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「大阪弁」は愛すべき言葉だ・・・そこには「愛」と「生活」があり「覚悟」がある!

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 けったくそ悪い」は「卦体糞悪い」と書く

貴方は「占い」を信じますか?じゃなくて、「大阪弁」を解剖してみよう!!


 「全国大阪弁普及協会」という団体があり、そこでは「大阪弁10箇条」なるものを発表していたり、様々な大阪弁の成り立ちの解説をしている。私は兵庫県の西宮市霞町が本籍で、今の「夙川」という桜の名所の近くで生まれたが、もう幼児の時に両親の都合で大阪市西区立売堀に引越しをした。立売堀では「食料品店」を開いていたが、なぜ、そのような店を開こうとしたのか・・もう両親は二人とも亡くなってしまっているので尋ねる術はないが、本当に知りたいなあと思う。まあ、そんなことよりも、もう4歳か5歳頃から「大阪弁」に触れ始めたので、それから62年間近く大阪西区・東住吉区・天王寺区と転居し、結婚してからも「摂津市」という大阪圏に住み続けているので「大阪弁」は心底、身体に沁み込んでいる。


 そんな「大阪弁」を極めて当たり前のように日常会話に使用しているが、大阪弁は他府県の人たちが耳にしても、外国人が喋っても、かなり「存在感が強い」言語という印象がある。どこの外国人でも「大阪弁」を喋っていると、それだけで「親近感」が沸いてしまうし、「付き合いやすい外人やなあ!」と感じる。今、NHKの連続テレビ小説「マッサン」では主演のアメリカ人女優「シャーロット・ケイト・フォックス」が小説の舞台となっている大阪府の住吉と山崎、広島の竹原
、スコットランドのグラスゴーなど様々な地域の言葉に挑んでいる。当然「大阪弁」「広島弁」「北海道の余市弁?」「スコットランド・イングリッシュ」の世界での話しだから、「言葉の問題」は大変だと思う。彼女には台詞をすべてローマ字入力し、その言葉の下には英語の意味を追記し、外国人に話し辛いイントネーションや間にはハイフン「-」をわざわざ入力したりしてくれる専属の言語サポーターがスタッフの一人として参加している。この専門家の助力なしでは「エリー」をこれほど見事に演じことはできないだろうと思う。それ程「言語習得」は一から始めるのは大変なことなんだと思う。


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 不思議なことに「言葉」は身体に染み付いているので、今更「標準語」が喋れるようになりたいとか「広島弁」や「津軽弁」を喋れるようになりたいとは本当に思わないが、俳優という職業人にとっては、かなり「この壁」を乗り越えなければならない機会が多いんじゃないかなあと「感心」してしまうことがある。その中でも「大阪弁」はなかなか難しい「言葉」だと思う。よく引き合いに出される「ちゃうちゃうちゃうちゃうとちゃうんちゃう」なんて言葉の意味が直ぐに理解できるのは「大阪圏」に生き続けてきたからこそだ。俳優だけに限らずサラリーマン社会でも人事異動で地方に異動することはザラにある。松山に赴任すれば「伊予弁」だし、和歌山に赴任すれば「和歌山弁」だ。地方に赴任するだけで、もう「大阪弁」のニュアンスが違っていく。そんな「大阪弁」に精通しているつもりでも「大阪弁辞典」などを紐解くと、大阪人として生きてきたのに、「ええっ、この言葉にそんな語源があったんや」と思うことに結構遭遇する。


 それにしても「大阪弁」って、改めて調べると「おもろいわ!わろてまうで!」に始まり「ほんまかいな、うそばっかりいうて!」までさまざま、ただ、かなり困ることはワードに「大阪弁」を入力してもうまいこと「漢字」と混ぜて正しく変換してくれることがまずない事や。例えば「おもろいで」は「面白いで」とならないし「わろてまうで」も「笑ろてまうで」にはならない。「なにしてんねん」なんか「何し天然」になるから手間でしゃあない。「そんなことでけへんわ」「そんなことできるかいな」もよう使うなあ。「あのなあ」なんて親しい間柄やったら「連発」することもある。

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 しかし、よおく考えてみたら、よくこんな大阪弁で「相互疎通」ができるもんやなあと感心することがある。「しゃあないなあ」「なにが、しゃあないねん」・・これが「仕方がない」という意味なんて、一体どの時点で覚えてしまったのか。この「しゃあない」「しゃあないで」にはいくつかの思想的基盤が見え隠れする。これを単純に「諦念(あきらめ)」の言葉としかとらえきれないとそこには面白みがない。ひとつは「人生ってそうゆうもんや」とちょっと「達観」した意味合い、そんなことでクヨクヨしてても始まらんやろと相手を心理的に元気づけている。もうひとつは「ケ・セラ・セラ」「なんくるないさあ」「明日があるさ」すべてに共通する「今更じたばたしてもしゃあないやん、後はなるようになるがな」と人事を尽くして天命を待つという「潔さ」の世界だ。

 みつつめはこれがまた良い「ニュアンス」だ。この「しゃあない奴やなあ、分かった、いっちょうやったろか!」と「開き直りの凄み」のある言葉として響いてきた時だ。大阪人が開き直ったら、ある意味「狂犬病」のようなものだ。敵陣に切り込んで討ち死にする場合もあるが、最後まで諦めずに「生き残る」タフさを含んでいる。「本気にさせたら怖いで!」と思わせるところがええねん!仁侠映画の「死んで貰います!」の高倉健のセリフにクラクラする大阪人体質、「ダイハード」のブルースウィリスのタフさに笑いながら感動してしまう「大阪人の自分」、超人でないことは十分に理解しているが、「とことんやったろやないか!」と「Expendables(消耗品)」には消耗品の心意気があるんだという「反骨精神」・・・・・大阪弁はただ笑いの素材として喋ってるん違いまっせ。こんな深い言葉やいうことちゃんと分かっといてや!!!


「はよしぃな」といい始めて、それでも遅かったら「はよせんかい」と怒鳴りつける。標準語だったらどのように変化するんだろう。正しくは自信がないが「早くしてください」が「早くしてくださいませんか」とより丁寧に強い語気に変化する程度の「怒り」を込めるのだろうか?大阪人が心配して、大阪弁を知らない女性に声をかける「いったい、どないしてん、どないしたんかいうてみい!」なんて言われたら、そら相手は脅かされてるみたいでビックリするやろなあ。

 大阪弁はなかなか深い。けど正直あんまり綺麗な言葉とはいえんけど、ひとつひとつの言葉に「含蓄」がある。例えば、大阪弁というよりは「関西弁」と言うべきか、三重県の四日市なんかでもよく使用しているらしいけど「けったくそ悪いなあ」なんて言葉がある。漢字に直すと「卦体糞悪い」という「当たるも八卦」の「卦(け)」という字を使っている。

この言葉は「卦体」が「占いの結果」の意味で、その結果が悪かったので「気分が悪い」「縁起が悪い」「ムシャクシャする」といった気分をストレートに発散するときによく使う。

語音に「クソ」が入っているので、それはそれは「汚い言葉」に聞こえてしまうし、言う本人も吐き出したい一心だから汚い言葉にもなってしまう。


 普段何気なく喋ってる「大阪弁」を「けったくそわるい」という言葉に出会って見直す機会にしたが、確かに「含蓄」があるし、「生活臭」がプンプンしてくる。ニュアンスもいろいろと使い分けている自分がいる。それが、不思議と相手に誤解されることなく「以心伝心」のように伝わる。ますます、大阪弁好きになってきたわ。嫁さんの和美さんは宇和島のお母さんや妹と話すときは、宇和島弁のニュアンス・イントネーションになっているのが嬉しい。でも先日、宇和島まで「同窓会」に参加してきたが、「宇和島弁」で同窓生と交流できたことよりも、「男ってほんまにアホやねんなあ、いくつになっても色気忘れんと、シモネタばかりするから嫌になるわ」と呆れてきていた。なるほど、「男の性」と「言葉の壁」、やっぱり何を語るかが大事やねんなあ。


 まあ、そろそろ時間やし、ここらへんで終わっといたるわ、ほんじゃ、またな!!!

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by taira710 | 2014-11-27 15:11 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「性風俗」は女性差別??そんな真面目な生き方が面白いの?

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 「ストリップ」の思想性・・・・思い出と共にBGM

   名曲「TABOO」に合わせて考える性風俗の未来図?


  顰蹙(ひんしゅく)を買う・・・という言葉があれば、今回のブログはまさにその顰蹙を買う内容のブログかもしれない。語源辞典によると「顰蹙」の「顰」は「顔をしかめる」「眉をひそめる」を意味し、「顰蹙」の「蹙」は「顔や額にしわを寄せる」の意味を表し、そこから「顰蹙」は顔をしかめたり、眉をひそめたりするなど「不快の念」を示す言葉であることが分かる。つまり、自分の言動が原因で悪感情をもたれることを意味している。でも、ギャンブルにしかりセックス産業にしろ、この世の中で「生業」として成立するものは、本来、人々から「求められている」ものだから、それなりの存在意義がある。それを全面否定すれば、この人類の歴史は成り立っていなかったということだ。もちろん、女性の中にも、今回のテーマの「ストリップ」という興行に興味のある方もきっとおられるに違いないと思っている。

 なぜ突然、こんなテーマのブログを書きたくなったかというと、「つい最近・・・」でもないし、またまたムラムラと興味が起こってストリップを観賞しに行ったら凄かったという話でもない。先日、和美さんが入浴しようとしていて、私がちょっとした用事があって風呂の前を通ったら、和美さんがまさに「脱衣」しようとしていたので、冗談半分にBGMに「オリーブの首飾り」を口演奏ではじめたら「ちょっとだけよ、アンタも好きねえ」と言いながら脱ぐ格好をしながら、「お客さん、私、幾つか知ってはりますか?」「ここはえらいお年寄りばっかりですねえ。今日のお客さんはどっかの老人会の方ですか?」なんて合わせてくれるもんですから、もう腹をかかえて笑ってしまいました。

