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「男と女の犯罪史」・・・和美さんとは無縁と思っていたのに・・・!

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 「夢」は何かの前兆なのか・・・・・・

   「男と女の犯罪史」から何か学ぶことがあるのかな???むむむ・・・


 
829日に退院して、夜11時過ぎには就眠したが、その夜、何とも不可解で緊張感のある夢を見続けていた。今まで、夢を見ることがあったが、朝になるとボヤッとしてほとんどその内容は覚えていないが、その日の夢は目が覚めてからもかなり鮮明に残り続けていた。


 その内容は・・・・・・周囲に緑が多い日本の田舎、無人駅のホーム、私がただ一人その駅に降り立つも人の気配はまったく感じられない。しかし、駅名の表示板などがもう半分腐りかけて、コンクリートの間から雑草が生えている。ところが、そこは家内の和美さんとの「約束の場所」だが、本来なら彼女がその駅に先にたどり着いて、私だけに分かるメッセージを残しているはずなんだが、どこにも見当たらない。・・・気持ちはただヤキモキし続けるが、彼女への連絡の方法がない。ところが、その腐りかけている駅名の書いてある表示板を眺めていると、何か違っているように見えてくる。「う〜ん、ええっ、どういうことや?」・・・何度も眺めてみるがよく分からない。「なにかおかしい
?」と感じることは間違いがない・・・「何かおかしいのだ・・?」「なんだろう?

 私がその「表示板」の前に立ち尽くしていると、突然、どこからか大きなスズメバチが飛んできて、私に襲い掛かってくる。なにか仕組まれているようなタイミングの良さだが、そんな悠長なことを言ってられない。蜂は動きは何とも素早いが、私の側から何一つ攻撃的になっていないのに、何故なんだろう・・・左腕にヂクっと痛みを感じたが、瞬間に振り払い、ありがたいことにその腕がスズメバチの一部に当たったようで、そのままどこかに逃げてくれて助かった。・・・・・何をしていたんだろうと我に返って・・・ああっ、そうだ・・・この駅名が書いてある「看板」だ・・・・・・「ええっ・・・さっきと駅名が違っていないか??」・・・「ああっ、そうか、3D映像じゃないが、血圧が急激に上がって、心拍数が増えたときにしか見えないようになっているんだ」・・・・・その看板には「0123K」と書かれているだけだった。「何なんだ・・・この数字は?」

 それにしても、もう39年も一緒に生活を続けてきて、一体「和美さん」は何に巻き込まれてしまったんだろう?彼女は保母さんという職業を長くやっていたし、子供には優しいし、周囲の人に対する配慮は「気遣いしすぎや!」と感じるほどだし、でしゃばる事はないので人に嫌われるタイプじゃない。それが、一体どういうことでこんな「犯罪」に巻き込まれてしまうような事になってしまったんだろう・・・・・気持ちは焦るばかりだし、理由がまったく分からないし、和美さんの姿がまったく見えず行方不明だし・・・これからどうすればいいのか分からない・・・・・そして、冷や汗をかいている自分に気づきながら目が覚めた・・・・・とてもしんどかった・・長い夢だった。推理小説の読みすぎか???

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 目が覚めてから・・・「さっきの夢はなんやったんやろ?」・・と気になる内に、その夢の中では「和美さんとの逃避行」のような気分になったり「和美さんとの共犯」というような感覚が感じられて、「男と女の犯罪史」というような世界に思考が進んでいった。

 男女といってはおかしいが、フランスのリュック・ベッソンは私の大好きな映画監督だが、彼の監督した1994年に公開された「レオン」という作品はジャン・レノとイスラエルのエルサレムで生まれた当時13歳ナタリー・ポートマンが共演して、あんなに興奮して余韻の残る映画は久しぶりの感覚で、最後の終わり方が寂しくてさびしくて仕方なかった記憶がある。13歳の少女がジャン・レノの演じる孤高の暗殺者に異性の愛を感じ、暗殺者としての「後継者」になっていこうとするなんて、何とも深い内容だ。「観葉植物」が脇役になっているなんて、いいね。

 でも、「男女の犯罪」となると、一番に頭に想い浮かぶのが「俺たちに明日はない」という1967年に製作された「アメリカン・ニューシネマ」の傑作だ。大恐慌時代の実在の銀行強盗「ボニーとクライド」の出会いと死に至るまでを描いていた。実録は24歳と25歳の若者だから、時代がそのような若者たちを生み出した時代背景があったということは十分に想像できた。この作品のヒットで、1969年にはポール・ニューマンとロバートレット・フォードの二大俳優で「明日に向かって撃て」が製作されているが。これは男二人の列車強盗・銀行強盗だ。この二人も、実録でも壮絶な死に様を見せている。

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 それにしても、「犯罪映画」は数多く製作されているが、男女一人づつの組み合わせで、その二人の間に「愛」があり、さらに「犯罪」を犯すという内容をテーマにした映画は意外と少ない。レオンを観た時に、「この組み合わせ」は最高だなあと思っていたが、韓国映画の「アジョシ」という映画も翳を持つ犯罪者の男と少女との組み合わせて、何ともインパクトがあったが、「孤独な女性暗殺者」もテーマになりやすいが、今後、面白い原作が作られることを期待したい。「男と少女の組み合わせ」は相互の純粋さが強調されて、その世界に引き込まれてしまう。

 男と女の間での「犯罪」といえば「エロス」という語彙を連想し、「阿部定事件」を連想するが、「実録本」が出版されるほど一斉風靡した事件だが、私もこの事件を中学生の年代で初めて知って、強烈な印象を残したことがある。何とも不思議な感覚を味わったことがある。あの時、初めて「大事な一物」を切り取られる感覚を想像して、腰がヘナヘナとなってしまった記憶が残っている。若かったんだなあ!!! それにしても、「実録阿部定」はかなり以前に読んだ事があるが、彼女の人生・男性遍歴の凄まじさは凄い。それにしても、そんな関連の資料を読んでいて、こんな言葉に出会った。「男にとって性とは相手の女を所有すること。一時的所有は強姦であり、長期的所有は結婚、そして究極の所有は殺害である。女にとって男は所有の対象ではない。男が確保したテリトリーを所有することだ」強烈なフレーズだがメッセージ性が強くて印象に残っている。

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 最近は女性の犯罪率がどても上昇していると言われているし、高齢者の犯罪も上昇している。添付した画像のグラフから分かるように、平成17年には戦後最多の84175人を記録しているが、平成24年は6431人と減少している。「人口比」は2割前後で推移しているが、特に「65歳以上の女性高齢者の検挙人員」は著しい上昇傾向にあり、平成5年には5%台であったのが、13年に1割を超え、平成24年にはなんと27.3%にも上昇している。犯罪内容は「窃盗」が一番で8割弱を占めているが、その内の6割強が「万引き」らしいから、「生活感」が出すぎている。病的に万引きのスリルを楽しむ主婦もいてるらしいから、現代はまさに「屈折した時代」だ。


 それにしても、「和美」さんが登場する・・・いや、正確には和美さんはその姿を見せないうちに目が覚めてしまったが、「和美」さんが登場する夢なんて、正直今まで観た事がない。さらに和美さんがなにか「犯罪」に巻き込まれたような雰囲気を醸し出していた「夢」だったので、今までで一番印象に残った「夢」と言えるかも知れない。いつか、あのシーンの続きが観られるのであれば見たいものだが、内心は「夢で良かった!」とホッとはしているが、一体どんなストーリーだったんだろうと・・・続きが気になって仕方がない・・
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by taira710 | 2014-08-31 12:02 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

男も女も人間も・・・その「心理」は複雑だ・・「ジョハリの窓」に学ぶ!

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 「無事退院」の日に考えること・・・・・それは「心理学」

   「人の心がまるごとわかる」・・・・嘘つくな!!!


 今日は退院の日だ!・・・・・昨夕は嬉しいことがあったので「記載」しておきたいと思う。やはり「
DVD&「推理小説」持参は時間つぶしに持って来いだ。ちょうど、タイと韓国の合作映画「チョコレート・バトラー」を観ていた時に、カーテンの向こう側に眼鏡をかけた一人の女性が立っていた。私の担当のNsも眼鏡を掛けているので、その人かなあと思ったら「こんにちは!大丈夫?」と挨拶してくれる。「ああっ、TOMOちゃんや!」

私のブログを呼んでいる友人たちは、私が何で入院したかを知っているが、TOMOちゃんはそんなことに「興味」がないだろうし、事前に話もしてなかった。

 予定は23日の「入院予定」だったので、家内の和美さんにも「別に面会に来なくてもいいわ」と言っておいたし、「そうや、退院する日の支払いに来てくれたら助かるわ、もちろん、支払額知らせるから持ってきてや!」と言うと「ええっ、私が払うの。貴方が病気になったら、自己責任で払ったら」と言われてしまった。まあ、至極当然の話。ところが、入院してみると「面会」はないのは、ほんの少し寂しい。そこで、ふと・・「ああ、そうだ、TOMOちゃんはこの病院のある相川にお母さんが住んでいるから、一度メールしておいたろ!」と遊び半分とちょっと期待を込めて「入院に至る経過」をメールしたら・・・「どうしたの?大丈夫?・・・・病室は?入院期間は?」とかなりビックリさせてしまった様な反応。すかさず「TOMOちゃんの笑顔がみたいなあ!」とフレーズと「671号です」と返信させてもらっていた。いや、まさか面会に来ていただけるとは、嬉しい「誤算」だ! ありがとうございます。

 TOMOちゃんと入院にいたった経過をいろいろ話をしていて、丁度、そのタイミングで主治医の田中先生が様子伺いに来てくださり「腎臓結石」と「血圧の変動」に関して少し相談させてもらった。その後もTOMOちゃんと話していて「俺って手術ぐらいで動揺したりして血圧上がるようなこともないと思うし、いつも冷静に対処していると思ってんねんけど」と話すと、TOMOちゃんがすかさず「ええっ、日垣さんっていつも冷静とは思えへんわ!」・・・多分、テニスの際の「悔しがり方」が尋常ではないからそのように感じるんやろなあ・・・と思いながら、「あれは、ストレスを溜めないための自己発散法やねん」と弁解したところで始まらない。「そうか、俺って他人から見たら興奮しやすいタイプに見られているんや。病院や学校という職場ではいつも冷静やのになあ!」とちょっと自戒の気持ちにさせてもらった。

