サユリスト」を自負していて、吉永小百合を余りにも「純粋な聖女」扱いをしていたので、読者からのレターで【吉永小百合さんがこんな歌を歌われているのをご存知ですか?】という投書が来たらしい。この「歌詞」を読むと、まるで「清純派」のイメージには程遠いので、タモリにはかなりショッキングな出来事だったらしい。その落胆ぶりに明石家さんまが調子に乗って、フジテレビの超人気番組だった「オレたちひょうきん族」で話題にして、「鹿フン踊り」という踊りまで考案し、改めて全国的に評判になってしまった。

 

 吉永小百合は1945313日生まれだから、何と私より2歳もお姉さんである。【信じられへん!!!】それも小学6年生の12歳の時からテレビデビューしていて、その2年後には映画デビューしていので、女優歴は56年にも及んでいることになる。あの美貌をCMで日常的に観ていると、とんでもない【錯覚】のように感じる。いつまでも年を取らない女優という印象が強い。1986年は41歳になっていて、もう日本を代表する大女優の経歴を積み重ねていた時期だったので、この【鹿フン踊りブーム】に吉永小百合の事務所はかなり困惑していた様子である。でも、私の映画史の中には「吉永小百合」は何十年と存在していなかった。

 

私が、今回のブログの副テーマにしている「北のカナリアたち」以外に鑑賞したことのある作品は「キューポラのある街」「おとうと」「男はつらいよ 寅次郎」「男はつらいよ 柴又慕情」程度である。「おとうと」は友人がテレビ放映をコピーして勧めてくれたが、あの作品の評価は60点だった。【男はつらいよ】シリーズは文句なしに面白かった。やはり「渥美清」は凄かった。あの雰囲気をスクリーン上に醸し出せる存在はなかなかいない。吉永小百合も団塊の世代の一員だから、私が最初に印象を持ったのは「日活映画 清純派路線 女優」という印象で、あの独特の「高音で舌足らず」のような喋り口が何ともムカついていた。上映された1962だったので、この【ブーム】に吉永小百合の事務所はかなり困惑のは私が15歳だから、日活の「浜田光夫・吉永小百合」の「純愛・青春映画路線」なんかに興味があるはずもなかった。【キューポラのある街】はかなり後になってからテレビ放映の際に鑑賞したくらいである。

 

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 でも、その後も「映画」の主演を演じ続けていて、CMにも頻繁に登場していて、彼女の「大人の魅力」「女優としての力量」それと「原爆詩の朗読」を続ける活動をしていたり、今回の「特別秘密保護法案」にも明確に反対の意思表示をされるし、以前から【反戦・反核・反原発】の意識が強く、次第に彼女の「人間性」に惹かれると同時に関心を抱くようになって来ました。まず、これから是非鑑賞してみたいと思っている作品を列記しておきたいと思います。まずは「まぼろしの邪馬台国」ですね。それから「母べえ」「北の零年」「長崎ぶらぶら節」「夢千代日記」「衝動殺人 息子よ」「新どぶ川学級」最後に「愛と死の記録」は機会があれば観てみたいと思っている。まさに【映画がライフワーク】のような生き方をされてきているのに、「ユーモア」のセンスもなかなかのようだし、それまでにも恋愛遍歴があるのに、28歳の時に15歳年上のフジテレビ・プロデゥーサーと電撃結婚したりと、なかなか【一筋縄ではいかない】女性のようにも見受ける。彼女は典型的な「あげまん」なのか、岡田太郎に才能があったのか、その後、旦那さまはスピーディーな出世をされている。しかし、悲しいことに彼女の結婚にご両親は大反対だったようで、結局父親が亡くなるまで「雪解け」は無かったようですし、NHKの特番で「自分が子供をつくらないのは、自分が両親と疎遠になってしまったので同じ事を繰り返したくなかった」と語っていたようです。【人生】はなかなか難しいですね。

 

 湊かなえの連作ミステリー「往復書簡」に収められている「二十年後の宿題」を原案に2012年に製作された「北のカナリアたち」をつい最近、偶然テレビで観賞する機会があった。偶然というのは「テレビ番組」で事前に放映時間を知っていて観たのではなく、偶然テレビをつけたら「吉永小百合の演じている女性」が雪の降る画面に登場していて、ほんの数分の展開を観て、最後まで引き込まれてしまったという偶然である。監督は「阪口順治」で【大鹿村騒動記】の監督でもあったので、十分に期待できる内容だった。ここではストーリーは語らない。ただ、雪の世界、頻繁に挿入される厳しい冬の海の映像と「吉永小百合」演じる辺境の地の女教師の内面が、何とも見事にリンクしていて、観ていた私の感情の起伏を増幅させるような効果を感じた。

 

たとえ教師であっても女性であっても愛する主人がいても・・・・どうしても抗うことができない【恋心】というか「ほっておけない存在」に出会うことがある。手首を切って断崖絶壁からまさに死のダイビングをしようとしていた「ある事情で苦しみ続けていた若い警察官」・・・「1日だけ死ぬのを待ってください」と止められて、その男性との交流が始まる。・・・・この流れによって「教師」を辞めざるを得なくなり、島を出て行かざるを得なくなった原因なのだが・・・・その流れとリンクして、教え子たちの人生が描かれている、「二十年後の宿題」という課題で、殺人事件を起こさざるを得なかった教え子とクラスメートと女教師の再会が、卒業した小学校の旧教室で果たされる・・・・・【感動的】なラストシーンだった。

 

そこで初めて「北のカナリアたち」という題名の意味と【歌を忘れたカナリア】はどのような「人生」を生きなければいけないのかという【メッセージ】が明確に理解できた瞬間でした。それは、「自分の不手際で少女を死に至らしめた警察官」と「愛する人を失った怒りゆえに殺人を起こしてしまった教え子」・・・二人とも大きな「罪・負い目・苦しみ」を背負ってしまっているが、それでも【生きなければならない!】ということです。昔懐かしい童謡「かなりあ」は西条八十(さいじょうやそ)という日本を代表する作詞家の作品です。前述した佐伯孝夫の恩師でもあります。

 

童謡「かなりあ」 西条八十作詞

 歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか
 いえいえ それはなりませぬ
 歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
 月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す  

 作詞家の西条八十は「子供は子供なりの心の闇・悩みを持っていて孤独な存在」になることを知っていたのです。だからこそ、傷つきやすい子供たちの心に希望を与える気持ちで、この歌の作詞をしたと言われています。ついでに書いておくと、西条八十はキリスト教会を訪れたときに、偶然、自分の頭の真上の天井の電球がたった一つだけ点いていなくて、その存在が【取り残された一羽の小鳥】のように見えたので、それを題材にしてこの歌の作詞を思いついたと書き残しています。西条八十本人は裕福な家庭に育っていましたが、詩の世界に対する愛着と「感性」はとても繊細だったに違いありません。

 

 1963年度版の映画「青い山脈」の主演は吉永小百合と浜田光夫である。吉永小百合18歳の時の作品は、勿論、今井正監督作品の1949年度版のリメイクである。でも、「青い山脈」といえば西条八十作詞、服部良一作曲が時代を超えて有名だが、「若く明るい 歌声に 雪崩は消える 花も咲く 青い山脈 雪割桜 空のはて
きょうもわれらの 夢を呼ぶ」が歌われているかどうかは残念なことに私は知らない。

 

 しかし、まあ「息の長い」女優である。相変わらず【サユリスト】を自認している芸能人も多い。アサヒ芸能ネタではなく、彼女は顔に似合わず、作られた【印象】にそぐわず、自分自身の生き方を貫けている女性だと思う。「思想性」も明確だし、「恋多き女性」と言われても頷けるような側面も垣間見せるし、スクリーンの中では「逆境の境遇に生きる女」「屈折した女」を演じさせたら最高だと思う。「魔性の女」とは思えないが、まだ68歳であの「美貌」・・・・・これからの【吉永小百合】の生き方に注目である。

PS:彼女が卒業した早稲田大学第二文学部の卒論のテーマはアイスキュロスの『縛られたプロメテウス』におけるアテネ(アテナイ)の民主制について】だというから、【民主主義】は彼女の思想性のベースに脈々と流れている意識だと感じている。

 

 

 


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by taira710 | 2013-12-19 07:22 | 人と人との出会い! | Comments(0)

太陽が燃焼し尽す時に【神】は現れるのか?・・・・

 

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 「太陽」と「雲」と「風」と【虹】・・・・
  自然の美しさと雄大さと爽やかさと儚さと・・感性の世界

 「太陽神」って、やっぱり全世界に存在するんだ・心は一つ!!!