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 そういえば「ストリップ観賞」は私にとってはまさに青春時代の大きな思い出のひとつです。スポニチや夕刊フジの興行欄には映画欄の下のほうに「九条OS劇場」「東洋ショー劇場」「天満座」「十三ミュージック」など多くのストリップ劇場の案内欄があったなあ。20代の若い盛りだから、「特出し」とか「○○ショー大興行!」さすがにここには「掲載」できないが、刺激的なキャッチフレーズが満載だった。高校3年生の時には「彼女」らしいガールフレンドもいたし、フリーターの時期も京都に一緒にでかけたり、ジャズ喫茶で過ごした女友達もいたが、男の「本音」の裏表といえばいいのか、あるいは「理性と本能」の二面性とでもいいのか、「性衝動のはけ口」「性欲望の昇華」として「ストリップ劇場」には大いに興味があった。

 私の印象では「ストリップ劇場」のようなものは天照大神の神話の時代から存在しているような思い込みがあったが、よく考えてみると江戸時代は「銭湯」は男女混浴が普通だったし、江戸幕府は「治安」目的で「遊郭」の開所を承認していたから、いわゆる「女性が裸になるショー」なんてものは成立しえなかったように思う。歴史書とまでは言わないが、大衆芸能史に詳しい好事家(田中小実昌・小沢昭一)などの文章を読んでみると、ストリップの歴史は驚くほど新しい。まず、1957年4月から「売春防止法」が施行されたが、それまでは「赤線」と「青線」が国の施策として公然と存在し続けていたのです。それが、突然「廃止」されると、そのような「性風俗」を生業としている人たちは、何とか「生き残る術」を考え出すものです。そんな法律ひとつで、男の欲望がコントロールできると思っているのでしょうか。「性風俗」の野放しは必ず二次的な問題を引き起こしますが、為政者・権力者は余りにも管理的に走りすぎて、そこに「遊び」がないのです。ビートたけしの全盛期、彼は多くの「毒ガス標語」を舞台で表現していますがります明治大学工学部を卒業して、一流会社に就職していたとしても。あらゆる「事象」を斜めから見れる視点があるからだと思います。

「注意一秒ケガ一生、車に飛び込め元気な子」

「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」

「寝る前にきちんと絞めよう親の首」

「赤信号みんなで渡れば恐くない」
      
「ツービートのわッ毒ガスだ」1980年発刊
ビートたけしが日本の性風俗の移り変わりを本音ではどのように思っているのかとても知りたいですね。

 ところで、皆さんはご存知ですか?1945年8月15日に「終戦」を迎えた日本、その3日後に日本政府は「RAA=余暇娯楽協会(特殊慰安施設設備協会)」を設立し、毎日新聞や東京新聞は米兵のための「慰安婦」の募集広告を出し「国家的事業ニ挺身セントスル大和撫子ノ奮起ヲ確ム最高収入」なんて文字が堂々と連日掲載されていたのです。その目的は「日本女性の純潔を守るため」としていたが、占領軍米兵による日本人婦女子に対する「強姦事件」「暴行事件」「殺人事件」は恐ろしい数に上っている。あらゆる世界で敗戦国はこのような悲惨な状況を経験しているのです。

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 それにしても、日本の芸能史で「お笑い」と「ストリップ」とは切っても切れない関係を作り続けてきました。寅さんこと「渥美清」は23歳のとき、浅草のストリップ劇場「百万弗劇場」の専属コメディアンでスタートしています。フランス座に移籍するとそこにはコント作家として「井上ひさし」が在籍していて、長門勇・東八郎・関敬六が第一線で活躍していたのです。萩本欽一の奥さんは「高峰みゆき」というストリッパーだった女性です。実家の家業がうまくいかず、女性一人生きていくのは大変な時代だ。逆境を持ち前の明るさをバネに生きている彼女は面倒見の良い先輩だった。下積み時代の女性の恩は忘れられない。紆余曲折がありながらも、萩本欽一は一人の女性を幸せにすることを選んでいた。

 他にも紹介したいタレントは本当に多い。大御所のビートたけしとストリップ劇場との関係は後述するとして、「ストリップの歴史」なんて調べてみよう! 神話の世界では、現在宮崎県西臼杵郡高千穂町にある「天岩戸神社」に伝わる太陽神である「天照大神」が岩戸に隠れてしまわれて、世界が真っ暗になり、様々な「災い・禍」が起こった。困った神々は様々な工夫を試したが成功しなかった。ところが、「芸能の神様」で日本最古の「ストリッパー」のアメノウズメが踊りだすと、もうよろずの神々は大騒ぎとなり酒はすすむは、笑い声で溢れ出した・・・さすがの「天照大神」も気になって岩戸を開けて覗き見しようとしたときに、力持ちの神が天照大神を引っ張り出し、再び、世界に光が戻ったとされている。・・・・これはあくまで神話だが、「古事記」にも「日本書紀」にも記載されている話だから、神代の昔から「女性が裸体となって男性を挑発する」なんて行為があった証拠だと読み取ることもできる。

 しかし、それ以降、どの時代にも、特に江戸時代の見世物小屋あたりに、そのような「出し物」があったのではと思ったりしたが、全く情報が探し出せない。やっと文献に表れてきた文章には「1940年代より現存する風俗形態のひとつ」とありました。正確には1947年8月15日浅草の「ロック座」創設が最初です。1947年7月生まれの私にとっては「兄弟・姉妹」のような存在でもあったのです。不思議に親近感が沸くと思ったよ!アメリカでは「バーレスク」「ヌードショウ」「トップレスショー」など様々な表現形態があり、アメリカの「ボルティモア」が発祥の地とされていますが・・・歴史的検証がされているかは、私は知りません。松倉宇七の考えは見事な興行的成功を収め、「ストリップ劇場・フランス座」の開設につながったのです。今や有名な「浅草演芸ホール」の前身です。

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 今や世界的有名人になってしまった北野武(ビートたけし)は明治大学工学部を中退、突然「芸人志望」で1972年に浅草のストリップ劇場「浅草フランス座」に芸人見習いとして就職し、エレベーターボーイからスタート。4畳間の屋根裏部屋で寝泊りしていた。やがて深見千三郎に弟子入り、「アドリブの技」をとことん磨かされる。その後の漫才ブーム時代の「ツービート」の人気、そして「スーパージョッキー」「ビートたけしのスポーツ大将」「風雲たけし城」「世界まるごとHOWマッチ」・・・本当によく観ていたし笑い転げていたし、エロティックな場面もあって興奮もした。・・でも、よく考えてみると、彼が親の期待通りに明治大学工学部を卒業して、一流会社に就職していたら、勿論、彼の作り出した「たけしワールド」は絶対に開花しなかっただろうと思う。ストリップ劇場のエレベーターボーイをしながら、彼はストリップの「覗き見」もしていただろうし、様々な葛藤がきっとあったに違いないと思う。しかし、ストリップ劇場の楽屋裏という・・艶かしくも猥雑で、人間臭さに満ち、かつ笑いが溢れていた世界を彼はきっと愛していたんだと思う。そこが、ビートたけしの人生観の「原点」になったと思う。

「Taboo」はポリネシアの「Tapu」という言葉から派生している。聖と俗、清浄と不浄、異常と正常とを区別し、両者の接近・接触を禁止し、これを犯すと超自然的な制裁が加えられるとする「観念」あるいは「風習」だ。そんな学術的な意味とは関係なく、1931年に公開された映画を観たキューバ人が作曲、自分のバンドで演奏し始めたのが、世界的な名曲までになった。加藤茶のおかげでストリップのBGMとしても有名になったが、性風俗の有様は、その時の「権力者」の物の考え方を見事に反映する鏡でもある。

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 倫理的・道徳的な社会ばかりが「理想の社会」ではないと思っています。どんな環境にいても、そこでの「努力」を怠らず、その世界の人々との「心の交流」を大事にし、自分の目標を達成する。為政者・権力者は「性風俗」への規制を安易にしてしまうが、「ストリップ劇場の効能」なんてものも考証してみる価値があるのではないでしょうか!!!

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by taira710 | 2014-11-26 23:45 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「めぐり遭い」と「すれ違い」・・人生の運命の赤い糸は切れてしまうことも!!

2014-11-25 COINCIDENCE&MIRACLE

 人間世界には不思議な出会いがある・・でも「すれ違いの人生」も・・・

 

人間は「奇跡の出会い」「偶然」を信じている生き物だ!!!


 人間と人間との出会いは本当に「不可思議」だ。今日も終日テニスを楽しんでいたが、テニスの後は水河亭での恒例の食事会・・・今日はSUEBON夫妻とMIYACHANとMITCHANと私との5人だったが、いつも気心の知れた友人と美味しい食事をしていると、本当に楽しい時間を過ごすことができる。いつも様々な話題が出てくる。最近、耳にした一番驚きのニュースは「ICチップ」などの様々な「回路基盤」を「銀インク」のマーカーで紙に書くだけで、そこにLED電球とバッテリーを設置すると「電気回路」が出来上がるという仕組み。この「銀インク」をプリンターに内蔵すると、「普通紙」に「回路基盤」が印刷されて、「精密機械」を作るような「製造工程」を必要とせずに出来上がってしまうのです。理工学部系列の東大生が発明し、その物を売り込むために仲間の東大生などと「起業」していると聞いている。凄いことだ!!発明も凄いが、人間の出会いも面白い。

 番組名は忘れてしまったが、最初の出会いは「スペイン」のある都市の小学校でスペイン人の少年アレハンドロ10歳はアメリカから転校してきた日本人の少女・真理子と出会った。アレハンドロはとても繊細で感受性の強い男の子だったが、真理子のエキゾチックで笑顔の可愛い姿に「恋心」を抱いてしまった。でも、告白することなく真理子は外交官だったお父さんの仕事の関係でインドネシアにまたまた転校せざるをえなくなった。アレハンドロは余りの突然のことに動揺したが、どうしようもできなかった。それから13年の月日が経過。アレハンドロは23歳の若者でプロの歌手に成長していたが、未だに「真理子」のことを忘れることができないでいた。アレハンドロはこのインターネット社会、彼女もきっとインターネットをしていると思い、彼女のフルネームや誕生日など幾つかのデータだけで、世界中の考えられる限りの「アドレス」を入力し「真理子、僕のことを覚えていますか?もし、このメールを読んでくれたら、僕に連絡をください」・・・と。