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 TOMOちゃんが一冊の本を渡してくれた。娘さんが薦めてくれた本らしいが、「まだ途中までしか読んでないけど・・・参考になるかも。また、返してね!」と・・表題を見るより先に、作者の名前が目に入った。さんまの「ほんまでっかTV」で臨床心理学者の立場からのアドバイザーとして一躍有名になってしまった「植木理恵」だ。なかなかの美人だし、語り口も女性らしくて好感を持っていたが、番組内でメンバーの一人から「プロポーズ」された時に、数ヶ月前に「結婚」していたことが発覚し、「こんなに周囲をやきもきさせる必要はないのに!」と不快感を持ってしまった。あの時以来、こんな反応を彼女はどんな心理分析するんだろうか・・・・そもそも日本の「心理学者」「臨床心理士」という人たちは、大学の文学部の「心理学科」を卒業して、臨床経験を経て、心理学博士・臨床心理士という肩書きを標榜していく。

 しかし、欧米は「精神分析」「心理学」という学問の位置づけはとても高く、まず欧米では「科学」として扱っているので「科学」「社会科学」「応用科学」の分野に設置されている。つまり、心理学は「推測」「予見」だけで診断するような学問ではなく、数々の実験や実験的観測に基づいた、「裏づけのある論証」が必要とされるのです。さらに大事なことはスイスの「精神分析医」「臨床心理士」になるための学習の過程では、年単位で「自己分析」する学習過程がかなり厳しく準備されています。自己分析できなくて「他人」のことなど分析できるはずがないという「指針」が明確にある。しかし、日本はその点でとても「安易」な感じが強くする。大体、日本人は「体裁」を繕う民族だし、「外面」「恥」「肩書き」などを重視するので「自己分析」する作業は極めて苦手だ。しかし、心理学はある意味では「自己投影」の相互作用だから、片手落ちでは困る。その点、欧米は「科学」という位置づけをしているので、一貫性があり、筋が通っている。

 植木の本は、読み進めるとなかなか面白いが、とても鼻につく表現がとても多いというか、心理学者全般の特徴だと思うが「これは(これを)心理学では○○○と呼びます」というフレーズが随所に出てくる。つまりタレントが「業界用語」を使って一流芸人を誇示するような姿勢と共通していて、心理学者が「専門用語」を多用して、私たちはいかにも専門的で高いレベルの勉強をしてるんですよ・・と聞こえてしまう。ある定義すべき状態を「専門用語」で説明すると確かに分かり易いが、何故か「ズボラ」に感じてしまう。わたしの僻みなんだろうか?

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 「人の心がまるごとわかる心理学」は「推理小説」ではないから、ポイントを提示しても読者に迷惑がかかるわけではない。著作権侵害という側面からも、「本に対する感想文」なんだから、問題はないと思う。

1. 「人の価値観はたったの3つしかない!」こんな重大なフレーズが800字程度でまとめられてしまっていることに「読者をなめるな!」と言いたくなってしまう。植木は本文の中で「これは私自身の研究結果ですが、価値観といってもさほどたくさんのものがあるわけではなく、究極的に絞っていくと、実はたったの3種類に分類できるのです。その3つの価値観として上げられていたのが「方略主義」「物量主義」「環境主義」との主張です。

    方略主義は例えば何か悪いことが起きたときに「もっといいやり方があったんじゃないか」と要領の良さ・悪さについて瞬時に考える人です。

    物量主義は「もっと何度もトライすればよかったんじゃないか」と努力した回数の多さ・少なさにこだわる人です。

    環境主義の人は「もっと状況がそろっていれば、うまくいっていたはずだと自分の置かれていた境遇のラッキー・アンラッキーをとても気にする人です。

   更に、一人の中でいろいろな価値観がかさなることはほとんどありませんと書いています。そして、筆者自身のポイントが「価値観の近い相手を見つける」となっているのです。

しかし、男女の恋愛状況という設定に限定しても、男も女もこんな程度の価値観でしか

「恋愛」を考えていないのかと思うと情けなくなりますが、植木理恵は東京大学大学院を修了し、その後も心理学の「実証的研究」を続け、日本教育心理学会において最難関の城戸奨励賞・優秀論文賞を「最年少」で受賞して脚光を浴びているキャリアがあるので、その実証力は確かなんだろうが・・・・・疑問符はなくならない。

2. ポイントだけを列記して、どれだけ皆さんが、植木理恵の意図するところを読み取れるか・・・これも「訓練」ですよね。数行の短文からどれだけ連想力・発想力が広がっていくか。5つ程に絞っておきましょう。

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「ジョハリの窓」・・これが一番面白かったなあ。心理学では人間には4つの人格的側面があると整理されていて、本人も他人も知っている自己は「すでに開いている窓」です。究極の褒めテクニックは「自分は気づいていないのに、他人だけが知っている所」を上手に指摘して褒めてあげると人間は「意外性」と「感激」を感じるらしいのです。これは、本当に正しい指摘だと思いますね。これは面白い窓だ。

  ②「カリギュラ効果」➡1980年にローマ皇帝「カリギュラ」を主人公とする映画が上映されたが、余りにも「残虐」て゛「性的描写」が多く、アメリカのボストンで「上映禁止」になりました。しかし、それが「逆効果」になって、全世界でヒットしたことがあります。やめろと言われれば、やりたくなるのが人間の心理。

  ③「ピグマリオン効果」➡ギリシャの王「ピグマリオン」が女神の石膏像に恋焦がれ人間の女性になってほしいと涙ぐましい献身をします。さすがに「神」も哀れに思い、石膏像を人間の美女に変身させました。

   ➡心理学者「ローゼンタール」の実験、「Aさん、Kさん、Zさんは天才的な素養があります」と担任の先生に教え込ませて、皆の前で発表したのです。その効果は絶大でした。➡褒められると人は潜在能力を発揮するし、努力もする。

  ④「権限」の強さを強調されると、男性面接官も女性面接官も「セクハラ」的な質問が増える。➡この心理機制がセクハラヤジを引き出す根拠なんだ。

  ⑤「16ページを1週間だけ続けよう」と「1週間で42ページやりきろう」とは目標は同じなのに、まったく印象が異なる。➡小さな目標を何度も達成させることは大きな達成感を獲得させる効果がある。

PS:今回の入院で、以前テニスで交流していた「OMAYUMI」さんと病棟で再会した。立派な看護師さんとして仕事されていた。改めてシングルマザーの底力を感じさせてもらった。一人娘の「MIINAちゃん」小学校3年生だって!!!

 

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by taira710 | 2014-08-29 23:02 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「医療漫画」は大きな影響力がある。方向性を作る力があるからこそ・・・

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 入院中に「ブラックジャック」の精神・思想を考える

    人間はなかなか「博愛主義者」にはなれない!!


病院の入院生活は「不便」だ。集団生活がベースにあるから、もし「個人」を追及したかったら「差額料・個室料金」を余分に払って「空間」を確保する必要がある。もう、一応手術は上手くいったから、いつまでも「入院・療養ブログ」も退屈だ。でも、昨夜からの経過は簡単に記載しておきたいと思う。昨夜は推理小説「テロリストのパラソル」を読み始めた。これで「
3冊同時進行」だ。学生以来だが、なかなか頭の中でいろんなストーリーが交錯して、これがなかなか面白い。午後7時過ぎ「夜勤」の看護師さんが挨拶とルーティンワークに来られた。若くてフレッシュ、とても背が高い。名前を名乗られたが、下の名前がユニークでとても印象に残った。「有唯奈(ゆいな)」なかなか良い。性格も良さそうな看護師さんだ。未だに私は「看護婦」という言葉の方が好きだ。表記するだけで性別が分かるというのは、とても表現しやすく思う。

「テロリストのパラソル」はなかなか導入部の展開が面白く、一気にのめり込んでしまった。こんな時は「空腹感」を忘れることができるの本当に嬉しい。病院に「修行」に来たわけではないが、それと「同質」の体感がある。やはり「便意」は何回か起こるが、何も食べていないと何も出てこない。排ガスが1回あってスッキリさせてもらった。一気に読み進めて佳境に入ってきたときには、もう消灯時間の午後1010分前になっていた。もっと続けて読みたいが、看護師さんに尋ねると、デイルームも22時に消灯するし、枕元のアームライトも22時までと制限されているから、後は「寝るしかない」といった状態だ。

まあ、何時間か読書していたので、睡魔は感じていた。一気に0時過ぎまで寝入ってしまった。その後、午前4時過ぎ、午前6時前に目覚めた。睡眠は浅い。同室の患者さんの容態・病状の程はまったく分からないが、隣の男性は「独り言」が多いし、私の後に入院された男性もすでに入院されていた男性も、呼吸器系も悪いのか、よく痰まじりの咳をよくされる。どうしても「熟睡」はできにくい。でも、あっという間に「朝」になってしまった。

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午前6時、外は雨が降っていた。デイルームが点灯され、掲示板を眺めていたり、本棚を眺めていると1冊の漫画本があった。私がかって大好きで、全話読み通したことのある手塚治虫の「ブラックジャック」だが、少し様子が違う。医学関連の漫画は本当に難しいと思う。専門知識が必要だし、その光景を描写しなければならないから、そこに「知ったかぶり」の衒学的な要素があると、それは実際にそのような症状の患者さんが現実におられるので「差別的」「誇張的」」な表現として感じられて、不快感を与える要素がある。そのあたりは、さすがに手塚治虫は「医学部」で学び、医師免許を取得するほどの才能があったから、描写に違和感を感じることが少ない。

ブラックジャックは「医学漫画」というジャンルがあれば、その「筆頭」だろう。なかなか医師でありながら「漫画家」レベルの漫画描写の才能がある人間が数多くいるとはとても思えないし、ブラックジャックのストーリー性の面白さはなかなかのものだ。実は、そのデイルームにあった漫画本には、もうひとつ「大熊ゆうご」の「ヤングブラックジャック」というストーリーが併載されていて、ブラックジャックという天才医師が生まれた経過を描写していた。手塚治虫のブラックジャックの人相・風貌のインパクトが強すぎるので、最初はなかなか馴染めなかったが、ストーリーとしてはよく考えられていた。

