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「蛮勇」と発言した役人は謝れ!!戦場ジャーナリストの使命感と役割!!

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 戦場ジャーナリストの宿命と勇気

戦場の真実を一体誰が伝えるのか・・・
・・誰かが行かないと!!!


  家内の和美さんとは些細なことで「口論」になることはあるが、翌日には双方ともケロっとしている。その時は「主張」し合うことが多いが、よく考えてみると和美さんのほうが正しいことが多い。しかし、たまに「価値観」の相違が明確になり「議論」にいたることもある。それは、先日のニュースで問題になったフリーカメラマンの「杉本祐一さん」のシリアへの渡航が、外務省の「旅券返還命令」により中止をせざるを得ない状況になったことに関してである。先日のイスラム国のテロリストによる日本人惨殺の事件直後だから、警察と外務省はまずは「渡航中止」を勧告したが、杉本さんが応じなかったので、外務省が「旅券返還命令」を出した。根拠は「旅券法」に規定されている「邦人保護規定」の適用によるものだ。こんな規定があることを初めて知った。

 このニュースが報道された直後に「議論」になった。ほんの少し前に日本人二人がイスラム国のテロリストにより斬首された直後のことだから、同じようなことが続くと国家の威信に関わるというか「日本政府は国民の生命を守ることさえできないのか!」という非難が国民的規模で起こることは必死だ・・・・・だから「旅券法」を持ち出して、「旅券」を強制的に返還させたことは正しい。家内の言い分は、もし「渡航」を許可して、また同じようなことが起これば、また様々な対応に奔走しなければならないし「税金」がそのようなことに投入されるということが許されないらしい。「自己責任」や「自業自得」とか言うが、実際のところ、日本政府としては「放置」できないし、そのことにより本来日本政府が抱えている「課題」「法案」審議がどんどん先送りになってしまう。それは自己責任という「個人」の範疇で済む問題ではないからと主張する。

 さすがに「頭の切れる女」は言うことが違う。しかし、私は以前にもブログに書かせてもらったことがあるが、「ジャーナリスト」は独自の理念と、自分なりのリスクマネージメント意識があり、今回の杉本祐一さんのシリア渡航の目的は、本人が外務省担当者に説明している通り、「トルコ経由でシリア」に入国し「クルド難民キャンプ」の取材だ。外務省の役人の感覚・価値観と戦場ジャーナリストを自分の生業として生きている人物との価値観が同一としたら、そんなジャーナリストは「戦場」には行けない。杉本さんは戦場カメラマンだが、それはもう「ジャーナリスト」と同義語である。

 戦場ジャーナリストの歴史に中には、本当に数え切れないほど「悲惨で残酷な」結末が刻み込まれている。今回の事件の後、杉本祐一さんは日本外国特派員協会で記者会見を行い「私の事例があしき先例になり、報道・取材の自由が奪われることを危惧している」

「旅券を失うことは、フリーカメラマンの仕事を失うことであり、私の人生そのものが否定されることだ」と訴えた。つまり「フリージャーナリスト」としての生命線を日本政府の「面子」のために断ち切られたという怒りだと思う。

 私は「戦場カメラマン」「戦場ジャーナリスト」は特別な存在だと思っている。その土地の外国語に精通していて、大抵は「フリー・ジャーナリスト」で自分自身で選択していく。ジャーナリストが「戦場」に入っていき取材することで、「敵」と「味方」の双方の問題点と悲惨さが明確に浮かび上がってくる。朝鮮戦争しかりベトナム戦争しかり中東戦争、イスラエル・バレスチナ戦争そしてイラク戦争・・・・「戦争」には100%「情報戦争」が付きまとう。太平洋戦争でも一体どれだけの嘘っぱちの情報が喧伝され、日本国民が政府によって「愚弄」され続けたことか!ベトナム戦争の枯葉作戦・ナパーム弾の使用・・あの報道が無ければ、あれだけの「反戦運動」は展開されなかったように思う。イラク戦争の取材により、ブッシュ政権の「嘘」を暴き、正当性のある戦争ではなく、9:11に対する「報復戦争」であったことがどれだけ見事に立証されたことか・・・・