 なんと、そこで「奇跡」が起こったのです。何と真理子のパソコンにそのメールが届くという奇跡が起こったのです。真理子はアレハンドロのことをよく覚えていませんでした。それで「返事」はしないでいようと思ったのですが、友人にその話をしたところ、「返事ぐらいはして上げたら!」と言われて、少し怖い気持ちで返信メールを返しました。アレハンドロの喜びはいかほどのものだったでしょうか!ある日、彼から「アメリカに遊びに来ないか!」とのメールが来ました。外交官の娘さんですから海外旅行も英語も慣れています。ニューヨークにも遊びに行きたかったので、気軽な気持ちで遊びに行きました。すると彼の家にはスペイン時代の友達が何人かいて、まるで「同窓会」のようになってしまったんです。でも、真理子は同じように外交官の父親の仕事で世界中を動き回っていたのですが、アレハンドロはどこに行っても真理子に会いに行きました。その「熱意」に真理子の心は決まりました。アレハンドロは恋焦がれ続けてきた真理子のハートを掴むことができたのです。今、二人の子供がいてスペインに住んでいます。男の情熱と「出会いの奇跡」を感じる話でした。

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 MIYACHANは「偶然って信じますか?」という言葉を発して語りだしたのは、ある「絵画」に纏わる話でした。フランス人のジェルマンはある日美術が大好きなので、パリの画廊めぐりをしていました。ある画廊に入った時に、それはそれは可憐な笑顔で椅子に座っている一人の女性の絵に出会いました。とても彼の「給料」では購入できる値段ではなかったの、時間がある時に何度も通っていました。でも、現実は厳しいです。働く場所も変わり、その画廊に行くことも無くなってしまいました。そして、彼にも「彼女」ができました。お互いに相手に対して深い愛情を抱くようになりました。二人は幸せに結婚しました。ある日、ジェルマンはふとかって「画廊の絵の女性に恋をしていたことがあったんだよ!」と食事しながら話しかけました。すると、妻になったセレスティーヌは「そういえば、私も若い頃に絵のモデルになって描いてもらったことがあるわ」「へえ〜、どんな絵だったんだい?」「もう忘れてしまったけど、ある町を旅行していた時に、ある画家の男性と出会って描いてもらったの」・・・「それはひょっとしてこんな絵だったかい?」「そうよ、きっとその絵だわ!」・・・まさに、ジェルマンは恋焦がれていたキャンバスの中の女性と出会って結婚していたのでした。

 SUEBONが語りだします。あるアメリカ人がインターネットの動画サイトを観ていました。その時、一人の女性が歌を歌いながら登場してきたのですが、その男性の友達の女性に余りにもそっくりで、気になって、その女性の存在を女友達の「リュリュ」に教えました。リュリュはその動画の女性を一目見て本当に驚きました。「世界中に自分に似ている人は何人かいると言われているけど、こんなに似ている人がいるなんて驚きだわ!」気になって気になって仕方なく、リュリュはその女性に連絡を取りました。勿論、自分の写真も送ったのです。先方のフランス人女性「エマ」も「リュリュ」の写真を見て腰が抜けるほど驚いてしまいました。二人は余りにも不思議に思って、それぞれの両親に「自分のルーツ」に関して尋ねました。何と二人は本当の両親に捨てられた「孤児の姉妹」で、それぞれに里親に引き取られ、ひとりはフランスで、もう一人はアメリカで成長していたのです。男友達の役割も大きかったですが、姉妹は「赤い糸」で結ばれていて、再会する運命にあったのかもしれませんね。

 私の過去には「へえっ、こんなところで!」という出会いがありました。30代の頃です。私には鈴木常勝という名前の「親友」がいます。長い期間「魯迅読書会」で交流し、今の家内の和美さんともその読書会で知り合いました。その読書会も次第に例会への参加率が悪くなり、とうとう10年余りの活動の後「閉会」になってしまいましたが、それ以降も何かの集まりの際にも出会っては「雑談」をして交流する中でした。でも、私も看護師をしていてとても忙しい期間が何年も続き、かなりご無沙汰していましたが、ある年、ある三島地区の小学校の無人島体験に看護師の立場で同伴したことがありました。その基地となる島が「真鍋島」でした。瀬戸内海には無数の島がありますが、真鍋島から子供たちは無人島に移動します。そして、宿泊体験が終わって「真鍋島」の古びたお寺で集会をしている時に、数人の男たちが入ってきました。そちらに目をやった時に「鈴木常勝」と目があったのです。・・・「ええっ、こんな所で何してんねん?」が双方が同時に口にした言葉でした。

 大学時代、私はD大学のワンダーヴォーゲル部に所属していて、日本アルプスの縦走に出かけました。中尾温泉から登り始め、槍ガ岳の頂上にも登り、薬師岳2926メートルの登りの最中、上のほうから降りてきたのは、私の高校時代の友人の一人「河原進」でした。もう私は体力的に余り余裕がなかったですが、その時の「彼からの激励の言葉」はかなり励みになりました。

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人間って、不思議なほど「一度会話した」程度の人でも「顔」の印象は強く脳裏に刻まれます。名前を忘れてしまうことはありますが「どこかであった人」って印象は大抵の人に残ります。お互いの印象はそれほど強いのです。ところが、人間にはそれぞれの「成長」と共に「別れ」がありますが、今のインターネット社会、「Facebook」「スカイプ」「LINE」など人と人との接点は「無限」に広がっています。人の人に対する「ロマン」や「郷愁」が減弱されてしまったキライは確かにありますが、人々は「幸せの黄色いハンカチ」のクライマックスのようなドラマチックな再会や、トム・ハンクスとメグ・ライアンが主演した「めぐり逢えたら」1993年製作のようなエンパイアステートビルディングの展望台での「求め合う愛」のような出会い・・・・出会いの世界からドラマティックな出会いへ発展する可能性は、誰しもも「平等」にあるように思えてくる。その時の出会いをどのように「ドラマティック」に演出できるかだ。特に男女の「出会い」と「別れ」、「めぐり逢い」と「すれ違い」不思議な「運命のイタズラ」を感じてしまいます。

PS:私は今回「めぐり逢い」と「すれ違い」をネットで調べていて、「すれちがい通信」や「すれちがい美女」というサイトに出くわした。すれちがい通信とはNintendoが開発したシステムで同じゲーム機をオンの状態にしていると、電車の中でも突然「相互通信」が行われ、ゲームや文章のやり取りが可能になるという。「すれちがい美女」は最初は画像はボヤけているのに、すれ違った瞬間だけ、その美女の素顔が「鮮明」になるというサイトだ。「肖像権の侵害サイト」のようだが、観だしたら止められない。

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by taira710 | 2014-11-25 14:14 | 人と人との出会い! | Comments(0)

「ねこの草」は猫の粗食???人間にとって植物繊維は不可欠の食べ物!!

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 ちょっと「一休み」「小休止」「Let‘s have a break!」

短い短いみじかい「ブログ」でお茶を濁そう!!!


 皆さん、お早うございます!!今も書き始めているブログの素材は108(煩悩の数ほど)もありますが、最近はちょっと「疲れ」が重なってきているように感じます。理由ははっきりしています。仕事と遊びと趣味でスケジュールがいっぱいだからです。5日間仕事をして、週末の土曜日には朝から晩まで「テニス」をしているんですから・・・それはいくらなんぼでもやり過ぎでしょう・・・とは思っているんですよ。でも、テニスをしていると「身体」がいっちょ前に動くんです。でも、さすがに日曜日の朝は「疲労」感じます。まさに「年」を感じてしまうなんて、ああ、嫌だ、嫌だ!!!

 先日のブログでは「粗食」をテーマにしました。和美さんが作り置きしてくれていた「ひじきの煮物」や「ひろうすの炊いたん」と「すぎのこ野菜」を使った汁物を作ったりしていると、何とも嬉しい「食の充実感」がありましたが、和美さんは予定より1日早く帰ってきてくれました。するとすると・・・宇和島からのあの有名な魚のすり身だけでできた「じゃこてん」や「あげ巻き」「かますとアジの干物」「里芋」と食材がいっぱい、案の定、夕食の時間は「ご馳走」のオンパレード・・・こんがり焼けた「アジの干物」や「里芋の煮っ転がし」の美味いこと。とうとう「粗食の期間」は三日坊主で終わってしまいました。家内と食事していて、自分だけ「粗食」なんて・・・きっと和美さんは「どうぞ、どうぞ、頑張って!」と言うでしょうが、食材の鮮度が落ちていくと勿体無いし、ストレスを感じずに、楽しく食事をすることがとても大事なことだと思っています。

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 22日の夜は水河亭での食事会でした。そろそろ冬の気配、今宵のメニューは「鍋」に決定です!!それも「きのこ鍋」のベースを使っての鍋でした。私もメンバーも「きのこ類」が大好きです。しいたけ・えのき・しめじ・えりんぎ・・・そして「薩摩ぶた」とたっぷりの野菜・・・それだけじゃ勿論ありません。握りずし・エビチリ・千枚漬け・キムチ・ママ特製の小鉢もの・・・インパクトあったのに、何と何の生姜味だったかなあ・・・えのきと大根?・・・・

あっという間に「粗食➡ご馳走」にバージョンチェンジ・・でも、食は生き甲斐・・健康でさえいられれば・・あのマツコ・デラックスって血液化学オール基準値内っていうから、健康の秘訣はやはり「楽しく食事すること」ですね。今日はこのくらいで・・Bye!

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PS:私の住んでいるマンションの1階には「花屋さん」があります。いつも仕事から帰ってくると、花屋の奥さんが「お帰りなさい!」と挨拶してくださるのです。とても素敵なバラエティーに富んだ花がいっぱいありますが、いつも「花屋さんは大変な仕事だなあ!」と思っていました。夏場は水遣りが大変ですし、枯れた葉っぱは綺麗に取り除いていく必要がありますし、豪華な花も取り揃えておく必要があります。そして、毎日のように店頭に並べた花々をまた店内に収納しなければならないのです・・いやあ、大変だ。そんなある日、店の前を通りかかって、奥さんと挨拶を交わした時に、ふとっ足元にあった「草?」に目をやりました。その草に「ネコの草」(Cat grass)という名札が付けられていました。奥さんに尋ねると、この草はネコが「変な物・不消化物」などを食べた時に便と一緒に体外に出してくれる「草」なんですよ・・・ネコのペットを飼っている人に売れるんですよと教えてくださった。・・・・知らなかった!


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by taira710 | 2014-11-24 11:25 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

高倉健の死を悼む・・・・彼の「人間」「俳優」としての生き方に学ぶ!!

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 「不器用な」ことが男の魅力になるなんて!!!

「自分の嫌いな役は演じることができない!」俳優なんて何様だ!!