それにしても「医学・救急医療・看護」を舞台にした映画やテレビ映画は数多くあるが、医学漫画はどのくらいあるんだろうかと、ちょっと興味を掻き立てられた。私が実際に漫画本を手に取って読んだだけでも、10作品はある。ブラックジャックは若い頃、よく読んでいたが、その他の作品は銭湯の「極楽湯」のマンガコーナーで無心に読んでいたこともある。それにしても「漫画」という形・表現方法をとっているが、その内容は一級品の小説になにひとつひけをとることがない。ウィキペディアの「手塚治虫」を検索すると、その中に「関係のある漫画家」というコーナーがあり、そこで、私たちの時代の超一流の漫画家たち(藤子不二雄・石ノ森章太郎・赤塚不二夫・水野英子・横山光輝・松本零士・永井豪・さいとうたかお・つげ義春・白土三平・大友克洋)などが、いかに手塚治虫の作品に多大な影響を受けたか、そして、その「人間性」に惹かれて、「プロの漫画家」を目指す気持ちになったか、強烈なメッセージとともに書かれている。

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「正統」に医療漫画というジャンルがあり、手塚治虫の「キリスト讃歌」は題名からして含蓄があり、四国の犬神沢という村に発症する「モンモウ病」という奇病と、人間の尊厳をテーマにしている。1970年にビッグコミックに連載が始まったが、当時はゴルゴ13の絶対的なファンだったので、「キリスト讃歌」の深い内容まで、私自身の脳みそが届いていなかったように思う。「ブラックジャック」は専門性も反映されているし、何かと高額の報酬を要求する反面、とても人間的な結末を迎えるのも好きだったし、こんな「難病」が現に存在するんだという「難病」に関する関心もこの頃に学ばせてもらった。そして、「ピノコ」という不思議な少女の舌足らずの言葉遣いが何とも可愛くて魅力的だった。手塚治虫のロリコンのような隠れた部分を覗いて見たような印象を受けた。

「陽だまりの樹」は1981年から6年間連載されていて、頑固な性格の武士の万二郎と人付き合いが滅法良い女好きで遊び好きのお調子者の「蘭方医」の良庵が主人公だが、舞台が幕末期の日本が舞台になっていて、「壮大なストーリーで骨太」の作品だった。大昔だが、何故か黒澤明の「赤ひげ」を連想しながら読んでいたような記憶がある。それにしても手塚治虫のライフワークは「火の鳥」だが「アドルフに告ぐ」など、一体どれだけの知識と教養の持ち主だったんだろうと感心してしまう。

「医療漫画」がテーマだが、実際に医療関係の世界の経験者もいるし、原作者が医療界に精通していて、それを「画」として再現しているので、双方のチームワークが必要とされる例もある。しかし、「医療漫画」は「ヒューマニティー」をやはりテーマにして欲しいと思う。山崎豊子原作の「白い巨塔」に影響されて「キリスト讃歌」を手がけたとされているが、今でこそ「接遇」が重視され、医者もインフォームド・コンセントを徹底し、とても医者・患者間の関係は改善され「パラメディカル」な総合医療になっているが、1970年代〜80年代はかなり「権威意識」と「封建制」が強かったように感じる。私は1975年に初めて「精神科医療」の現場に入ったが、当時のO院長は「弾劾」されるべき医者まがいの存在だったと記憶している。

問題点を指摘する「医療小説」は大いに存在してしかるべきた゛が、「医療漫画」は若い読者への影響力を考えると、途中にどのような葛藤や矛盾や悲哀が含まれていても、それが人間社会の真実だから当然だが、最終的には「不信感」を募らせてしまうような問題提起に終わって欲しくない。これからの高齢社会、私も事実「入院」しなければならない身体的状況にってしまったが、若い人たちが「医師」や「看護師」その他の医療関係職種になりたいというモチベーションが生まれるように、手塚治虫の作り上げた世界のように、決して綺麗事ではないが、「人間の持っている暖かさ」と「医療・看護に対する信頼感」と更に「ゴッドハンド」と呼ばれるような「医療技術の研磨」を創出してくれるようなテーマ・主題を生み出していって欲しいと願っている。

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by taira710 | 2014-08-28 15:39 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

大腸ポリペクトミーは完璧なテクニックで施行された!!!感謝感激!!!

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 運命の時が来た!まるでマジシャンのような鮮やかな操作性

     ポリープは見事に切除され、止血処置も完璧だ!!


 昼過ぎてもなかなか呼びに来られない。嬉しいことに田中先生がちょこっと顔を出してくださって、「大丈夫ですか
?」と声をかけていただいた。本当に「安心」できる。その後も誰も来られない。15時前になってそろそろ「手術の時間になりますからね」と担当Nsが伝えてくれる。「貴重品」は備品のロッカーに入れ、「手術室」ならぬ「内視鏡室」に行く。もう胃カメラ、1回目の大腸の内視鏡検査を施行している慣れた場所だ。美人のスタッフが二人もいる。その一人のAさんに点滴をしてもらった。

 手術パンツにタオルを巻きスタンバイ、内視鏡室に入るといつもの田中いずみ先生の笑顔があった。本当に痛みがない。血圧が178と高いのが気になるが、まったく「自覚」がない。間違いなく「空腹を我慢しているストレス」が原因だと思う。もう、ポリープの場所が分かっているので、挿入もスムースだ。ただ、ポリープが2個隣接しているので、どちらを先にするかなど、介助の看護スタッフと検討されている。前回に見たS状結腸付近のポリープが確認される。心なしか前より大きくなったように感じたし、何か「汚いなあ」と思ってしまい「悪性の要素はないんだろうか?」と心配になってしまった。

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 まず「生理食塩水」を注入して、組織を膨らまし、切除しやすい形にしていく。同時に腹部にアースの役割を果たす「電極」が貼り付けられる。方針が決定するとファイバーの内筒が引き抜かれて、今度は電気メスの役割を果たす「ワイヤー」が挿入され、ポリープに西部劇のように輪ッカがかけられ、根元を締め付けると、いとも簡単に焼き切れてしまう。最初の一個は、不思議なことに小腸の奥に風に吹かれて飛んでいくように消え、見えなくなってしまった。「ええ、あのちょんぎったポリープ、どないするんやろう?」「うんこと一緒に出すんやろか?」その次は2個目だ。これもちょん切るのはスムースに行ったが、この後、大事な作業が残っている。

 腸管出血は私が一番恐れていることだ。「腹膜炎」の原因になるし、緊急手術になるケースも多い。先生にはどこに「血管」が走行しているのかよく分かっておられるようだ。止血剤が散布され、出血している部位が電気メスで焼かれる。ジュワッと泡が吹き出すような感じて、見ていて面白かった。嬉しいことに「止血作業」が丁寧に行われ、安心できる。一応、40分ほどで手術は終了し、切除された「ポリープ」も肉眼で確認させてもらった。内視鏡の照明が当てられて見るポリープとは大違いで、茶色っぽくて、わが身から出たものだが、お世辞にも「きれい」と呼べる代物ではなかった。大きさは1〜2センチある。最後は「注射器」と一瞬思ったほど、不思議な物が、先ほど切除した部位に「2本」も突き立てられるので、本当にびっくりした。「先生、何ですか?この不思議な物体は?」「それは止血用のクリップです・自然に体外に排出されるんですが、早くはずれてしまうと困るんですよね」と分かりやすく説明してもらえる。ほとんどの作業が終了し、小腸の奥に飛んでいってしまったポリープの回収作業だ。スルスルスルとファイバーとワイアーが奥に進んでいくと「ありました!」小腸に転がっていたポリープも無事回収。

 スムースで鮮やかな「手術」の進行具合に驚いてしまった。チームワークもばっちり。若い男性の医者も真剣にみていたが、無事終了し、田中先生に心から「ありがとうございました」とお礼を言わせてもらった。でも「生検の結果が分からないから心配ですわ」と話すと「この前の結果が出てますけど、癌への移行可能性の5段階で「3評価」ですから、大丈夫ですよ。後、50年は長生きできるんじゃないですか」なんて言われ安心した。「田中先生お酒は飲まれるんですか、一度、お誘いしたいと思っているのですが!」「私はお酒は飲めないんです」と笑顔で返答してくださる。本当かなあ?お酒が飲めたら結構楽しい交流ができるのになあ!

 もう直ぐ手術台から立ち上がってOKとのこと。ところが、病棟から「車椅子」で迎えに来られてびっくり。点滴もしているのに、介助は大変だが,可愛い感じの看護師さんは笑顔で病棟まで連れて行ってくれた。16時に病室に戻り、やっと一安心。和美さんには電話、TOMOKOさんにはLINEをしておいた。家族側になると「心配」だから「安心」を提供できて嬉しい。家族の「病気」は本当に心配だ。YOSHIIと親族兄弟はブログを見ていてくれるかもしれない。

 今回はいい勉強ができた。あの「内視鏡検査」なり「内視鏡手術」を考案した「器具の技術力」は本当にすごいと感心させられた。内腔をワイヤーやクリップや「薬剤」やいろんなものを通すことによって、開腹とか余分な侵襲を患者さんに与えることなく、完璧な施術が行われる。本当に素晴らしい体験だった。ますます「健康維持」のために体をいい意味で労わらないと駄目だなあと「自戒」「反省」の気持ちにさせられた。今の時代、栄養状態も良いし、暴飲暴食することなく、自分の体を労わりながら生きていたら、それなりの長生きができる時代になってきている。今回のことは良い契機になりそうだ。あのポリープが発生した「機序」を考えると、思い当たることは山ほどある。今後もできるようなことを繰り返していたら、今度は間違いなく「癌化」を促進させることだろう。慢性刺激は要注意だ!!!

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 家族との交流も、テニスなど様々な趣味を通して繋がっている友人たちとの交流も、そして、仕事場での「介助員」という仕事も「健康」であってこそだ。自分のある面での「不健康さ」のリアル映像を40分間にわたりモニター中継してもらって、「おい、調子に乗るなよ!」と改めて言われた気がした。明日の「昼の食事」が再開できれば、本当に胃腸には極端な負担をかけ過ぎないように、食生活を深く優しく味わう生き方に変えていきたいと思っている。

 DVD1本目は「アイアンマン3」時間を忘れさせてくれるほど展開が早くて面白い。DVDも推理小説もあるので、29日の朝まで「退屈」することなく過ごせそうだ。インターネットの状態も極めて安定しているし、困っていることは今、ひとつもない。10日間は辛抱だが、これから友人たちとの「飲み会」もチェンジオブペースしながらも心から楽しもう。テニスも暫くは禁止だか、いずれ主治医から許可がでるだろう。30日はアルトサックスとちょっと無理かもしれないなあ。なんせ「腹圧」をかけないと吹けないからなあ。今月の810日は台風11号の影響で「警報」が出て、「中止」の連絡があったが、天災の場合と自己都合は「代替日」が設定されない。1回だけで\8316円は高いが、MAKI先生の指導はどうしても続けていきたい。104日の土曜日は門真市のホールで、MAKI先生の教え子たちの集いがある。「日垣さん、何か吹いてくださいね」と言われているので練習もしないといけない。とても緊張するだろうが、今回、警鐘と一緒にもらった命、アルトサックスの音色と共に、改めて花開かせてみたいと思っている。

 今、1815分、「夕食の時間」だ。とても食欲そそる匂いがしてくる。・・・フウー!