 

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 私にとっては「太陽」が何よりもありがたい。なぜ、こんなに私が「太陽」が好きで好きで仕方が無いのか・・・これは、決して私だけではない。人間が「神」以上に「太陽」を崇めたくなるのは、当然、天気の悪い日は除いても、ほぼ毎日のように東から昇り、西に沈んでいく、その「存在の大きさ」にまず圧倒される。そして、もし太陽が無くなってしまうと、「闇」が続く夜が終わることなく続き、太陽の光が無いと「植物」も「動物」も生きていけないことを本能で分かるからだと思います。勿論、世の中には不思議な生き物が数多くいて、それこそ「深海魚」や「洞窟の生き物」のように、一見、太陽の光を全く必要としない生き物がいるように思いますが、本当は必要としていないのではなくて、太陽が存在することによって生み出されるエネルギーを何らかの形、変化した形で感じているのだと考えています。大きな鯨などは太陽の恩恵に浴していますが、死んでしまうと海底深く沈んでいきます。それを食べて生きているのが、深海の生き物たちなのです。潮の流れがそうであるように、太陽の光が当たる世界と深海とは「循環」しているんです。

 

  私の住居としているマンションの○○号室は「角部屋」になっていて、朝、日の出の時間に玄関の扉を開けて、一歩外に出ると、清清しい空気と共に、晴れている日は、本当にありがたくて手を合わせてしまう「太陽」が登ってきます。その時の「雲の様子」がまたバラエティーに富んでいて見飽きることが無い。季節の移ろいと共に、雲の形も変わってきて、その様々な造形を見せてくれる雲に、朝の光が当たると、ものの見事な「朝焼け」を見せてくれる。その光景の中をすずめやカラスやいろんな鳥たちが群れをなして飛んでいく姿が見えるのも嬉しい。確かに高層マンションの高層階に引っ越せば、今以上の景色を見ることができるかも知れない。でも、「4階」から「これだけの景色」が見えるということに、何ともいえない【開放感】と「優越感」を感じることもある。「見えて当然」は大して感動を生み出さない。摂津市は駅前には高層のマンションや公団住宅が多いが、私のマンションからは120度の視界が20キロ以上のロングサイトシーイングで開けている。何と【大阪平野】を囲んでいる山並みが見えるんだから本物です。こんな「エリア」は極めて稀少だという確信がある。

 

 以前に私の信仰の対象をもし探すとしたら、それは「ただの神」ではなく、明らかな実体のある「太陽」と「先祖」であると書いたことがある。それから、何故か「太陽神」という存在に関心が向き、「太陽神」の歴史、世界にどれだけ「太陽神」を崇める世界が存在したのか、とても知りたくなって調べまくりました。それがまた、何とも面白いのです。今ある、私の心境と同様に、大昔から「太陽」という不思議で神的な存在に対して恐れや畏敬の念・・・様々な感情を抱き続けてきたのが人類の歴史だったのではと思います。そこに、新たなカリスマ的な存在が介在し、「宗教的宗教」が生まれてきたのだと感じられます。

 

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 いろんな歴史的地域や宗教、さらに文明において、どのような「太陽神」が生み出されてきたのか。まず、印象に残るのが古代エジプトにおけるRa(ラー)という太陽神です。この太陽神は【太陽】を動きを神格化していて、日の出の時間帯は【ふんころがし】の姿をしていて、日中は「ハヤブサ」の姿をして天を舞い、夜は雄羊の姿で船に乗り死の世界を旅するとされていました。何と想像力の豊かな世界だったんでしょう。第18王朝の「アメンホテプ4世」は太陽神「アテン」の一神崇拝を行った。ギリシャ神話では「太陽」は天空を翔ける「ヘーリオス神」4頭立て馬車であると古代ギリシア人は信じていた

 

 日本における「太陽神」は「天照大御神」(アマテラスオオミカミ)のまさに名前通りの存在です。日本神話でもやはり「太陽」は崇められていたという証拠です。あと、南米のペルーの「インカ帝国」は16世紀初頭まで日本の領土の約8倍もの広さにその勢力を示していました。アンデスの高地に築かれたこの帝国にとって「太陽」は極めて特別な存在であったはずです。「インカ」という言葉自体が「太陽の子」を意味しているので【皇帝】は太陽神「インティ」の御子と見なされていたようです。この文明の進んだ現代においても、遥か遠くの山並みの上から、あの強烈な光と共に昇って来る「太陽」の存在は【神々しい】という言葉がピッタリなほど、圧倒的な存在感があります。

 

太陽が地球から約15000万キロメートルの距離に存在する【恒星】で、地球の直径の109倍の大きさがあり、表面温度は約6000度もあるが、太陽を取り囲む【コロナ】は何と何と250万度という超高温状態にあると観測されています。しかし、何故、このような格差が起こっているのかという「太陽最大の謎」の原因は、未だに解明されていません。太陽に関しては【プラズマ状態】にあるとか、太陽黒点とか【興味】を持ってしまうことがいっぱいあります。・・・・でも、熱核融合を行い続けていても、決して「永遠」では無いということです

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 改めて、「太陽神」というテーマに戻ると、アイヌ民族には「トカプチュプカムイ」という太陽神があります。北海道(蝦夷)の地にあっては「太陽」はとても有り難い存在であるに違いありません。北欧神話にも当然のように【ソール】という太陽神があり、フェニキア神話・ヒッタイト神話・メキシコ神話・オセアニア神話・スラブ神話・モンゴル神話・・・・・もう、キリが無いくらいあらゆる地域・民族・時代・歴史において「太陽神」が存在しているのです。

 

 面白いことに、地域や文明によって、太陽神を「男神」とする歴史と「女神」とする歴史に分かれているという不思議です。権威・権力の象徴としてとらえる世界では「男神」となることが多いようで、「女神」として扱われている北欧神話やバルト神話、さらに日本神話においては、太陽の恵みによって、動植物がそれによって生き続けられるという生命の観点に立っていたからだと推測できます。

 

 ただひとつ特記すべき国は「中国」です。中国には不思議と「太陽神」と呼べるような存在が希薄です。中国では全く「太陽」を神格化する文化が育っていないのです。私が知っているのは「陰陽思想」という考え方で、太陽は「陽」、月は「陰」の象徴で、中国古来の「道教」「易経」の影響を受けていたとしか考えられない文化が成立しているのです。想像するに・・・歴代の中国の「為政者」の意向が余りにも顕著に反映し、農民や庶民が普段の生活の中て感じる太陽への「畏敬の念」が文化にさえなりえなかったんだと思ってしまいます。歴史的には【神】よりも強い権力を持とうとしていたのが、中国の皇帝だったような気がします。

 

 皆さんは、これだけたくさんの国々で「太陽」そのものが崇拝・神格化されてきた文化があることをご存知でしたか? 地球上の様々な地域で、この文化が自然発生的に生まれてきています。でも、歴史の中で、様々な【宗教】が生まれ、【神】の存在がアピールされ続けています。太陽は47億年前に誕生し、寿命は後、50億年近いと言われています。太陽は膨張し「赤色巨星」になり、水星・金星はその熱で溶けて蒸発してしまい、そして私たちの「命の星・地球」に届くところまで広がってくると想像されています。・・・きっと、その時に【奇跡】が起これば「神の存在」を信じるかもしれません。【神】はいずこに?

 

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by taira710 | 2013-12-16 23:18 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「記憶」することと、「忘却」することのバランスが大事!!!

    

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【エビングハウスの忘却曲線】そのままの後退をしているのか?・・しかし「忘却とは・・・」である。

 

 私がこの世に生まれて、わずか5歳の時にNHKラジオ連続放送劇「君の名は」が放送開始になり、2年間放送が続けられ、放送時間には日本中の女湯が空になったという伝説が残っている。内容は真知子と春樹の出会えそうで出会えない運命の渦に翻弄される男女の生き様を描いている。その放送の冒頭が、不思議に私の脳裡に刻まれている。何故インプットされたか、放送は勿論聴いていなかったし、1954年に岸恵子主演で映画化された時も観ているはずが無い。岸恵子はかなり好きな女優だったので、どこかの名画座なんかで、往年の名画特集なんかで観賞したのかもしれないが、そのことは覚えていない。ところが、この映画の冒頭で【忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ】という来宮良子のナレーションだけが鮮明に記憶に残っている。

 

 別に「メロドラマ風映画」に関して解説したいわけではない。私の関心事は【忘却】という事実である。最近,とみに気になってきたことが、俺もいつか「寝たきり」になるのか?という全面否定したくなる予感と、看護師として働き続けてきて、数多くの患者さんが示してきたものや、実の母親の70歳後半から発現してきた「認知障害」における「忘却」である。高齢の精神障害者の多くが、食事を食べた直後から【私にもごはんくださいな!】と訴えられる。「忘却+空腹感」を「言葉」で納得させられるか・・・・これは看護師にとっては、かなりレベルの高い難問だった。認知障害が発現してきて、一番の重大事は「火の始末」・・つまり作り掛けの食事を焦がしたり、暖房を付けて消火し忘れたりすることの怖さである。

 

 私の家内は、私より6歳上だが、この「忘却」に関しては、間違いなく、私が先を越してしまいそうでイヤである。私も同年代ではかなり自信があるが、家内の記憶力と節制した生活態度は、家内の実母が92歳で未だに記憶力健在で生活されているのを聞くと、何とか忘却に関しては「追い越し禁止」で生き続けたいと思っている。一番恐れていることが、私が家内の名前を忘れたり子供の名前を忘れたしまったりすることであると同時に家内に私の名前を忘れられてしまうことである。これは想像するとかなりキツイ!

