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世の中には本当にいろんなことを試行錯誤している人たちが生きている!!

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人間はどうして「一番」になりたがるんだろう?【ギネス・ワールドレコード】の世界は笑いと活気に溢れている。

 

 今年の1月12日、兵庫県稲美町の住民約300人が約2万4000個のキャベツなどの野菜を隙間無く並べて「巨大モザイクアート」を完成させて、ギネス記録の公式認定員により「世界最大375㎡」と認定されたニュースが流れていた。この記録は東京にある「ギネスワールドレコードジャパン」支社に申請しなければ認定されなかったのです。本社はイギリスのロンドンにあり、支社はニューヨークと北京とドバイと東京にしかないということです。一番大事なことは、ギネス記録に挑戦するには、正式に「申請」が必要で、【認定・記録】はギネスワールドレコード記録管理部が決定するという、かなり厳密な審査基準が設けられています。つまり、申請無しに「ギネス世界記録に挑戦」というフレーズを使用することさえ認められていません。

 

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 でも、「ギネスワールドレコード」には「新しい記録のカテゴリー」として「公式基準」が3つ設けられています。ひとつは【記録達成が証明されること】二つ目は「記録が数量化できること」3つ目は【今後、記録が破られる可能性があること】この3つ目が一番嬉しい基準ですね。

人間の「記録」に対する「飽くなき挑戦」を鼓舞するとても重要な要素だと思います。やっと達成した新記録があっという間に「塗り替えられてしまう」というシビアーな【現実】が常に存在しているのも、この「ギネスワールドレコード」の興味深いところです。「記録内容」が国・地域によって「限定」されるものは「却下」される可能性が高いということは、「世界共通基準」を目指しているという素晴らしい「姿勢」を感じることができます。

 

 更に言えば「申請内容が挑戦者本人・観客・周囲の人々を大きな危険に晒すもの」「申請者以外の人が、その記録に挑戦するに値しないもの」という「危険回避」と「記録の権威」を遵守しようとする姿勢も評価できるように思います。更に「人権的」「倫理的」に問題のある「記録」に関しては掲載しない、削除するという【方針】が貫かれています。具体的に列記すると【世界の最年少出産記録5歳7ヶ月21日】は性犯罪を惹起したり、医学的・人権的に派生する問題が多いとして「削除」されていますし、「早食い」「不眠」の記録への挑戦は「死者」を出したり、健康を著しく阻害するという懸念から「受付申請拒否」をしています。とても良いことです。やはり「人間の生み出す新記録」は人々を楽しませ、傷つけず、幸せにすることを大前提にして欲しいと思います。

 

 そもそも「ギネスワールドレコード」はどのようにして生まれたんでしょうか。「ギネスビール」は世界中で有名ですが、会社の代表取締役の「ヒュー・ビーバー」が友人と「狩り」に行き

獲物の「ヨーロッパムナグロ」と「ライチョウ」のどちらが「世界最速の鳥」か議論になった。結論は出なかったが、「このような世界一の事柄」を集めた本があれば評判になるのではと思いついた。調査業務をしていた会社に調査と出版を依頼し、1951年ギネスブックの「初版」が発行された。2014年版も出版されているが、「発行部数・販売部数」は公表されていない。世界一かどうかは「不明」である。でも、「世界一のベストセラー」として登録している。ちなみに2014年度版はなんと¥3100円もします。・・・・・・

 

 かなり時間を割いて、ギネスワールドレコードに掲載されている「世界一の記録」をチェックさせてもらったが、「初めて知ってびっくり!」「へえっ、こんな世界一があるんだ」「よう、こんなことに挑戦するわ!」「よく思いついたなあ、世界一の称号が欲しいんだ」「こんなのは気持ち悪いなあ」とか様々な感想を感じることができた。その中で、私も一度挑戦してみたいと思ったものや、初めて知った「世界一の知識」、「ついつい笑ってしまった」「へえっ、凄い!」と感じたような内容を「著作権侵害」にならない範囲で、感想を交えて紹介しておきたいと思う。添付画像にも気に入ったものを掲載しているが、「なぜ、世界一」なのかを、画像から想像していただきたいとも思っています。

 

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 ギネスワールドレコード・・・昔は「ギネスブック」と言っていましたが、私自身は一度も手にしたことが無いので、どのような「項目」に分類されているか知らないです。でも、「大小」「長短」「速い遅い」「広い狭い「高い低い」「多い少ない」の分類は想像できますし、「今後、記録が破られる可能性があること」という基準から考えて、世界中の誰かが、また「新記録」に挑戦してみたいと思う要素が含まれているので、なかなか興味深い内容も多い。私が面白く感じたのは「サンタクロース姿」ではなくて【りんごのコスチューム】、その記録名は【フルーツの姿をした最大集合人数】・・・303名もの人たちが同様のコスチュームで集合している光景はユーモラスで参加者たちの「笑顔」がとても素敵で嬉しくなってしまいます。

 

 こんな記録はとても地域の活性化に貢献しているようです。「ギネス・ワールドレコード地域活性化委員会」と銘打って、全面的にサポートしてくれそうですし、実際に2011年に石垣島で開催された「バーベキュー大会」では長さ107.6メートルの串焼きバーベキューが焼き上げられ、「世界一」とギネス世界記録に認定されているのです。さらに1万5千人もの参加者、全国的にテレビ・新聞で大きく報道され、その後の観光客誘致にも波及効果を示し、経済的効果は1億8520万円と「算出」されているのです。凄いですよね。さまざまな自治体が「ギネスワールドレコード」に参加意欲を示しているのが、とてもよく分かります。

 

 「ギネス世界記録」は300ページ弱の本ですから、どれだけの項目が掲載されているのか想像できますが、インターネットに掲載されていて「インパクト」のあった内容は、こんなものでした。私の勤務している中学校でも生徒たちがよく「紙飛行機」を折っては校舎の窓から飛ばしていることがあります。でも、どんなに4階の窓から飛ばしても、飛行距離は知れているように感じていました。でも、ギネス世界記録の飛行距離は「69.14メートル」ですから・・・どのように折れば良いのか・・・・本も出版されているし、【講座】も開かれているようですね。ただし、「A4用紙を切らずに作った紙飛行機」というルールがあるようです。乞う、挑戦!!

 

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 音楽関係ではこんな楽しい記録がありました。2011年に彦根市が挑戦した「一度に演奏する楽器の種類の多さ」では約200人の協力者が集まり、何と【181種類】の異なった楽器を使って5分間にわたり「合奏」し、見事「ギネスワールドレコード」に認定されています。この種類の多さにはびっくりしてしまいました。素晴らしいです。

 

 特にインパクトがあったのが「冒険家」に関する項目です。日本人は本当に「冒険好き」が多い民族じゃないかと思うことがあります。植村直巳は伝説の人になってしまいましたし、堀江謙一や三浦雄一郎・・・常人にはできない「冒険」ばかりです。その中に「昇地三郎」  (しょうちさぶろう)という名前がありました。その人物が達成した記録とは【公共交通機関を利用して世界を一周した最高齢者】なんと認定されたときの年齢は「106歳」です。昇地三郎は日本の著名な教育者である。私財を投じて日本初の知的障害児通園施設「しいのみ学園」を設立・運営し、その他数々の教育的活動て゛、スイスの有名な教育実践家の「ペスタロッチ教育賞」を受賞している。2005年に数えの100歳になった年から「世界一周講演旅行」を実践され4年連続で実践されたのです。もはや、脱帽以外にありません。この素晴らしい世界一周講演旅行は2012年に認定されていますが、昨年の11月27日に【冥土世界】に旅立っていかれました。

 

 私は紙飛行機も楽器演奏も世界旅行もコスチュームプレイにも興味があります。1915年にノーベル物理学賞を受賞したアメリカ人の「ローレンス・ブラッグ」は当時25歳でした。「最年少ノーベル賞受賞者」のギネス記録はこの人が持っています。ノーベル賞はもはや無理と言えるでしょうが、2007年に経済学賞を受賞した「レオニード・ハーヴィッツ」は90歳で受賞しています。日本人のノーベル賞受賞者は現在まで19人が受賞していますが、その内8人が近畿圏の出身です。川端康成・江崎玲於奈・山中伸弥の3人は大阪府出身です。大阪の風土、近畿の風情・関西の気質の中には「ギネス記録」も「ノーベル賞」さえも生み出す「才能」「知性」「意欲」が山ほど埋もれているという予感がしています。

 

 人生は「挑戦!」です・・・人生は「意欲!」です・・人生は【好奇心!】です

 そして【現実の中に夢が現れます】

 

 神戸にある理化学研究所の研究ユニットリーダーの小保方晴子さんは生物学の常識を覆す大発見「STAP細胞」を作り出したのです。彼女は語っています「最初は誰も信じてくれなかった・・今日1日だけはがんばろう。明日1日だけはがんばろう」と・・・・・・

 

PS:スーパーマリオゲームに登場する「クッパ」が実はギネス記録に記載されているのです。はてさて、どんな「記録」で掲載されているのでしょうか?

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by taira710 | 2014-01-31 22:15 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

宮崎駿・スタジオジブリの世界には常に「愛」と「憎しみ」がある。

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 宮崎駿&ジブリの世界は「永遠」に続いて欲しい・・・・メッセージの力を期待したい!!!

 

 2012年の1年間○○小学校で介助員の仕事をしていた時に、支援の必要な生徒が5年生だったので、5年1組のクラスに介入することが多かった。支援のM君以外のクラスメートともとても仲良しになった。その中のF君はなかなかスポーツマンで頭も良くリーダーシップも発揮していたが、いろんな話をしていた時に「ジブリ作品」の話になって、私が「ジブリ美術館」に行ったこともあるし、ジブリ作品の全てを観たことがあるって話をした時から、何を感じたのか、そのF君だけは、私のことを【ジブさん】と呼ぶようになった。他の子供たちは「平ちゃん」とか「ガキヘイ」とかいろいろとあだ名を付けてくれていたが、F君は1年間続けて呼んでいた。何でそんなに気に入っていたのか分からないが、私は悪い気はしなかった。

 

 実際、私の人生と「宮崎駿」「鈴木敏夫」「高畑勲」・・・・そして「久石譲」は心の中で深い繋がりがある。長編アニメーションほど「時間」と「お金」のかかる作品はない。余程「観客動員」できる内容でないと、「経営状態」を悪化させるリスクが高い。もちろん「チームワーク」を必要とするので、様々な部門の「技術者」の労力、そして【人件費】が必要とされる。本当に人に感動を与える作品を作ろうと思えば、「経営能力」も求められる。だから、鈴木敏夫のようなプロデューサーの存在は大きい。決して「宮崎駿」の才能だけでは「作品」は完成しないのだ。

 宮崎駿の作品は「スタジオジブリ」が設立される以前から魅了されていた。1979年の「ルパン3世カリオストロの城」は東映、1984年の「風の谷のナウシカ」は東宝で製作されている。この両作品はアニメーションの素晴らしさを見事に具現化していた。カリオストロの城はまず「脚本」が素晴らしく、あんなに予想外の展開をしていくアニメは想像を超えていて、「面白かったわ!」という印象を未だに残している。「風の谷のナウシカ」・・・・・「火垂るの墓」と同様、クライマックスでは本当に涙が滲んでくるし、胸は感動で一杯になるし、未だに私の「宮崎駿作品No.1」である。「腐海の樹々は汚染された世界を浄化するために存在している」というメッセージは強烈だった。また「ナウシカ」も日本の古典に登場する「虫愛ずる姫君」がモデルになっているというから面白い。更に追記しておくと、宮崎駿原作の漫画「風の谷のナウシカ」は1994年にやっと完結しているので、あのアニメ映画の続きはまだまだあるということである。「続編」を製作してくれないかなあ!!