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by taira710 | 2014-08-27 18:43 | 人と人との出会い! | Comments(0)

何十年ぶりの「入院生活」・・・天気は良いが「空腹感」との戦いだ!!!

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 実況中継「大腸ポリープ」内視鏡的粘膜切除術

   671号室は窓際で見晴らしが良く、何とも気分が良い。


 昨日は中学校に出勤して、まだ夏休み明けということで「45分授業」で午前中で終了する。1時間目、支援の3年生の体育の時間「プール」だったが、私が「手術」する予定であることを話すと、サポート体制を直ぐに作ってくださって、体育の担当の先生がサポートに入って下さった。驚いたことに3年生のK君がなんと夏休み前は15メートルがやっとだったクロールで「25メートル」を見事泳ぎきって驚かされてしまった。2時間目は国語だったが、担任の先生が配慮してくださって、「すぎのこ農園」の手入れの作業を生徒たちと一緒にしてくださった。種植えとか苗植えは比較的楽だが、支柱を立て、きゅうりやなすびなどの枝を紐で支えたりして、そしてひと夏大きく成長して多くの「収穫」があっても、その後の後始末や雑草を抜いたりする作業はなかなか重労働だ。

 子供たち3人の活躍もあって、かなり「農園」の手入れができて、これからの秋・冬野菜のための「土壌改良」などがしやすくなって、私は大喜びだった。3時間目は空き時間だったが、農園の手入れや収穫を行った。できの良いゴーヤが校務員のFUKUCHANの植えたゴーヤカーテンからの収穫も含めると15本近くになった。でも、「ゴーヤ」は苦いので好きな子供たちは本当に少ない。3年生のHANAMITSU君と話しいていて、お母さんはゴーヤ大好きやは!と話すので、大きなゴーヤを1本進呈した。4時間目は英語の時間だったが、最初「舌の動きを良くする訓練」なのか「早口言葉」を繰り返し練習していた。この早口言葉は苦手とは言わないが、速度を上げると見事に破綻してしまう。

 翌日の入院の準備等があったので、許可を受け、少し早めに退勤し、帰宅すると、和美さんが待ってくれていた。入院誓約書の保証人の欄に和美さんにサインしてもらい、入院説明書に必要な物品を一通り揃えてくれていた。新しいパジャマとパンツを購入してくれていた。なかなか私の好きな色だしデザインだった。和美さんは和裁・洋裁ともにできるので、さすがに服選びのセンスは良い。夕食の時間になり、かなり空腹感が強いが、どうせ下剤で洗い流すと思うと、なんか勿体無いような気持ちになってしまう。和美さんが用意してくれた「夕食」は「シャケの塩焼き」「ジャガイモの煮物」「焼き厚揚げと大根の千切り」「大根の味噌汁」だ。実に旨かった。食後「ちゃんと元気に戻ってきてね!」と抱擁して背中をポンポンしてくれた。

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 入院説明書を読んでいると、「内視鏡治療をした場合は、当日食事ができませんので、点滴をします」「また、治療後1週間は禁酒し、旅行・スポーツ・重労働はできません」と記載してある。「ええっ、そこまで禁欲かいなあ!」・・「今日、テニスがあるから行きたいなあ。2週連続できないと辛いからなあ!」夕食後、家内に「テニス行って来るわ!」和美さんは「はいはい、自己責任やからね」と一言。UMEDA先生と、TOMOKOさんも久しぶりに参加、雨が降り出したりして待機したりもしたが、3人きりだったが、かなり楽しいテニスができた。TOMOKOさんはブログを読んでいなかったようで「明日から入院やねん!」と話すと、さすが看護師「どこの部位にポリープあったん?大きさは?直腸にあったらストーマのケースもあるからなあ」「生検の結果はいつ分かるん?」といろいろ質問された。「大腸がんの可能性もあるわけやなあ」・・・と心配顔だ。

 テニスをすると勿論「汗」を大量にかく・・・夕食は食べたが、後、「水・お茶」以外胃に入れることができない。脱水にならないように注意が必要だ。1週間空けて「腸内洗浄」を2回するのはなかなか辛いものだ。前回より「空腹感」が強い。でも、テニスをした後の疲労感で、ありがたいことにちょっと読書するだけで眠たくて眠たくて仕方がなくなってしまった。夜中の1時と4時に便意があり、7時に目覚めて、入院準備の再点検をしていた。

 8時35分にキャスター付きのカートとお気に入りバックを自転車に積んで済生会吹田病院に向かった。ありがたいことに「晴れ」の天気で、行動しやすい。昨日は2泊3日の入院になると「退屈」するので、DVDをレンタルしにいった。「チョコレート・バトラー」「アイアンマン3」「ウルヴァリン」「塔の上のラプンツェル」「メリダとおそろしの森」の5本だ。本も3冊持参した。勿論パソコンとスマホと「付属部品」も持参しないわけにはいかない。9時前に到着したが、入院受付は直ぐにしてもらえた。声のトーンが心地よい女性だ。検査の時と異なり、今度は右手首に認識コードを巻かれた。売店で「濃・伊右衛門」を混入した。やはり「ムーベン」だけでは気持ち悪くなってくる。

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 その内、ひとりの年配の女性が迎えに来てくれて、6B病棟に案内してくれて、今度はもう一人の女性が「病室」まで案内してくれる。それだけて「ええっ?」と思ってしまった。そしてナースステーションはスタッフで溢れている。簡単な説明を受け、病室で読書していると看護師さんがやってきて、熱を測り血圧を測る。血圧が前回もそうだったが、そんなに心理的な「動揺」など微塵も感じていないが、どうも私は「空腹状態」になると血圧が上昇する傾向に強くあるみたいだ。最高血圧192は要注意だ。ムーベンが目の前に用意され、9時40分に飲用開始。同室はお二人だったが、私の後にひとり入院してこられる。私と同様「サンダル」とか「スリッパ」の件で注意されている。転倒の恐れが高いという理由で、スニーカーのようなかかとをちゃんと支える「履物」を推奨しているようだ。でも、かかとを踏んで使用するからかえって具合が悪いと思うけど・・・・・担当看護師のお名前はKISHIMOTOさんだ。気さくな感じの女性で嫌味がない。主治医の田中先生ではないが、医師の回診もあり、まあ、手厚い体制がとられている。やや、過保護にも感じてしまう。その後、薬剤師のKUBOさんも来られた。

 今、ムーベンを飲み続けながらパソコン入力をしているが、看護師さんの話では「手術時間は決まっていない」とのこと。人によって「排泄状況」が異なるので、「手術適応状態」OKであれば、その人から優先して施行するらしい。これは頑張ってさっさとやってもらわないといけないですね。11時50分MAKIちゃんに「観便」してもらってOKの確認をもらう。後は「手術開始時間」を待つだけだ。もう12時も近いので、昼からの1番の手術を、私が絶大な信頼感を置いている「TANAKAいずみ先生」にお願いしたいものだ。

 まだ、時間がありそうだ。まず、この第1弾ブログをアップして、折角だからDVD観賞しながら、手術までの時間待ちをしよう。今、同室の患者さんに「昼食」が配膳されている。・・・・ああ、今日はOP後も点滴だし、辛い1日が続きそうだ。私の人生で、こんなにも長時間にわたって「空腹感」と格闘しているのは初めての経験かもしれない。ふと、「明日からちょっと入院やねん」と話したら「たいら、ちゃんと生きて帰って来いよ!」って言われた。・・・・・・さあ、どんな手術になるか・・・第2弾へ続く。

       827日 午後1250分に記述終了

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by taira710 | 2014-08-27 13:00 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(2)

金魚の正しい鑑賞法とは・・・・金魚には歴史があったのだ!!!

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  プールに金魚が泳いでいる・・・・・・

 「金魚」の歴史って、ちょっと興味が沸いてくるね!!!ポイ!



 8月初め「
Yahooニュース」を観ていたら、「プールに金魚放した=女子中学生4人が名乗り・埼玉」の見出しが出ていて興味を持って読んでみた。埼玉県狭山市の市立中学校のプールに大量の金魚が放たれていた問題で、隣接する所沢市の中学3年生の女子生徒4人が「自分たちが放しました」と県警狭山署に名乗り出たという内容。その光景が想像できて笑ってしまったが「夏祭りの露店でもらったが多過ぎた」などが理由だったらしい。金魚すくい屋さんの売れ残りで500匹近くいたらしい。・・・・・・プールに放たれた金魚をどうしたんだろう・・・・中学校だったら25メートルプールだから、そこに放たれた金魚を「回収」するとなるとなかなか大変だ。子供たちはその作業費用の請求をされたりするんだろうか。

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 いや、分かるわかる・・・・「生き物」をタダでもらったりすると、その時は面白がって喜んでしまうが、ちょっと冷静になると「困った、どうしよう!」ということになりやすい。金魚をプールに放つより、川や池に逃がせばいいのに、Yahoo地図で検索するとどうも立地条件として近くにないように思う。でも、もうひとつ自分の通っているプールに放すことはせずに、隣接した市の他の中学校のプールに放すのは、中学3年生くらいの「悪知恵」「イタズラ」として分からない気持ちではない。自分の通っている中学校だったら、それこそ「犯人探し」をされたりしたら大変だし、夏休み明けにはまだまだプールの時間があるから、実害を蒙るのは自分たちになるから、対抗試合などで行ったことのある「○○中学校のプールに放しに行こうよ!」とかなり面白がってやったに違いない。

 でも、それがニュースになってしまって、何人もに見られたりしていたので観念して名乗り出たんじゃないかなあと想像している。しかし、25メートルプールに放たれた金魚を回収する作業を中学生の子供たちにしてもらったら、みんな大喜びで協力してくれるだろうなあ・・・このニュースの後日譚のほうがずっと興味が沸いてしまう。