 

 私は看護学校の講師を9年間続けていたことがあって、その間、必ず「認知障害のある患者の看護」や「アルツハイマー患者の看護のポイント」などを講義してきた。よく引用させてもらったのがアメリカ人の女性ダイアナ・フリール・マクゴーウィンの手記【私が壊れる瞬間(とき)である。40代で突然家庭の主婦で社会人でもある本人が、アルツハイマー症状を発現し、それまでの日常とは全く異なった感覚を感じ始める。通勤経路の景色が全く違って見えるし、車の運転のような余りにも簡単すぎる手順が分からなくなる・・・患者本人がリアルタイムで描写しているので、そのリアリティーは怖くて凄かった。

 

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 私が今までに観たアルツハイマー病をテーマにしている【映画】はどれも内容があり、感動的なものが多かった。韓国映画の「私の頭の中の消しゴム」は表題も大好きだった・・・これは日本で製作された「Pure Soul君が僕を忘れても」というドラマで、主演の永作博美が「私の頭の中には消しゴムがあるの」というセリフに由来している。原題は「A moment to remember」になっている。それとアメリカのベストセラー作家ニコラス・スパークスの「きみに読む物語」も【純愛】「真実の愛」をテーマにしている。この本は、看護学校で生徒に「私の是非勧めたい本」のアンケートを取ったときに、ある生徒が推薦していて興味を持って読んだが、なかなか感動的な内容だった。認知症になり過去を思い出せない老女に対して、かっての【恋人関係】にあった男性が「このことだけは忘れないで欲しい」という気持ちを込めて、ノートに書かれたある物語を読み聞かせ続ける・・・・そのひと夏の出来事が描かれている。このような「恋愛」には簡単に感情移入してしまい涙を流してしまうのが、私のセンチメンタリズムである。

 

有吉佐和子原作の【恍惚の人】は本で読んだが、【恍惚】という言葉が一斉風靡し、「認知障害」が社会問題として大きく取り上げられるほど影響力が強かった。何とも悲しくて愛がある映画だった。もうひとつ、サスペンス風に描かれた横山秀夫原作の【半落ち】はアルツハイマーを煩った愛する妻を殺してしまった元警官の葛藤を描いていた。寺尾聡の押し殺した演技はインパクトのある存在感を示していた。認知症が発症する前に多くの人達が「ポックリ寺」に参りたいという気持ちがよく分かりますが、これがなかなかそう旨くはいかない。家内もよく【人様の世話になってまで生きたくない!】と日頃からよく言っているが、人間は本能的に「生への執着」があるから、なかなか当事者になってしまうと難しい事だと思う。

 

アルツハイマー病は10年~15年前から、脳内では「前駆症状」が起こっていると立証されている。現在はもうすでに、その原因が「ベータ・アミロイドたんぱくの沈着」と解明されている。原因が特定されると治療法が近い将来必ず発見されるほど、医療・薬学の分野の研究は進んでいる。さらに、最新の研究で、脳内のβアミロイド蛋白の蓄積と目の網膜とβアミロイド蛋白の量が「正比例」することが解明され、今後は眼科検診で「アルツハイマー病の発現」を予知できるのではないかと期待されている。

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ドイツの心理学者:ヘルマン・エビングハウスが1885年に人間における「記憶と時間の関数」を曲線に表しています。時間の経過とともに、どれだけ人間は平然と「忘却」していくのかという、記憶における人間の特性を象徴的に表しています。でも、この曲線を人間の記憶力における「弱点」として捕らえてはならないのです。この曲線は、【向学心】を持ち続けている老若男女に次のような学習に対するポイントを与えてくれます。

 

1.人間の記憶は、私たちが直感的に感じているよりもずっと早く不確かになる。

 だから、「復習すること」が大切
2.復習を適切な感覚で行うことにより、記憶することが楽になる。

  だから、復習の「スケジューリング」が大切

確かに、「記銘力の低下」と「忘却」さらに「認知障害」という概念、定義においては大きな差異があります。しかし、例えば、学習したことを時間の経過とともに忘れてしまう。だから「対策通り」に対処法を考えるというのは【解決策】があることです。ところが、前述した映画や本に出てくる主人公は、ある日「突然の青天の霹靂」のように「認知障害」に襲われ始めるのです。後に残されている課題は【介護】と「愛情の有無」です。これは他力本願というか【依存的人生】としかいえないものです。分かったような人は「順番です!」ですと言って、介護保険料を払い続けてきた「権利」だと主張されますが、何一つ「説得力」も無いし「納得」もできないというのが正直な気持ちです。

 

 ボタンひとつで「ポックリ」いける手段を、誰かが開発してくれることを期待しています。インフォームドコンセントを十分にして、本人の意思でボタンを押してもらう・・・・いや、やっぱり、これは解決策にはならないですね。・・・・・自分のアイデンティティーを失ってまで生き続けることを、なぜ人間は許容しているんでしょうか。これからの医療・介護はますますマンパワーが低下していきます。現場がどのような状態になっていくのか十分に予想できます。【21世紀版・姨捨山】はどのような理念で設置されるのでしょうか。人権・人権・命の尊厳と言い続けて来た【しっぺ返し】はきっと悲しいものになっていく気がします。

 

最後に哲学者ニーチェの言葉を記し、慰めとしましょう。

 いつか空の飛び方を知りたいと思っている者は、まず立ちあがり、歩き、走り、登り、踊ることを学ばなければならない。その過程を飛ばして、飛ぶことはできないのだ。】

 

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by taira710 | 2013-12-13 23:19 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「肌が合う」という皮膚は、不思議な機能を持っている・・・・

    

2013-12-12

 

 「皮膚」の話、皮膚って不思議な機能がある。・・・・
                そして、思い込みと劇的治療法について

 

 私の看護師歴は長いが「皮膚科」で働いたことは無いし、「皮膚」に強い興味が有る訳ではなかった。また、皮膚科の印象は、私が「アトピー性皮膚炎」で長年辛い思いをしているので、「好きな?」科目ではない。何故かと言うと【対症療法】が多すぎて、40代の後半から突然【DNA全開】という感じて「アトピー症状」が顕著発現し、顔面全体が爛れたり、全身に掻き毟った爪あとが残り、それは悲惨な時期が長く続いた。今、思い起こすに、まず「ストレス」がかなりあったように思う。それに「三交替勤務」【当直】「食生活」【喫煙】【ギャンブル】等と複合的に様々な要因があったように思う。ステロイドを使用すると、確かに劇的に表面は修復されるが、それ以上に【リバウンド】が著しく、また悲惨な状態を繰り返していた。

 

 私は、もう余程酷い状態の時以外は「ステロイド剤」を使うことなく、皮膚の乾燥から来る「掻痒感(そうようかん)=かゆみを軽減するために【白色ワセリン】を常用する対応をして、「過労」「アルコールの多飲」を意識して控えることで、かなり改善をしてきた。しかし、年齢を重ねるに従って「皮膚の乾燥」【皮膚の代謝の低下】など増悪因子が増えてきたので、またまた辛いところである。年齢と共にアトピーは改善されるというDrもいるが、私は全くそれは正しくないと思っている。。

 

 何故、こんなことをブログに書くのかというと、平成17年度の厚生労働省の「主要な傷病の総患者数」によるとアトピー性皮膚炎患者数は384千人とあるが、そんなはずは無いと全面否定したくなるし、未だに「削除」しようとしない厚生労働省の姿勢にあきれる。大人でも乳幼児から中学生まで「アトピー」と思われる人は本当に多い。千葉大学の医学研究院の平成17年度の調査では、アトピー性皮膚炎の「有症率」は【6.9%】と明示されている。また、人口の1割が有症率だという研究者もいます。NHKの番組に登場された国立成育医療センターの「アレルギー科」の大矢幸弘Dr1280万人と推測されていました。最新の兵庫医科大学の論文には約人口の1020%という数字にあがるほど、「社会問題化」している疾患とも言えます。

 

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 実は、私がもう「アトピー性皮膚炎歴25年」近くになるが、そんなに苦しんできているにもかかわらず、意外と表面的な知識だけで、余り【改善】のための知的情報を収集してこなかったなあという【反省】があります。そして、娘が10年以上前から、そして息子も2年ほど前から「アトピー症状」が出てきたと言っていたが、「私の25年の病歴」から生み出された【改善策】が全く生かされないという「辛さ」が強くあるからです。改めて「アトピー性皮膚炎」について学習してみたくなったきっかけは、最近の新聞に「アトピー性皮膚炎」の画期的な治療法に関する記事が掲載されていたことと、【新潮45という雑誌で、「皮膚科学の達人」と言われている「資生堂リサーチセンター主幹研究員」の「傳田光洋」と「ビートたけし」が【皮膚が傷つくと心も傷つく!?】というテーマで対談している記事を読んでからである。