 1985年に「スタジオジブリ」が設立されているので、1986年の「天空のラピュタ」以降、2013年に公開された「風立ちぬ」まで17作品制作されている。それぞれが本当に味わい深くて、優劣が付け難い感じがするが、私の中では「作品の完成度」「メッセージ性の強さ」「主人公の存在感と魅力」「色彩感覚と情景の美しさ」などにより、ちゃんと「順位」が付いている。今回、このブログでは、その順位は観る人によって異なるので、それぞれの作品の何に「惹かれたのか」「どのような場面が印象的」だったのか、少しずつ解説しておきたいと思う。紙面の関係上「全作品」は無理だが多分、読者との共通点も多いと思うが、中には「そんなとこ?」って不思議がられるかもしれない。勝手だが「年代順」に解説していきたいと思う。

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 「天空のラピュタ」は天涯孤独の少年パズーとラピュタ王家の末裔「シータ」との空飛ぶ島「ラピュタ」を巡る冒険活劇である。【飛行石】という物質の存在感のリアリティーがありすぎて、空中海賊「ドーラ」とムスカ大佐の【欲望】が見事に表現されていて、完全に感情移入させられていた。特に吹き替えの声優「初井言榮」(ドーラ)「寺田農」(ムスカ大佐)の声は耳にこびり付いてしまっている。主題歌の「あの地平線 輝くのは どこかに君をかくしているから・・・・・さあ でかけよう ひときれのパン ナイフ ランプ かばんに詰め込んで 父さんが残した熱いまなざし 母さんがくれた あのまなざし」は本当に素晴らしい。アニメソングは余り歌わないが、この曲は「スバ抜けて」大好きで、何回も口ずさんでいる。

1988年に公開されたのが、あの感動作「となりのトトロ」である。私は何と41歳という年齢に達していた。でも、昭和30年代の日本の田舎を舞台にしているファンタジーはオリジナリティーとノスタルジアに溢れ、12歳の少女サツキと4歳のメイちゃん姉妹の活躍が微笑ましくて面白く、そしてハラハラさせる展開が最高だった。植物の種を植えて、芽が伸びるように祈る「ダンス」が特にウキウキしてしまった。ハッピーエンドで終わり、心から「ホッ」とさせてもらった作品だった。

 1989年の「魔女の宅急便」はクロネコヤマトがスポンサーになったので、魔女キキの相棒に黒猫の「ジジ」が登場する。宮崎特有の「ブラックユーモア」かも知れない。その後も「おもいでぽろぽろ」「紅の豚」「平成ぽんぽこ狸合戦」と作品が続く。1995年の「耳をすませば」は心に残る作品だった。青年と少女の淡い恋愛心がとても爽やかでドキドキさせてもらったし、「カントリーロード」という音楽も良かったし、「猫」の存在感、そして「バイオリン製作」に情熱を燃やす「職人気質」の生き方に感銘を覚えた。

1997年の「もののけ姫」は凄かった。人間と自然との共存が強烈なメッセージとして伝わってきていた。人間は歴史の中でたくさんの「自然」を破壊してきた。【生存】のために必要なこともあるが、「一線を越えてしまう破壊」は復元力に完璧なダメージを与えてしまう。それが私には強烈に伝わってきていた。今の時代、クマもイノシシも山から人間世界に降りてきている。人間が動物のテリトリーを犯し続けているからだろう。でも、こんなに増えてしまった「人間」と「自然」との共存はますます難しくなってきている。人間自身が「人間」という種族の生きにくい時代を作ろうとしている。

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 2001年の「千と千尋の神隠し」は唸ってしまった。こんなにインパクトのある「登場人物」をよく考えられるもんだと感じた。それぞれが、その場面の【主人公】を演じられるのですから、話が面白すぎます。出だしから「人間の飽食」を皮肉り、【お腐れ様】という神様は、体内に人間の作ってきたゴミやヘドロを全て飲み込んでくれているという「犠牲的存在」・・・・「欲望」にまみれた人間も多々登場してくるが・・・・平凡な10歳の小学生が、不思議に世界に迷い込み、両親を「豚」に変えられた「魔力」を解くために、内なる「生きる力」に目覚めていく。この映画は「同世代の子供たち」に対して、人生をどのように「歩めば良いのか」・・・決して「人真似」ではなく、それぞれの「人生」を生き抜く力を呼び覚ましてくれていたように思う。小学生に尋ねると、やはりこの作品のファンが4年生以上には多かった。

 2002年以降の「ハウルの動く城」「ゲド戦記」「崖の上のポニョ」などはそこそこ面白かったが、もうひとつ【インパクト】「メッセージ力」が不足していたように感じられた。「借りぐらしのアリエッティー」はちょっと「マイナス」のショックを受けたほど、心に残らなかった。まあ34年間に渡り、これだけ「創作的」な仕事を続けてきたんだから、中には「この程度」の「軽い」作品もあって致し方ないと思うが・・・・・・宮崎駿作品に対しては「決して欠かせて欲しくないメッセージ力」を常に期待している気持ちがある。最新作2作品は観るのが楽しみである。

 宮崎駿は「とても素直」で「嘘をつけない」人だと思う。ほとんど、小さい頃からの基本的な「人間性」は変わっていないのではないかと思う。その根拠は常に「子供の視点」「少年・少女の視点」が描かれているからである。・・・そんなことないか?自分が子供時代に思い描いていた「平和で穏やかな世界」が常に存在しているのを感じる。そして宮崎の思想は「バランス」を取ることに知性と理性を使っている。「反戦」といっても、ただの単純な「非武装中立」というような反戦とは異なっている。彼はかなりの「武器・兵器マニア」らしい。実際、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」にしろ、幾つかのアニメ作品に登場する「メーヴェ」「ガンシップ」「空中戦艦ゴリアテ」は迫力満点だった。男という者はつくづく厄介で、「反戦」なのに「武器」には異常な興味・関心を示してしまう。私もゴルゴ13に登場する「アーマライトM16」なんかにはとても興味があった。

 「反原発」はかなり強い主張をしていて「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」というメッセージを発信しているし、宮崎駿自身が東小金井市の「反原発」のデモに参加し、雑誌の表紙を飾っている。同時に「憲法改正」にも反対している。「得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほか」であるとしている。「環境問題」に関しても勿論強い関心を示しているが、「エコロジー」として一くくりにされることには反発している。それだけ、環境問題は「人間が生き続ける限り」において「矛盾と葛藤」を抱えなければならない問題だからと気づいているからだと思う。宮崎駿は1941年(昭和16年)生まれだから、幼少時は「疎開」をしていて、本当に怖い戦争体験はしていないが、強権的・権力的・独裁的な「国家」に対する批判的姿勢と統制的・権威的な社会主義には懐疑的でかつ批判的である。

  彼の「思想的背景」には3人の人物がいる。一人目はフランスの作家「サン・テグジュペリ」である。私は「星の王子様」を読んで感銘を受けたが、今、思い返すと「一種の流行」ではなかったかと「反省」している。「夜間飛行」はリンドバーグの大西洋横断を想起させ、なかなかスリリングで面白かった。宮崎駿は「人間の土地」という作品を絶賛している。いつか、機会があった時に読みたいと思っている。彼からのメインのメッセージは【命より大事なものがある】という感覚である。

二人目は植物学者の「中尾佐助」である。彼の「照葉樹林帯文化論」はヒマラヤ山麓から中国を経て西日本に至る地域の【文化要素】に共通点が多いことに着目し、「国境」で文化を区切るのではなく、植物の生態系を基盤にした「文化論」を展開していた。この思想は、宮崎駿の言う「世界の問題は多民族にある」という言葉が象徴しているように、今の安倍政権の日本のように【国家ナショナリズム(民族主義)】を全面に出すと必ず【国家間の摩擦】が起こり、そのあげくに「戦争」が引き起こされるという「歴史認識」を共有している。植物には確かに「帯」「圏」「地帯」がある。しかし、それはナショナリズムによって地図上にはっきりとラインが引かれている【国境】とは異なるものである。

  三人目は、網野善彦は歴史学者である。彼の歴史観の特徴は【日本人は単一民族】であるという「一国史観」に疑問を呈し、【日本】という国号が689年の「飛鳥浄御原令」によって定まり、「皇国史観」によって【神代】の時代から【日本】が形成されていたというのは「偽り」であるとし、日本国家の為政者に【アイヌ】「琉球」「蝦夷」も侵略・征服されて、今の「日本」が存在しているという【正しい歴史観】を持つべきだとしている。この歴史観は私も正しいと感じている。

 昨年末、【宮崎駿】は何回目かの「引退宣言」をされているが、昨年末に「本気」と伺える様な記者会見をされていた。鈴木敏夫も社長の座を後任に譲っている。でも、年齢的には宮崎駿が73歳だから、私の家内と同い年である。家内には【向学心】も「創作力」も「知識欲」も豊富にあるように感じている。ただ、本当の意味で【人々の為になる】創造力と創作力と想像力を持ち合わせている「天才肌」の人間は、私の切なる希望であるが「愛煙家」であって欲しくない。私はタバコほど周囲に「害毒」を無神経に撒き散らすものはないと思っている。引退宣言をきっかけに、それこそ「禁煙宣言」をしてもらい【健康】と「体力」をリカバリーして、世界を平和に変えるようなインパクトのある「長編アニメーション映画」に取り組んでもらいたいと思っている。

 

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by taira710 | 2014-01-29 21:52 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

アルトサックスに出会って、今まで味わったことの無い充実感がある!

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 「アルトサックス」は実に魅力的な楽器である。先生も素敵だし、必ず上達するぞ!

 でも「移調楽器」って言葉知ってますか???

 

 2012年の9月に自分の「楽器コンプレックス」を解消したくて、それこそ「清水の舞台から飛び降りる」ような一大決心で25万円もする「アルトサックス」を購入してレッスンを受け始めた。先生は大阪音大を優秀な成績で卒業され、その後、いくつかの「アンサンブル(四重奏団)」友人間で組織され、関西圏で有料の「演奏会」を開かれているプロである。タレントの「榊原郁恵」に雰囲気が似ているとても魅力的で明るい女性である。私のモチベーションが上がっていることは間違いが無い。

 

 アルトサックスは一人の楽器製作者が独自に考案した楽器で、とても不思議に工夫・創案された楽器に仕上がっている。ちょっと歴史を紐解いて【紹介】させてもらおう。今から170年程前の1840年代ベルギーの管楽器製作者アドルフ・サックス(Antoine-Joseph "Adolphe" Sax)によって【考案】されている。実際に手にしてみて、この複雑で美しいフォルムで、ちゃんと「音階」を演奏することができるのだから、まさに「天才」の創造力である。楽器製作者となっているが、勿論、自分で演奏しないと正しい【音階】かどうかは分からないから「音楽家」としての素養もあったに違いない。1846年に特許を取得している。勿論【saxophone】の名は彼にちなんでいる。

 

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元々、吹奏楽団における木管楽器金管楽器の橋渡しを目的に開発された。構造上、木管楽器に分類されるが、真鍮を主とした金属で作られており、木管楽器の運動性能の高さ、金管楽器のダイナミックレンジの広さを兼ね備えている。彼自身が20歳の時に特許を取得している「バス・クラリネット」から発展させて考案したと言われている。新しい楽器の恩恵として、【洗練された運指、発音の容易さ】は他の吹奏楽器に類がない。人並みの指の長さがあり、極度の「不器用さ」が無ければ、一応「音」も出せるし、「音階」を刻むことができる。

  