 やはり気になって、その後の関連ニュースが掲載されていないか検索してみた。ほぼ私の予想通りの内容だったが、狭山市の中学校の「水泳部員」が第一発見者だったらしい。中学でも「水泳部」がある学校もあるんだ。ただ、詳細な報道には「周囲の有刺鉄線2箇所が切断」「金魚を運んだとみられる大きなポリ袋も見つかった」とあり、これはちょっと問題ありだなあと思った。「可愛いイタズラ」ではなかったということだ。金魚は回収され、生徒や住民により引き取られたようだが、確かにプールは「塩素濃度」が高いので、金魚の成長に適した環境ではないだろうし、「プールの水を入れ替えると予定外の出費になる」と校長が困惑している様子が見えるようだった。

 狭山署は「建造物侵入」と「器物損壊」の疑いで裏づけを進め、容疑が固まり次第、書類送検する方針らしいが、金魚屋のおっちゃんか兄ちゃんかは知らないが、余った300400(匹数は訂正されていました)の金魚をたとえ無償でも「提供」するのは問題があったように思いますね。保護者同伴で出頭してきた4人、親はただただ呆れ返るしかなかっただろうなあ。

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 金魚事件で思い出したのは和美さんと旅先で訪れたことのある「大和郡山市」である。お城が大好きなので「大和郡山城」はなかなか見ごたえがあったが、市内のあちこちに「金魚の文字」と「金魚の絵」が溢れていた。大和郡山市は全国的に「金魚の養殖」で有名だが、背景にどんな歴史があるんだろうか?金魚事件はいいきっかけだ。ちょっと調べてみたくなった。

 金魚のルーツは約1700〜2000年前の中国の南部地方:長江だとされている。野生のフナの中から「赤色」のものが発見され、これを原種として、人間が「選別・淘汰」し、今日の「金魚」に至っているとされています。ということは、「金魚」は本来なら自然界には「存在」していなかった生き物で、人間がこの世に作り出した「生きた芸術品」と呼ばれている理由がここにあります。今後も新しい品種が開発されていくことでしょう。日本に渡来したのは「室町時代中頃」で、もちろん貴族や富豪の間で甚だ珍奇で愛らしい愛玩物として飼育されていたらしい。大量生産で値段が暴落し、庶民の間で流行したのは「明治時代」になってからだといわれています。

 先日8月23日・24日に「全国金魚すくい選手権 第20回記念大会」が奈良県の大和郡山市で開催されましたが、大和郡山市の「金魚養殖の由来」は1724年も前に遡ります。柳澤吉里が甲斐の国から持ち帰り、藩士や農民の「副業」として盛んになったのですが、大和郡山は水質がよく、さらに「農業用水用の溜池」が多く、ミジンコなどの餌も豊富で、そのおかげで「生産量」も上がり、昭和40年代には海外にも「輸出」していた歴史があります。しかし、近年は都市化に伴う「水質の悪化」などで生産量は減少しているが、養殖農家は約60戸あり、年間6000万匹以上が「錦鯉」とともに販売されているようです。

 「金魚」はもちろん「金運」をもたらすという意味で名づけられていますが、あの「ポイね」という道具を使って「金魚すくい」をするという「遊び」を考え出したのはどこの誰なんでしょうね?貴族が池や「金魚鉢」に入れて「愛玩」する気持ちは分かります。でも、大きな「水槽」に数多くの金魚を入れて、それを「ポイ」ですくったら「楽しいだろうなあ」「子供たちが喜ぶだろうなあ」「お金が儲かるかもしれない」と発想にするのはなかなかユニークだったと思います。

 先ほど「金魚鉢」と書きましたが、室町時代以降、「ガラス」の透明の金魚鉢ができたのは後世で、金魚は「陶器」に入れて「上から観賞」するのが流儀でした。そして「尾びれ」が泳ぎながら、どのように「花開く」かを楽しむのが「金魚の正しい鑑賞法」で「尾びれの揺れの美学」がそこには存在していたのです。

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 さて、「金魚かウチにやってきた」(岩波アクティブ新書*木村義志)によれば、江戸時代後期には「金魚すくい」を楽しんでいる子供たちの様子が「浮世絵」にも描かれていて、すくい網を使っていました。今のような「ポイ」を使った金魚すくいは大正時代に入ってからとされています。確かに「紙」は貴重品でしたし、最初は「針金」の枠でしたが「プラスティック」で大量生産されるようになって、夜店の人気はやはり「金魚すくい」でしたね。

 現在、生産されている「ポイ」は、紙の「厚さ」によって4号から8号に分かれているようですが・・・何と8号では500匹〜600匹掬える「強度」があるようですね。ちょっと「金魚」に興味を持つだけで、金魚の起源から、金魚の正しい鑑賞法まで理解することができました。決して「お金」ではなかったですが、何か心に暖かいものを感じることができました。・・・しょっちゅう、人のお尻について回る人のことを「金魚のフン」と言ったりしていましたが、「金運」をもたらす何かを求めて、私はこれからもいろんな「知識・知恵」のお尻にひっついて回りたいと思っています。

PS:今日は2学期の始業式だった。仲のよい中学3年生のKENTA・RYOUTA・SHINYAと「久しぶりやのう!」と硬い握手をした。本当に久しぶりに「すぎのこ農園」を覗いたら、見事に「ジャングル」に変身していた。野菜・植物の生命力には驚かされてしまう。エキスを分けてもらいたいものだ。

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by taira710 | 2014-08-25 14:26 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

ヘビーローテーションは人間の知恵と郷愁と恋の思い出が詰まっている。

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 AKB48は本当に国民的アイドルになってしまって、被災地支援の活動も胸を打つ

  私もファンの一人だが「ヘビーローテーション」について語りたい!!!


 
 私が数年前にひとり東京旅行に出かけたとき、やはり「秋葉原」に足を伸ばし、メイドカフェ体験もしたし、
AKB劇場のあるビルにも入って、「AKB48」の雰囲気にも浸ったことがある。残念ながら『公演』なるものは観賞できなかったが、あの女の子達の屈託のないプロ意識に徹した「笑顔」は本当に大好きだ。笑顔が「48人分」も集まってしまうと癒されないはずがない。今は名古屋・大阪・福岡・インドネシア・中国上海にも姉妹グループが存在する。メンバーに突然の「転勤命令」があったり、高橋みなみがチームをまとめる「総監督」に就任したり、総選挙で順位が決まり、その後の活動目標が決定するなど、なかなか「厳しい世界」であることが、ファンの私にも伝わってくる。

 別に今回のブログで「AKB48」を論じたいとは思っていない。AKB48の主宰者である「秋元康」という人物に少し興味があるのと、「圧倒的な作詞能力」にとても興味を持っているからだ。この「枯渇することを知らないボキャブラリー」の豊富さは、秋元康という人間を「人間とは異なった次元」にさえ押し上げているように感じる。彼の実像はそんなに「純粋」なんだろうか?・・・・この辺りは甚だ疑問がある。彼の作詞能力に興味を持った最初の契機は、ビッグヒットして未だ人気の衰えることのない「ヘビーローテーション」という楽曲だ。決して「ヘビーローテーション」が私の一番好きな曲ではないが、この「ヘビーローテーション」という言葉にとても興味を持ってしまったからだ。

 まあ、一応私の好きなAKB48の曲と言えば、最近では「恋するフォーチュンクッキー」だ。東北の被災地で歌っている彼女たちのPVを観て、本当にこれは「心の支援」だとはっきり感じることができた。それと「桜の木になろう」「Beginner」「桜の花びらたち」が大好きだ。秋元康はきっと「心理学」に通じているんだろうなあ。よくこれだけ日本の老若男女のハートを掴むことができる「詩」を紡ぐことができるもんだ。

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 「秋元康」という人間に関して関心があるわけでもないが、ウィキペディアのページ数は尋常ではない「人物」であることを物語っている。その中で私の興味を引いた箇所をわざとらしく「引用」してみたいと思う。というのは、あれだけの美少女たちから「秋元先生、先生」と呼ばれているほど幸せな「先生」はいないんじゃないかという反発と嫉妬と妬みと羨望があるからだ。できるだけ「悪意」が感じられる引用ができれば嬉しいのだが、多分、より打ちのめされる「結果」に終わることは目に見えている。

 1958年5月2日生まれだから、私より11歳も若い。肩書きは多すぎるのでほとんど省略。2007年より京都造形芸術大学の「副学長」を務めている。こういう役職は委嘱されるものだから「世間」が彼の才能を評価している証でもある。彼が30歳の時に、タレントの高井麻己子当時21歳と結婚しているから、若い女の子に興味は強くあるのだ。でも「不祥事」はなぜ表面化しないんだろう。AKB48のメンバーが「恋愛禁止」とされている理由はこのあたりの「心理的要素」に原因がありそうだ。もともとは「官僚志望」だったらしいが、自分は「東大」に合格できる学力が備わっていると思っていたんだろうか。やっぱり「妄想」を持ちやすいタイプだったんだ。だから「作詞家」には向いている要素はある。
 
 彼の人生の岐路は1975年の高校2年生の冬に始まっている。ニッポン放送に「平家物語」のパロディーを送ったところ、「反応」があり、放送作家としてのスタートを切ったことにある。中央大学文学部に入学していたが、当時のサラリーマンの4倍近い収入があったというのだから凄い。ところが、早期に「放送作家」という職種の将来性に不安を感じ、コネを利用して「作詞家」というジャンルに足を踏み入れていく。1981年にはアルフィーの「言葉にしたくない天気」という曲で作詞家デビューし、1982年には私の大好きな曲のひとつでもある稲垣潤一の「ドラマティックレイン」の作詞をしているから、「特異な才能」があったことは認めざるをえない。

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 「秋元康」論に長居はしたくないが、1987年には長者番付「その他」の部門で16位となり、「1億円」以上の納税をしている。ここまでくると「次元」が異なる。1990年にはあの「川の流れのように」で作詞家としての地位を不動のものとしている。ここからがすごい。2005年に東京秋葉原で「AKB48」を立ち上げ、総合プロデューサーに就任、専用劇場で「会いにいけるアイドル」を標榜しスタート、たった5年間で国民的アイドルとしての「地位」を作りあげてしまう。ここまで来ると「先見の明」というか、若者たちの多くが「何に渇望し、何を求めているのか」に敏感だったことが良く分かる。

 ただひとつ、彼が調子に乗って青山に和食パブ「うんこや」を開店しているが、わずかな期間で「閉店」している。ざまあみろ、調子に乗るな!ここで「秋元康」論は終了するが、今回のテーマは「ヘビーローテーション」という言葉とその実態についてだ。

 「ヘビーローテーション」はheavy rotationと書くが、短期間に何度も同じことを繰り返すという意味があり、本来はラジオ局が推薦曲を繰り返し放送するという意味で、実際に使われていたらしい。しかし、単純に「ヘビーローテーション」という言葉はその歌詞に表現されているように、恋の気持ちと恋の発展を詩に描いている。

I want you!I need you! I love you!