 

 多くの人たちとの会話で都市伝説のように「皮膚は呼吸している」と思い込んでいる人たちの多さに驚くことがあるが、皮膚呼吸をしている生き物は原始的な動物は除いて、爬虫類や両生類などに限られている。「ウナギ」は魚へんで「鰻」という漢字を書くので「魚類・ウナギ科」には違いないが、10℃以下の環境では60%以上「皮膚呼吸」で維持しているらしい。でも、人間の皮膚呼吸は「1%以下」で、それは例えば軟膏を塗布すると薬剤成分が皮膚を通して浸透していくように皮膚作用として「酸素分子」が透過していく程度のことで、決してそれは「呼吸」ではないのです。ただ、生死にかかわる問題点として、皮膚は排泄・発汗・放熱などの「代謝作用」があるので、「コールタール」や「金粉」を全身に塗りたくると、熱の放散がうまくいかずに「熱中症」を引き起こし「死」に至るケースもあるからである。

 まず、兵庫医科大学の今年の8月に報道された記事によると、「インターロイキン33=IL33」と「2型自然リンパ球」という物質がアトピー性皮膚炎の病態に極めて重要な役割を果たしているということが研究成果として発表されたのです。ということは【治療の標的物質】が明らかになったということで、「がん細胞」はなかなか大変な標的ですが、それでも治療法に大きな進展があったように、「標的」さえ明確になれば、新しい治療法は間違いなく【開発】されることが期待されます。私たち家族は、そんなに「悠長」には待っていられないですが、専門家によると2030年には「アトピー性皮膚炎の治療法」が確立されるだろうと予測されています。

 

 もう一つ大事なことは【皮膚のバリアー機能】です。その大事な成分が「フィラグリン」という物質で、表皮の細胞に含まれていて、その成分が欠落すると「角質異常」が発生し、皮膚のバリア機能が極端に落ちてしまいます。バリア機能が低下すると、アレルギーを引き起こす物質やアレルゲン・細菌などが皮膚から体内に容易に侵入してしまい「炎症反応」が起こるのです。アレルゲン物質はダニ・ホコリ・汚れ・空中の汚染物質・ペットなど様々ありますが、この「フィラグリン」の生成には遺伝子が関与していると言われます。たから、遺伝子要素を改善することはなかなかこんなんですから、【バリア機能】が低下するのであれば「皮膚の抵抗力を高める」ことと「皮膚の保清」さらに「掻破行動=(皮膚を掻いて組織を破る弱体化させる)の抑制」が必要になります。

 

 前述した【皮膚が傷つくと心も傷つく!?にはどのような対談内容が書かれていたか興味ありますよね。私も読んでいてとても興味が湧きました。要点をいくつか引用させてもらうと、まず、表皮・真皮・角質層からなる【皮膚】は「高いバリア機能」だけではなく「ものすごい情報処理能力」を持っていると考えられるようになってきています。つまり、今までは温度や圧力だけを感じる程度と思われていたのですが、光や音まで感じているに違いないと立証されつつあるのです。インドネシアの民族音楽で有名な多くの銅製打楽器を打ち鳴らす「ガムラン音楽」はヒーリング効果があると同時に10万ヘルツの音まで出るので、奏者や聴衆がある種のトランス状態になるとされています。ところが、その音楽をCDにコピーして聴いても誰もトランス状態にならないんです。CDには2万ヘルツまでの音しか録音できないからです。更に、首から下を遮音効果のあるもので覆うと、同様にトランス状態にならなかったという例証がされています。人間の耳には聞えない音を、身体の表面のどこかで感じ取っていると推測されているのです。

 

 これだけでも、結構面白いですよね。更にこんな内容も書かれていました。人間の皮膚から「体毛」がなくなったのが120万年前、言語コミュニケーションが確立したのが20万年前らしいですが、その時間差100万年の間、人間はどのようにコミュニケーションを取っていたかという推論です。多分、今、欧米人のコミュニケーション方法として残っている「ハグ(抱擁)」の儀式は、その名残ではないかと言われているのです。日本語には「肌が合わない」【肌身離さず】「鳥肌が立つ」【人肌脱ぐ】や「柔肌・もち肌・鮫肌・如来肌・素肌・乾燥肌・荒れ肌・雪肌・小麦肌・・」など多彩な表現があるくらい、重要視されていました。

 

 一番に驚いたのが、人間の脳の中の「海馬」という組織は学習や記憶を司る重要な器官ですが、そこに存在するNMDA受容体】という物質が表皮にも存在することが分かったのです。更に皮膚は「消化器が第2の脳」と言われていますが、【第3の脳】と考えられ始めています。医師であり脳科学者でもアントニオ・ダマシオが【我々の意識というのは、脳が生み出すものではなく、身体との相互作用の中で生まれる】ということを「無意識の脳・自己意識の脳」という著作に中に書いていますが、脳は「仲介」しているだけの臓器で、皮膚感覚や身体の様々な部分で我々の意識が作られるんだと指摘しているのです。

 

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 後は「ストレスホルモン」です。人間は大なり小なりストレスを感じずにはおれない生き物です。ストレスを感じると脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモンが分泌され、これが副腎を刺激して「ストレスホルモン」を出させるんですが、これが厄介なんです。ストレスホルモンは「傷の治り方を遅らせたり」「倦怠感」を感じさせるのです。勿論、掻破行動の後の傷ついた角質層の修復にも時間がかかるということです。

 

 最後に結論です。アトピー性皮膚炎に限らず、まさに【皮膚】が傷ついたり、荒れたりするだけで心が塞いでしまいます。まさに心も痛んでしまうんです。だからこそ、前述したようにストレスが皮膚に表れないように上手に発散し、皮膚の保清に留意して、肌の状態の安定化を図り、治癒の慢性的な繰り返しの原因となっている「掻破行動」を自制することです。そして、将来的に「アトピー性皮膚炎」の劇的な治療薬が開発されることに【期待】することです。皮膚はとても大事な「臓器」なのかも知れません。人間の高次の「意識」の構成にも関与しているんですから、もっと【皮膚】に対して「愛着」を持つ必要があるように思います。
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by taira710 | 2013-12-12 20:15 | 人と人との出会い! | Comments(0)

大塚国際美術館とは驚くべき「博物館」である。歴史に残る・・・

   

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 「大塚国際美術館」は素晴らしいの一言につきる・・・
          スプレンディッド・・そして仕上げは・・「あらし」
?

 

   寿司屋「やま下」を出て、心もお腹も「超しあわせ状態」・・そぞろ歩きしながら、紺屋町の通りをまさにウロチョロ・・・「満腹」なのに、まだ食べたい気分が残っている。徳島市内は土曜日の夜ってこともあるが、かななり賑やか、雰囲気もとても良い。男ふたりは「ピンク系」の看板にも目がいってしまう。息子は船内では【マッサージ】を希望していたが、調子が上がっているのか、すこぶる快調の様子にて、言い出さない。教師は肩こりがしやすいらしい。

 

 良い感じて歩いていると「サンタクロース」発見・・・何とギター片手に外人が「ストリート・パーフォーマンス」をしている。つい海外旅行の気分で話かけてしまった。扮装をされていたので年齢は不詳であるが、なかなかのエンターテイメントで「英会話」をしたり、お酒の勢いで好き勝手に話しかけていた。アメリカ人で、妻子をアメリカに残して来ているとのこと。「May I have your name?」と言って聞いたような記憶はあるが、悲しいことに名前は全く「記銘」されていなかった。目的も職業も何も聞かなかったが、ギターの腕前はかなりのもの。さらに歌がさすがにアメリカ人だから、クリスマスソングなんて歌わしたら、何とも様になる。「赤鼻のトナカイ」とかいろいろリクエストしては、三人で盛り上がっていた。勿論、これだけ楽しませてもらったら、タダという訳にはいかないよね。息子の手には何と千円札が握られていた。でも、何で「徳島県でパーフォーマンス」なんだろうと不思議な気がした。翌日、話をすると「あの時、小銭がなかったんや。千円やりすぎたなあ」と言っていた。

 

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男は女性のスイーツと同様、飲んだ後でも「ラーメン」が食べたくなる。まさに「別腹」の典型である。通りすがりに可愛い女の子がいたので「ごめん、この近くでうまい徳島ラーメンの店知らないですか?」と尋ねてみると「そこの角を曲がって・・・。【東大】という店が人気ですよ!」と笑顔で教えてくれる。すぐに分かるくらいの距離にあった。ラーメン屋という感じが全面に出ている「黄色」と「赤い字」のレイアウト。電球がいっぱい。[徳島ラーメン]を注文・・・・・いやあ・・・あれだけ食べたのに「徳島ラーメン、うますぎるやんけ!」ぎょうざも食べないといけません。いやあ、今度こそ・・[満足]したんと違うのん!いい加減にしいや!