 クラシック音楽からポップスロックジャズに至るまで、様々な分野の音楽で用いられる。吹奏楽ビッグバンドには欠かせない存在である。オーケストラにも曲によっては参加することがある。ソプラノアルトテナーバリトンの4本のサクソフォーンで演奏されるサクソフォーン四重奏は、クラシカルサクソアォーンの代表的な合奏形態のひとつである。サクソフォーン四重奏のためのオリジナル作品も多数存在する。様々な種類と大きさのものが存在する。余りにも【素晴らしい楽器】だからこそ、その後の演奏者が様々なジャンルの音楽に挑戦し、様々な工夫をし、4種類の「サクソフォン」だけで、どれだけ高度な音楽を奏でることができるか・・・・演奏家の「挑戦の歴史」を感じ取ることのできる楽器だと確信し始めている。でも、アドルフ・サックスの人生、このような才能に恵まれながらも、同業者からの嫌がらせと特許の正当性に関する「法廷闘争」で健康を損ない、失意の内に人生を送っていたが、パリ音楽院の教授の後任の「マルセル・ミュール」によって名誉を回復された歴史がある。

 先日のテニス部の新年会で、私の大好きな友人Tさんが「昨年の8月からアルトサックス始めたんです。毎週梅田までレッスンに通っているんです」と話されていて、とても嬉しく思った。アルトサックスの素晴らしさを「共通認識」できる仲間がいることは、かなり「競争意識」も沸いてくるし、グループ演奏ができる可能性も期待できるし、まさに「新しい分野を開拓」するような新鮮な気持ちで挑戦できるのでワクワクしてしまう。Tさんは「ジャンバラヤ」「イッツ・ソー・イージー」「カンタループアイランド」などを「暗譜」されていた。羨ましい。集団でレッスンされているので、「自分の演奏したい曲」がなかなかできないと話されていたが、楽器のレッスンは「生徒主体」だから「希望」を出されたりすれば良いと思う。私のH先生は「私の希望」に対して嫌な顔ひとつされることなく「笑顔」でサポートしてくださる。

 私の娘は私が「アルトサックスを演奏できる」ということが信じられない様子である。多分、娘のTOMOKOさんも私同様、きっと「楽器コンプレックス」が強いんだと思う。小学校の時「ピアノ」のレッスンに通っていて、福祉会館での演奏会などに参加して、私をとても【感激】させてくれたが、彼女は最終的にはピアノ演奏が好きになれなかったのか「性に合わない」と思ってしまったのか、断念してしまった。今、私のサックス演奏風景を「動画」に撮影するための準備をしている。勿論、H先生のピアノ伴奏付きである。ところが、このピアノ演奏と一緒にアルトサックスを吹き始めると、まるで「赤面恐怖症」のように緊張するしあがってしまって、実力の半分も出せないような散々の「演奏」になってしまう。尊敬するH先生のピアノ演奏が始まると、めちゃくちゃ格好良くて「ピアノ演奏」に付いていかなくっちゃという思いが前面に出て【失敗】してしまう。

 そんな私に対してH先生が「あくまでもアルトサックスが主体です。ピアノは伴奏ですので、意識改革を行ってください。貴方のサックス演奏にピアノ伴奏を合わせさせるのが一番大事です」・・・いやあ、まさに心の意識変革です。その言葉を聴いてとても気が楽になりました。2回目の演奏では自己評価で10~20%は改善されたように思います。先生からも「良くなりましたね!」とお言葉を戴きました。

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 今まで「ふるさと」「グリーンスリーブス」「つぐない」「More」「春が来た」の5曲を演奏できるようになっています。まだまだ「スムース」にそして「完璧」に演奏するまでには繰り返しの【練習】が必要ですが、一応、何の曲を吹いているかは分かるレベルにはなっています。後は「ブレスはチャンス!」「息継ぎは深く大きく」「マウスピースはリラックスして」「自分の唇でフィット感を確保する」「慌てない、常にリセットする気持ちで演奏する」・・・・・多くのH先生からの「名アドバイス」を身体と頭に馴染むように学習している。

 ただ、残念なことに、私のマンションの4階という【集合住宅】の住宅環境では、アルトサックスの音量は「尋常」ではなく、なかなか自主練習ができないのが最大の難点・重要課題なんですねえ。カラオケボックスに行くのもなかなか大儀になってしまいます。河川敷での練習は3度ほどしに行ったのですが、さすがに「冬場」は辛くて遠慮させてもらっています。

 先生のレッスンの時間に「移調楽器」という言葉を人生で初めて耳にしました。ギターを弾いていたときに「調弦」とかしていましたが、ピアノの「ド」の音と、アルトサックスの「ド」の音は違いますよということを初めて知ったのです。

楽器➔アルトサクソフォン  調(管)➔Eb  
実音は記音より➔長6度低い

楽譜を移調するとき、実音で書かれた楽譜から調号を次のように変える➔3♯


 移調楽器(いちょうがっき)とは、ある楽器楽譜に従って出した音の高さが、ピアノなどにおけるその楽譜の音と異なる高さの音に一致するような楽器のことを言うと記載されています。移調楽器は、管楽器に多く見られる。管楽器では、同じ基本構造を持った異なる管長の楽器が存在し、それらは同じ指使いで違う高さの音を出す。また移調楽器かどうかという判断は、楽器固有のものではなく、どのように楽譜が書かれるかということによっている。楽譜の調は演奏時の利便性(指使いや読みやすさや習慣から決定される。例をあげれば、「ファ ファ  ナチュラルファ」は前の2つは「ファ♯」の意味を表している・・・てな調子である。

サックスはなかなか深そうである。「ビブラート奏法」「スラップ奏法」「キーノイズ奏法」「重音奏法」「割音奏法」などいろいろ【特殊奏法】があるらしい。今は興味はないが、楽器演奏はどのような楽器でも「遊び」の要素を取り入れることができる。「音楽」はリスナーとして長年楽しませてもらってきた。まさか、自分が「演奏者」として「音楽」を楽しめるとは夢にも思っていなかった。これは、やはり【小学校】「中学校」で介助員として働き続けてきたことが意思決定としてかなりウェイトが大きかったと思う。若い人たちの「リコーダー」の演奏や様々な楽器を演奏して行われる「文化発表会」、中学での吹奏楽部の人たちの「熱心な練習」と「演奏会」・・・・この若者たちと一緒に「自分の知られざる可能性」を切り開くことができて、本当に嬉しく思っている。

いつか「素人演奏会」で度胸だめしをしたいと思っている。きっと、その先に新たな「展開」が待っているだろう。

人生なんて、自分で自分の「可能性の枠組み」を狭めていては面白みが無い。幾つになっても、自分の未来は「真っ白なキャンバス」にしておきたいと思っている。

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by taira710 | 2014-01-27 22:45 | 人と人との出会い! | Comments(0)

看護戦士はいつまでも健在で・・・おしゃべり大好き!!!

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 平均年齢は「80代?」・・・私たちにとっての「母病院」理事長の講演会の会場は、まさに

I病院の【同窓会】・・・・・看護戦士たちとの集いは、とても楽しかった!!!

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 今日は昼から午後有休を取得して、私が34年間看護師として勤務させていただいた医療法人I病院の理事長の講演会に参加してきた。茨木市の市民会館ユーアイホールで14時から行われた。会場に入ってびっくり・・・まるで「I病院OGの同窓会」の有様、それこそ、中には「数十年ぶり」に再会されている光景もあちこちに見受ける。申し訳ないですが、このブログの「読み手」にとっては全く知らない人たちかも知れませんが、「I病院」で働いたことのある人たちにとっては、退職後の状況がほんの少しリアルタイムで分かるので、とても重要な情報と感じられます。「生きて再会ができたことが嬉しくて仕方が無い」という気持ちで一杯になりました。

 

ここに【敬意】を込めて、その人たちの名字だけでも列記しておきたいと思います。勿論、敬称略・順不同である。角川・壱岐・真保・北川・坪井・玉井・吉田か・吉田な・高松・溝口・宮崎・山本・小林・前田・原口・藤瀬・川島・田島・吉田の・菱井・長野・竹熊・中島えの23名もの方々との【再会】があった。栄養士の吉田の、引地さんの2名とも再会できた。本当に10年ぶりとかいう「単位」ではない。私が看護助手として入職したときの【東1病棟】の同僚であった坪井サさんが来られていた。私には最初まったくどなたか分からなかったが、その当時の同僚や上司から教えられて、・・・・漸く、その風貌に「面影」を思い返すことができた。昭和50年が入職した年だか・・・その後もTさんと一緒の病棟で勤務した記憶がないので、恐ろしいことに「39年ぶり」で再会できた人もいた。嬉しいことに坪井サさんが私のことを名前も覚えてくださっていたこと。何故、そんなに感激したかというと、坪井さんは御年93歳になっておられたからである。

 

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 講演会の内容は「神谷美恵子さんを偲ぶ、その共感的理解の姿勢」という表題で、高橋理事長の話は特別面白かった。今年1月8日の日本経済新聞に高橋理事長の「神谷美恵子さん生誕100周年」に関する文章が掲載されていたが、その内容を遥かにしのぐ素晴らしい内容で、本当に心から感動させてもらった。昭和9年生まれだから、今年誕生日が来ると「80歳」になられるというのに、その活舌の良い話方は、とても聴きやすく、神谷美恵子さんに関する様々のエピソードがまるで「マザーテレサ」のように感じられ、さらにフランクルの「夜と霧」の話、そして「神谷先生の共感的理解と生き様と死に様」・・・・・とても魅力的な内容だった。でも、正直、70歳を超えているI病院OGにとっては2時間休憩無しの【講演】はかなり負担になっていたのではないかと想像できました。・・後で知ったのですが、Hさんは疲れきっておられました。やはり、講演者は聴衆の「質」にも配慮し、臨機応変に「対応」する力も必要ではないかと考えさせられた。【感動】よりも【疲労感】を一番に感じてもらっていては意味が無い。

 

 同窓会のように集まられた方々の年齢構成がまた凄い!!!私が66歳で際立って若い。「ひよっこ、若造」である。あと60代後半がふたり・・・後は全員が70歳以上、80代が6人ほど、90代が2人参加しに来られた。正確には不詳であるが、大体正しい推定だと思っている。全員が【女性】である。男性で定年退職したスタッフは少なく、女性は90代になっても元気そのもの、思考力も記憶も素晴らしく、全く会話していて「老いた」「年」を感じさせない、昔のままの「看護戦士の仲間意識」が共鳴するように響きあう。私は「元始、女性は太陽であった」という言葉が大好きだが、看護師さん仲間と交流していると、本当に女性は頭脳が明晰だし包容力があり素晴らしい存在だと改めて感じる。

 

 元総婦長の「角川」さんの活躍で、連絡網をフル活用されて、元OGに連絡されたようですが、男性参加者は私一人で「男性陣には連絡しなくてごめんなさい」と謝っておられた。角川さんはもう80歳を超えておられる。ありがたいことである。私は同僚の菱井さんから連絡を戴いて知ったが、今回の講演会への参加要請は自然発生的に「同窓会」の気分と気持ちにさせてもらえて、昨今、特に感動させてもらったひとときだった。角川さん配慮で市民会館の喫茶店「カトレヤ」で飲み物とケーキセットの無料券を配布されていた。I病院の事務長のYも顔を出していたのに、この配慮・心遣いの相違は見習うべきじゃないでしょうか。喫茶店でも1時間近く話し合っていましたし、写真もたくさん撮りました。元院長・理事長との【写真撮影希望】は途切れることなく続きました。双方にとって嬉しいことだと思います。

 

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 何とも懐かしい話題が続きましたが、私は事前にテニスもいつも一緒にしている元看護部長の真保さんに連絡して、【講演会の後に一緒に食事に行きましょう】と誘っていました。余りの多くの参加者に「声をかけるべきかどうか」迷ったりしていましたが、それぞれに帰っていく方々もいて、勤務していた頃、特に仲が良かったり迷惑をかけた上司に「一緒に食事会に参加されませんか」と10人程に声がけをさせていただき、私も含めて総勢9名の「同窓会二次会」が開催されることになりました。嬉しいことです。急遽でしたが、私がよく通っている寿司屋の「三府寿司」はスペースも広く味も値段もリーズナブルなので電話予約させていただきました。