ポップコーンが弾けるように 好きという文字が躍る 

顔や声を想うだけで 居てもたってもいられない。

 私の若いころを思い出しても「恋」をすると、心の中が同じ思い繰り返す「ヘビーローテーション」になることは実体験がある。本当に好きな女の子のことが頭を離れないし、妄想は拡大し継続していく。音楽もそうだし、恋をしている時に気に入った音楽は、周囲が呆れるほど繰り返し聴いてしまう。私の場合はシェリーフェブレイの「ジョニーエンジェル」とシルビーバルタンの「アイドルを探せ」それとポールモーリアの「シバの女王」そしてピンクフロイドの「原子心母」だ。まさに18歳から22歳の本気の恋心の時にこの曲を聴いていたので、私にとっては「恋のバイブル」のような曲だ。

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 その他、テニスももう52年間繰り返し楽しんでいるし、看護師時代の三交代勤務はまさに身体的にもハードだったし「ヘビーローテーション」とも言える。後、一番繰り返し見ている画像は「マルセロ・リオス」と「マルチナ・ヒンギス」の録画ビデオだ。私が左手でもテニスをしたくなったのは、明らかにサウスポーだったマルセロ・リオスの軽やかなエキセントリックなテニスに影響されている。最近は「アルトサックス」の練習をもっとヘビーにしたいと思っているが、これはなかなか思い通りにいかない。後、毎晩のビールの晩酌もヘビーローテーションになりつつあるし、少しは肝臓への負担も考えないといけないなあとは心の何処かで思っている。

 三度の食事も人間にとってはヘビーローテーションだし、何事も「繰り返し」ながら生き続けているのが人間の「性」でもあるが、ポジティブで人間性の育成に役立つものであればいいが、最近の世の中はゲームの中のバーチャルリアリティーの世界がそのまま現実世界に「事象・事件」と現れてしまっていて、本当に肌寒い気持ちにさせられてしまう。

 人間にとっての最大の罪悪的なヘビーローテーションは「戦争」「殺戮」「虐殺」だ。「イスラム国」の樹立を妄想している人たちは「自爆テロ」を平気で行える人たちの集団だから、あの世での「イスラム国」の樹立が本望だから、この世での「テロリズム」の無限連鎖を平気で平然と行える人たちだ。もはや「巻き添え」を避けるということができない、いついかなる場所で爆発が起こるかわからないし、そんな世界がまたまた引き金となって大きな「第3次世界テロリズム戦争」が起こらないとも限らない。

 人間はいい加減に「歴史」から学び、同じ「ヘビーローテーション」を繰り返さないように学習すべきだし、「恋愛の世界」においても「快楽」に自己喪失をせず、ストーカーなどの「異常なローテーション」に自分を置くべきではないと学習してほしい。恋愛とは相手の異性の「心を開き」「ハートを射止める」作業だ。心してほしい時代だ!!!

PS:昨日土曜日はテニスクラブ「ラブ」の水河亭での反省会があった。メニューはTAKACHANの希望で「冷やしそうめん」と「餃子&きのこ野菜炒め」を作ったが、メンバーの仲間のMITUCHANが「もやしの料理」の作ってくれた。美味しかった。来週は「大腸ポリープ」の手術明けなのでテニスはお休み。水河夫妻が「うまくいくようにね」と声をかけてくださった。復帰は再来週かな??
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by taira710 | 2014-08-24 11:04 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「気象予報士」は「科学」を根拠にしている職業ではないことを自覚せよ!!

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 気象予報士」はなかなか個性的である。でも、人生は本当に「晴れ」なのかなあ??

 「天気予報」って本当は「アテモン」じゃないの???


 家内の和美さんには大阪にも友人が何人かいて、「展覧会」や「いろんな催し物」や「万博」などに一緒に出かけたりしているので、「お天気」にはとても関心がある。私は「テニス」が何よりも生きがいだし、「アルトサックス」のレッスンに行くのに、さすがに高級品なので「雨」にならないように祈っている。そんな時、私も和美さんもよく「天気予報」を見ることが多い。

でも、本当に「天気予報」を担当している「気象予報士」は「天気予報」は科学的だとちゃんと確信・自信を持っているのだろうかと疑問に思うことがある。各局・時間帯によって本当に個性的で、語り口や聞き心地が様々で、心から気持ちよく聞ける気象予報士と、なんかすぐチャンネルを変えてしまいたくなってしまう人もいる。勿論、私はおっさんより美人が好きだ。きっと、自分のいろいろ予定している日が晴れることを願っているので、なんとなく頼りなく聞こえる人や声のトーンが合わないと、最後まで聞かない。

それにしても、気象予報士の資格を持っている石原良純が言っていたが「気象予報士」の資格取得はなかなか難しいらしい。ほんまかいな?確かに広範囲の勉強はしなければならないだろうなあとは想像がつくが、国家試験科目をチェックしてみると「大気の構造」「大気の熱力学」「降水過程」「気象現象」「気候の変動」「気象業務法その他の気象業務に関する法規」や「観測の成果の利用」「数値予報」「長期予報」「気象災害」「予想の精度の評価」などになっている。以上の学科試験とともに「記述式」の実技試験がある。これはなかなか難しそうだ。「気象概況及びその変動の把握」「局地的な気象の予想」「台風等緊急時における対応」などの課題があり、それぞれに75分間の記述が要求されるようだ。でも、何か物足りないというか、「新しい発想」を生み出す科目がない。

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でも、皆さん思いませんか?こんなレベルの「勉強」をしていたら、「気象学」に関しての基礎学力だけを養成していて、まったく、今、問題視されている「異常気象」を科学的に分析しようとする「学問」が余りにも少なく、もっと「創造的」「天才的」「オリジナル」な分野の学問が必要ではないかなあと感じませんか? それこそ国際宇宙ステーションが実際に宇宙空間に存在しているし、「宇宙飛行士」がいるんだから、もっといろんな地球の表面での空間状況が科学的な数値として導き出され、「科学」としての「予報」ができるようになるのではと思っているが・・・気象衛星「アメダス」は現状と「予想図」を導き出しているが、「台風」の進路にしろ、「停滞前線」の進路にしろ、頼りなさと、ただの「予想」に過ぎないと感じてしまう。

言い換えれば、最近の異常気象における「気象予報士」の言動を見ていると、異常気象の「事後解説」をしているだけで「予報」の要素は、「逃げ道」としてかなり広範囲に「予報言辞」を弄しているだけと感じることが極めて多くなっている。「気象予報士」という名称の国家資格より「気象解説者」という名称に変えてしまったほうがまだ納得できるように思っている。

先日も尾道・しまなみ街道・今治・琴平・丸亀と旅行をしてきたが、その前日にテレビで放映されていた西日本の「週間天気予報」見事に外れていた。こんだけ「いい加減な予報」を続けながら、これが「気象予報士」の限度なんだと居直られているようで、何とも仕様もない仕事・職種だと思ってしまう。もっとプライドと新しい「発想」と科学的資料から答えを導き出せる「分析能力」を身につけてほしいとつくづく思ってしまう。

それにしても「天気予報」の歴史ってどうなっているんだろう。小さい頃「ヤン坊マー坊の天気」というテレビの声が未だに耳に残っているが、あの頃は天気予報が当たれば当然のように思っていたし、予報が良い方に外れれば「ラッキー!」と思っていたし、悪い方に外れれば「ついてないなあ!」と自分の運の悪さを嘆いていた。でも、「21世紀の天気予報」は幼い子供心に付け入るような「天気予報」では困るのだ。「明日天気になあれ!」と願いをこめて、下駄を自分の足から飛ばして、表なら「晴れ」裏だったら「雨」とかいう「遊び」もよく楽しんでいたし、遠足の前には「てるてる坊主」を軒下にぶら下げたりしたこともある。「天気」は子供心に「願う」ものだと思っていた。

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「桜井 勉」という人物が日本の天気予報の「創始者」とされているらしい。1843年に兵庫県出石町に生まれ、学問を深め、明治時代の行政官として活躍、内務省地理局長時代には全国の気象測候所の創設を働きかけ、「気象観測網」の基礎を築いたとされている人物だ。・・・・・・今、テレビでは「広島県」の豪雨による土砂崩れと悲惨な被害状況を報道しているが、広島県に一番最初に気象測候所が設置された歴史を考えると、「家を建てるときは、その周囲の環境整備も建設会社、工務店の責任範囲にすべきだと思う」余りにも安易に山を切り開き、新興住宅地を増設しすぎだと思う。

「天気予報」はもちろん国営「気象庁」が中心に執り行っているが、「科学的根拠」に基づいていると思い込んでいる。19世紀に「近代気象学」の礎ができたが、実は「数値予報」が台頭してくるまで、「予報官」の経験に左右されることが大きかったというのが事実で、それ以上に漁業や農業に携わっている人たちの「体感的経験値」の方がさらに「確率」が高かったというから、まだまだ「発展途上」という分野なのか???

「天気予報」には4つの要素で構成されているという。「晴れ・雨」などの「カテゴリー予報」、雨が何mm降るかなどの「量的予報」、降水確率などの「確率予報」そして「天気図」である。

もちろん「スーパーコンピューター」を活用しての「数値予報」があり、GTS(全球気象通信システム)や「ADESS」「AMDAR」などの情報ネットワークが整備されているのは事実だ。でも、「ゲリラ豪雨」「あられ・ひょう」「熱帯夜・猛暑」「竜巻」「台風」さらに「土砂崩れ」など危険地域が指定されているにもかかわらず、そこに住み続けている人間の悲しさ・・・・ハザードマップで「特別警戒地域」に指定されると、家の価値が下がるので、住民が同意しないのです。

 今、もう「地球規模」で「異常気象」が発生している。気象予報士は本当に地球が「生き物・生命体」であることを理解しているのでしょうか。「バックビルディング現象」「エルニーニョ現象」「ラニーニャ現象」「サイクロン」「ハリケーン」「AO-北極振動」「NAO-北大西洋振動」・・そして「地球温暖化」こんなにも気象を左右する要素があるのに、それをすべて「数値解析」して「天気予報」の確率をあげる。現在、公表されている気象庁の天気予報の「適中率」は65%から82%の幅で変動しています。正直、気象予報士は「カオス理論」なり「バタフライ効果」という言葉を安易に口にするらしい。初期のわずかな変化が思いがけない方向へ発展していく「気象」という地球規模の現象は100%適中させることは「不可能」であると・・・・・それじゃ・・

 私たち「気象予報士」は「天の神様」の能力には太刀打ちができません。ただ、起こるであろうことの予測と、起こった後の「気象解説」しかできません・・と身の程を知るべきだし、「狭い」と「短時間」の予測は難しい・・あれだけ鮮明にリアルな天気図がモニターに描き出されているのに大きな災害が起こると予測できない「想定外」を捕らえきる予報ができない。なんでやねん、気象予報士が過小評価してるだけのことじゃないの!!!こんないろんな異常気象が連続して死者がでれば、住民に対して責任のある自治体は、余りにも早期に「避難勧告」を発令しすぎて、逆に「おおかみ少年」に陥ってしまう恐れがあります。

 人間が「自然」をコントロールできると思い込んでいる傲慢さ、快適な環境を自分の周囲に作ることを望みすぎて、そのことの「総体効果」が気象に影響を及ぼしていることをそろそろ各自が自覚していいのではないでしょうか。「まだ、よく分かっていないのが現状です」・・と気象予報士の一人でも言っていたら、自分の命を守る「感覚」は自分自身が保持すべきです。

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by taira710 | 2014-08-22 20:42 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

腎臓結石の次は「大腸ポリープ」オーバーホールの時期が来ている!