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 ハンガリー生まれのアメリカを代表する戦場カメラマン「ロバート・キャパ」は1913年〜1954年を生き、スペイン戦争・日中戦争・第2次世界大戦のヨーロッパ戦線、中東戦争・インドシナ戦争の5つの戦争を生き抜いてきたが、インドシナ戦争の最中、「地雷」に接触、爆発に巻き込まれて死亡した。満40歳という若さだったが、彼の多くのありのままの真実を伝え「20世紀を代表する報道写真家」とも言われている。彼の恋人だった「ゲルダ・タロー」もスペイン内戦を取材中に戦車激突事故にあい26歳の若さで亡くなっている。彼と彼女の人生の選択のどこが「蛮勇」と否定されるのでしょうか?国を代表する人間(高村政務次官)が後藤健二さんの「行動」を「蛮勇」と否定するだけの、「一体何を」あの男は持っていて・行動してきたとでも言うのでしょうか。何事も「秘密」にしてしまおうとする人間の傲慢さと愚かさを感じる。あの「蛮勇」という言葉で、後藤さんの遺族はどれだけの悲しみを感じたことか・・・・・・

 「ウィリアム・ユージン・スミス」も世界的写真集団「マグナム・フォト」の正会員でアメリカの代表的な写真家だ。第2次世界大戦中にサイパン・沖縄・硫黄島に派遣され活躍していた。1945年5月沖縄で日本軍の砲弾の爆風で負傷、1978年に亡くなるまで生涯「後遺症」に苦しみ続けた。

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 日本人の報道写真家だった「沢田教一」はベトナム戦争を撮影した「安全への逃避」で数々の賞を受け、あの「ピューリッツァー賞」を受賞している。彼の「敵を連れて」「泥まみれの死」を観た人間は、彼がわずか34歳の若さで、カンボジアで取材中に何者かに狙撃され絶命してしまった彼を「誰が」一体否定できるのか!「一ノ瀬泰造」は1973年26歳の若さで激戦地だったカンボジアのアンコールワットに単身取材に入り、クメール・ルージュに拘束され処刑されている。

 「命」は何よりも貴重だ・・・だが、戦場カメラマン・報道写真家が「命を粗末」にしていたとは思えない。一ノ瀬泰造は「旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら“サヨウナラ”!」という言葉を残しています。それはもう「使命感」としか呼べないものじゃないでしょうか。「蛮勇」と批判した高村正彦は1942年生まれの72歳です。中央大学法学部を卒業し、23歳で司法試験合格、弁護士登録をしている。1980年に父親の地盤を引き継ぎ、衆議院選挙で初当選、以来35年間常に「安全圏」にいて、私たちの税金を飯の種にしている。こんな「輩」に戦場カメラマンのスピリットが分かるわけが無い。

 2007年に映像ジャーナリストの「長井健司」はミャンマーのヤンゴンで軍事政権に対する反政府デモの取材中、軍兵士に至近距離から銃撃され殉職したと「報道」されている。彼は常々「誰も行かないところに誰かが行かなければ」と語り、パレスチナ紛争、イラク戦争、アフガニスタン空爆などを現地取材し続けてきた。彼は50歳で亡くなっている。・・・・でも、誰かが・・・「独りよがりの馬鹿な政治屋ども」によって引き起こされる「戦争」には「虐殺」があり「報復」があり「非人道的行為」がまかり通る・・それを白日の下に晒さなくてはいけないという「使命感」・・・それをお前はいまだに「蛮勇」と呼ぶのか!

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 1991年にノーベル平和賞を受けたミャンマーのアウンサンスーチーさんは2010年11月13日に14年9ヶ月に及ぶ「投獄・軟禁状態」から解放され、2012年1月10日、国民民主連盟中央執行委員会議長に選出され、現在もミャンマーの民主化のために尽力されている。長井健司さんの「映像」は彼女の「解放」に何らかの役割を果たしたに違いないと私は信じている。そして、彼女の生き様が「政治家」の有り様を象徴的に現しているように感じられる。

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by taira710 | 2015-02-26 14:06 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

貴方には幾つの「楽」がありますか?人生、生きてて楽しいですか?