 

 市民会館から三府寿司まで10分以上懸かりました。普通なら5分で到着できるのですが、私以外は全て女性です。何と「かしましいこと」・・・・信号があると話しに夢中になり、信号が青になっても動こうとしない。まあ、女性の話好きなこと。別に今更知ったことでもないが、改めてその素晴らしい光景を目にすることができた。二次会に参加された方々は平均年齢は70代である。三府寿司の二階にある落ち着いた広々した空間が確保されていた。9人中5人だけはアルコールを注文したが、後は「熱いお茶」を希望されていた。最初、このお店のおすすめを提案させてもらったが・・・・それぞれの方によって「お腹具合」はいろいろあって、お寿司の注文も「6貫1500円」「10貫2300円」「12貫3500円」と様々、中には「お寿司はいらないから一品料理頼みます」という人もいて、出だしから「個性炸裂」・・・いや、楽しいね。

 

 「ぶりかま」「和牛ロースサラダ」「賀茂なすでんがく」・・・みんな適当に箸をだし、つつきあう。仲間意識が前提として存在している。そして「寿司セット」・・「生ビール」に「焼酎」大酒のみは私だけ・・・・・料理もバラエティーに富んでいたが、話題もバラエティー一杯、笑顔も一杯・・・改めて「看護」という共通の仕事を通じて、ともに戦った・苦労してきた人間同士の心意気は、自然と理解しあえて嬉しい。歴代の看護部長がお二人参加されていた、私が入職した昭和50年は「江菅総婦長」その後は「撫本総婦長」お二人とも亡くなられている。・・・・様々な感慨がある。・・・・・・・大満足で宴会はお開きの時間になってきた。

 

 宴席の最中に【今日はみなさん、割り勘ですよ】と声をかけさしていただいていたが、私が余りに楽しくてひとり追加追加で飲みまくっていた。これは・・・いくら「割り勘」とダメ押しをしていても「失礼すぎる」。

未だに「介助員」として中学校で働いていられるのは、目の前のこの人たちの協力・そして楽しく働かしていただけた「過去」があるからだと思うと、ますます嬉しくて「感謝の気持ち」で一杯になった。

 

「皆さん、ひとり2000円集金させていただきます。後は私が支払いますから!」と声がけさせていただいて8人分16000円を集金して会計に行ってゴールドカードで支払いをさせていただいた。お代わりした生ビールに異物が入っていて、とても不愉快な思いもしたが、楽しさは忘れられなかった。

         会計請求額:¥30540円だった。お安い御用です。・・・・・・・・

皆さんに【お礼】を言われたが、私の飲み分・相当でしたよ。「ええかっこ・・して得しました!」

 

後、「I病院卒業者名簿」を作成して、写真を撮った方々への送付仕事が残っている。あの感激を今回限りにするのは余りにも勿体無いという気持ちが募る。頑張って「業務」を成し遂げよう。OGの多くから、【ここんところI病院のOB・OG会が無くなったから、日垣さんが「幹事役」引き受けてよ】と言われた。・・・

ブログにはその日の雰囲気を伝えるために【写真】の一部を公開させていただいたが、この世に「写真」を残しておくことも「意味」があるのではと思っています。いずれ、あの世に旅立つときの思い出に・・・すべてに了解を取れなかったですが、ご容赦願いたいと思います。(笑い)まだまだ長生きされそうでしたからね。

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by taira710 | 2014-01-26 11:13 | 人と人との出会い! | Comments(0)

本当に心から尊敬できる人間がいる!!!ここに!!!

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 「乙武洋匡」という人間の素晴らしさ・大きさを考える・・・・その「教育的存在感」!

 

 私が自分の人生で「乙武洋匡」(おとたけひろただ)という一人の人間に出会った意味は大きい。出会ったと言っても本当に目の前にいて【会話】を交わしたわけではない。一番最初に知ったのは、1998年に講談社から出版された「五体不満足」という彼が早稲田大学在学中に出版したベストセラーである。2014年現在までの総発行部数が550万部というから、その影響力はすごい。

 

 乙武洋匡は197646日生まれだから、現在37歳で、身長107センチ、体重38Kg、現在東京都の教育委員であり、絶妙なあだ名をつけることで有名な有吉弘行に「おしゃべりエロだるま」と名づけられている。本人は有吉とも親交があり、このあだ名を気に入っている様子である。いや、実に的を得ていると思う。20013月に「結婚」されていて、現在二人の男の子の「父親」である。「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」というメーセージを発信し、あの屈託の無い笑顔で周りの人の協力と共感を得て、素晴らしい人生を送っているのです。

 

 最初に【五体不満足】という本を読んだ時、私は【看護師】としての経験は22年目だったが、こんなに前向きな人間に出会ったことは初めてだったし、その本の内容を通じて、彼の両親がどれだけ「包容力」があって「愛情」を持って彼に接し続けているのかが、ストレートに感じられ、とても【感動】と「インパクト」を味わうことができました。彼は、どんな環境に出て行くときも何一つ「躊躇」することなく、両親も彼を不用意に制止することなく、彼のダイナミックな生き方を見事にサポートし続けていたのです。

 

 テレビでは「

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の森」のスポーツコメンテーターとしてオリンピックやサッカーW杯の選手などを取材し、スポーツ雑誌「Number」の連載を執筆するなど、その活躍はとても評価されていた。本人も本当にスポーツが大好きで、中学時代はバスケットボールクラブに所属して実際に参戦し、高校時代は「アメリカンフットボール部」に所属し、「データの収集と分析」を行い、作戦参謀として活躍していたらしい。車を自らの設計で改造し、「自動車運転免許」も取得するという積極さだから、脱帽もしてしまう。あの身体的機能で、この前向きさ、恐れ入るしかない。ところが、こんなことで済まないのが「彼」の凄さである。

 

 更に、彼の有能さは止まることを知らず「タレント」や「作家」としても活躍しながら、さらに、2007年発行の【だから、僕は学校へ行く】という本で、その具体的な内容を知ったが、2005年東京の新宿区の「子供の生き方パートナー」として教育委員会の非常勤講師として勤務するが、明星大学の通信課程に学び、小学校教諭二種免許を取得し、2007年から3年間、杉並区の小学校の先生として3年生・4年生を担当し勤務されたというから、「圧倒」されてしまいます。20114月からは「ナチュラルスマイルジャパン株式会社」の代表取締役としての立場で東京都で【認可】された保育所を経営されているのです。

 

 あの「身体的機能」で小学校の教師が務まるのか・・・・・彼には特別に「サポーター」が配置されていたらしいが、彼は生徒である「子供たち」の助けを借りながら「教職」という勤めを3年間続けたんです。その3年間で【彼】と接することのできた子供たちは、本当に「生きるとは何か」という究極の問いかけにも容易に答えを出せるような「忘れられない体験」をしたんじゃないだろうかと思う。

 

 彼の生き方を観ていて、確かに「人間はひとりでは生きられない」という想いが強くなったが、周りに自分の生き方を「サポート」してくれる人材が傍に寄ってきてくれるのも、彼の人間としての魅力だと思う。彼は両親にも恵まれていたが、特に「友達」にも本当に恵まれていたように感じられる。小学校の教諭免許を取得しようと志した時に、彼の友人は「おまえ、足なんか1本も無いのに、二足どころか三足のわらじを履くなんて贅沢だ!」とおちょくったようだが、この言葉が言える「関係」って凄いなあと思う。安易な同情なんかは微塵もなく、ただ「対等の人間」「友人」として言い放った言葉・・・・・彼は教員免許を取得して、小学校教諭としての実績を重ねる。友人としてもこんな【男】と友人関係でいられて嬉しいに違いないと思う。

 

 でも、「順風満帆」な人生のように思えるが、彼の中には凄い【葛藤】が続いていたのです。

【僕は何もしていなかった。フツーに生きてきただけなのに、ただ障害があるというだけで、ただ存在しているだけで賞賛され【勇気をありがとう】と言われてしまう。そうした言葉に、僕はむしろ無力感を覚えていたのだ。「自分はなにもしていないのに・・・・」ただその無力感を消すために、僕は考え方を大きく変えていくことになる。他人から「あなたの生き方は素晴らしい」と言われても、本当の自分を知っているから、誇らしく胸を張ることができない。】・・・・・・・

 

 彼の悩みに対して、1911年生まれ(今年は2014年ですよ!!!)の聖路加国際病院名誉院長である日野原重明が対談の中でアドバイスしています。

 

「僕は貴方の3倍以上、4倍近く生きている・・ということは4回戦の試合にたとえるなら、きみはまだ1回戦が終わったばかりで、これから漸く2回戦が始まろうという時期なんだね。まだ何もデザインされていない真っ白なキャンバスに「絵を描きなさい」と言われているようなその気持ち。可能性というのかなあ。僕にはそれが羨ましく思えてならないんだ」・・・・・

 

人生を真摯に生き続けている人の言葉は「含蓄」があり「深み」がありますね。

 

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彼は今【教育】【保育】に関して真剣に取り組んでいると思います。私も小学校での介助員を2年間続けて、生まれてから小学校2~3年生までの子供たちのあの「純粋さ」の未来に「犯罪者」なんて存在が待ち受けているとはとても思えないんですが、本当に「しつけ」「教育」は難しい時代になってきています。今の時代は「体罰」はもってのほか、「しばらく廊下に立っていなさい」など、授業中に教室から退去させるという行為は、子供たちから【学習権】を奪うものだとして、絶対にしてはならないことだとされているのです。私はそんなに何回もじゃなかったですが、両手にバケツの水を持って立たされていた記憶があります。極端な話、「放課後、残って教室の掃除しろ!」なんて命令すると「監禁罪」に問われることもあるというのですから・・・今の先生方は「教諭」という字のごとく「教え諭す」という、子供たちには言葉や態度で気づかせていく「教育」が必要とされていると「彼」は考えているようです。

 

でも、私は少し違っています。私も不条理な「体罰」を受けた経験もありますが、教師の真剣さ、自分のいい加減さに気づかされたことが多かったです。小学生はまだ「幼くて」ましです。中学生ともなると本当に「頭の中には十分な判断力・思考力」が備わっていないまま、動物的な行為をします。集団行動に適応せず、仲間内でじゃれあい続けるのです。多くの動物では、親は子供の逸脱した行動に対して、必ず「体罰」を課しています。そうすることによって【自然の脅威】や「外敵」に対する警戒心を教えているのです。人間は生まれながらにして「知識・判断力・思考力」を身につけているわけではありません。だからこそ、「身に痛みを感じて学ばなければならないこと」もあるのです。日本のマスコミは「全体のバランス」感覚を失っています。センセーショナルに【体罰問題】を取り上げることが自分たちの「役割」のように勘違いしているのです。でも、最近の中学生は男子も女子も体格も大きく、運動神経もかなりのものです。大人の人間・教師がもはや対等に対峙できない状況があります。生徒の間違った行動に対してひるんではならないのです。

 

もちろん、生徒を「傷つける」ような「体罰」「暴力」には反対です。でも、昔の先生がやっていたような「愛情のあるスキンシップ」が本当に見られないのです。「乙武洋匡」には、その微妙なニュアンスが理解できているように思います。

 

私がこの世に誕生した1947(昭和22年)に公布された学校教育法第11条には

「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」

とされています。「懲戒を加えることができる」という言葉の意味を「正しく」「子供たちに愛情を持って」真摯に対応していただけるように願いたいものです。子供たちは「それを正しく」肌身で感じられる資質は持っているように思います。