 

店を出て、今度は何やろ・・・・三次会の店を物色していて、家内の故郷の「宇和島」の名前などが目に付く。そんな時に【酔っている勢い】とは怖いものや!・・・・阪神タイガースの文字があるスナック【つどいの店・芳蘭】の扉を開けると、中には34人のお客さんが・・・・女性が飛び出してきて・・「どうぞどうぞ!」と手を引っ張られる。・・・徐々に場に馴染み、まるで「宴会場」に変貌!・・・私は「堀内孝雄」を歌い、息子は【長渕剛】を歌う。知り合った可愛い「淳子さん」も歌がお上手。乗りまくり、歌いまくって・・・何と夜中の12時を回ってしまいました。・・・・さすがに【満足】しました。お会計はカラオケを数曲歌っただけという感じだったが、「雰囲気」は良かったですね。二人で5000円ポッキリでした。

 

ホテルに入る前に、「ファミリーマート」に寄りました。翌朝になって息子に笑われてしまいましたが、「来来亭の醤油ラーメン」と「缶ビール」と「さばの缶詰」を購入していました。どこまで「欲」があるんや!なんたって12時を過ぎていると「裏口入学」しなくっちゃならないと聞かされていたから・・・でも、今日は土曜日だからお客さんも遅いんじゃないの・・正面玄関に行くと、玄関に灯りが付いていて、当直のおじさんがいました。後は、言わずもがな・・・服も脱ぎ散らかして・・・7時の目覚ましがなるまで「熟睡」です。なんと思いっきり「発散」で来た「息子と二人のゴールデンナイト」でした。

 

翌日、740分に息子から電話が入りました。「8時に約束してたけど、今起きたばっかりやから、時間ずらしてくれるかなあ」とのこと。私は15分ほど早く起きただけ、それに「約束の時間」の事をすっかり忘れていた。私は昨夜購入した「即席ラーメン」を食べて、その味にびっくり、お店で出している味と大差ないほど美味しい。859分鳴門行きに乗車予定の連絡を入れる。ただただ「素泊まり」で4800円は高いと思うが,レトロ感たっぷりで、駅前だし、シャワーは勢いよく出たし・・・女将の印象もざっくばらんで良かったし、徳島の夜の宿泊場所としては「OK」でしょう。

 

徳島駅から859分に乗車。鳴門に行くまでのJRの「池谷駅」での待ち時間の長いこと。漸く【鳴門駅】に到着したのが、106分。駅前はひっそりしている。バスダイヤはタクシー業界への協力姿勢から「タイムラグ」が25分以上ある。タクシーは大塚国際美術館まで3000円弱とのこと。これは「お土産代」に匹敵する金額。丁度、鳴門駅でブログの原稿入力をする。あっという間に時間が経過。鳴門駅前から「大塚国際美術館」まで210円。入場料金の一覧を見て、息子がびっくりしていたが、一般成人は「3150円」・・・・これだけの値打ちあるんですか?

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まずはスタート地点から長~意エスカレーターに乗って「地下3階」に到着。広くて、第1印象は素晴らしい。荷物をロッカーに預けて、【音声ガイダンス】を500円で借用。最新のガイダンスは「スマホ風」になっていて、タッチパネルそのままに簡単操作ができる。動画も観れるようになっていて、「音声ガイダンス」も進歩するんだ・・・と単純な驚きを感じることができた。最初の間の【システィーナ天井画】は複製だと分かっていても、その素晴らしさに感動させられてしまう。美術展特有の「撮影禁止」も無い。フラッシュだけは使用しないでくださいとある。床に分かりやすく案内・進行順路が明示されていて、いろんな工夫・驚きが準備されていて、4時間近く歩きっぱなしだった。撮影した写真の枚数は150枚を超えてしまって、【電池容量が不足しています】と表示が出て、とうとう撮影できなくなってしまった。スマホにシフトチェンジ!!!

 

私が気に入ってしまった「陶板画」は数えきれないほどあったが、細部だけを撮影したり、かなり【個性的】なコピーを作らせて貰った。私の大好きな「フェルメールの部屋」などもあり、紀元前の「壁画」」に始まり、年代順・テーマ順に展示室がそれこそ「アーティスティック」に設計されていて、本当に子供から大人まで゛「芸術」「人間が残してきた美術遺産」に親しむことができる素晴らしい施設であることが、深く深く刻まれていく。3時間以上歩き回って、1000点以上あるという作品群の「No.777」で息子との約束時間になってしまった。まだ「現代作品」の全てを見残してしまったが、再訪する価値は十分にある。簡単に大塚国際美術館に関して説明しておくと、あの「オロナミンC」「ポカリスエット」「ボンカレー」などで有名な「製薬会社」の大塚グループが創業75周年事業の「文化的施設建設」を目的として19983月に開館された。世界の名画の陶板複製画の製作のために「著作権」「版権」「陶板複製画制作費」「博物館建造費」「人件費」など400億円を投資して作られている。

 

案内所の美人アドバイザーに大阪までの【高速バス】について尋ねると、「完璧」にアドバイスしていただけた。そろそろ「空腹感」が頭をもたげてきたので、息子と相談して、タクシーを呼んで、高速バスの停留所近くで食事することで合意。直ぐに鳴門第1 タクシーが来て「運転手のSさん」に{締めくくりに美味しい食事ができるところないですかね?}と尋ねてみた。「そうですね、高速バス停まではまたタクシー呼んでもらわないといけないですが、1500前後で間違いの無い定食食べさせてくれる店がありますから、そこに行かれたらどうですかね!」とこれまた親切である。

 

定食屋「あらし」の外観は粋、駐車場の広さから人気店とすぐに分かる。壁にはカラフルなお品書きが所狭しと貼り付けてあり、大きな生簀が幾つも並んでいる。店の本日のお勧めは「石鯛」「しまあじ」「ひらめ」・・・・・ヤッホー・・・「石鯛定食」「ひらめ定食」そして「あわびの刺身」・・・勿論「生ビール」・・・もう、活きの良さ、歯ごたえ、旨み・・・・・言うことなし。生ビールは進むし、さらに「イカげその唐揚げ」と「赤なまこ」を注文。壁に「珍魚 あっこ」の刺身とある。値段は書かれていなかったので、やばい「時価」だ。可愛いい女店員さんに尋ねると「生簀で泳いでます】との返事、いや、石鯛と一緒に「あっこ」は泳いでいた。深海魚とのこと。きっと美味いに違いない。・・・・・・・伊勢えびが6000円と言ってたから、「あっこ」は関東では「?」と言うらしい。聞いたことのある名前だった。高速バスの時間までにはたっぷり時間があるし、本当に「旅の締めくくりの食事」を楽しむことができた。十分に値打ちのある料金だった。

 

恥ずかしい話だが、{大塚国際美術館}の中が暖房で暑すぎて、トレーナーを脱いで、タクシー内に置き忘れたことを思い出した。息子がタクシー会社にTELしてくれると「該当品あり。高速バス停まで持参します」との返事。高速バス停「鳴門」にタイミングよく持参していただいた。ありがとうございました。

 

「高速鳴門」から「大阪駅」まで1時間20分の予定。料金は3150円。息子はバスターミナルの近くでお土産物を購入していた。私は、基本的には「旅の土産は持ち帰らない」をポリシーにしている。きりがないからである。ブルーのセルフドライビングのカーレーターで「高速道路」まで登っていく。1615分発に乗車。超満員でした。車内でブログ原稿入力です。楽しい思い出がいっぱいで、入力にも力が入ります。1830分に大阪駅に到着。息子とは硬い握手をして別れました。また・・・・来年!長生きしたいもんじゃ!!!

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by taira710 | 2013-12-09 13:51 | 人と人との出会い! | Comments(0)

息子との二人旅は、今回で6回目・・・毎回、盛り上がる!!!