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 いよいよ「下部消化管内視鏡検査」の前日準備がはじまる。「腸相」という言葉があるくらい人間にとっては「腸」が大事やねんで!! 

  検査の結果は・・・・・ありゃりゃ、なんじゃこれ?   


明日の13時半から「大腸・小腸ファイバー」の検査がある。ところが、この下部消化管内視鏡検査というのは「前日」からかなり「ハード?」な「前準備」が必要だ。腸管に中にカメラ付きのファイバー(内視鏡)を通して、腸管の粘膜をすべて肉眼で観察していくから、便や不消化物の「異物」があると「検査不能」になるというのは十分に想像できるし検査ができない状態というのは被験者にとっては「最悪」である。

 前日準備は「夕食」から始まる。夕食は「午後6時」と時間指定があるし、「普段の食事良いですが、消化の悪いものは避けてください」とある。控えてほしい食物のリストは「ええっ、どうして?」と首を傾げてしまうものが多い。海藻類やきのこ類、こんにゃく等は不消化物として腸内に残るので、それは控えてほしいと考えるのは分かるが、「たまねぎ・きゃべつ」も繊維が残りやすいのかダメ、更に「トマト・スイカ」などは「種」が残りやすいので控えてほしいリストに入っている。キャベツがダメなら「レタス」もダメなんじゃないの?「青梗菜は?」・・・・

 和美さんが準備してくれた食事は「炊き立てのご飯」と「シャケの切り身」「ジャガイモサラダ」「にんじんの煮物」だった。ビールは勿論禁止されているしスポーツドリンクはダメだから、「鈴鹿山麓の天然水」を買いだめしているので、コップ3杯は飲んでいた。夕食後は午後9時まですることはないが、明日は9時までに「済生会吹田病院」に行き、腸管洗浄液を服用して、検査開始時間は「1330分」だから、4時間30分待たなければならない。トイレ往復も繰り返さなければならないが、こんな待ち時間は何か「集中」できるものが欲しい。スマホで音楽を聴いているのもいいが、グルメ関係は空腹感が強くでるだろうから不適、やはり「推理小説がいいなあ!」と思い立った。

 まだ午後7時過ぎだったので、安威川図書館の閉館時間まで少し時間がある。早速図書館に自転車で行くが、この8月に借り出した江戸川乱歩賞受賞作品の渡辺容子の「左手に告げるなかれ」と桐野夏生の「顔に降りかかる雨」はなかなか面白かった。それまで借りていた本もついでに返却しに行ったが、推理小説は参考資料がないとなかなか選択するのが難しい。図書館の司書のスタッフに「江戸川乱歩賞受賞作の一覧とかないでしょうか?」と問いかけると「しばらくお待ちください」と言われ、その間、本棚の小説部門をいろいろ見ていた。すると先ほどの年配の司書の方がプリントアウトした紙を数枚持ってこられる。何とインターネットで「江戸川乱歩賞受賞作」のウィキペディアを印刷してくれていたのだ。選択するのに非常に助かるし、これからも活用できる。

 リストから選び出したのは藤原伊織の「テロリストのパラソル」曽根圭介の「沈底魚」更に江戸川乱歩賞の受賞歴のある遠藤武文の「トリックシアター」と東野圭吾の「真夏の方程式」を借りた。和美さんは「東野圭吾は文章に文学的要素がなくてシンプル過ぎるから好きになれない」と講評していたことがあるが、私は「容疑者Xの献身」がかなり面白かったので、「題名」が気に入って選んでしまった。

 どの本から読み出すか決めていないが、若い頃は「推理小説」でも3冊並行読みした経験があるので、2冊は持参したいと思っている。もう「夕食」は終わったので、1330分からの「約3040分」の検査が終了するまで「水・お茶」以外は体内に入れることはできない。午後9時になり、「マグコロールP」という前処置用下剤を服用する。なんかサイダーのような味がした。200ml以上の水に溶かして服用したが、飲みやすくはしてあるが、効果のほどはどうなんだろう。午後1030分そろそろ横になり、まずは曽根圭介の「沈底魚」を読み始めてみよう。その前にピスコルファートNa(下剤)を「寝る前」に服用とある。すぐには入眠はしないが、服用忘れはまずいので、先に服用してしまう。

 しばらく本を読み始めていたが、ものの10分もたたない内に眠たくて仕方なくなってしまった。きっと旅行やテニスの疲れが出てきたようだ。夜中は1時すぎと4時半の2回、目を覚まし「トイレ」に行った。腹痛もないしありがたい。目覚ましは7時に合わせていたが、6時半には目が覚めてしまった。「熱帯夜」というほどでもないが「扇風機」をかけていないと暑くて寝ていられない。7時にもトイレに行ったが、その直後に体重を測定して、さぞかしすっきりして体重が減っていると予想していたのに、なんと「66.3kg」で水分を次々と入れているので現状より多いくらいだ。ちょっとショックだった。8時「ガスモチン」(消化管の運動促進剤)を服用した。いざ、診察券と予約書類と「水分(お茶)」と本2冊とスマホと現金を準備して、病院まででかける準備だ。今日も暑そうな一日になりそうだ。お腹がしきりと反応している。

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 今日は「内視鏡検査」と分かっているので、余計なものは身につけておきたくない。ノーパンにジャージ&Tシャツの服装、準備品はOK、いざ自転車で出発。済生会吹田病院の外来は人で溢れている。内科外来に「受付表」を提出すると「認識リストバンド」を左手首につけられる。9時前に「内視鏡室」に呼ばれて、検査に適した腸の状態にするための「腸内洗浄」に関しての説明を受ける。洗浄液は「ムーベン」2L・・・・一気に飲み干すのではなく2時間かけてゆっくりのみ、腸内を洗浄するとのこと。もう直ぐに飲み始めてくださいと指示される。内視鏡室に「ロッカー」も設備されているし、トイレも3室用意されている。最初の一口・・・「う〜ん、まずい。ポカリスエットをかなり不味くした味」・・これを2L・・・きついなあ!でも、腸内を綺麗にしないと・・・333ml20分かけて6回服用し続けないと2Lは飲みきれない。

 何と検査開始までに11回もトイレに行き、その内3回目と6回目は看護師さんに「観便」してもらわないといけない。自宅から「お茶を薄めた水」を持参してきていたので、ムーベンの中途半端に甘ったるい味の口直しにとても役に立った。こんな時推理小説は時間を忘れさせてくれる。午前1120分に「OK」の指示が漸く出て、後は13時半まで外来での「待機」だ。それにしても、内視鏡検査室には次々と患者さんが来られては「腸内洗浄液」を服用し始める。看護師さんに「今日は多いんですね」と話しかけると、多いときはこの倍は来られるんですよとのこと。介護福祉士をされているWATANABEさんは50代かなあ、もう介護士を17年続けられているとのこと。私は特養の医務室での経験があったので、いろいろ話をさせていただいた。健康診断で引っかかって今日はじめて「内視鏡検査」に来られたとのこと。79歳になる年配の女性は「腹痛」がひどくて受診したら「胆石」が見つかり、念のために「大腸の検査」をしておきましょうということになったと話される。でも、普段からそんなに飲み物をガブガブ飲む習慣がないので、2Lの飲用はとても苦しそうである。

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 1320分、看護師さんに呼ばれて「お尻側に穴の開いた紙パンツ」に履き替え、プライバシーの確保のための「タオルスカート」を履いて、検査室に入る。約束どおり女医の田中先生が担当だった。「田中先生で良かったですわ。お尻の穴見せるのに信頼できない先生やったら恥ずかし過ぎるから!」と話しかけると看護スタッフも笑っていた。まず、肛門および腸内に「表面麻酔液」を吹きかけて、抵抗なくファイバーが肛門内に入ってくる。「モニター」はとても見やすい場所に設置されていた。自分の「腸」の中を見るなんて初めての経験・・・まるで「ホルモン」だ。・・・時々腹圧を感じるが我慢できないほどの苦痛では決してない。・・「ああっ、これヤバイなあ」「そうですね。大きなポリープやね。場所があまり嬉しくないね。S状結腸の曲がり角やね。今日採るにはちょっと大きすぎるなあ」・・・・「これは23日入院してもらったほうが良いかなあ」・・・どんどんファイバーは進んでいくし、丁寧に細部まで点検してくださっているのが良く分かる。

 私が「看護師&救命救急士」で「中学校の介助員」をしていることを話すと驚いておられたが、「私が死に掛けたら助けてね!」なんてユーモアもある。検査は40分ほどで終了。あの「ポリープ」はやばいと感じたので、「生検」を依頼し、25日には始業式があるが、早期の手術を依頼し、「27日入院OP」と決定した。また、今日と同じ腸内洗浄液2Lの服用が苦痛だが致し方ない。大腸ポリープは「癌化」する恐れが高いし、がんの死亡率の第3位だ。嫌な存在は切り落としておいたほうがすっきりする。ただ、暫くはテニスなどの激しいスポーツは禁止ですよと言われた。会計は¥10310円もした。・・・・高いなあ!