 

 「人の痛みをしること、思いやること、感じること・・それが人間のはじまりであり証」

  これが、私の言葉で・・・・以下が乙武洋匡の言葉

五体が満足だろうと不満足だろうと、幸せな人生を送るには関係ない。

苦手な食べ物はありますか?と聞かれて「みかんとカニがむけません (>_<) 味覚的には、何でもおいしくいただきます!」

指紋あるんですか?という質問に「ないです!完全犯罪Ψ(`´#) 足もつかないし()

 

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by taira710 | 2014-01-24 11:31 | 人と人との出会い! | Comments(0)

英語力をアップさせるための6つのポイント・・・「たいら流」

  

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  私の英語力はたかだかしれていますが、外国人と話すことに臆することがありません。

  それは、私がこの年になるまで培ってきた「英会話力アップのノウハウ」があるからです。

 

 イギリスの言語学者のデビッド・クリスタルが「世界の英語を話す人たち」を3つのサークル()に分類して解説しています。Inner Circle(内側の輪)はイギリス・アメリカ・オーストラリア・ニュージーランドなど、いわゆる【英語を母国語としている領域】Outer Circle(外側の輪)はインド・シンガポール・などかつての英国の植民地となった地域の英語で【公用語ないし「第2言語」として英語を話す領域】、そしてExpanding Circle(一番外側・広がった輪)日本・中国・韓国・ロシアなど小中学校から大学まで「英語」がカリキュラムとして組み込まれていて、「受験英語」「ビジネスイングリッシュ」として英語学習が定着している領域の3つに分類されています。

 

 

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 世界の人口は変動しているので、最新のデータとしては、英語を母国語として話しているネイティブ・スピーカーの人口は53000万人です。今は世界の人口の49%以上が「世界共通語」のように英語を話していると分析されているので35億人以上が何らかのスタイルで英語を話せる・理解できると考えられています。アメリカ合衆国は当初はイギリスの植民地としてスタートしているのですが、あれだけ広大な土地に「英語」だけが定着したというのは驚きです。もうひとつイギリス(大英帝国)植民地化政策の基本に【間接統治】という方針があり、例えば「インド」であれば、その国のエリート層・支配層をイギリス本国に移住させて、徹底した「英語教育」を実施して、植民地へと送り返し、「英語」が公用語化するように徹底したことです。政治・経済・司法・教育で公的に英語使用が要求されると、見事に「定着」していったのです。

 

 日本は太平洋戦争に敗戦し、アメリカに占領されたのですが、「植民地化」は免れることができました。やはり日本人としては喜ばしいことだと思います。しかし、沖縄や米軍基地のある地域の周囲では「生活のための英語」が普及していました。商売人は商売に必要な英会話は必要不可欠なものとして学習したのです。でも、文部省&文部科学省の推奨するその後の英語教育は中身が薄い、中身の無いカリキュラムだけで、日本人の英語力はなかなか向上しなかったのが実情です。「英訳」はできるが「英会話」ができない英語教師が多すぎたのです。その先生方も日本の英語教育の犠牲者の一人かもしれません。

 

 私は、自分の人生で「EEC外語学院」に学んだことがありました。そこでは、とても楽しい「英語学習」ができたという評価があります。でも、その時まで「外国人」と英会話ができたという経験はありませんでした。それでも「話してみたい」という欲求が強くありました。今、○○中学校で働いていて、何人かの英語の日本人先生がフィリピン出身の英語の先生と英会話されているのを耳にしますし、私も個人的にもよく話しかけますし、帰りのバスが一緒になったときは、ずっと「英会話」をしています。最近、私の娘が英会話力をアップさせたいという意欲を持っていることが分かりました。海外旅行が大好きで、よく行っているので、「英会話力」をアップさせたいという気持ちが強く芽生えてきたのだと思います。この機会に、今後の私自身のためにも、「英語力」を向上させる【私的ノウハウ】を公開して、一寸は本気のやる気を見せて欲しいと思います。

 

 まず「文法」は必要か不要か。間違いなく不要です。何故か?・・・どんな国においても、言葉を覚え始める幼児は「文法」を学習してから「言葉・母国語」を覚えないからです。母親や父親や兄や姉の言葉を真似て学習していくのです。会話力は「どのように喋れば疎通が図れるか、ただ口真似をして覚えるのです」・・・「自己表現」の手段として言葉を覚えようとするのです。語学力とは単純に言えばそのまま「生活の中で使用されている言葉を覚える」だけなんです。ところが、文部省&文部科学省の学習要綱は「受験英語」偏重で、多くの若者が、英語で難しい文章を【解読】することに四苦八苦するからです。語学力を身につけるのに【苦痛】が伴うことを学習させられるので、「楽しくない」と同時に大きな【壁】を感じてしまいます。

 

しかし、本当に大事なことは、自分が様々なシチュエーションで出会う可能性のある「外国人」とどのような会話がしたいかを次々とイメージしていくことです。事務的な英会話力よりも、自分の考えや価値観を伝えられる会話力こそが本物です。日本の文化・世界遺産などについて伝えられるとほぼ完璧です。日本文化を伝えるには、日本語で日本文化を学習することからスタートします。そして、その「日本語」をすべて頭の中で「英語」に翻訳するのです。完全に翻訳できなければ、必ず辞書で英単語を調べて、完全な英語の文章を完成させる。英語で喋ってみたい「日本語」が次々と頭に思い浮かぶと、それだけ「ボキャブラリー(英単語)」も増え、会話能力も自ずと上がってきます。

 

この時に一番ブレーキになるのが「発音」です。発音に対して「不安感」が強いと、喋って恥をかいてしまうという「マイナス要因」が強く働いてなかなか身につきません。それには「電子手帳」という発音が確認できる「便利機器」が必要です。2万円前後で、とても性能の高い機器が購入できます。一生役に立つ代物ですので、まず購入して後悔する事は無いと思います。そして、英単語の発音だけではなく、海外旅行の際の英会話のサンプルから英語の慣用句・ことわざの一覧、ビジネス英語、「このような日本語の表現は英語ではどのように言うか」というテーマ別のサンプルも網羅されています。私の愛用しているSharpの「Brain」という機種はOxford英英辞典は183500語、ジーニアス英和辞典96000語、ジーニアス和英辞典82000語も収録されているし、「収録音声」の多さに驚かされます。英語以外の7ヶ国語に関しての内容は充実しています。

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今まで【解説】してきた流れをコンパクトにまとめると次のようになります。

 

 

 英語上達の基本は

1. まず「日本語」で喋りたい内容がどれだけ「豊富」にあるかということです。外国人と友人になりたかったら、自分の「趣味」「仕事」「遊び」【特殊技能】「出身地」【特産品】【有名な場所】「専門職の説明」・・・それこそ、初めて出会った日本人と会話するときに喋る内容が「英語」に翻訳できるかです。それができなければ「話す内容」を限定したり、その話題に関しては自主規制しなければならないということですから、そんな姿勢で「英語力」がアップするはずもありません。普段、自分が喋っている「日本語」の内容のチェックが必要です。

 

2. 次に「分からない英単語」は直ぐに調べる習慣が不可欠です。どのように英語で言うのか、それも直ぐに調べる。この日本語は「英語」ではどのように言うのか・・・・これが「楽しみ」にならないと英語力はアップしません。

) 「偶然」「矛盾」「可能性」「趣味」「完璧」「中途半端」・・などなど何気に日本語で喋っている言葉は

  直ぐに調べて「文脈」「例文」として覚えることです。

 

3. 【電子手帳】があるからといって「英語の辞書」を持っていないと、学習の成果があがりません。新しく調べた、新しく学習した「英単語」「英語の例文」は必ず【ノート記載】「PC入力」などして、記録していくことが必要です。一度、学習した英単語や例文は「記録」することによって「思い出す」ことはとても確率が高くなります。

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4. DVDや英語の音楽CDを楽しまれるのであれば、必ず原文に触れ、日本語訳と対比してみてください。DVDは字幕を英語字幕にすれば、とてもストーリーを理解するのは大変ですが、生きた「英語」に触れられるので、とても役に立ちます。➔「気に入った英語のセリフ」を記録しておくと、ますます楽しくなります。

 

5.普段の生活で、例えば学校では「何して遊ぶ?」「オレの番だよ」「今日、一緒に帰ろな」「邪魔すんなよ!」

 「先生、今日は宿題無しにしましょう」・・・家に帰ると「お腹すいた」「お母さん、今日の晩ごはん何?

 「明日、友達と映画観に行くから」・・・・「ああ、眠たいなあ」【明日までに、この宿題せなあかんねん】

【テレビ観たいなあ】・・普通に喋っている内容を必ず英語で言ってみる。

大人になれば「議論」もできるような内容に向上・・・前述したように「何をどのように喋りたいか」・・

ここが「原点」・・・英語への翻訳習慣ができれば、それこそ「スピードラーニング」が可能になります。

日本語でも「豊かな会話」をするためには「ボキャブラリー」を増やす必要があります。

 

6.最後に「大事なポイント」を言っておきます。「テキスト」は増やさないこと。「電子手帳」「英和辞典」「和英辞典」「日本文化を英語で解説した本」の4点でOK・・・・・電子辞書に収録されている英語に全て目を通すのに数年はかかると思います。この4点に集約し、そして「DVD」と「CD」をリラックスタイムとして活用する。1本のDVDを視聴したら、覚える英単語・英文は「5個」程度に限定し、楽しむことを優先させる。・・・・・・これが継続のポイント、決して欲張らない。欲張ると「挫折」します。

 

この6つのポイントを意識して、「英語力をアップ」させてください。そして、出会った外国人と勇気を持って話することです。1年後の貴方はきっと「英会話」に自信を持っていることでしょう。

  See you soon! I hope you will be happy in English conversation.

Or I’m looking forward to make a good English performance in your future.

「時制」は大事ですが、こだわりすぎると喋れなくなるし、相手が「昨日の事?」と訂正してくれたりするものです。全く神経質になる必要はありません。動詞も「現在・過去・過去完了」にこだわりすぎないことです。【言葉】は生き物です。「伝えようとする意志」さえあれば、必ず伝わります。

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ain0。それには「電子手帳」という発音が確認できるアイテム

 

 

 

 
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by taira710 | 2014-01-24 09:28 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

英語力を身につけるためには、まず【日本語力】が不可欠です!

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 本当の「英語力」を身につけるための「具体的なステッブ」「ポイント」とは・・・・・・

中学1年生から学んだ「英語学習」の個人史を振り返る!