    

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 同じ経路を繰り返さない・・それが「旅の流儀」・・・・
      【船旅】が大好きな息子との二人旅・・・・

旅報告第1弾:「徳島・鳴門・大塚国際美術館の旅」

 

 11月末のブログで、「あと残すは47日間、5年間続いてきた息子との二人旅にまだチャンスあり!」とアピールをした。その後、全く音沙汰が無かったが、125日に突然メールが来た。「年内であれば、この土日しかない。7日の昼出発で」との内容。ブログアピールは効果があったらしいし、息子も【年1回】程度の親孝行はして良いんじゃないかなあ・・・・と思っているんじゃないかなあと思い込んでいる。

 

 まあ、いろいろ旅行してきているので、前日であろうと当日であろうと「旅の準備」「プランニング」に関しては慣れたものである。頭の中に描けた目的地は、「12月の雪国・石川県輪島」と「徳島県剣山と鳴門・大塚国際美術館」・・・・・雪国は食べものが美味しいし「温泉」も良いが、如何せん「天候が悪い」と最悪である。吹雪・豪雪はいろいろなリスクが伴うので、・・・それに外出もし辛くなってしまう。「剣山」のことを調べると、標高や現在地から推測するに、冬場はやはり天気が変わりやすく危険度が増すし、調べると【11月末】でバスの運行が休止になっている。よし、この際、【徳島の美味いもん巡り】と【鳴門・大塚国際美術館】に最終的に絞り込む。

 

 5日の夜の8時過ぎに電話を入れると「まだ学校や!旅行に付き合おうと思ったら、山ほどの仕事片付けなあかんのじゃ!」と言っている。まあ、中学校の先生方でも【居残り】「休日出勤」は当たり前のことだから、「それぐらいは頑張ってもらわないとなあ!」という気持ちになっていた。でも、仕事に頑張っていられるということは嬉しいことや!! 翌日に最終スケジュールと「待ち合わせ時間」と「場所」とをメール送信しておく。「了解!」の返事も一切なし。毎回のことである。

 

 淡路島経由の「徳島」「鳴門」は経験しているので、何とか違う経路で徳島に行ってみたい。息子は「船旅」が小さい頃から好きで、母親の郷里である「宇和島」に帰省する時は、当然のように【松山までの関西汽船】に乗船していくことが何よりも楽しみにしていた。私も【船旅】はのんびりできて、広々した海原を眺めたり潮風に頬を打たれたり、周囲の刻一刻移り行く行く【景色】が何とも好きだ。「地球がまあるく」感じられる360度近く眺めることができる船上からの水平線も大好きである。徳島に行く方法として和歌山港からの【南海フェリー】に乗船することにした。当日の天気予報は「晴れ」がほとんどだから、船旅はきっと楽しいに違いない。

 

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 待ち合わせは接続の良い【新今宮】に変更し、阪和線から「南海本線」に変更した。和歌山港から【徳島行き】のフェリーの時間が第6便に【乗り遅れると】2時間50分も待ち時間ができてしまうし、徳島に到着するのが1835分にもなると、その後の楽しいスケジュールにも影響を与えてしまう。「時間厳守」であることを内心強く期待していた。それから「昼は食べないように!」とメールをしておいた。12時過ぎにYOSHIは顔を見せてくれた。1219分発の「和歌山市行き」特急「サザン21号」は5号車から8号車が「自由席」になっていた。4両もあるから大丈夫と思っていたら、かなりの満員。事前に売店で【缶ビール】と「カラムーチョ」を買っていたので、この満員さ加減では「立ち飲み」スタイルになってしまう。特急指定席がいくらなのか知らなかったが、指定席はガラガラだったので、移動することにする。「指定席」のある車両に移動しようとすると「鍵」がかかっている。私たちの荷物を観て、あるいは乗り間違えたと思ったのか「特急券お持ちですか?」と女性車掌さんが扉を開けてくれる。1車両に3人程度しか乗車していない車両に座席を向かい合わせにしてドッカリと座り込む。まずは「缶ビール」で楽しい旅を祈願して「かんぱ~い!!」売店に「するめ」が置いてなかったのは驚きだったが、気分は上々である。特急指定席券はお一人様500円だった。

岸和田城が見えたり、みさき公園が見えたり、風景は刻々と変わっていくし、濃いブルーの海が見えてくる。あっという間に【和歌山市】に到着。1325分発の「和歌山港行き」も、息子は「1340分発に間に合うのんか?」と心配していたが、13分ほどで到着、「徳島行き南海フェリー」の案内板も目立っていたし、分かりやすい。券売機で乗船券を購入。同じ経路は戻らないつもりなので「片道 2000円」購入してくれる。毎回のことだが、息子は「気前が良い」スムースに旅ができるのでありがたい「相棒」である。

 

 1340分、南海フェリー「かつらぎ」は穏やかに和歌山港を出航する。和歌山の遠ざかる景色が観たくて、直ぐに最上甲板に登っていく.天候は少し風が冷たいが我慢できないほどではない。多分、これからの季節10分間も寒くて甲板には立っていられないと思う。YOSHIYUKIさんは「テンション上がるわ!めちゃ船旅好きやからなあ。意図して船旅を組み込みたくなるねん!」など今回の「船」には感激している様子。やったぜ!

船旅は良くしているが、映画「タイタニック」のあの名シーンのような場所には一般乗船客は立ち入ることができない。ほとんどの大型フェリーは横からの景色か、後部甲板からの景色だけである。でも「かつらぎ」は和歌山県が誇る「葛城山からとっているんです」と船内売店の女性職員さんが教えてくれたが、なかなか景色は見ごたえがある。今、まさに船内の「WiFiデスク」でこのブログを入力している。

 

 1550分あっという間に船旅は終わった。徳島港に入港していく。【徳島港】はそんなに美しくはない。港の待合室の前に「徳島駅行き」のバス停があったが、接続が良くない。多分、構内売店などがあるので、売り上げの為に意図してずらしているのが分かる。地方の少しでもの活性化には協力が必要だ。売店には若いお嬢さん二人が働いていて、「徳島県のゆるキャラ」の【すだっちい(スダッチー)】のことを尋ねると、わざわざその品物のあるところまで案内してくれる。優しくて良い感じ!キーホルダーやお菓子に名前とキャラクターがプリントされていたりする。結構可愛いので【公開】させてもらうことにします。

 

 待ち時間の間に、今晩行く予定をしていた紺屋町の寿司屋「やま下」にTELを入れる。とても愛想の良い受け答えである。【食べログ】には「話しかけずらい」とか書かれていたが、そんなことはない。ホテルのチェックイン時間などを計算して夕方5時半からの「予約」を入れておく。「徳島ステーションホテル」は徳島駅から23分のところにあったが、「クラシック」「アンティーク」「骨董品」といった印象のホテルだった。まあシングル4800円だから「清潔感」と「シャワーの勢い」があればOK。チェックインしてから「女将」からの一言にはビックリ。【12時から当直者だけになりますので、玄関は鍵が閉まります。できるだけ12時までにお帰りください!】とのこと。それは困る!「非常用裏口」があるとのことで、「鍵と懐中電灯」をルームキー以外に預かることとする。「火災」なんかの場合、どうするんだろう?・・・・・

 

 夕方5時過ぎに徳島市内をそぞろ歩きしながら、目的のお店に向かう。徳島市内の【居酒屋】「焼き鳥屋」の多さには驚くし、なかなかレイアウトのセンスが良くて、どの店も入りたくなる。「徳島、いいじゃん!」とつぶやいてしまう。寿司屋「山下」はアクティー21のビルの裏側にあった。なかなか外観は高級感があって良い。ひとり男性客がおられたが、カウンターの中央に座らせていただく。大将の印象も良いね!年のころは40代後半から50代前半くらいか・・・なかなかのイケメンである。「木の薄皮」のようなものに大将の自筆で書かれたお品書きがまた良い。もちろん、値段は書かれていない。・・・・まずは生ビール・・美味いね。喉の渇きを潤すと、目の前にはタイミングよく「付き出し」が・・・盛り付けも器も上品だ!「クエ(九絵)」の刺身、脂が乗っていて美味い。イワシのネギゴマ合え・・生牡蠣・・「〆さば」これは絶品だった。ほとんど生なのに、微かに「昆布の風味」と「酢」が効いている。そして「握りずし」に突入。「黒うに」「アオリイカ」「煮はまぐり」「うなぎ」「タラ白子」「子持ち昆布」息子は「中トロ」「うなきゅう」・・・・生ビールの追加にいも焼酎の「空と風と大地」が25度・・・これがまた、たまらない。

 

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この味に更に一期一会のお客さんとの「楽しい会話」がこれまた・・・・倍返しどころか、数倍楽しかった。先に来られていた「食の薀蓄大将」Sさんは法律関係の職場で働かれている。まるでグルメリポーターのような注文の仕方をされていた。圧巻の存在感を示していただいたのが、夫婦で来られていた常連歴がまだ1年というTさんご夫妻、「知性」をお会いした瞬間から感じさせられてしまった奥様、ご主人は整形外科医、貫禄が半端じゃない・・・私も医療関係に長く従事していたので、話しかけやすくてついつい調子に乗ってしまった。ごめんなさいね。・・・息子さんもおられるようで、私が息子との二人旅をもう6年も続けていることに驚きを感じられた様子。ご主人は「何を話して良いか分からないですね!」など考えられないような口ぶりで話される。テニスの男メンバーもそうだったが、「オヤジと息子のふたり旅」というのは、人様からみれば、かなり【ユニーク】な繋がりではあるようだ。でも、ますます私たち親子はコミュニケーションが深まって、「阿吽の呼吸」で旅ができるようになっているので、嬉しい限りである。いっぱいお話をさせてもらったし、僭越ながら【ブログ】の話をしたら、もう「スマホ」で観られてしまった。一緒に楽しかった瞬間の一部を切り取るように【写真】も一緒に撮らせていただいたが、残念ながらブログ掲載許可は戴けなかった。

 

この夜は、実はまだまだ続くが、第1弾報告はこれくらいにしておこう。翌朝、息子が言っていたが、「昨日の夜は、なかなか中身が濃い1日やったなあ!」の一言。【山下】でのおあいそをして、大将とも店でアルバイトされていた美人女子大生とも【ツーショット写真】を撮らせてもらって、店を出たのが5時半から延々飲んで9時を回っていた。その後がまた面白い・・・・・・第2弾で報告させていただきます。

 

)ブログ掲載の許可を戴いていなかったが、【食べログ】には大将が掲載されていたし、アルバイト生は小さくしていますので、店の雰囲気をストレートに伝えるために掲載させていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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by taira710 | 2013-12-09 09:39 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

信仰心が無い人に「守護神」が存在するのかな?