 15時過ぎに自宅に帰ると和美さんが「掃除」をしていた。「ただいま! 27日から3日間入院や。でっかいポリープがあったんや。生検もしてもらったんや」「そう、27日までに準備するもの教えてね。人間、永遠に生きられへんねんから。いつでも覚悟しときや!」「わかった、わかった、それよりも腹減ったから飯食わしてくれや!」・・「はい、はい!」

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by taira710 | 2014-08-21 17:26 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

1368という「数字」から金比羅宮を連想できるか? 丸亀はいいね!

2014-08-19 さあ、第3弾 まだまだ続くよ!!!

 1368段の「金比羅宮」はなかなか面白かった。歴史を感じる。

 そして、「丸亀城「讃岐」が一望できる・・・ そして「姫貝」?


今治でYOSHIIと別れた時、14時を回っていた。今日の宿をどこにしようか思案していたが、まあ「金比羅山」を登りに来たから「琴平までいっちゃえ!」と決断した。多度津から琴平線に乗り換えないといけないが、多度津でしばらく時間があった。30分ほどあるので「この近くに本屋さんありませんか?」と尋ねると「構内にある本屋だけですね。ちゃんとした本屋は2キロ離れていますわ」とのこと。なんとも多度津は寂れたというか、半分死にかけているような町に感じてしまった。生気と活気がなさすぎる。

 琴平まで切符を多度津で購入したが、自動販売機で2種類の値段の切符が販売されている。「ええっ、どういうことや、たった3駅しかないのに、何でや?」訳わからず、目を近づけてよく読むと「特急券込みの値段らしい」・・・駅員に尋ねて、やっと意味が分かった。多度津にも金刀比羅にも特急が停車するからだ。なるほど・・・・比較的スムースに琴平に到着したが、かの1000を超えるような階段がどこにあるのか、車内から探していてもさっぱり分からない。でも、ここに来るまで「スマホ」でこの付近のホテル・宿を検索していたが、2万〜3万という高額ばかり・・・「う〜ん、困ったなあ、琴平に安いホテルが無ければ、多度津にでも探すか」・・駅前に下りて、まずは「観光案内所」・・年配のお父さんが一人いるだけ。「今日泊まれるホテルか民宿ないですか?」「今日ですか、どこもいっぱいやからなあ」・・・・・と言いながら電話をどこかにしてくれている。

 しばらく会話されていて「ちょっと前にキャンセルが入ったらしいですわ」「琴平リバーサイドホテルという名前です。歩いて5分ほどです」と説明してくれる。こんなこと、去年の日本列島縦断旅行の時も耳にしたよなあ・・・そうだ、会津若松の東横インだ。電話している時に、最初断られたのに、電話中に「しばらくお待ちください」と言われて「キャンセルが先ほど出たようです」と宿泊が可能になったことがあった。歩いて5分、大きな石の鳥居を左に曲がると、まさに「リバーサイド」の川のそばにそのホテルはあった。ただ、20メートルも離れていない場所に「ソープランド」の大きな看板があってビックリ、なるほど「巡礼の旅」と「遊郭」は人間のどこかで繋がっているのかもしれない。むむっ!

 ホテルにチェックインして、シャワーを浴びた後、レンタサイクルを借りて、近隣を巡るが、なんとオープンしている飲食店の少ないこと。空腹感も感じ始めていたので、何とか美味しそうな雰囲気の良さそうな「店」を探すが、もう全く見つけられない。やっと1キロほど離れた場所に大きなスーパーマーケット「マルナカ」があり、そこで巻き寿司・いかテンプラ・カップヌードル・ビール2本等を購入して、ホテルで食事することにした。帰りに「本屋」にも巡り合えて「まっぷる四国・800円」も購入することができた。階段の上り口も確かめたので、明日は楽しみだ。ビールを飲みながら、ホテルの部屋でブログの「原稿入力」をしていたが、昨夜の飲み会、朝からの旅の行程・4キロを歩き通し、PCに入力作業をしていると、2本目のビールを飲んでいる最中から、もう眠たくて眠たくて、もう周囲を散乱させながら、「洗濯」する気持ちもなくなり、ベッドに横になって、そのまま翌朝まで覚醒なく寝入ってしまった。

 朝、外は明るい・・・・やったあ、また晴れの天気や!福知山は大変な水害になっているニュース・・・本当に私は「旅の天気」にとことんついている晴れ男だ。ホテルの窓から青空と雲の明るさから日の出の時間だと分かったので、急いで「金比羅宮」を目指す準備をして、フロントでレンタサイクルを借りて、ペットボトルだけ購入して、出発地点の階段の下に坂を見上げながら、立ち止まる。「よっしゃ、上るで!」時計を見ると朝の「549分」明るい太陽を背中にしながら登り始める。階段の両側の御土産屋さんの店々はまだ開いていない。早起きして階段を上っている人は、中学生くらいの年齢のクラブのメンバーが「鍛錬」のために階段を次々と上っている。往復しているメンバーもいる。野球メンバーもいたが、ここはスポーツの「合宿所」になっているんだ。階段がある!

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 後ろを振り返ると、琴平だけではなく、讃岐と呼ばれる地域がどんどん広がるように見えてくる。私の前を若い3人がしきりに話したり、スマホで「先生、今どこですか?」など連絡している。丁度、一息つこうとしていると、メンバーも休憩して「写真」を取り始める。私は自分もよくお願いするが、女性3人だから「写真取りましょうか」と話しかけると笑顔でお願いしますと返ってくる。こんなきっかけを作ると簡単にコミュニケーションの糸口がつくれる。「先生」とか言っていたので「看護師とかの医療関係者」かなあと思っていたが、なんと「幼稚園の先生方」だった。3人組の中のお一人はかなりの美人先生だった。でも、女性のペースに合わせて上っていられない。3人組の「シルエット」だけ撮影させてもらって「これだったら肖像権の侵害にならないでしょう。シルエットの方が良かったりして!」なんて冗談を言いながら別れました。再会は無かったです。

 300段〜400600段〜785段の「金比羅宮」の「ご本宮」に到着です。階段はかなり「急」なので、階段の途中で振り返ったり景色を眺めようとすると、ちょっと怖くて危険。今回の目標は「白峰神社」でもなく、もうそれ以上の階段の無くなる「奥社」の1368段だ。水分補給して、一気に上り続ける。鬱蒼とした森の中の道を進むようで、樹齢1000年を超えるような大木があちこちにある。あちこちの石が苔むしていて、時の流れと歴史を感じる風情を強く感じてしまう。「ご本宮」までの階段とぜんぜん違っている。もうひとつ気持ちの良いことは、出会う人出会う人が「おはようございます」と元気に挨拶してくれるし、私が挨拶するとちゃんと挨拶が返ってくることだ。心穏やかな人が多いんだ。

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 「奥社」までの1368段を上りきった時間は「631分」でした。「42分間」で上りきったことになる。なかなかいいペースだ。息切れすることも無く、景色を楽しみ、とても穏やかで清清しい気持ちにさせてもらった。奥社でも女性2人組に出会った。写真を撮り合って「まだ、この先に裏階段が100段ぐらいあったら面白いのにねえ!」と話しかけると大笑いしてくれました。私はフラッシュをたいたのですが、スマホはあの逆光でラッシュが作動しなかったですね。女性の顔はほぼ真っ黒でした。

 下りは楽でしたねえ。ご本宮には「下向道」の文字が・・・・大事なことだ。きっと多い時は、もっとたくさんの人が上ると思うが、上からも人が下りてくると確かに危険だ。いつから下り専用階段を設置したのか知りたいくらいだが、この「対策」は素晴らしい。

下の上り口に降り立った時間は「715分」下りの所要時間は写真撮影の時間も含めて、40分間だった。空腹を感じていたが、まだ飲食店は開いていない。仕方が無いので、昨日UFOも購入していたのでファミマでミニ・マヨネーズとロースハムと缶ビール2本を購入して、ホテルで食事。チェックアウトの10時までブログ原稿入力をして、ホテルのスタッフに許可をもらって、ロビーのマッサージ器に腰掛けながら、昨夜購入した旅の雑誌を読み、「今日のプラン」をどうするか検討していた。「琴平電鉄」を利用すると高松方面に行けるが、そんなに「高松」には興味が無い。さらに、岡山行きの特急は瀬戸大橋ができてから「高松」を経由しなくなっているので、また戻らないといけない。やはり「丸亀城」を今日の目的地にすることに決定。ホテルを出たのがもう12時前になっていました。今朝看板が気に入っていた「宗家・金比羅饂飩」という店で昼食を摂りました。「金比羅饂飩」具の味も最高で、文句なしでしたねえ。うまい!!

 琴平から特急「南風12号」に乗り、「丸亀」で下車。もちろんレンタサイクルで行動する予定をしていたのに、観光案内で確認すると完全に朝から出払っていて1台も在庫が無いとのこと。ロッカーも空きなし。JR410円で預けられないことはないが、丸亀城まで10分ほどの距離だから、荷物を背負いながら、アーケードのある商店街を通りながら丸亀城を目指す。商店街を抜けると、すごい高さに頑強な城が聳え立っているといった印象。これは「堅固な城」だ。かなり急坂を荷物を背負いながら登るのは大変だったが、上まで上ってみて、そこからの視野の広さは圧巻でしたね。下りは怖いくらいだ!!

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 帰りに「丸亀城観光案内所」に立ち寄りました。理由は「じゅうじゅう」というおっさんのようなキャラクターと写真が撮りたかったんですが、「イベントの時にしか登場できないんですよ!」でも、その親切な女性は「このマスコットぬいぐるみと一緒に写真撮ってあげますよ」と売り物のぬいぐるみを小道具のように持たせてくれて、いろいろ角度を変えて撮影してくれたんです。嬉しかったですね。そして、78歳のおじいちゃん、丸亀は昔「手作りうちわ」で有名な都市でした。今、みんなプラスチックのうちわで、竹からうちわを作れる本職の人が一人もいないので、そのおじいちゃんが「手作りうちわ講座」のスタッフをされているとのこと。伝統は大事だよね。

 丸亀を特急で出発したのは1503分でした。岡山で新幹線に乗り換え自宅に到着したのは17時ジャストでした。和美さんが「サンドイッチ」を作ってくれていました。これから2時間のテニスに行きます。和美さんはただただ呆れていました。楽しい旅が終わりました。

PS: 今回のお土産は金比羅山の麓の酒屋さんで購入した「かめ焼酎・金比羅」と丸亀の商店街でであった「赤澤海産物店」の大将の赤澤さんおすすめの「魚やえびの乾物」です。「姫貝」は高級品です。丸亀に行けば必ず立ち寄りたい店になりました。

 

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by taira710 | 2014-08-20 08:44 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(1)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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