 

 

私は昭和35年に入学した船場中学校で初めて「英語」を習い始めて嬉しくて仕方が無かった。小学校の時はほとんど「英語」に興味が無かったのに、商店街や繁華街の様々な店の看板やキャッチフレーズに使用されている英語やカタカナ英語が単純に気になって「何の意味やろ?」と疑問に持つ程度の関心はあった。「coffee」を「コッフェ」と読んだり、「レスタウラント」と「restaurant」と読んだりし満足していた。テレビで英語の歌詞が歌われたりしても皆目「意味」は理解できなかった。

 

 中学生になって「英語」の授業が始まり、最初はアルファベットを書くことから始まったが、単語を習いはじめると「単語小テスト」が毎週実施されるようになった。アルファベットを書く練習も、不思議に楽しかったし、英単語テストで満点を取り続けることが「刺激」になっていた。【p・i・c・t・u・r・e】ピーアイシーティーユーアールイーと繰り返し口に出して言ったり、「beautiful」なんてとても難しい英単語に思えた。悲しいことだが、中学校時代の「英語の先生」の印象・記憶は全く残っていない。卒業アルバムを見ても、「ええっ、この先生に習ってたんやろか?」と同一感・一致感が働かない。でも、中学3年間は英語と社会が一番好きな科目だった。

 

 高校入試でも「英語」が好きだったことは大いに役立った。私は船場中学校には東住吉区からバスに1時間かかって通学していたが、嬉しいことに「夕陽丘高校」に通うようになったタイミングで、両親が天王寺区に貸家の一軒家を借りてくれて、徒歩10分ほどで通学できるようになった。船場中学からは私一人だけしか夕陽丘高校に進学しなかったので、最初、友達がいなかったが、入学した年の5月には「硬式テニスクラブ」に入部して、自然と高校生活を楽しめるようになった。高校時代の英語の先生はよく覚えている。とても個性的でヒステリックな先生もいた。

 

 高校時代は中学時代とは比較にならないほど「英語の難易度」は急上昇した。覚えなければならない必須英単語は急増したし、「文法」の「仮定法」「現在完了」「過去完了」「5W1H」など勉強しなければ理解できないことが次々と学習テーマになってきた。また、【英語の長文問題】が必ず出されるようになり、分からない単語が出てきても、前後の文脈で「推測」「当てずっぽう」で解答を書く術も身につけるようになってきた。私の高校時代の【三省堂の英語Dictionary】は12色の色鉛筆で【満艦飾】になっていった。高校3年間も英語は嫌いにはならなかった。高校時代の成績表はもはや残っていないが、5段階評価で「4」だったように記憶している。やはり「文法」は同じ英語でも【苦手な分野】になっていた。今、思うに、もっとあの時に「英語の例文の丸暗記」をもっとしておくべきだったと思う。

 

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 なぜ「5」が取れなかったのか・・・・高校時代といえば「思春期全盛期」・・・「音楽」にも「映画」にも「スポーツ」にも、そして「異性」にも興味が強くあり・・・勉強への集中力が見事に欠落していた。英語がぺらぺらに喋りたいという妄想に近い願望があったが、それに必要な「日課のような努力」はされていなかったように思う。「朝日ジャーナル」を愛読し、「社会問題」にもとても興味があった。一人の男子高校生のしたいことと「capacity」には大きな開きがあった。クラスメートの中には「英語劇」が舞台で演じられるほど「pronunciation」がバッグンで「intonation」も完璧だった生徒がいた。これくらいかっこよく喋りたいなあとは思っていた。高校3年間は充実しながらも「あっという間」に過ぎ去っていった。舟木一夫の「高校3,年生」はあの時代の仲間たち全員の愛唱歌になっていた。高校時代に大学受験のための「英単語」だけはかなり覚えたつもりでいた。

 

 「数学」が苦手で、将来の思い描く夢は大きくあったが、なかなかストレートに大学には進学できなかった。浪人生活・予備校生活という遠回りを繰り返して、やっと「同志社大学」に合格したが、大学は「全共闘」「中核」「革マル」「民青」「べ平連」と書かれたヘルメットが乱立していた。授業もあちこちの教室で実施されるので、カリキュラムの流れを把握するだけで時間がかかった。高校までは教室に待機していれば先生が来てくれたが、大学は科目によって「講義教室」が学内のあちこちにバラけていて、教室の名前を覚えることに必死だった。更に「英語」の時間は一冊の英語の本が「テキスト」で、講義の時間までに自主学習として「翻訳」しておく必要があり、その作業を事前にやることがなかなか大変で、経済的に「アルバイト」に精を出していたので、履修単位も少なくどんどん取り残されていった。大学時代は本当に「英語学習」から見事に遠ざかってしまっていた。クラブ活動とアルバイトと友達との交流と「社会問題」を議論する集会には関心があった。

 

 結局、オヤジの仕事の関係や様々な事情が重なり、あれだけ大学合格することに苦しんだのに「中退」せざるを得なくなってしまった。しかし、オヤジが建築金物の貿易関係の仕事をしていたので「英語の必要性」が再燃して、天王寺にあった「EEC外語学院」にまるまる1年間通い続けた。日本人講師も楽しい人で、特にクラスメートが魅力的な人たちが多かった。私の英語の名前は「ジョージ」でとても気に入っていた。この時期に大阪市立大学生だった「サラ」ことN・Eさんに恋をしてしまった。よく京都にも一緒にでかけていた。ところが、若い年齢のときの【恋】は様々な葛藤があり、簡単には成就しなかった。今、彼女はどうしているんだろう?でも、その恋心が励みのような効果をもたらし、英語で自分の趣味を話したり、会話形式の授業はとても「自信」になった。残念なことに、この時期にあちこち日本中を旅したが、特に「英語」を必要とする状況に陥ったことは皆無だった。

 

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20代後半で看護師になり、初めて「沖縄」に同僚たちと旅行した際に、「MP(憲兵隊)」と言っていた黒人と白人の妻の夫婦に出会った時に、思い切って話しかけてみて、「Would you mind taking a photo with your beautiful wife?」と頼んだら「Sure!」とカッコイイ旦那さんが答えてくれた。ツーショット写真は行方不明だが、ハズバンドとの写真は同僚が撮影してくれていた。この時に、「もっと、英語喋れるようになりたい」と強烈に思った瞬間だった。それから、時に「英字新聞」を購入しては和訳してみたり、共通一次などの大学受験のためのテスト問題が新聞に掲載されたりしたらトライしたり、英会話入門書を購入したり、本当にいろいろトライしてみた。どれも「中途半端」に終わったが、決して無駄な時間ではなかった。

 

 海外旅行の経験は全く無くって、40代で初めて中国7泊8日の旅行に行った。この時は日本語の喋れる添乗員が同伴していたので英語を喋る機会は無かったが、単独行動していると中国の有名な都市の多くは、英語圏の外国人も多く旅行しているので、比較的英語は通じやすかった。その後ベトナム・タイ・カンボジア・ネパールと一人旅しても、どこでも「英語」は共通語のように通じた。特に驚いたのが「東南アジア諸国」の子供たちの英語力の素晴らしさだった。【観光立国】である以上、「お土産」を売り歩くにも「英語」は不可欠のように見えた。小学生ほどの年齢の子供たちが英語を操りながら売り込みをして、英語の問いかけにも「英語」で答えてくれる。もちろん、中高年の人たちはチンプンカンプンの表情をするが、「誰か英語喋れる子」が必要だと感じると【○○!】と子供の名前を呼んだりして、子供と会話して用件が解決するようなこともあった。

 

 特にカンボジアとネパールでは「英語」が使えたことによって「得」をしたこともあった。タイで航空券も宿泊の予約もして行ったが、2日目以降は宿泊は行き当たりばったりだった。【今夜の宿は決めていない】など話すと、「あんな高いホテルに泊まる必要なんてないよ。私が安くて安全なホテルを知っているから、そこがおすすめだよ」と英語で勧めてくれる。ほぼ1/3の値段で快適なホテルに宿泊できたりした。また、ネパールでは有名な観光場所だけではなく、ガイドブックを読んでいて「どうしてもここまで行きたいから連れて行って欲しい」と話すと、誰一人観光客のいない場所で、アンコールワットの隠れた穴場を訪れたりできた。タイのパタヤに遊んだ帰り、バスの中で隣が外国人だった。話しかけるとアメリカ人でタイでビジネスをしているとのこと。バンコクまで2時間以上あったが、お互いの身の上話をしたり「冗談」を言い合ったり、英語で喋り続けていた。自分の才能の中にいろんな種類の英語検定【英検・TOEIC・TOEFL・IELTS・ケンブリッジ検定】では評価できない「出たとこ勝負の英語力」「潜在力」があるように感じられた。

 

その時に「ひらめき」があった。まず、英語力というよりも、外国人と出会ったときに「日本語でどれだけ話したいことがあるか」が会話力の基本・原点だということに気づかされたのです。単語が思い出せずに、いろいろとヒントになるような英単語を口にしていると「○○○じゃないですか!」と話し相手が英語で教えてくれたりします。そんな時に「BINGO!」と声を出すだけで、会話はますます盛り上がります。

 

今も、「英語」の学習は続けています。言葉は「生き物」ですから、「旬の話題」を提供できると、ますます会話に花が咲きます。それは日本人同士で話しているときと一緒です。結局、話題に乏しい人はなかなか外国語能力は向上しません。他人に「何かを伝えたい」という気持ちが強いから、「外国人」とも自然と会話ができるようになるのです。今まで、私の「英語学習の個人史」を紹介してきましたが、このようにすれば、このように考えれば「英語が間違いなく上達できる」というノウハウを紹介しておきたいと思います。相変わらず英会話ブームが続いていますから、「共通した」内容もあるかもしれませんが、まさにスピードラーニングの言葉のようにスピーディーに上達することはなかなか難しいことです。でも、私の推奨する方法では、間違いなく確実にステップアップすることができます。それを次回のブログで紹介しておきたいと思います。

 

Have a good time!    More haste, less speed.   Slow and steady wins the race.

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by taira710 | 2014-01-22 23:40 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

アレロパシーは「集団的自衛権」の行使と一緒なの??

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 「アレロパシー」とは植物の生存をかけた自衛作用・・・・連作障害の「謎」が解明される!

 でも、人間世界の「アレロパシー」は・・・・・・・

 

秋・冬野菜を収穫し終わった後の【すぎのこ農園】はひっそりしている。後、プランター栽培しているチンゲンサイ・カブが少し残っている程度である。私の「農園づくり」のキャリアはたった3年である。でも、初年度から夏野菜も秋・冬野菜も大収穫だったし、有機栽培で味も自然の風味いっぱいでとても美味しかった。本を読んだり農園講座を聴きに行って、「連作障害」に関する説明があって、野菜作りもなかなか難しそうだなあと最初は感じていた。でも、誰から教えられるわけでもなく、私は「土・畝」は「野菜たち」にとっては「寝床・ベッド」のようなもので、その環境要因が野菜の成長に大きく左右するんだろうなという【予感】がすでにあった。

 

私は、介助員になっての1年目、「○○小学校」で農園作りを希望したら、農園サポーターをされていた先生が私専用の畝を作ってくださった。日当たりのとても良い「ワンダーランド」と呼ばれていた土地の一角に長さ8メートルほどの畝を作ってもらった。何年も雑草だけで放置されていた土壌は栄養に富み、日当たりは抜群だった。そこで栽培した「白菜」の味は、飛びぬけて美味しく、子供たちもビックリしていた。ここでは「土壌の質」と「太陽の光」の野菜作りにおける重要さを学んだ。

 

4月の異動で「△▲小学校」に職場が変更になったが、そこでも「ワケギ」だけが植えられていた支援学級の専用の区画に新しく「にこにこ農園」を作った。その際に6メートル×2.5メートルの石で囲まれた中の土を、深さ70センチまで掘り、その土を全て外に掘り出して、天日に晒し、水をかけて洗い、小石や「根っこの屑」など全て取り除き、フカフカのベッドを作った。その年の夏はきゅうり・トマト・ナス・ズッキーニ・ピーマン・ししとうなどがたくさん収穫でき、支援の子供たちにも持って帰ってもらった。スイカも2種類小ぶりだができた。秋・冬野菜を作る際にも、夏野菜の根っこや残渣物が気になって、春同様、土を天日に3週間ほど晒して水をかけて洗った。その秋・冬もカブ・大根・わけぎ・ラディッシュなど沢山収穫でき、特にどの野菜も葉の部分の味がとても新鮮だった。

 