   

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 私の守護神は「鳥之石楠船神」(トリノイハクスフネノカミ)らしい。「天鳥船」(アメノトリフネ)に乗って

 世界を駆け巡る・・・・・いいね!嬉しいね!

 

 123日は「茨木テニス」メンバーとの楽しい交流会があった。何とも楽しいメンバーである。メンバー構成を少し紹介させていただくと、まず【元テニスコーチ】もされていたという精神科医・麻酔医のKドクター、それから「元看護部長」という私のかつての上司だった看護師のSさん、70歳まで看護師の仕事を続けるのが目下の目標とのこと。それからプロ九段の将棋士、NHKの将棋解説もされているFさんと奥さんもテニスを愛好しておられクリニックで医療事務をされている。それに今回で参加2回目の保育士のTさん、みんな「個性派ぞろい」である。いたって常識的なのは私くらいである。テニスを2時間弱楽しんだ後、2013年度の締めくくり「忘年会」が開かれた。

 

 皆、気の知れた仲間なので、お互いに「言いたい放題」である。これがまた楽しいし、ストレス発散になる。私はテニスほど、その人の「人間性」が出てしまうスポーツはないと思う。ゴルフもサッカーも・・いや、正確にはあらゆるスポーツが「メンタルな要素が強い」と言われている部分があると思うが、テニスで「ダブルス」や「トリプル」をしていると、本当に「人間性」「テニスに取り組む姿勢」が顕著に現れてくる。忘年会ともなるといろんな話が出てくる。でも、テニスに関してもいろんな話が出たが、かってのテニスコーチのKドクターの一言は、なかなか「含蓄」があって、記憶に残るものだった。

 

 私のように「テニス」で「良い格好がしたい!」と思っている人間は、ついつい「ミラクルショット」「スーパーショット」を打ちたがる。それが成功した時の「快感」は病みつきになるほど凄いが、そのようなトライをすればするほど「ミスショット」も量産される。イージーなボールの処理を失敗しても「あああ、まだまだ未熟やなあ!」と自分をれてメンタルな要素が強い」と自負しス発散になる。私はテニス程慰める程度で終わっていた。ところがKドクターは「私はどんなショットでも一応100%の集中力で処理しようと努力します。一見イージーだからと思い込んで70%の力で処理しようとすると必ずと言って良いほどミスショットになります。イージーと思うときほど集中することが必要です!」・・・この言葉の凄さが何故実感できるかと言うと、本当に驚くほどKドクターはミスが極めて少ないからです。

  かなり以前に
Kドクターとシングルス戦をしたことがありました。相手はいつでもエースで決める力量はあるんですが、かなりSっ気のあるKドクターは「ロブ」を多用したりして、私を振り回し、コート中を走り回らせます。ところが、その「精度」たるや完璧で、バックラインのオンラインが9回も続いて、さすがの私も根を上げてしまいました。

 

 【しゃぶしゃぶ】の食べ放題、さらに【握りずし】「串かつ」さらに「一品料理」から【飲み放題】、宴もたけなわ盛り上がり、談笑も続きます。そんなタイミングで必ず始まるのが、F将棋士の【カードゲーム】です。様々なバージョンがあるのですが、今宵は【日本の神様ゲーム】でした。彼の提示するゲームの面白さは、48枚のカードから1枚引くことを求められるところから始まります。何となく当初は胡散臭く思っていても、人間とは不思議な生き物で「自分に関わること」であれば、自ずと関心を示してしまいます。

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  その不思議なゲームは良く考えられていて,神道では「やおよろずの神」と言われるように「やおよろず」とは「八百万」と書きますが、つまり「数限りなく多い神様の数」のことを言っているのですが・・・・・その中の【厳選】された48種類の神様(神様を種類として数えて良いのかどうか分からないが・・・まあ、カードゲームだから良しとしましょう)から「1枚カードを引く」という【偶然性】なのか「運命」なのか・・・・引いた本人と「神様」との繋がりを【話題】とするゲームなんですね。・・・・こんな説明で「興味」を引きますか?

 

  私の番がきて、1枚のカードを引きました。それには船の絵と「鳥之石楠船神」という漢字が印字されていました。解説書がゲームには添付されていて、それが読み上げられのですが・・・・・・長い文章で全てが記憶に残らなかったですが、「旅の守護神むであることは確かなようでした。ちょっと調べてみました。「鳥之石楠船神」は三重県安芸郡の辰水神社、、千葉県香取郡の神埼神社、東京都墨田区の隅田川神社、茨城県東茨城郡などの【祭神】になっていて、「産土神」でもあります。産土神(うぶすながみ)は、神道において、その者が生まれた土地の守護神を指しています。その人を【生まれる前から死んだ後】まで守護する神とされていて、他所に移住しても一生を通じ守護してくれると信じられています。産土神への信仰を産土信仰」といいます。

「島之石楠船神」は別名【天鳥船】と呼び、「天を駆け巡る鳥のような船」のことで、まさに「旅の守り神」でもあるのです。

 

 私が、何と意図も意志も無しで、ただ48枚から1枚のカードを引くという【行為】は、一つの新しい「出会い」を作り出します。私は、今年の7月から8月にかけての30日間で「日本列島縦断旅行」を達成しましたが、私が通り過ぎた地域では「台風」「地震」「火山の噴火」「大雨」など様々な災害・天候異変が起こっていましたが、全て【免れて】きました。こんな時、何故か自分の「守護神」のような存在を感じてしまいます。ただただ「運が良かった」とは言えない「何か」を感じるのです。そのような「旅の遍歴」を思い返したときに、【鳥之石楠船神】が「守護神」と考えると、とても納得がいきます。私は兵庫県の西宮で生まれているので、産土神は「戎神」です。この「戎神」は関西では「えべっさん」と親しみを込めて呼ばれます。えべっさんは、とても苦労した神様で、七福神の中では、ただ一人「日本国産の神」とされています。そのえべっさんは、実は「船に乗っている海の神」で、この神様も「旅」に関わりのあるのです。

 

 私の今までの人生は「商売繁盛」で財を成すことができるような人生では無かったですが、「人生こそ旅の連続」と感じるほど、「旅好き」の人生を今も歩んでいます。「神の世界」はよく分からないですが、【神の戸籍】と言われる、神様が一体何から、どこから生まれてきたかという世界に目を通してみると、様々な「日本神話」があり、【イザナミ】と【イザナギ】から生み出された神の数は「35」と書かれたりしていますが、そのなかに「吐しゃ物」「糞」「尿」から生み出された神の名前が存在することに驚かされます。その中でも「鳥之石楠船神」と「戎神」という【旅の神様】が守護神だったのかという思いは「信仰」が無くても、その「縁」を感じてしまいます。

 

 ついでに【解説】すると【鳥】は「十の理(ことわり)」のことで、神も人間も使う「言葉の霊」のことです。

言葉は発声され、空中を飛び、言葉は人の耳に入り、復唱され、頭の中で掻き回され、煮詰められ、「この言葉はこういう意味のものだったのか」と判断されます。旅に出ると「言葉によるコミュニケーション」がいかに重要か感じさせられてしまいますが、【言葉】が通じないと、旅の面白さは半減してしまいます。【石】は「意志」に通じるもので、【人の心の全体】を表し、【意思決定】に通じています。【楠】は「澄ます」の意味を持っていて、【言葉を厳選して、人に通じやすい言葉】にすることを意味しています。・・・・「鳥之石楠船神」にはそんな「深い意味」が込められているのです。

 テニスメンバーは一人ずつ【カード】を引きました。その時、誰が【何の神様】を引いたのか、ほとんど忘れてしまっていますが、私が「敬愛」するKドクターは「天照大神」(アマテラスオオミカミ)を引きました。皆が「やっぱり」と納得してしまったのには、ちょっと驚いてしまいましたが、「天照大神」は【高天原】の主であり、日本で一番大切な神様とされ、【太陽】が神格化された存在として認められています。世界で「AMATERASUOOMIKAMI」と言って通じるのでしょうか?あの有名な哲学者ニーチェは次のような言葉を残しています。・・・・・・・・
軽蔑すべき者を敵として選ぶな。
       汝の敵について誇りを感じなければならない

  私のテニスの最大のライバル【ドクターK】だと以前から認識しています。まさに【誇りに感じられる敵・ライバル】と言えるでしょう。第3者がどのように見ているかは、私の関知しないところです。

 

 私の「守護神」は誰なのか「確信」することができました。誰かに「守られている」・・この感覚は【信仰心】の有無に関係なく,感じるものではないでしょうか。「鳥之石楠船神」と「戎神」・・・私には不満はありません。寝たきりになっても「夢は枯野をかけめぐる」・・・・いや、旅先で人生を終えたいくらい「旅」が好きな私にとっては、今後とも、とても仲良くしていきたい「神」には違いありません。

 

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by taira710 | 2013-12-05 21:50 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

人間に悲劇が訪れるのは「自然の摂理」・・神は何をしてるんだろう?