 「孤高のビッグスター」高倉健が現実の世界から銀幕の彼方に去って行ってしまった。「孤高」なんて表現に何の違和感も感じない俳優なんて「高倉健」以外に考えられない。松田優作も大好きな男優だったが、彼の場合はもっと「野生的」で「牙」があった。文化勲章を受章した時の姿は82歳、やはりその年齢相応の風貌だったので、彼も年を取ったなあ!という印象だったが、まさか、「突然の訃報」のように彼の死を伝えられると、今までのどんな俳優にも感じたことのない「惜別の情」が溢れてきてしまった。この気持ちをどこかに残しておきたい気持ちになって、「私の中の高倉健」というテーマで拙文を起こしてみたいと思う。

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 私の人生の中には「5人の男前侍」がいる。もちろん「侍」と表現する以上は日本の男優だ。小中学校時代は「大友柳太郎」高校時代は「加山雄三」大学時代は「高倉健」フリーター時代は「松田優作」黒澤映画の「三船敏郎」の5人だ。高倉健が死んでしまって、残っているのは「加山雄三」ひとりだ。それにしても同世代というか、自分の人生と共に活躍し続けていた「スター」が過去の人になっていくことは寂しいことだ。やはり「新しい作品」を観たかったという思いは、どの俳優にもある。加山雄三はもう歌手になってしまっているが、若大将シリーズ時代の彼の「男前ぶり」には「羨望」以外のなにものでもなかった。

 それにしても「高倉健」は不思議な俳優だ。昨今はかって大スターだった人たちが、タレントと同位置で活躍しているし、プライバシーも覗き放題になっているが、高倉健だけは、まったく「プライバシー」を見せない唯一の俳優と言える存在だった。吉本のタレントに弄られている「スター」なんて存在は好きにはなれない。女優では「吉永小百合」だ。スターである以上は「プライバシー」は死ぬまで秘密のベールに包んでおくべきだ。タレントと同列になることを望むのであれば、それは「スターとしての存在」を自らが返上した生き方を選んだと宣言すべきだと思う。エピソードで耳にしたことがあるが、高倉健は映画撮影を終えると、必ずといっていいほど「海外の放浪の旅」に出かけて、「自分自身を再生すること」に徹するらしくて、「行方」を知る人が誰もいなくて「死亡説」が流れたこともあるくらいだ。・・・・こういうのが「スターの証といえるエピソード」だ。

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 彼の作品は若い頃から本当によく観ている。と言っても、彼の映画出演本数は205本もあるから、正直20〜30本だと思う。経時的にリストアップすると網走番外地シリーズ」「日本侠客伝シリーズ・花と龍」「昭和残侠伝シリーズ・唐獅子牡丹」などは2〜3本立てを新世界の大衆映画館や大学の文化祭・映画祭などで観た事が多かった。

彼は1931年2月16日福岡生まれだから、私より16歳も年上だ。デビュー作が1956年の「電光空手打ち」という作品だが、その頃、私は9歳・小学校3年生というガキの頃だったから、当然、高倉健の存在を知っていたわけではない。映画には早くから興味があったが、大友柳太郎や市川右太衛門・東千代之介・山城新伍などの時代劇をよく観ていたが、さすがに「ヤクザ映画」などには興味がなかった・・・というか大人が観る映画だと思い込んでいた。今はもう引退しているが、山城新伍の「白馬童子」に小学生の俺はどれだけ「興奮」していたことか・・・・その当時の基準は「カッコイイ」かどうかだけでなく、「勧善懲悪」が基本、悪者を退治してくれないとヒーローにはなれなかった。

 高校時代は「加山雄三」一色だった。「夜空の星」「蒼い星くず」のドーナツ盤を小遣いで買ってどれだけ聞き惚れたことか!!そして、やっと大学時代に遭遇したのが「ヤクザ・任侠映画」で存在感を示していた「高倉健」だ。「鶴田浩二」や「藤純子」との競演で、なんともカッコ良かった。高倉健のヤクザ映画のカッコ良さはまさに「最高峰!」だ。70年安保闘争当時の全共闘世代に「昭和残任侠・死んで貰います」なんて、当時の時代背景にフィットして最高だった。東大の全共闘の戦いと刺青をしているヤクザの後姿のポスター・・・背中のイチョウが泣いている!なんて、なんともインパクトが強かった!・・・100%間違いがないと思っている・・彼を超えるヤクザ稼業の演技者としての存在感は、今後の人類の映画・映像の歴史に現れることはない。昔の「任侠」「ヤクザ」の世界は今や「暴力団」と認識され、「仁義なき戦い」「その男凶暴につき」「アウトレイジビヨンド」などの世界に移行してしまった。今や、日本刀を振り回すヤクザは時代錯誤と言われかねない。

 彼が文化勲章を受章した時の記者会見で「私は200本を越える映画に出演してきましたが、そのほとんどが前科者の役でした。そんな私に名誉ある賞をいただけて、私の仕事を評価していただけてとても嬉しいです」と語っていましたが、本当にヤクザ映画・仁侠映画・・・題名からして「奴の拳銃は地獄だぜ」「「地獄の底までつきあうぜ」に始まり「宮本武蔵」では佐々木小次郎を演じ、「三代目襲名」では田岡山口組組長まで演じている。でも、さすがの私でも漫画家さいとうたかおの大ファンだったので「ゴルゴ13」の役だけはどうしても評価できなかった。ゴルゴ13の冷徹さは生身の人間に演じられる代物ではないことは理解して欲しかったなあ・・・・!
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 彼の「俳優」としての実力は1976年製作の「君よ憤怒の河を渡れ」から新たにスタート、その後の活躍は凄い!1977年の「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」1978年「野生の証明」1980年「遥かなる山の呼び声」1981年「駅 STATION」1983年「居酒屋兆治」・・・1989年のパラマウント映画「ブラックレイン」の警部補役は「マイケルダグラス」「松田優作」との緊張感を見事に演じきっていた。日米合作映画などはかなりの確率で「駄作」が多いが、この作品はのめり込むほどに面白かった。

1989年の「あ・うん」は降旗康男(ふるはたやすお)監督作品だ。向田邦子原作この作品であの板東英二は第13回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受けているが、高倉健との「共演」という名誉を経験しているにも関わらず「悪質な脱税」を指示し、記者会見で「植毛」を弁解理由にするなど、彼の「金銭に対する執着姿勢」は全く高倉健の生き方にそぐわないと感じてきていた。高倉健の映画史にとっての「汚点」ともいえるものだ。芸能界は数多くの芸能人がその世界を「自業自得」の行為で去ってしまっている。誰も「高倉健」のような生き方はできないが、政治屋連中は本当に彼のような「清廉潔白」な生き方に少しは学んで欲しいと思う。ただ、彼は本当に山口組組長とかなり親密な交友関係があったことは周知の事実だ。

 1999年製作の「鉄道員(ぽっぽや)」は雪の北国が舞台だったが、亡くなった娘・広末涼子との共演は本当に心を暖かくしてもらった。高倉健は「自分の好きな人間でないと演じることができない」と実に「自分自身に忠実」な人生を送ってきたし、「自分の中の美学」を見事に追求し続けた「人間」だと感じる。暫く、彼の作品から遠ざかっているが「四十七人の刺客」「ミスターベースボール」「ほたる」「あなたへ」「単騎・千里を走る」はまだ観ていない。今後の追悼番組で上映されるかもしれないが、是非観てみたいと思っている。

 「唐獅子牡丹」の一節「義理と人情 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界」「背中で泣いている 唐獅子牡丹」・・・やくざ映画にばかり出演させられて、もう、いい加減に嫌になっていたんでしょうね。彼には「義理」「人情」という言葉の響きよりも「人を想う」という言葉が一番。中学時代は「ボクシング部」を創部し、高校時代には「ESS部」これも創設して英語力に磨きをかけている。彼の中には常にクリエイティブなものを捜し求めようとする「資質」が備わっていたのだと想う。そんな彼の「映画」「演技」にかけた想像力・創造力を発揮してもらう機会は途絶えてしまったが、彼の残した心意気を是非多くの人たちに引き継いでもらいたいと願っている。

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 彼は「俳優という職業は切ない仕事だ。新しい映画作りでは必ず人に対して恋愛をする。でも、クランクアップすればそのすべてをお金に変えて別れなければならない。寂しいですよね」・・・・分かるなあ、この気持ち。涙が自然と滲んでくる「高倉健」本名「小田剛一郎」本人がつけたかった芸名「忍勇作」・・・・どの人生が彼にとって一番幸せだったのか?少なくとも「高倉健」が一番多くの人間に感動を与え続けてきたことは確かだ!

ありがとうございました。私の人生もあなたの素晴らしい人間性・生き方のおかげでとても楽しいものになっています。貴方ほど長生きはできないでしょうが、人を想う心を大事にしていきたいと想っています。


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by taira710 | 2014-11-20 21:02 | 人と人との出会い! | Comments(0)

「粗食の時代」は嫌でも訪れるような予感がする。粗食再考!!!

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 「粗食に耐えよ!」和美さんが5日間も宇和島に行く!!!

    戦後生まれの「飢餓感の欠乏」はこれからの時代を乗り切れない!!