「連作障害」って学習してきたが、私の方法では、その「影響」は全く感じられなかった。昨年の4月は「××中学校」に異動になって、最初の挨拶の日に「農園作りさせていただきたいんです」と申し入れて直ぐに支援の先生のサポートを受け、もう5月には苗植えや種まきができる状態になっていた。勿論、何年も放置されていたので、それに「貝塚伊吹」の大きな樹が何本も植わっていたので、無理かなあと思いながら申し入れると、校務員さんと清掃員さんが電気ノコで切り倒してくださり・・・根っこを抜くのに大変な労力を必要としたことがあった。3本引き抜く予定だったが、余りにも「大変」だったので、中央の1本だけ根っこまで抜き、後の2本は「幹」だけ残し、「防風ネット」や「防鳥ネット」を張る際の支柱に使用させてもらった。全てがとても「都合よく」行き、夏野菜もはじめて「かぼちゃ」を作り、その生命力の強さに驚愕した覚えがあった。2Kg以上のかぼちゃが2個収穫できた。

 

ここまでが、実は今回のブログの前置きである。私は「連作障害」というものの「本質」は作物ができた後、その作物の独特の「分泌物」があるんじゃないか・・・犬やネコが排泄物でテリトリーを誇示するように、植物もそのような「本能・DNA」が備わっているんじゃないかなあと感じていました。事実、人間がベッドに寝ていても、「その人特有の体質・体臭」があって、他人が寝たベッドに誰も直ぐに寝たいと思わないのと同様、ホテルや病院が「ベッドメーキング」を大事に実施しているのは、その「不快さ」を感じさせない当然のサービス配慮がされているからだと思います。

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そんな折、先日、マダガスカルの自然の実態がドキュメンタリーで放映されていた時に、【アレロパシー】という専門用語を画面に登場した研究者が口にしたんです。【Allelopathy】とは、【ある植物が他の植物の生長を抑える物質(アレロケミカル)を放出したり、あるいは動物や微生物を防いだり、あるいは引き寄せたりする効果の総称】と定義され、日本語では【他感作用】と言われています。何と1937年にドイツの植物学者「ハンス・モーリッシュ」により提唱されていたんです。私が生まれる前から、この事実は科学的に解明されていたんだ。

 

このように書いても「ピン」と来ないかもしれません。でも、いくら知らない人でも、あの公園や河川敷を占有していた「セイタカアワダチソウ」という外来植物(帰化植物)のことは見られたことがあるでしょう。あの植物は根っこから「シスデヒドロマトリカリアエステル」という物質を分泌するらしいのですが、実はこの物質がある場所では、他の植物は全く成長することができず、セイタカアワダチソウが占有していくのです。ところが、「自然界」はうまくバランス調整されていて、本家のセイタカアワダチソウ自身が「自家中毒」のようになって、占有しすぎて成長が止まり自滅してしまうのです。アレロパシーを示す植物には、皆さんがご存知の名前が一杯あります。今後の為に列記しておくと、サクラ・松・ソバ・アスパラガス・ヒガンバナ・レモンなどが挙げられます。皆さんも秋に田舎のあぜ道に「ヒガンバナ(彼岸花)」の紅色の花が咲き誇っている景観を見られたことがあるでしょう。あれは田舎の人たちが「彼岸花」を植えていると雑草が生えず、またネズミやモグラから作物を守り、畦道の手入れがしやすいことを生活の知恵として知っているからなんです。北海道の美瑛でも広大な「ソバ畑」を見たことがありますが、あの時もソバ以外の植物が、ソバに混ざっている光景を見たことがなかったです。

 

茶畑も、その成分の「カフェイン」が雑草の成長を止めるので、お茶で有名な地域の景観は美しく感じられるのです。・・・・でも、ちょっと「アレロパシー」という言葉を初めて知って感じることがありませんか。クローバー・ドクダミ・ポプラ・ブナ・イチョウなどは確かに「群生」しています。でも、植物界ではそれは美しい景観として観賞することができます。でも、人間界に起こっている「尖閣列島」や「竹島」を占有し、その領有権を強引に主張している「韓国」や「中国」政府のやり方を観ている、このアレロパシーという状況ととても似通っているように思います。世界中のあちこちで「国境」「領有権」を争い戦争・紛争が起こっているのを思うと、自然界では占有し続けると自家中毒で死滅していくのに、人間は「欲望」「体面」「権力」「愛国心」「侵略的野心」「金儲け」など様々な政治家・官僚・経済人の野望が、他の民族が成長していくのを妨げ、権力者による「独りよがり」の世界を構築し始めるのです。

 

アレロパシーは植物界において、植物が己の子孫を残すために、必死になって体得した「生態」だと思います。でも、人間には「共存」しようとする「英知・叡智」はないのでしょうか。人間が増えすぎると、その食糧確保の為に森林を伐採し「農地」に変えていっています。しかし、そんな目先の生き方だけで人類が存続できるのでしょうか? 私は「博愛主義者」では決してありません。許せない存在に対しては排他的になることもあります。でも「戦争」を引き起こして「殺しあう」ことをするくらいなら、どんな民族・人間とも共存できるような気がします。民衆は為政者に「扇動」されないことが大事です。

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ナチスのゲルマン民族至上主義という「アレロパシー」は何百万人と言う「ユダヤ人虐殺」を実行しました。他の民族の繁栄をブロックするために、「強制収容所」に隔離し、人間としての尊厳を認めず、物質扱いしたのです。銃殺・ガス室送り・・・この世界から抹殺しようとしたのです。「話し合い」ではなく、「議論」することなく、強引に自己の主張を押し付けるやり方は中国政府・韓国政府・日本政府のすべての権力者がやっています。民主主義の日本で、なぜ「強行採決」という方法が国会で認められているのか・・・・「靖国参拝」をして「理解していただけるように説明したい」・・・・この叡智の欠如、なんのこっちゃ? 人間は「不安」を煽られると、ネズミ同様安易にパニック状態に陥る「生き物」なんです。そんな「不安」が増幅されるような状況ばかりが続いています。日本を「戦争ができる国」にしてどうしようと思っているの???

 

「アレロパシー」という現象を安易に人間に置き換えるのは、植物に失礼かもしれません。でも、化学兵器や劣化ウラン弾を使用してまで「権力」を守ろうとする為政者の考え方や、毒ガスを散布して、ミサイルを発射して市民が何人犠牲になろうが知ったこっちゃないという姿勢は、これは「権力を持つ為政者だけに見られる特徴」です。

 

権力者よ、奢るなかれ・・・戦争が起こったらお前はその責任を取って一番に「前線」に行くべし!

 

PS:マダガスカル島には私の大好きな木「バオバブ・Baobab」の原生種が6種類も自生している。ところが、人口が急激に増えすぎて、農作物の増産の為に森が伐採され、森の生態系が破壊されつつある。森があると様々な種類のサルや鳥が実を食べ、種子が自然に拡散して行ったのに、今はバオバブの若木が育っていない。イースター島で起こった自然破壊が人間を滅ぼした事実と同じようなことが繰り返されつつある。また、マダガスカル島はまだまだライフラインが不足しているので、農地には「炭」するための木「ブナ」が植えられます。この木が「アロレパシー」の典型的な木で、もうその土地の他の使い道は閉ざされてしまうのです。

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by taira710 | 2014-01-20 21:40 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

年に1度やってくる家族の「誕生日」・・いつも集いがある。

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 私の「最愛の妻」とは結婚してなんと40年も経過しました・・       【73歳☆】素敵な年齢です!!!

お互いに・・良い年にしたいね!

 

  昨日118日の朝717分に始まった「朝陽・日の出」は不思議な美しさが感じられた太陽だった。雲を染め、太陽の紅の光が縦に帯をつくり、「光のページェント」のようだった。昨日は家内「和美さん」の誕生日だった。冬晴れの素敵なスタートで始まった。看護師の娘も高校教師の息子も、やはり「母親」には敬意があるのか、仕事を終えてから駆けつけてくれた。毎年、私の家族は「誕生日お祝い会」を続けている。誕生日当日に仕事の関係でできないことも多いが、その後も日程調整して、少なくとも12ヶ月以内には「誕生日の祝してないから、この日に集まるで!」と呼びかけると、かなり頑張って参加してくれる。

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娘にメールすると「私は、ケーキを買っていくから!」と返信が来る。私の心積もりは、家内が好きな「花」を買う予定をしていた。私は18日の当日は午前中・午後と朝9時から夕方6時までテニスの予定が入っている。昼の食事に帰ったときに、家内が「お父さんはテニスなん? 今日、私の誕生日ですけど、誰が夕食の準備するんですか?」とわざとらしく尋ねる。「ごめん、6時半には帰るから、それから餃子包むから!」と一言断って出かけた。テニスは体力が続く限り楽しんでいる。午前中のクラブには10人、午後のクラブには11人の参加があって、全員がそれぞれに上達しているし、個性的なテニスをするので楽しくて仕方が無い。

 

試合待ちの時間には「詰め将棋」をしたり会話を楽しんだり、本を読んだり、図書館に入って本を選んだりといろいろできるので、時間を持て余すということは無い。昨日はプロ将棋士のFさんが昔の自分の子供の頃の話をされていた。私も「5人姉・兄弟」の末っ子だったので「兄弟がいることは素晴らしいことだと」感じている。でも、兄や姉は必ず弟や妹を都合よく使おうとする。昔はテレビには【コントローラー】なんて便利なものはなかった。わざわざテレビのチャンネルを回しにいくのは、とても邪魔臭い行為だと思っていた。「トモコ!」と兄に呼ばれて行ってみたら、兄から【チャンネル8に変えてや! 】と命令されるようなムカつくこともあったとKさんは話されるが、やはり「兄弟・姉妹」いることは本当に嬉しいことで、「生きるために必要な学習」を自然と学んでいく。イジメにも本当に強くなる。Kさんはきっと苛めっ子だったと思う。

 

テニスが終わって、自転車で帰宅する途中、行きつけの「花屋」に寄って「誕生祝いの花が欲しいんです」とお願いした。素敵なピンクのバラが7本と白い「カスミソウ」をバランスよく包んでもらった。あと10分で閉店するところだったから、本当に良かった。自宅に帰りつき、【花束】は家内に気づかれない場所に隠しておいた。リビングのテーブルの上には「質素だけどご馳走」が並んでいた。家内の「散らし寿司」は家族全員が大好物、そして、今日は「手作り餃子バーティー」が予定されている。早速、お風呂でテニスの汗を流した後、「餃子包み」が待っている。およそ70個ほど包んだ頃に娘がやってきた。テーブルの上のご馳走を見て満面の笑みである。息子が来るまではまだ時間があるので、まずは「エビグラタン」を食べ、散らし寿司を食べながら、本日1回目の【乾杯】である。「誕生日、おめでとう!」・・・・・・こんがり焼けた餃子も最高、ビールと日本酒を交互に楽しみながら盛り上がる。・・・・・・・・

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息子からのメール返信は無かったが、娘は「来ると思うよ!」と確信している様子。「姉弟」の間だけでわかり合える「ニュアンス」「感覚」があるのだと思う。盛り上がっている最中に息子がやってきた。餃子の焼きたてを準備しておいしそうに食べ始めるが、飲み物は自ら購入してきた「ペプシコーラ」である。やはり車でやってきたらしい。息子は車のときは絶対に100%飲まない。教師としての責任感は強い。普通のことだが、徹底してくれていると安心である。本日2回目の【乾杯】・・そして、そのタイミングで「ハッピーバースデイ」を歌いながら「バラとカスミソウの花束」をプレゼントした。まだ、どの花弁も開ききっていないので可憐で美しい。香りは少し強いくらいだ。

 

正月にもよく話をして盛り上がったが、今日は姉弟の小中学校の頃の話が出てきて、とても面白かった。娘は今でこそ看護師免許を持ち、看護師としての仕事も責任を持って実行しているが、小学校の頃は私の目には「スロースターター」のように見えていたが、どうも担任の先生からも「違う世界に生きている子」と思われていたようだ。勉強の時間はいつも上の空、夢のような時間をひとり楽しんでいたらしい。私も一時小学校のPTAの役員をしたりしていたので、小学校に出入りはしていたが、娘がどのような授業態度で勉強していたかは、「参観」には一度くらいしか行ったことが無いので、よく分からないのが実情だった。弟は、小学校の時、よく勉強ができていたように思う。「夢見ている姉と堅実に勉強する弟」・・・・不思議な二人の組み合わせは絶妙な「姉・弟関係」を未だに継続してくれている。姉・弟それぞれに「結婚」し家庭を作っても、この関係は継続してもらいたいと思っている。