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 「神も仏もあるものか!」なんて叫ばないけれど、人間世界は「悲劇」が多い。「信仰」することで救われる人ってどんな「人」なんだろう?

  

人間のDNAには様々の【可能性】と【悪意】が潜んでいるように思う。「長寿遺伝子」という存在もあれば、様々な疾患を年齢に関係なく引き起こしてしまう「要因」がDNAの中に組み込まれてしまっている。それがいつ発現するかは、その人の「生き方」と大きくリンクしているように思うが、DNAに組み込まれている「発病因子」はかなり大きな「素因」となっていることが科学的に立証されている。私の父親は73歳で「脳室出血」を起こし2週間後に息を引き取った。母親は「胃がんの手術」を受けて経過は良好だったが、後年、「認知障害」が発現して、遠く宮城県の仙台というところの施設で亡くなった。姉は「脳腫瘍」でこれも脳幹部に発生し、手術後も「平衡感覚の喪失」など様々な障害が出て、結局「失意」の内に、実母に看取られて亡くなった。私はその時、看護師の資格があったので父親も姉も「死後の処置」を惜別と感謝の気持ちを込めて施させていただいた。母親からとても感謝された記憶がある。

 

私は「矛盾」があることは大嫌いというか「容易に受け付けない」。憲法が保障しているように「宗教・信教の自由」はあって良い。しかし、「信徒」と呼ばれる人たちの行っている「布教活動・宣教活動・折伏」とかいう行動にとても「疑問」を感じる事が多々ある。私は、日本古来の「神社仏閣」を歴史的視点から訪れることが大好きである。勿論、賽銭をほりこんで、手を合わせることもするし、鈴も鳴らすし、「おみくじ」も引く。五島列島を訪問したときの「キリスト教会」の雰囲気は決して嫌いではなかった。直径が1メートル以上ある鳥居に出くわすと「凄いなあ!」と驚きながら一礼したりもする。・・・・・ところが、それは決して「宗教心」とは思っていない。また「般若心経」程度は暗唱していて、嵐山までお墓参りに行った時は読経しているが「意味」まで調べたことはない。これは「信仰」と言えるはずがない。

 

しかし、何が嫌いかと言うと、宗教・宗派に勧誘する際の「信徒」の口から出る言葉である。単純に言い換えれば【貴方の今ある不幸の原因は、貴方の先祖の不信仰ゆえの因果応報である】というような「人の不幸」に付け入るような言動が多すぎるからである。そんな下衆な「人間」を養成するような「信仰・宗派・宗教」に興味が持てるはずもない。「信仰が足りないから」・・・そして結果が好転しないと「貴方は自分の幸福ばかりを考えていませんか、もっと多くの人達を幸せにするために折伏・布教活動に励みなさい!」・・・・と。

この「組み立て」「教化方法」が何とも嫌いである。

 

 仏教の教化方法には2種類あると言われています。一つは「折伏」とは「相手の悪の部分を指摘して屈服させて正しい信仰に導きいれる方法」とされ、もう一つの「摂受(しょうじゅ)は「相手の善を受け入れて、取り込んで、徐々に浅いところから深いところへ導いていく方法」とある。この「相手の悪を指摘して、屈服させて」というところが「貴方がこのような不幸な病気になられたのは、正しい信仰を忘れておられるからです」と弱っている人に言い【屈服】させるなんて最低の方法だと思いませんか? この手法を頻繁に取り入れているのが「SG」という宗教団体です・・・と私の家内は経験値から120%嫌っているし否定しています。

 

私は、実の母親の宗教遍歴が極端で、そもそも立派な「仏壇」によくお供えをしていましたし、朝・夕の勤行(ごんぎょう:読経・礼拝)を欠かさずに実行していましたから、熱心な信者だったと思います。本当に人を疑うことを知らないような、所謂「世間知らず」の純朴な母親だったと思います。でも、ある日、65歳を過ぎて「仏壇への神頼み」に何の効力もないことを悟ったのか、理解したのか、入れ知恵をされたのか、折伏されたのか・・・・正しくは知らないですが、私が知る限りにおいて40年以上守り続けられてきた「由緒ある仏壇」を母親が処分してしまったんです。

 

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 これは驚きでしたね。でも、家族は全員冷静でした。母親が「転向」して宗派を変えたことで,自分の身に火の粉が降りかかることは少なかったですし、転向以降、母親が「活動的で生き生きしてきた」と子供たちが感じていたので「いいか!」と多分思っていたんでしょうね。私は深く考えたことはなかったですが、創価学会の本部まで行って、その巨大な宗教施設に度肝を抜かれたことがありましたし、大きな会場で実施された信徒によるマスゲームの素晴らしさには感動させてもらいました。まさに「統一教会」やその他の宗教団体が実施する際の「お祭ごと」のできばえはなかなかのものです。北朝鮮のマスゲームも同様で、人間一つの目標に向かって協調し成し遂げる力は、やはりチュチェ思想のような「イズム」や「宗教」は大きなバックボーンになりうることを感じさせてくれました。でも、今、とても注目されている「集団行動」の競技大会の背景に「宗派」や「イズム」が存在するとは思えないですが、指導者に対する「畏敬の念」はとても強いと思います。

  

 Yahooの知恵袋には様々な「質問」がされ、いろんな人達が誠心誠意アンサーしているというコーナーがあります。案の定「神仏の存在」に関する質問と【回答】も出されています。宗教心・信仰のある人は「神様・仏様はおられるんですか?」なんて質問はしないので、大抵は【素朴な疑問】か【決定的な否定派】【無神論者】からの質問です。質問者は「こんな悲劇が何で続くのですか?神様が存在したら、そのような悲劇を起きないようにしてくれたら良いと思います」「神や仏は人間の創造物ではないのですか?」中には「神の存在は信じる。しかし、宗教は信じない」なんて表現もあります。

 

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一番典型的なのが、キリスト教的回答です。常にひとつのパターンを持っています。彼らはこのように答えます「絶望のときも神様はそばにいてくださるんです」「神様のなさること。その神様のお考えを悟ることは人間にはできません」「神が人の創造物ではなく、人は神の存在をその根源的なところから認め、求めてきたと立証されているのです」「実際には人間は神の創られた実験動物に過ぎないのです」・・・・・など。ところが、無神論者は踏ん張ります。「お釈迦様は万物が無であることを悟りました。物理学の量子論や素粒子論は科学的にそれを証明しつつあります」なんて論理を形作ったり「すべて自然現象のなせる業、悲劇的な事故も生命の誕生もすべて自然のなせる業」「困ったときの神頼み、ご都合主義といわれても、気休め程度で良いんじゃないですか!」なんて落としどころを探してきたりします。

 

余り「結論」らしきものは出てきませんが、別に「宗教論争」を引き起こしたいわけじゃありません。ただ、何一つ勉強することなく、ただ「盲信」する宗教はおやめになった方が良いでしょうし、何事にも「懐疑」は必要です。「宗教」も万物、特に生命ある生き物の中で「人間」だけが信じているものですから、やはり「進歩・発展」することが必要なものじゃないでしょうか。信仰に「アグラ」をかいていてはいけないでしょう。大局的に「宗教」を眺め、もうひとつ「自己点検」されながら、「何故、私は、今、宗教にすがっているのでしょうか?」「宗教なしに日常生活は送れないものでしょうか?」「私にとって宗教はどんな意味があるのでしょうか」なんて自問自答するぐらいの余裕はあっていいのではないでしょうか。

 

私は、今まで【命】を脈々と繋げて来た【祖先・先祖】はとても敬うべき存在としてあります。それと、私の周囲にある超人的な存在は【大自然・太陽】です。この大きな二つに敬意を払い続けることで、十分に精神は安定しますし、前向きな生き方を選択することができます。でも、もうひとつ「来世」というものは、実は私は感覚として「感じているんです」・・・・・・これだけの精巧な生き物「人間」が火葬にされて【灰と骨】になる。この事実は目の前で何度も見てきました。でも、人間が「夢見続けてきた」ことがすべて現世で実現しているのと同じように、人間の潜在的に希求し続けてきたことは「次元を超えて」実現しているんじゃないかと感じています。人によると、今ある現世が実は仮の姿で、本当の自分自身とは死後の世界に存在する。何か、それこそ「夢」が広がるように思いますね。死後さえも夢を持ち続けて、前向きな生き方を貫きたいものです。
   仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう)056.gif056.gif056.gif056.gif

PS: 最新の世界の人口は2012年に70億人を突破したが、その内の
  
12~14%が「無神論者」という統計があります。

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by taira710 | 2013-12-02 21:26 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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