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  私の人生に「三楽」あり・・「硬式テニス」「アルトサックス」そして

  「旅・人との出会い」・・・・目の鼻の先の「三楽」って?


 人生はくよくよなんかせず「楽しく」生きるのが肝要だ!過去を振り返れば人生様々な「苦労」があったし「悩み」があったし「辛さ」を味わってきた。でも、どれひとつとっても、それが「自分」をダメにしたなんてことは一つもない。みんな、それは私の中では生きるバネのようになっている。昨日は「茨木テニス」の日で、毎週火曜日の夜は茨木中央コートで仲間とテニスを楽しんでいる。でも、仲間にお孫さんが生まれたり、親の介護で帰郷されたりで、7人ほどのテニスが最近は「3〜4人」で頑張って継続している。24日のテニスでは午後6時からのスタートで、ストローク練習した後「KATOU先生」「UMEDA先生」の二人相手にして「ダブルスコート」で試合をし、「4-1」で私が勝利した。こんなことは初めてのことだが、決して相手が弱すぎたわけではない。私の調子がすこぶる良く、コート内を縦横無尽に走り回って取り捲った結果だった。

 そんな「テニス」は私にとっては「生きる糧」の一つだ。本当に「テニス」が出来ない身体になってしまったら、どんな「ストレス」を感じなければならないんだろうと悲しくなってしまう。そんなテニスの後、時折「寄り道」するのが私の密かな楽しみになっている。というのは午後4時過ぎまで仕事をして、自宅に帰るともう午後5時前だ!テニスは午後6時から始まるので、午後5時36分の阪急電車に乗って茨木に行かなければならない。ということは「夕食」をゆっくり摂取する時間がずっと取れないでいる。それに、テニスの前に食べ過ぎると身体に負担がかかりすぎて「健康」にマイナスなので、和美さんの作ってくれた「焼きそば」くらいを腹に入れて出かける。すると、もうテニスが終了する午後8時過ぎにはかなりの「空腹感」と夏場などはかなりの「口渇」を感じる。

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 そんな時に、今までは何とか我慢して自宅に戻り、家で適当に「アテ」を作ったり、和美さんの作り置きしてくれている「切り干し大根」や「野菜の煮物」「ひじきの煮物」などを肴にしてビールを飲んだりしている。でも、最近は「開拓精神」が極めて旺盛で、また知らない店に入って食事をしてみたくなってしまった。・・・・実は最初にその店の存在を知ったのは、もう4年も前のことだ。茨木市から歩いて10分ほど位の場所にある小学校に「介助員」として勤務していたころに、3年生の授業で「地域探検」というような体験授業があり、私も車椅子の生徒を介助しながら、地域を巡り、「ここが茨木神社です」「ここが茨木市役所です」「ここが茨木消防署です」など地域の重要施設を巡っていたが、私は路地の奥にあった「割烹料理 三楽」という店の事が記憶に残ってしまった。

 

 それから、翌年は水尾地域の小学校に異動になったので、その「店」のことは忘れてしまっていたが、現在の中学校で「介助員」として2年目を迎えるようになって、いつもレンタサイクルでテニスコートの生き返りに、その「三楽」のビールジョッキの形をした照明看板のオレンジ色が気になっていて、それでも、「いつか行ってみたいなあ!どんな店なんやろ!」と思いながら、月日は流れていった。昨夜、思い切って自転車を止め、テニスバックを背負いながら、その店の立派な格子引き戸を開けてみた。

 「良いですか?一人なんですけど!」と声を掛けると、何と柔和な表情の白髪のいかにも「料理人」という小柄な男性が「どうぞ、どうぞ」と優しい声をかけてくれました。お店の中には年配の男性がカウンターに座っておられて、瓶ビールが2本空いていましたし、「一人鍋」を楽しんでおられました。カウンターが広く、店内は清潔感がありますが、年季を感じます。荷物を隣の空席に置かせてもらって、まずは「生ビール」・・・暫くして突き出しがスッと出されます。その突き出しの「品」の良いこと。「これは料理が出来る人だ!」と想像できました。そして「卵焼き・とりきも・菜の花」です。それぞれの味わいに、とても「安心」させてもらいました。