 

娘が中学生の時に男子中学生から「イジメ」を受けていたことを初めて耳にして驚いたのと、私との共通点があり嬉しかった。娘のTOMOKOは未だに「虫」が大嫌い・苦手である。中学生のときもきっと虫に対して「キャーキャー」と反応していたのだと思う。中学生の男子にとっては最高のターゲットである。筆箱のなかに「トンボの死骸」を入れられていたらしく、それを開けた時に、「キャー」とも言わずに虫を投げ捨て、そのついでにゴミ箱に思い切り筆箱を投げ入れたらしい。・・・・その反応に驚いたのか・・・それ以来、同様のイジメのような対応は一切無くなったらしい。・・・・私も中学生の頃にいろいろチヨッカイをかけられていた。ところが、残念なことにオレはそれを「イジメられている」と感じたことは一度も無く「遊び相手」をしてくれていると思って、ボールをぶつけられても、その10倍返しはしていた。「反撃」は「イジメ」を許さない第一歩である。反撃する度胸がなければ、イジメは加害者側の都合の良い遊びになってしまう。そうさせてはならない。

 

和美さんの73歳の誕生祝・餃子パーティーは終盤に差し掛かる。「ケーキジャンケン」の時間のはじまり。娘はいつも「Doel」で4種類のケーキを買ってきてくれる。ところが「和美」さんは「ケーキが大嫌い」なのである。でも「儀式」だから購入するし、いつも「ジャンケン」するのが一番盛り上がる。誰がどのケーキが好みなのかもいろいろと推測しあう。「最初はグー、ジャンケンポン」もう夜の9時も過ぎているが・・これをすると、クライマックスが再度到来する。結局、家内が一抜けたで一人勝ちして最初にショートケーキを選び、私が一番負けて一番苦手なフルーツケーキが当たってしまった。私はフルーツの乗っているケーキが苦手なのだ。甘いものと「フルーツ」とは別々に食べたい主義だ。写真も撮りまくった。ケーキには「7」と「3」という数字のろうそくがサービスで付いていたが、ローソクは立てずに、灯りを消して「ハッピーバースディ」を全員で歌った。ホットコーヒーでケーキを食べ、一番食べたかったチーズケーキを娘から分けてもらい、十分に満足できたデザートの時間だった。

 

お開きの時間、娘も息子も忙しいらしい。和美さんはとても笑顔で満足だった様子。バラとカスミソウは簡易な花瓶に生けられ、玄関に飾られていた。何故か、玄関は室温が低く、花の開きがゆっくりで、その美しさを長い期間楽しめるからである。・・・・・次は2月は娘の誕生日がやってくる。また集い、楽しもう。

 

PS:家族との写真はNGである。息子との写真は判別しにくい状況でブログアップさせてもらっているが、娘と家内の写真は本人に問うまでもなくて「NG」だと思う。・・・・離婚騒動になりかねない。間違いない!!!

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by taira710 | 2014-01-19 21:47 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人間は「創造力」を持っているからこそ【幸運の女神】に出会える!

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 「世界一」って何でもお金になるの?・・・そんなことはない・・・・・人間の発想力・創造力は限界が無いから面白い!!!

 

  毎週日曜日の「がっちりマンデー」はなかなか面白い番組である。様々な企業のユニークな発想が、いかに【儲け】に繋がるか上手に解説している。日曜日に放映しているのに何故【マンデー(月曜日)】なのか不思議に思っていたが、これも番組のホームページを見ていて、副題が「日曜日に勉強、月曜日から実践」となっていて納得させられた。ただ、女性アシスタントの「進藤晶子」は良いが、加藤浩次は、あのガラガラ声とがらっぱちな性格がなかなか好きになれない。奥さんがまた何とも素晴らしい美人だからやっかみもある。・・・いやいやしょうむないことで脱線している場合ではない。

 

 様々な企業が「どのような工夫」をしながら企業実績を伸ばしてきたか、そして、今後もどのような方向性で市場を開拓していくのか・・・・「資本主義」の際限の無い「欲望」「戦略」「企業努力」の様々な側面が垣間見えて面白い。やはり、成績の良好な会社は「唯一無二」「世界一」「独創的」「特許取得」などの優位な要素が必ず備わっている。あの番組は「人間の発想力・独創性」を鍛えるためのとても良い【生きた教材】になっている。不思議に思うのはよくあれだけのたくさんの企業の社長さんたちが、番組に登場して、忌憚無く内情をあからさまに喋り、視聴者への「プレゼント」まで用意していることである。確かにあの番組は「視聴率」が高いと思う。「広告費」に換算すれば、企業的にはとても「意義」があることなんだろう。

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 私が他にもこのような視点で楽しむことのできる番組がある。楽しむといっても、私は「テレビ番組」を前もって予定して観る事は本当に少ないので、偶然にチャンネルを回していて、「ああ、これこれ、この番組はなかなか面白かったなあ」と思って観ると「やっぱり面白かった」という印象を残してくれる。次週に必ずその番組を観る事はほとんどない。

 人間の脳みそは「情報ばかりを一方的に詰め込む」ような生き方をしていても、発想力や独創力などクリエイティブな能力が育つはずも無いことを知っている。肥料を過分にやりすぎて育てた野菜のように、本当に「栄養価に富み美味しい野菜」に育つことは少ない。何事も「過剰」は決して好ましい結果を導かない。過保護が育児に良い結果を導き出さないと同様、過剰摂取は「脳みそ」にマイナス効果しかもたらさない。情報摂取は必要だが、バラエティーに富んだジャンルの情報を摂取した上で、「どのように結びつけるのか」・・・神経のシナプスのように「独創性を生み出す鍵」は本人さえも予期せぬ「結びつき」の中から生まれていることが多い。

 

 作家の村上龍が経済人と対談するスタイルの「カンブリア宮殿」も面白い。アシスタントが【小池栄子】なのは良く分からないが、番組進行に支障はきたしていない。なぜ「カンブリア宮殿」なのか?番組のコンセプトをそのまま転載してみると【カンブリア紀 地球で起きた生命の爆発 次なる進化を求めて生命が一斉に誕生した あれから55千万年・・・平成の時代に起きた経済の大変革 未来の進化を担って 今、多種多様な人物が次々と誕生している・・そんな平成のカンブリア経済人を迎える 大人のためのトークライブショー】

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 なるほど・・・村上龍が考えたのかな? 確かに【カンブリア紀】は古生代の一番古い時代、地球上はほとんどすべて海で覆われていて、太陽の光を浴びて、様々な生命の誕生が起こり「カンブリア爆発」と言われる、あらゆる生物の進化がおこった時代だ。また、以前にもブログで解説させてもらったが、この番組のマスコットキャラクターが、食物連鎖の頂点に君臨したと言われていた「アノマロカリス」だから笑ってしまう。この番組も様々な業種の世界のトップが登場し、その企業の特色をアピールしていて、「凄いなあ!」と本当に感心させられる。「宮殿」とは、番組のセットにかなり有能な芸術家が担当していて、視覚的にも「構成」が考えられている。

 

 後、気になっていたのはビートたけしの司会していた「たけしの誰でもビカソ」その後継番組の「たけしの日本のみかた」という番組である。今まで数回しか観たことが無いが、芸術分野でのテーマが多いが、ビートたけしが「博識」を継続できるはずである。お金をもらってあんなに楽しい番組を担当できるなんて・・・・同じような番組に爆笑問題が進行役をしているNHK総合の「爆笑問題の日本の教養」その後継番組の「探検バクモン」である。凡人の人間の「創造力・想像力」には限界がある。何事に対しても「先入観」や「偏見」を抱きやすい。この番組は「知ってるつもり」の世界に足を実際に踏み入れて取材しているので、「爆笑問題」の二人の雰囲気は雑音気味だが、内容のある学びのある構成をしている。「潜入取材」「謎に迫る」「学識経験者は本当にどれだけ知っているのか」などがコンセプトになっているので、自分の知りたい世界に出会うと、とてもラッキーという印象がある。以上、挙げてきたように、各局がしのぎを削って「人気番組」になりそうな構成をしているが、当然、取材が重なることもあるだろう。「今、注目の・・・」というタイムリー要素が求められるだけに致し方ないことだろうと思う。

 

 私の好きな番組というか「おすすめ番組」を紹介して、一体何を伝えたいのか?・・・昨年に放送されたように思うが、番組「カンブリア宮殿」で【光電子増倍管】という製品を製作している静岡県にある「HAMAMATU」という企業の社長が対談の相手だった。「光電子増倍管」なんて言われて「知っています」なんて言われたら、私がビックリしてしまいますが、簡単に説明すると、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大学名誉教授の研究主体は「ニュートリノ検出装置」だったのですが、その検出装置は「カミオカンデ」と呼ばれていましたが、その装置が岐阜県飛騨市の「神岡町」(KAMIOKA)にあったので、Kamioka Nucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)の省略形が「カミオカンデ」という耳慣れない名前だったのです。正直、このような初耳の名前を出されてしまうと、それだけで「とても常人には理解できない難しい実験」だと思い込まされてしまう。

 

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 その後、新しく開発された「スーパーカミオカンデ」と名づけられた検出装置に、とても性能の高い「HAMAMATU」の【光電子増倍管】が何と11200本も使用されているんです。外国人研究者も一緒にその研究に参加していたが、全員がその光電子増倍管の性能の高さを絶賛していたのです。つまり、ノーベル賞受賞者の背景には、様々な分野の研究者・企業人の情熱が無ければ為しえないことがたくさんあるということです。「ニュートリノ」に関する解説は省略しますが「太陽」や「超新星」などの成り立ちに関心を持たれている方は「ニュートリノ理論」を抜きに、宇宙のことは語れない時代になっていることだけは確かです。

 

 その【光電子増倍管】の製作に携わっている会社「HAMAMATU」の社長の言葉がとても印象に残っています。

【幸運の女神には前髪しかない、後ろから後をつけても前髪はつかめない。先回りして前に立たないとダメ】

 

この言葉の持つ意味は「創造性・独創性・想像力」の世界を開拓しようとしている人たちにとっては、とても意義深い言葉のように感じます。さらに「人類の未知未踏の世界を歩む」「何事もまずやってみる」という企業哲学は【利潤追求】なんてレベルで企業を考えているのではなく、【人類の未来】を見据えながら、企業の役割を考えておられるように感じられて、とても感銘を受けた覚えがありました。 

 

まだ、私は数えの67歳です。新しい「知識」に対する欲求・知識欲はまだまだ強く残っています。ひょっとして「とんでもない独創物」を思いつくかもしれません。単純な「アイデア商品」でも良いじゃありませんか。日々、生きる中で「平穏な幸せ」もとても大事に感じていますが、幾つになっても「夢を思い描くこと」「新しい世界を開拓しようとすること」は自分の【右脳・左脳】でそれこそ自由自在に考えられるのです。歌手が死ぬ3日前にレコーディングする生き様のように、人間は「自分自身の可能性」に諦めないで、夢を追い続けて生きて欲しいと思います。たとえ、それが他人から観て【妄想】に近くても・・・・・・・・・?

 

PS:様々な「ギネス記録」に関しても書きたかったが、それは紙面の都合で「次回に持ち越し」ということでお願いしたいと思います。・・・・・これが、また面白いのだ。

 

 


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by taira710 | 2014-01-17 23:53 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


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