 太平洋戦争当時の日本政府・日本帝国陸軍のプロパガンダはさぞかし凄かったことだろう。様々な物品を供出させ、「配給制度」を導入し、人々は「値打ちのある品物」と「食糧」とを物々交換し「飢え」を凌いだ。あの頃から「粗食」という言葉が普段の生活の中に入り込んできた。めちゃくちゃ貧乏な人間はいかにして食べ物を手に入れられるか、どうしたらこの飢えを凌ぐことができるか・・・それこそ「必死」だったと思う。私は自分の幼少時が決して裕福だったとは思っていないが、それこそ両親の頑張りのおかげて゛「ひもじい思い」は記憶に残っていないほど少なかったんだと思う。

 そんなことを「何気なく」考えていて、介入している国語の時間に、先日逝去した名優であり天才画家の米倉斉加年の「大人になれなかった弟たちに」という文章に遭遇しました。戦争中の話です。どんどん食べ物がなくなり、まだ赤ん坊だった弟「ヒロユキ」には時々粉ミルクの配給がありました。マサカネは弟が大好きでした。でも、その当時、戦時中で小学校の4年生だったマサカネにとっても「甘いもの」は余りにも魅力がありました。弟は母乳の出が悪かったので、その「粉ミルク」や着物と交換して手に入れてきた「ヤギのミルク」以外食べるものがありません。その貴重な粉ミルクをマサカネは盗み飲みしていたのです。弟は終戦の年に栄養失調で命を引き取りました。・・・映画「火垂るの墓」に出てくる少女の手にあった「ドロップの缶」を思い出してしまいます。

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 戦時中の子供たちにとって「甘いもの」はどれだけ魅力的だったか!今の時代は「スイーツ」とか言って、まさに「グルメの洪水」です。戦後70年、日本は「戦争することもなく」「戦争に巻き込まれる」こともなく「平和」を維持してきています。でも、戦争中は大好きな弟を「栄養失調」にさせてしまうとどこかで分かりながらも「甘いものにたいする渇望」は自分の気持ちをコントロールできないほど強かったマサカネの気持ちを想像するととても辛いものがあります。平和な時代での「スイーツ類の洪水」と戦時中の「甘いものへの渇望」とのこの格差・・・・・今、改めて「粗食」に対する再認識が必要なんじゃないかなあと思い始めています。

 昨日の18日から嫁さんの「和美さん」が高校時代の同窓会が久しぶりに故郷の宇和島で開催されるというので「盛装」して出かけていきました。お母さんも高齢ですので、同窓会のついでに親孝行もしてきてくださいと送り出してやりました。その間、22日までの5日間私は「ひとり」です。娘はすでに「フィジー」に行っていて「ラウトカはめちゃくちゃ田舎やで!」と驚きのメールをしてきていますし、息子は高校3年生のメンバーに同伴しての沖縄旅行です。さて、すぎのこ農園には「小松菜」と「青梗菜」が食べごろに育ってきていますし、和美さんが留守の間のおかずとして「切り干し大根の煮物」「ひじきの煮物」を作りおきしてくれていますし、先日、私が漬けた「赤カブ」が美味しくできあがっています。丁度この機会に「粗食をめざして」という気持ちで「自炊」をしようと思っています。

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 粗食と言えば、昔から「一汁一菜」です。汁物一品と菜(おかず)一品だけの食事のことですが、それでは今の仕事と昨今のテニスを含めた活動範囲から考えても「身体」が持ちません。せめて「一汁三菜」くらいまでレベルアップしないと「食事に対するストレス」が発生してきそうです。今朝はごはんを温めて、自分で昨夜作った「牛肉と卵の炒りつけ」を食べてきましたが、今日のお昼は「豚じゃが」と「ちくわの二色揚げ」でした。さて、今日の夕食は「何を作ろうかな!」・・・粗食は「質素な食事」のことで、昔は少し「卑下」したような言葉の響きがありましたが、今は「粗食」という言葉は、欧米化された食生活そして過食・肥満傾向・脂質の摂取過多・栄養過多・生活習慣病・メタボリックに対するアンチテーゼのような心地よい響きを持つ言葉に変質してきているように感じています。

 私は中学生の時に「高野山」に宿泊体験をしたことがありますし、大峰山登山の際も宿坊での食事をした経験があります。でも、その頃は昭和30年代ですから、そんなに普段での食事も「贅沢」をしていた記憶がないので、どこに行っても「美味しい食事」と思っていました。一汁一菜の食事は「禅寺」での「禅僧の食事スタイル」がその始まりだと言われていますが、江戸時代の庶民の食事は「白米」も贅沢品だったでしょうし、雑穀米と味噌汁と漬物を食べることができれば「御の字」だったのではないでしょうか。江戸時代には「夕鯵(ゆうあじ)売り」という生業がありました。永井荷風の歌に「夕河岸や 鯵売る声や 雨あがり」柳多留「夕河岸や ひとしほ旨き 鯵の魚」なんて歌がありますが、夕暮れになると男は仕事を終えて家に帰り着き、「一風呂浴びてくるぜ!」というセリフを残して銭湯へ・・そして「夕食」が始まるが、そんな時間帯に「鯵はいらんかね!魚はいらんかね!」と夕網で捕ってきたばかりの新鮮な魚を売りにきていた業者がいたのです。江戸時代の夕暮れの風物詩・・そして、七輪で焼く、軽く塩をした「アジ」の旨いこと。

 私も「アジの塩焼き」なんて大好きですが、醤油と生生姜で食べるなんてことはかなり贅沢な食べ方だったようです。皆さんは「箱膳」(はこぜん)という物をこ存知ですか?落語の世界にも時代劇にも登場してくることがあるのですが、昔はテーブルも無かったですし、「お膳」なんて高級な物もありませんでした。木箱の中には箸とお茶碗とお皿とお椀が入っていて、箱をひっくり返すと小さなテーブルになり、蓋は「小さなお膳」になります。そこに食器を乗せて食事していたのです。食事が終わると洗ってさっさとの箱膳に収納して片付ける・・・家族の団欒の象徴のような「卓袱台(ちゃぶだい)」は巨人の星で有名ですが、この卓袱台が日本で普及したのは昭和初期、1920年代です。昭和30年代以降はダイニングテーブルと椅子で食事をすることが当たり前になってしまい、ますます「粗食の世界」は遠のいていったように感じられます。

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 中国の「赤サンゴ」の密漁船・・・悪いことをしてでも「贅沢」したいと思うのは、人間の浅はかさです。政治屋たちが有権者を接待するのは厳しく規制されているのに、高級料亭で談合を繰り返す政治家連中・・・・それは「税金」じゃないのか!!もう、確かに私たち日本人は「おかず無し」の食事はもはやできなくなっています。それでも、毎日健康のためには贅沢はしすぎないと思っていますし、「一汁三菜」の夕食で十分に満足できるような気持ちでいます。でも、「贅沢の世界」を知っておきたいと思うのも「人間の業」なのかもしれません。毎週土曜日の「水河亭」での食事はかなり「贅沢」です。カロリー数に換算すれば、3000カロリーはあります???でも、次々に「食べ物」が出てくるエンドレスの食事は「楽しい会話の潤滑油」でもあります。

 嫁さんの和美さんに、私がもし「一汁三菜で5日間自炊で過ごすつもりをしているん!」と宣言などしたら、多分、私の顔をしげしげと眺めて、きっと大きな声をだして笑い出すと思います。・・・それだけ、普段、私は和美さんの作る食事が大好きだですが、結構、自分には「ハングリー精神」が残っていて、一汁三菜でそれなりの空腹を満たしてくれるだけの満足感があれば、継続していけるように思っている。5日間で何か「成果」を出せるなんて思わないが、今回の独身期間を「食生活を見直す」期間にしたいと思っている。

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by taira710 | 2014-11-19 12:39 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

政治屋は公約違反人種だ!・・しかし、人生は一本筋を通すことが重要だ!!

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 根回し」も必要だが、「公約遵守」はそれ以上に重要だ!!!

   人は常に何が「大事なこと」か、ちゃんと分かっている。


 えらい大そうな「ブログ」の表題になっているが、別に難しいことを書こうとは思っていない。沖縄知事選で公約を翻し「辺野古への基地移設に賛成」に転向した仲井真弘多(なかいまひろかず)75歳が落選した。落選したことに対して「全く想像外、思いもよらない結果」と語る、この「沖縄人の心が分からない政治屋」・・・「沖縄」がどれだけ悲惨で裏切り続けられた歴史を担ってきたか、全く分かっていない、この「老人」に「沖縄の未来」を託すことにNo!と意思表示した沖縄の人々は、真剣に沖縄の行く末を考えていることがよく分かる。また、原発再稼動を支持している人たちの中に、政府は「福島原発事故」の直後から、もっともっと計画予算を立てて、新しい「再生エネルギー」の開発に研究費を投じ、世界に「最先端の新エネルギー国家」をアピールすべきなのに、まやかしの「安全基準」で、日本列島を「メルトダウン」してしまう「放射能蔓延壊滅国家」にしようとしている・・・と考えている人たちはいないと思う。単純に目先の利益優先なのだ!

 先週土曜日はまたまた1日「テニス」の日だった。午前中の「ミラクル」には26の自衛隊員が参加してくれていた。テニスの場では政治的な話しなぞしないが、日々、どんな日課を過ごしているのかとか、どんな訓練をしているのかなど尋ねたことがある。日々、臨戦態勢で「身体」を鍛えているという。それは「災害時救援」という援助においても、日々身体がなまっていてはまともな「援助活動」はできないだろう。「学科勉強」もあるのかなあと思っていたら、そんなにも「学習」時間はないが、「憲法の条文を遵守して行動するように教えられています」と聞いて、とても「安心」させてもらった。

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 午後の「ラブ」テニスでは、ひとつの提案が「FUKUCHAN」から出された。錦織圭が大活躍して、これからきっと「テニス人口」は増えていく。すると当然「テニスコート」の確保は競合する。競合すると「テニスコート確保」する立場の人には当然プレッシャーがかかってくる。今まで公民館に朝早く行くと「確保」できたのに、そうも行かない状況が出てくるかもしれないし、それこそ「持ち回り」なんてことになってくると、その日に「大きな制約」ができるということだ。そこでFUKUCHANは、今、コート確保を専属のように担当してもらっている「Y先生」の「善意」に対して「配慮」「新しい原則」を設けておくべきだという意見だった。このような「提案」は確かに「誤解」「反発」を受けやすい。しかし、テニスを愛好する人間がすべて「同じ価値観」で生きているとは限らない。私は基本的には「他人の善意」に依存している関係は正しくないと思っている。

 アフター6は「水河亭」での反省会だった。少し季節も冬に向かい始めたので「キムチ鍋」でもしようかということになっていたらしいが、ベティーママの「ミネストローネ」があるということで、男性人の意見が尊重されて「たこ焼き」になった。7人もの参加があったから、会話も料理も議論もお酒もヒートアップだ。「握りずし」「もやし・きのこ炒め」「チキン照り焼きマスタードソースあえ」「千枚漬け」「キムチ納豆」など・・・やや塩分が多い食事だったが、デザート&コーヒーの締めくくりまで、随分と楽しんだ。SUEBONの含蓄ある言葉は、話を「集約」する大きな役割をいつも果たしてくれる。今回は「根回し」という言葉だった。実は私は労働組合の「組合長」を6年間も担っていて、その「根回し」ということの重要性はよく頭の中では理解しているが、私はそれまでの組合長が「根回しは重要だ!」と言いながら、病院側の幹部と飲み屋で談合するなんてことは性に会わないというか、私は一度も迎合しなかったが、組合員の意見を聞く活動はかなり展開させてもらった。組合員に対する根回しはかなり熱心にさせてもらったつもりだ。