 お品書きもあるんですが、今日のお勧め品は「黒板にチョーク」で書かれています。学校の先生でもされていたんでしょうか?「かんぱちの塩かま焼き」は焼き物のレベルを判定するのにぴったりです。それを注文し、日本酒の「熱燗」をお願いしました。大きな徳利で出てきます。「1.6合」は入っているとのことでした。日本酒を味わいながら待つこと7〜8分・・・実に美味しそうに焼けた「塩かま焼き」が出てきます。塩加減はぴったりです。もう食べられない骨だけを残して、見事に食べきりました。ご主人に褒めていただきました。

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 もう、先客も帰り、ご主人との二人だけの「会話」は盛り上がります。もう9時を回っていましたから、「もうお客さんは来ないかなあ!」と思っていたら、何とも「豊満な感じ」の熟女がひとり格子扉を開けて入ってこられるじゃありませんか。私とは7席ほど間を空けて座られたんですが、最初の一声が「今日は熱燗でももらいましょうかねえ!」と何とも色っぽい声で注文されるじゃありませんか。「お造り何かありますか?」「今日はちょっとお勧めできるようなものが・・・」・・・これは「常連さん」に違いない・・・この9時を過ぎる時間まで「会議」をされていたとのこと。さらに「熊本から帰ってきたばかりなんですよ」とご主人ととても親しそうに話されている。

 「熊本」と耳にしたらもう話しかけないわけにはいきません。いや、それからご主人も含めて3人で話の盛り上がること。その女性の「声」がまた素晴らしく、間違いなく「アルファ波」が溶け込んでいる心地よい声・・・「いい声されていますねえ!」とベタほめすると「そんなこと言われたことないですけど、嬉しいですね」「先ほど、年齢お聞きしましたけど、とてもお若く見えますねえ!」とお互いに褒め言葉の応酬。彼女は全国を飛び回って何か「商売」をされている様子だが、「正体は不明」「ボランティアなんですよ!」なん言葉も聴かれるが、指には大きな「指輪」が・・・・

 ご主人も「話術」が巧みで、さらに「記憶力も抜群」・・・内緒の話だが、ここはどうも茨木の教育関係者の「隠れ家」のような雰囲気だ。私の知る人の名前が3人も登場して「驚き桃の木山椒の木!」ご主人の腕のほどの確かさは間違いなし、居心地も最高・・・そして気の利いた会話のできる常連さん・・・・彼女は以前、このお店の近くに住んでおられて、本当に「常連さま」だったとのこと。家は遠くなったが、今でもひょっこり顔を出されるとのことだ。いや「存在感」のある女性でしたね。私は私の奢りで「熱燗のお代わり」を勧め、彼女は私に「焼酎のロック」のお代わりを勧めてくれる。意気投合とはこのことだ!私は「山芋たんざくにタコの薄切りをいれてください!」と注文して飲み続けます。

 何と23時近くになって、彼女は「ご縁がありましたら、またお会いしましょうね!」と笑顔で帰っていかれました。私は彼女から頂いた焼酎ロックを飲み干すのに、もう暫くお邪魔していましたが、23時10分にはおいとまさせて頂きました。何とも楽しい宵でしたねえ。時間の経つのは早いものです。

 でも、これで終わらなかったんです。駅前まで行って、喋ってばかりいて、突然に「空腹感」が襲ってきました。茨木駅前の有名な「ごはん処・やよい軒」に立ち寄って、何を血迷ったのか「ミックスかつ定食・890円」を平らげてしまいました。私の名前の由来はこの「平らげる」に起源があることが分かりました。明日は1年生・2年生の期末テストの初日です。調子に乗りすぎたらあきませんで!