 FUKUCHANは不思議な魅力の持ち主だ。「問題提起の方法」がいつも唐突で挑発的だ!どこに「真意」があるのかよく分からないというか、意図的に「ディベート(議論)」しようとしているのか・・・プロの将棋士だから、自分の手の内を簡単に見せようとしないし、相手をまず「心理的」に動揺させようとする「戦術」は、ある意味、彼の職業柄致し方ないように思うし、内面に「キバ」のない勝負師なんてやはり面白みや魅力に欠ける。女性は「事を荒立てたくない」し「善意に甘えるのも、その人に対する感謝の姿勢」と考えるのも良く分かるが、やはり「テニスサークル」というのは「規約」と「原則」がある以上は、個人の「善意」に甘える方法はどこかでチェックを入れ、「原則論」の中でコントロールし続けるべきだと思う。単純な話「善意に報酬をつけると、それは原則となる」

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 とても楽しい「宵」も終了したが、帰宅した15日の深夜から、我らが「錦織圭」のマスターズファイナルの準決勝「ジョコヴィッチ戦」が始まった。私は高校1年生から硬式テニスを始めたので、プロのテニスは何度も観戦している。しかし、こんなにドキドキハラハラしながら「テニス観戦」をした経験は初めてだった。第2セットを見事に取りきった時は「錦織圭勝利」を確信したのに、なんと「大きなターニングポイント」は第3セットの第1ゲームに潜んでいたことか!分かる分かる「あの錦織圭の緊張感」・・なんたって、今まで一度も経験していない「ATPマスターズファイナル」なんだ。グランドスラムを勝ち上がるのとはまた違う、ベスト8のメンバー同士の戦いを勝ち上がるなんて・・・・

 翌日はどの番組も「トーン」は同じだったが、サンデープロジェクトの「張本勲」は「勝負の世界なんだから、やはり勝たないとダメ!」・・「これは錦織圭の本音と同じだ!」と思う。2015年のテニスはますます楽しみになってきた。午後は12時からアルトサックスのレッスンだ。最近、かなり「壁」にぶつかっている。でも、さすがにMAKI先生は指導のポイントを心得ている。レッスンがスターとすると、私は吹きたい曲を数曲演奏し、先生の評価を受ける。そして、先生がポイントを指摘してくださる。今日はとても大きな収穫があった。今まで「ブレス」の重要さは何度も指摘されてきている。でも、やはりどのようにリズム良く「運指」ができるようになることが「第一」だと思っていた。ところが、どうも違うことを「ハタ!」と気づかされた。一節ごとに「深呼吸」を繰り返しながら息をロングトーンで吹き込んでいきながら運指をすると「とても聴き易い音」になることが理解できた。MAKI先生語録「ブレス最優先!!」を追記してもらった。今日もあっという間のレッスンだったが「充実」できていた。

 人間は生きていく上で「一貫性」は必要である。「転向」は間違った立場から正しい立場に変わるのは「勇気」を必要とする行為だ。一貫性はテニスにおいても音楽においても、その人の長年の努力により「蓄積」されてきた自信に裏打ちされた「生き様」だ。錦織圭のコーチ「マイケル・チャン」は錦織圭が「フェデラー」を理想化していることに対して、「人をリスペクトし過ぎると、いつまでもその人を超えることができない!」と釘をさし、プロの世界ではリスペクトするのは「自分ひとりでOK!」ということかもしれない。公約違反は人心から離反していく。根回しは「成果」をあげるための常套手段だ。そして、いつかMAKI先生の一貫性のあるレッスンを深めていくと、自分なりに満足できる「演奏」ができる日が訪れるかもしれない。自分との「戦い」はこれからも続く。楽しい人生だ。根回しこそが合意への道をスムースに推し進めるという英語:

Such groundwork smooths the way to a consensus.

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PS:以前のブログでも書いたが、「安威川」は本当に水鳥・渡り鳥の楽園になってきている。昨日のニュースで国内最大のツルの飛来地:鹿児島県出水市に1万4378羽飛来したというが、彼らは根回しすることなく遠方より突然飛来してくるし、常に一貫して毎年日本に越冬しにくる。毎年、外遊するわけでもない。やはり「方針をころころ変更しない心意気」は日本人に愛さされる大きな要素だ。政治家は国民をなめてはいけないよ!!!


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by taira710 | 2014-11-17 15:01 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「日本の柿」と「Perssimon」は同じではない・・・正岡子規に学ぶ!!

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 柿食えば、鐘が鳴るなり 法隆」・・「柿」ってどこの国にもある果物?

    柿が出てくるストーリーでの、柿の「役割」は何?


 和美さんはよく「果物」を買ってきてくれるし、郷里の宇和島から「みかん類」を送ってもらうと、毎年美味しそうに一人で食べている。私は決して「フルーツ」が嫌いではないが、お腹が一杯になった時に、自分でりんごの皮を剥いたり、みかんの皮を剥いて食べたいとは全く思わないので、結局、ほとんど和美さんが食べてしまっている。でも、夕食後、和美さんに「デザート何にする?林檎か柿があるけど!」なんて言われると「Perssimon please!」などと返事してしまう。和美さんは中国語を何十年と勉強し続けているのに、なぜか「英語」には大して興味がないようで、「お父さん、○○って英語でなんて言うの?」と時々気まぐれで尋ね、その時も「へえっ、柿のことパーシモンなんていうん?」「外国人って柿を食べる習慣あるんかなあ?」「確かにそうやなあ!いろんな映画観てきたけど柿の登場する映画も観たことないし、外国の物語で柿の木が登場する話も聞いたことないなあ!」と私もちょっと調べたくなってしまった。

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秋になると奈良の大和路、山の辺の道などを歩きに行くと、もう「柿の木」が必ず目に入り、のどかな風景を味わうことができる。柿の木のある光景は不思議な「情緒」があるから、日本特有の「果物」じゃないんかなあと思っている人が多いんじゃないかなあと思ったりもする。・・・ところが、ネットで調べると面白い情報を得ることができました。インターネットって本当に面白いですよね。「情報」は目の前にあるのに、その「事柄」に興味が無ければ、一生その情報にアクセスできない、つまり「本屋」や「図書館」に山ほど本が並んでいるのに、「興味に繋がる接点」が無ければ、「知識」にはなり得ないという極めて単純な図式なんですよね。でも、今回「私」は、この「柿」にとても興味を持ってしまったんです。それが・・・・とてもとても面白くて、「柿の世界」を広げたくなるんですよね。

皆さんは「柿」「柿の木」から何を連想・想起されますか?人間ってどんな人生を歩んで来ようが、そんなに「柿」に思い入れを持たないんじゃないでしょうか???そうでもない人もいるような気もしますが、私には「想像」がつかないですね。まず、やはり「柿」と言えば「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」・・この俳句、そんなに良いですかね?でも、そんなことより、この「俳句」が詠まれた背景にはどのような「エピソード」があったか、ご存知でしょうか?この句を詠んだ人は「正岡子規」ですね。この人物は34歳の若さで逝去してしまった、なかなかインパクトのある人物ですよ。そもそも「子規」という名前は、あの「ホーホケキョ」のホトトギスの異名です。なぜそんな名前をつけたかと言えば、中国の故事に「杜鵑の吐血」という言葉があります。「鳴いて血を吐くホトトギス」という言葉が「結核」に冒されて血を吐いている自分の姿に重ね合わせて,俳号にしているんです。まさに「死期を悟った子規」を生きるということだったんでしょうね。

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実際「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」という俳句は、なぜこんなに有名になったのかよく分からないですが「流行語」と同じように「リズム」が良かったし「人口に膾炙する」という言葉があるように、人々の口々に言われると「名句」になってしまうんですね。でも、歴史を紐解くと、この「句」は本当に法隆寺の傍で「鐘の音」を耳にして作ったようではないと言われているんですね。本当は「東大寺」の鐘の音だったのに、語句の響きが「法隆寺」の方が数段良かったんでしょうね。そんなことより、正岡子規が「柿」に関する「俳句」を他に作っているかですよね。・・・・ありました!!!

 柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな

 渋柿やあら壁つゞく奈良の町

 渋柿や古寺多き奈良の町

 我死にし後は 柿喰ヒの俳句好みしと伝ふべし

 「柿喰えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」は普段の子規の俳句の「調子」「リズム」とは異なっていると言われています。彼が公私にわたって世話になっていた夏目漱石が「鐘つけば 銀杏ちるなり 建長寺」と詠んだのに対する「返礼の句」とも言われています。私も大の柿好きですし、特に熟した柿の中にまだ硬い部分が残っている柿は何よりも好きですね。正岡子規も前記した俳句のように本当に「柿」「樽柿」が大好物だったようです。

 別に正岡子規のことを書こうなんて思ってなかったんですが、私の実の父親の「巧さん」も子規の郷里の愛媛県温泉郡に生まれているんですね。親父と「正岡子規」について話をしたなんてこと無かったですが、勉強は大好きで「山口高商」(1951年山口大学に移行)を卒業しているので、本気で「文学」に関して話をすれば、きっと面白かったに違いないなあと懐かしく思い出したりしています。

 話は「柿」つながりで、方向転換しますが、「柿」の登場してくる話は、そんなにごろごろ転がっているわけではなさそうだ。「桃から生まれた桃太郎」がいれば「柿から生まれた柿太郎」がいても何の不思議もないのに、「サルカニ合戦」以外に探し出せたのは、「日本むかしばなし」の「種なしの柿」の話くらいだ。「猿蟹合戦」という話は「あだ討ち」の話だ。原本では蟹と仲間にやっつけられて、最後は「臼」に潰されて死んでしまうが、昭和末期以降は「子供の教育上良くない」と判断されて、猿は傷を負う程度で、反省して皆と仲良く暮らす話になっている。しかし、世の中「ハッピーエンド」で終わる話ばかりがあっては困るのは当の「本人」だ。こんな「くだらない対応」で「教育」をしていると思い込んでもらっても迷惑な話だ。

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 「柿」をテーマにしても話はつきない。でも、和美さんの「疑問」にまだ答えられていない。最初思っていたように「柿」は「日本原産の果物」に間違いはなかったのでしょうか?日本の柿は16世紀ごろにポルトガル人によってヨーロッパに伝わり、さらに「アメリカ大陸」に広まっていきました。でも、現在は中国・韓国・日本で91%、後はイタリア・ブラジル・イスラエルの一部で食べているようです。学名は「Diospyros Kaki」ですから世界中で通用するようです。
「じゃあ、パーシモンって何?」・・・「パーシモンはアメリカ東部原生の小さいアメリカ柿」のことらしいです。よくパーシモン製のゴルフクラブの話って聞きますよね。・・・では、日本の柿はどこから来たの?縄文時代・弥生時代の遺跡から柿の種が出土しているんです。ところが・・・・中国では紀元前2世紀の遺跡から柿の種が出土しているんです。やはり「歴史」は「中国」が先なことが多いね。確かに「中国伝来」のことって多いし、日本の文化も「中国・シルクロード」を経てヨーロッパに伝来しているのです。

たった「柿」ひとつから「教訓」を学び、一人の日本を代表する「柿の俳人」の人生に感動を受け、柿の「原産」の歴史まで学べたという「世界」は面白い。その中には決して「主義」「主張」が無いわけではないが、今、安倍晋三が進めようとしている政治世界は殺伐として何一つ面白みないし排他的だ。格差社会をますます推し進めていくことにしかならない。本当の「平和」を追求してくれる「柿のような人」に「政治」を担って欲しいものだ!!

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by taira710 | 2014-11-15 00:33 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人間は「なんじゃもんじゃの木」を心の中に植えるべし!!!

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 人間の「好奇心」はどこから芽生えてくるの?

  「なんじゃもんじゃの木」と「人間の知識欲」の「源泉」はどこにあるの?


 毎度おなじみの「はなかっぱ」の話で申し訳ないが、かっぱの頭には昔から「お皿」が乗っているというのに、この「やまびこ村」の主人公の「はなかっぱ」やその家族の頭の上には「花」が咲いている。このアニメのモチーフというかテーマはもちろん「花」が大きな役割を担っているので、エコロジー「環境問題」ではないかと思いつつ観ているが、子供相手の番組なので、そんなに深刻で深いテーマは盛り込まれていない。それでも、その日のテーマに沿って、はなかっぱが頭のてっぺんに「新しい花」「不思議な花」を咲かせる時のテーマ音楽がなんともユニークで、私も大好きで、夕食を食べながら家内と一緒に歌っている。「春夏秋冬、朝昼晩(しゅんかっ!しゅうとう!あさひるば〜ん!はなさけぱっくん!う〜っん!かいか〜っ!)・・・・・はなかっぱが踊りながら歌うので、本当にウキウキしてまう。

 登場人物は家族のほかいろいろ登場するが、悪賢い老人「黒羽根屋蝶兵衛」の修行中の弟子「がりぞー」と孫娘の「アゲルちゃん」の存在がなんとも小憎らしいほど面白い。二人は黒羽根屋蝶兵衛からはなかっぱ一族が咲かせるという若返りの植物「わか蘭」を手に入れるように命令されているが、がりぞーはいろいろと笑える失敗を連発してくれるし、アゲルちゃんは「はなかっぱ」に「ホの字」だし、我儘な性格で自由奔放だから、なんでも「適当」だから笑えてしまう。「わか蘭」も「分からん」のパロディーのようだ。

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 実はこの前のストーリーでは「なんじゃもんじゃの木」が頭のてっぺんに咲いてしまっていた。この木が咲くと「どんなことでも疑問に感じて知りたくなってしまう」ので「なんで?」「なんで?」を連発してしまう。例えば「何で花にはいろんな色があるの?」「なんで地球は丸いの?」「飛行機はなんで空を飛べるの?」「宇宙に果てはあるの?」・・次から次へと尋ねられるので父さんもお母さんもおじいちゃんも大変だ。家族が必死になって調べて教えようとするが、その時は「なんじゃもんじゃの木」は萎れてしまっている。家族から次々と難しいことを言われても、さっぱり分からなくなってしまっている。最後は悲鳴を上げているはなかっぱの泣き顔だ。

 実は「なんじゃもんじゃの木」はこの世に存在している。「ヒトツバタゴ」とも呼ばれているが、学名「チオナンサス」には「雪の花」の意味がある。春に白いプロペラ形の花を咲かせ、まるで「雪を被ったように」見えるが、寂しいかな「あっ」という間に散ってしまうらしい。一度、実際に見てみたいものだ。その木が明治時代の東京の「青山練兵場」(明治神宮外苑)の道路沿いにあった。毎年、不思議な魅力を見せるので、民衆の関心を集めたが、誰も「その木」の名前を知らなくて「なんじゃ、この木は?」「なんの木じゃ?」と繰り返されるうちに「なんじゃもんじゃの木」という呼び名になったらしい。

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 それにしても不思議なのは、人間という種族は、他の動物に比べて随分と「知識欲」「好奇心」が旺盛なように感じるが、小中学校の義務教育の期間には、文部科学省の監修している枠組みの中での「科目・知識」であるために、全く関心を示せないというか「勉強嫌い」の子供が何人もいる。しかし、「蒸気機関車」「飛行機」などに関しては極めて専門的な知識を持っていて、決して「知識欲」に目覚めていないわけでは無いようにも感じられる。

私も人のことは言えない。小学校の頃の私は「切手」「プラモデル」「マンガ」「テレビ」以外に何かに関心があったように思えない。中学校ではさすがに「英語」と「社会」には関心を持てたが、やはり「知識欲」のたかが知れていたように思われる。というのは、未だに「知らないことが多すぎる」し「専門的な知識なんて」ほんのわずかしかない。でも、人類の歴史を振り返ったり、ノーベル賞受賞者の「功績」だけでも少し深く勉強すると、「よくこれだけの世界を構築できるまで勉強したものだ」とその知識欲の深さに感心してしまう事が多い。単なる動物のように、「食欲」と「性欲」という本能のままに生き続けていくということより、人間は新天地を求めて、新しい環境に適応していくこと、さらに農業や工業や商業・漁業の世界において次々と工夫し、新しい道具や機械を発明して、なんとも多様な社会を作り上げていく不思議な「種族」だ。

 「知識」を得ることが本当に「喜び」「快感」と感じられるようになったのはいつ頃からなんだろう。高校・浪人・フリーター時代は本当に「雑学全般」に興味があったが、看護師を目指したときから「専門知識」の面白さに感動させられた。あの時は体力の続く限り勉強していたように思う。どこがその分岐点だったのか、正確には言い当てることができないが、私の両親は確かにいろんなことを知っていたし、私が何に興味を示そうが、それに対して注意をしたり否定したりすることも無かったように思う。最近、「知識欲の根源」はこれじゃなかったんだろうかと思うことがある。「数学」なんて最低点を取っていたが、それに対しても口出しされることも無かった。私にとっての知識欲の源泉は、決して「学校」で学んだわけではなく、結構物知りだった両親や兄弟の影響が大きかったように思う。

 「知識欲」に関してはかなり長い期間いい加減だったように思うが、「好奇心」だけはこれは小学校に入学する以前から極めて旺盛にあったように思う。「遊び」に関する好奇心は人並みはずれてあったように思う。「宝島」「天下町人」「おしくらまんじゅう」「ひっつきむし」・・あるあるなんぼでも新しい遊びを考えてはクラスメートと遊んでいたし、新規な遊びを学校に持参しては流行らせていた。高校時代も「オモロイ」友達とよく遊んでいたし、フリーターの時期はいろんな職種を経験しながら、なおかつ「アンダーグラウンド演劇」「映画」に「深夜放送」と様々な媒体に興味を示していた。

 「知識欲」と「好奇心」とには大きな開きがある。例えば、性欲の中枢は視床下部にあり、食欲の中枢は摂食中枢にあるが、その中枢は「隣接」している。その為に食欲中枢を刺激すると性欲中枢も刺激される・・・なんてことは「好奇心」を満たしてくれる。その手の「情報」は「ほんまでっかTV」が見事に演出してくれるし「好奇心」を見事に満足させてくれるから笑いながら見ていられる。ところが、あの番組を観ながら「知識欲を満たしてくれる番組」だと受け取っている人は、かなり重症だ。

「知識欲」は「本の虫」という寄生虫を体内に飼育しなければいけないようです。好奇心が旺盛すぎて、一冊の本に集中して「読破」できないような人間には「知識欲」が生まれません。どんな本でも一冊読み通すと、その本が面白ければ、視覚神経から言語中枢に刺激を与え、なんと普段分泌されることのない「脳内麻薬」が忘れられない「快感」を味あわせてくれるのです。これが、知識欲の「初体験」とでもいうべきものだと思っています。私は過去にひとつの体験を経験しています。それは推理小説の面白さでした。特に松本清張の「点と線」を読み終えたときの「快感」「充足感」は忘れることができなかったです。あの後、かなりの年数、推理小説を読み続けました。もう一冊はコンラート・ローレンツの「ソロモンの指環」でした。動物行動学者の著した一冊は「人間」という種族の驕りや傲慢さを動物の「叡智」を知らしめられることで教えてもらえたような気がしました。


 最後に「知識欲」は、下克上を引き起こす最後の「砦」のようです。この21世紀、人間は生れ落ちた時から、自分の「生活レベル」はある程度「限定」されてしまいます。食べたいものも十分に食べられない。素敵な女性とも自由にデートできない・・・でも、知識欲だけは、その壁を突破できる「力」を与えてくれる唯一の「武器」と思わせてくれるもの・・・・それがなければ「起業」するとか「夢」が持てないですよね。「知識欲」はいい大学に入って、良い企業に勤めて、出世して、先々は「部長・専務・社長」まで登りつめる。ただ、「知識偏重人間」は「品格のある人格者」に簡単になりえるかというと大いなるクエッションマーク?が付きまといます。

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 人間には「好奇心」「知識欲」は絶対に必要です。どんな職種世界にも「専門知識」が必要とされている時代です。でも、「知識」が「良き人格」を形成するための必要十分条件とは言えないんです。人間には大脳辺縁系という場所があり「扁桃体」「海馬」という重要な役割を持っている組織があります。その組織が十全にその機能を果たすことができるように「育成」することも必要なのです。人間とは実に「総合的」な存在なのです。でも、この世に生まれて、ある意味20年間も不完全な存在だし、老いていけば「認知障害」という不完全な存在にもなってしまう。その間も決して「完全」とは言えない。つまり、この世に生れ落ちた人間は、どのような「環境」におかれていても、日々「努力」しなければならない存在ということです。