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 孟子の漢詩に「孟子曰く、君子に三楽有り、而して天下に王たるは、与り存せず」というのがあって、「父母兄弟が元気なのが第一の楽しみ」「天や人に疚しく思うことがないことが第二の楽しみ」「天下の優れた人物を弟子にして教育するのが第三の楽しみ」としているが、私には「硬式テニス」「アルトサックス」「旅・人との交流」が「三楽」と言い切ることができる。楽しかりけり人生哉!!!
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by taira710 | 2015-02-25 14:05 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

松岡修造は365日燃えている!「六曜の精神」も生きているんだろうか??

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 今日は「大安」だ!  21世紀にも息づいている「六曜」の精神

      でも「七」でも「六」でもない「五」と「十」の世界があった!!!


 
2月23日の朝・・・・朝にはいつもの「ラ・サンタマリア」グループの「朝会議」があった。今日は「大安」だったので、女子中学生が「六曜」を知っているか尋ねてみた。男子生徒にも尋ねたが知っている子は皆無だった。たった7人にしか尋ねていないので「データ」としては極めて有効性に欠けるが、「大安」「仏滅」という言葉を知らないということは、中学生にとっては当たり前のことかも知れない。私が中学生の時に知っていたかどうかは「記憶」に無い。


 「ラ・サンタマリア」グループとは不思議な「交流」が続いている。3人の女子中学生の一人「MANAMI」のお姉ちゃんが中学3年生の時に「AYAKA・YUU・MAYU」の3人グループとよく話をしていて、交流していた。そして4人で写真を撮って、昨年の4月、妹のMANAMIが中学1年生として入学してきて、わざわざ支援教室の私に写真を渡しに来てくれた。そのことがきっかけで、よくMANAMIと話すようになったが、このMANAMIが一緒に登校してくるのが「SAKURAとANRI」の3人組だった。その生徒3人は、寒い季節になり、私がいつも「紫色」のダウンを着てくるので「パープル先生」と名づけてくれた。


 私は逆に3人のグループにユニークな名前を付けたくて「SAKURA・MANAMI・ANRI」のアルファベットを並べて「20個」近く考えてみたが、「ミラクリ・アナサンマ」「三熊さんならあり」「ラサマナみくり庵」「皆様・楽ありん」「枕・皆さんあり」など・・・・・なんのこっちゃ分からん言葉ばかりしか出てこない。彼女たちのイメージにまったくフィットしない。仕方が無いので、私の名前「TAIRA」を仲間に入れて考えてみたら、一番最初に「未来無く、ラ・サンタマリア」という言葉が浮かんできた。「未来泣く」としても面白いし、まさか「ラ・サンタマリア」なんて洒落た言葉が出てくるとは思わなかった。

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 翌朝、彼女たちにも「考えてみて!」と頼んでいたが、「言葉遊び」はなかなかボキャブラリーが豊富でないと難しい。私が「未来泣く、ラ・サンタマリア」の例を出すと、その内2人が大笑いし、SAKURAだけは首を傾げていたが、翌朝「やっぱり、未来泣く、ラ・サンタマリアが良いわ!」ということになった。「TAIRAという私の名前が入ってるけど良いのんか?」と尋ねると3人共にOKしてくれた。お分かりいただけただろうか?・・・「ラ・サンタマリア」には4人の名前のアルファベットが使われている。そんな3人と朝、私が校門で全校生徒に挨拶していると、いつも立ち止まって「雑談」するようになり、「テスト」が近づくと、「試験科目」の大事なポイントについて話すようにもなって、たった「2〜3分」の時間だが、彼女たちも楽しみにしているようで、いつも立ち止まってくれる。毎朝「孫」が遊びによってくれるみたいで、私にとっても楽しい日課のようになっている。

 

そんな彼女たちもさすがに「六曜」は知らなかったが、この「六曜」に関しては面白い話の広がりがある。そもそも、私達は「月曜日から日曜日」までの「七曜」を当たり前のように使用しているが、世界中の歴史には「権力」でもって「七曜」という暦さえも「変更」してしまおうとする動きがあったことは確かなことだ。1793年に開始されたフランスの「フランス革命暦」では「週」を廃止して、「10日ずつ」の3つのdecade(デケード)に分けた。「合理化」を追求したものらしいが、余りにも評判が悪く、1802年までの9年間で「廃止」されてしまった。何のメリットがあったんだろう?