 人間には、本来は「なんじゃもんじゃの木」を探してみたいとという欲求があるように思います。でも、人それぞれに「個性」があって、いつも欲しがっている訳ではないようですし、人生の中で早くに「なんじゃもんじゃの木」に出会ったほうが「幸せ」になれるという保障もありません。しかし、これだけ様々な種類の「知識」があり、これだけ貪欲な「好奇心」がある多様性のある世界で、まったく「知識欲」が芽生えてこないなんてことはないと思うのですが・・・・それには、自分の身近な存在の「家族愛」がどうしても必要とされていると感じるようなケースに出会うことが多くなっています。人間は「知識欲」や「好奇心」以外に、誰のために「勉強」するのか、何のために「勉強」するのかという「愛の対象」と「目的意識」をも必要としている「複雑で我がまま」な存在でもあるように思っています。


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 今年のノーベル平和賞はパキスタンの「マララ・ユスフザイ」さん17歳に授与されました。彼女は「女性と子供たち」への教育の必要性と保障を訴えています。それほど、パキスタンの女性と子供たちは「教育」と「知識」に飢えているのだと思います。現在の日本の教育は「あまたの情報」が溢れているために、子供たちは「いろんなことを知っている」と錯覚していて、義務教育の「教育内容」を「苦痛」と捉えてしまっている生徒がいるように感じてしまいます。でも、「情報」と「知識」とは違うことを「ひとつの哲学」として教えてあげることが必要なのではないでしょうか。それは人生を生き続けていくにあたって「勉強」を何故しなければならないのか?という「究極の課題」に真摯に答えてあげること。そして「なんじゃもんじゃの木」を探し当てられるように「知識の冒険」に旅立つことを教えてあげることだと思います。それこそかが大人に向かっての「自己実現」の道程なのです。

 

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by taira710 | 2014-11-13 20:12 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「全地球測位網」って何のこと・・地球と人類の生命を守る方法!!

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  ハワイが日本列島に近づいている・・・・ ???

グローバル・ポジショニング・システムで分かる地球の不思議・・・





 毎年、年末年始に日本人、特に芸能人が訪れることの多い「ハワイ諸島」が毎年7センチずつ日本列島に近づいてきているという「事実」をご存知だろうか。ハワイ諸島には「キラウエア火山」があり、いまも活火山として「溶岩」を噴出しています。その下にはマグマがあり、さらに地球の内部を構成している「マントル」が存在しているのです。そして、ハワイ諸島は「太平洋プレート」という巨大な「お皿」の上に乗っかっています。ハワイ諸島はプレートが移動するにつれて、同じように移動していくのです。なぜそんなことが分かったかというと、1984年からGPS(
Global Positioning System=全地球測位網)を使用して、ハワイと日本の茨城県鹿島との「距離」を測定し続けてきて、その数値を分析した結果、毎年、約7センチ短くなっていることが分かったのです。不思議なことですが、「2〜3センチ」という情報もあります。


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 でも、皆さんが「地震」が発生する原因でご存知のように、地球は何枚かの「プレート」で覆われているので、プレートがぶつかったり、潜り込んだりするので、日本列島に近づくころは「日本海溝」に沈んでいくと考えられていますし、ハワイ列島のあった地域には、またマグマの活動が継続していれば、新たな「新島」が生まれるに違いないと推測されています。実際にハワイと日本との距離は6400Kmも離れているので、およそ9000年も先のことなんですが、地球の内部には「対流し続けているマントル」があり、マグマを噴出し続けている「火山」があり、移動しつづけている「プレート」があるということは、「地球」は明らかに生命体のように生きているということです。それも「活動の真っ最中」ということを証明しているようなものです。・・・・にも、かかわらず「日本政府」は何とも「安易」に「原子力発電所」を再稼動しようとしています。


 今回は人間にとっては極めて「当たり前」になってしまっている、このGPSは今後はどのように活用されていくのでしょうか・・・その「展望」をこのブログで推測してみたいと思っています。ごく身近に存在しているのは「スマホ」を使用している人は、その「位置情報」です。自分がどこにいようとも「電波」さえ届く地域であれば、地球上のどこにいても手元にあるスマホの画面に自分が一体どこにいるのかを地図上に示してくれます。車を運転する人たちにとっても、とても役に立っている「カーナビ」は「自動車経路誘導システム」のことで、「経路情報」と「GPS機能」が合体してシステム化されています。


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先日、ニュースに面白い記事が載っていました。毎回、窃盗事件の中で「ATMの器械」が器械ごと盗まれるニュースの度に、何でもっと「対策」を講じられないのや!と呆れてしまっていたのですが、車の馬力でそもそも「破壊」されてしまうような安易な「基礎工事」、さらに多額の現金が中に収納されているにもかかわらず、何とも無用心なことだ。どうせ他人の金で「保険」をかけているから銀行には「実害」がないんだろうなと思っていたのですが、そのニュースはATMの器械に「GPS機能」を搭載という記事で、実際に犯行後、たった40分後にはその器械が発見されたというものでした。犯人が捕まったかどうかは掲載されていなかったですが、これはある意味「朗報」です。



 さらに思うのは幼い子供たちの「誘拐」「拉致」「悲惨な事件」の報道です。このような悲惨な事件は本当に心が痛みますし、犯人が逮捕されても「精神鑑定」「責任能力」というわけの分からないことを通過して「無罪」にされるなどの憤懣やるかたない結論にいたることがあります。でも、こんな状況が起こりえない、常に犯行に及ぶ人間が「未遂」に終わるように「対策」すればいいのです。最近は多くの子供たちがGPS機能を搭載した携帯電話を所持させていたりしていますが、義務教育を国家予算で行うなら、国家予算で子供たちの「生命」を守るように「対策」しなければいけないのではないでしょうか。まあ、小学校の高学年、中学生にもなれば「子供たちのプライバシー」の確保も大事だとは思います。それは「任意」でいいのですが、やはり幼児・小学校低学年の子供たちの命を守るシステムは「GPS機器」をもっと活用して、一般的にしていっていいのではないでしょうか。



 現在、地球の上の宇宙空間には無数の「人工衛星」が回っています。もう劣化して役に立っていない「宇宙のゴミ」といわれる存在もあります。そもそも「GPS人工衛星」は軍事用に開発され、「敵国」の状況を宇宙空間から「偵察」できるように打ち上げられてきたのです。現在30個のGPS衛星が打ち上げられていて、その内、3個あれば、地球上の全域をカバーできるのですが、約2万キロメートルの高度を、1周約12時間で周回しています。そもそも3個のGPSからの電波を受信できれば「位置」が確定するのですが、ほとんど位置情報・原始時間情報の「誤差」を無くすために、4個のGPS衛星からの電波を受信して、より「精度」を高めているのです。


 本当に不思議に思うことがあります。昨年、日本列島縦断旅行をしていて、その間、Wifiの電波が通じる領域においては、見事に「位置情報」がスマホの画面に表示されるのです。列車や船に乗っていれば、その進行に合わせてリアルにブルーのドットが移動していくのですから、このシステムは本当に凄いと思わせられます。



 ただ、残念なことは以前に「気象予報士」のこと、そして「地震科学者」のことに関してブログに書きましたが、余りにも「専門性のレベル」が低すぎて、誰一人「専門家の名誉をかけて」馬鹿な政治家どもに「原発の再稼動は明らかに間違いです」と進言する人間がいないという事実です。原子力規制委員会・規制庁のメンバーは政府に飼い殺しにされているような存在です。GPS機能の精度と「分析能力」がより高められていけば、もっとさまざまな地球的規模の「自然の動き」が明確になるはずです。

 「プレートテクトニクス理論」では地球の大きさ規模からいえば、厚さが数十キロあるプレートと呼ばれている地殻岩盤は「卵の殻」ほどの存在でしかないといわれているのです。そんな脆い岩盤の上のさらに火山活動の多い日本列島の上に原子力発電所が何と全国17箇所、48基もあります。現在は稼動している原子力発電所は「ゼロ」で、電力供給は十分に賄われているのに、何故に再稼動を急ぐのか?「廃炉」にされている福島原発は「6基」もあるんですよ。ニュースでは「1〜4号機」しか話題にされないですが、廃炉の中ではメルトダウンは進行し続けているのです。


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 インド大陸がユーラシア大陸に「衝突」して、「ヒマラヤ山脈」が形成されたことは、歴史的地理的地学的事実です。正確に「科学的」に証明されています。そして、ヒマラヤの頂上の最高峰はエベレストは8848メートルの高度があります。火星には1万5千メートルを超える山が存在しているのに、何故地球には1万メートルを越える山が存在していないのでしょうか?それは地球自身が常に丸い球体でいようとする「重力平衡形状」という性質をもっていることで、8000メートル以上の高所では、ほとんどの季節、なんと時速320キロという凄まじい「爆風」が吹いていて、それ以上の高さを維持できないようになっているからです。当然、「隆起」という大規模な地殻変動が起きない限り、エベレストの標高は下がり続けていくでしょう。

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 GPSに関しては独自の「数式」があります。でも、それこそ、そんなことは「専門家」が知っていればいいことで、私たちにとって必要な情報は「GPS機能」がどれだけ人類の歴史・発展・生命維持という「究極の課題」に貢献してくれるかということです。ミサイルや誘導爆弾に装備され続けてきた「GPS装置」は今や航空機・船舶・カーナビ・スマホ・デジカメと広範囲に活用されています。私の所持しているスマホには1000枚以上の画像が保存されていますが、なんと同じ場所で同時に撮影した写真には「高槻市栄町」「大阪市北区」「摂津市」「茨木市別院町」など町名まで明記されているのです。普通の生活をしていても「プライバシー」はやはり重要な課題ではありますが、何か「プライバシー」にしておきたい「秘密」にしておきたいことがありすぎるのも問題です。


 「人間」は「社会的生物」のはずなんですが、だんだん「個人的生活」が優位となり、隣の人が何をしていようが関係ないと思う人が増えています。それは人間が人間に「不信感」を募らせている証拠でもあります。昭和時代のように「社会で子供を育て」「社会で子供を育て」「社会の一員」としての成長を願う・・・そんな暖かい人間の繋がりができる社会に向けて「GPS機能のある装置」がとても役立つ時代の到来が来るように思っています。
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by taira710 | 2014-11-12 13:34 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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