 1929年から1940年に「ソビエト連邦」で施行された「ソビエト革命暦」は従来の週を廃止して「黄曜日」「桃曜日」「赤曜日」「紫曜日」「緑曜日」の「5日ずつ」の週に分けられたが、為政者というものは「庶民生活と曜日との繋がりの強さ」が全く分かっていないという証拠のようなもので、日本で「国民祝日法」を導入した馬鹿者と同じ脳みそをしていたに違いない。このソビエト連邦は不評にもかかわらず、即廃止すれば良いのに、まだ権威失墜を恐れ「6日ずつの週」に変更するという馬鹿さ加減だから驚いてしまう。1940年になり、やっと11年間も国民に「不便」をしいたソビエト革命暦は完全廃止された。



 私たちが極めて日常的に当たり前のように利用している「七曜制」だが、これは「曜日」の名称からも分かるように「惑星の名前」と「五行」とを対応させている。「五行思想」とは古代中国に端を発する自然哲学の思想で、「木・火・土・金・水」の5種類の元素・基本要素(element)から成り立っているという説である。曜日の概念は「古代バビロニア」で生まれ紀元前1世紀頃のギリシャ・エジプトで完成したと考えられている。それが様々な文化交流・交易とともにユダヤ世界・キリスト世界に伝わり、定着したと言われている。世界中の人たちにとっては、やはり天体を太陽や月と共に動き回る「惑星」の存在はとても不思議だったように、十分に想像できます。


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 「六曜」は「中国」で生まれたとされていますが、いつ頃「暦」として確立したかについては全く「不詳」とされています。つまり、1ヶ月を5等分し「6日」を一定の周期として考えたようです。「六曜」が日本に伝来したのは、14世紀の鎌倉時代から室町時代にかけてと推測されるが、19世紀初頭に現在のような「形式」となり、幕末頃には民間の暦にさかんに記載されるようになったようである。この「六曜」の問題点は「その日その日の吉凶」が付記されていることである。実は「明治政府」は吉凶付きの「暦注」は「迷信」であると判断して「一切禁止」したという歴史がある。やっと第二次世界大戦以降は政府による「統制」が一切無くなったため、「占い」や「吉凶」の類は全国に氾濫するようになった。神社の「おみくじ」からギャンブルの「吉凶」、さらに大安は結婚式に相応しいとか仏滅は相応しくないとか、葬式は「友引」には相応しくないなどの、まさに「迷信」が一般社会に定着していった過程である。

やはり、「その日」に固有の吉凶・運勢が定められているというのは、とても「気になる」ことである。いくら「迷信」といっても、今、どの放送局のワイドショーでも「その日の運勢」は「血液型」や「星座」その他様々な要素で占われ、当たり前のようにマスコミ媒体で発表されている。それも「ラッキーアイテム」まで発表されるんだから、まさに「ゲーム」の世界と変わらなくなってしまっている。



 結論的に言えば、地球上の人間はどの地域に住んでいても「太陽」や「月」や様々な「惑星」に関して「神秘的な存在」を感じていた。更に日々生活をしいて「自然の存在」に畏敬の念を払っていた。そして、その様々な営みの中に「周期」「サイクル」があることに気づき、1年を12等分したり、月の30日を「5等分」「6等分」「7等分」「10等分」したりして独自の「暦」を歴史的に作ってきた。そして、いろいろと折衷しながら、世界的に「七曜」が定着してきたといえる。

 日本には「六曜」が平安時代初頭に伝えられた。当時の公家の日記には「曜日」が記載されている。江戸時代になっても「七曜」の考え方は庶民にも知られていたが、当時の人間にとっては「その月が何日あるか」が重要で、「今日は何曜日?」なんてことには関心が無かった。明治時代に入り、政府が「六曜」を前述しような理由で禁止したことに伴い「グレゴリオ暦」が導入されて、現在のような「七曜を基準とした日常生活」が営まれるようになった。


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 「仏滅」「大安」「赤口」「友引」「先勝」「先負」・・・いかにも「仏教」に縁があるように見受けるが、まったく接点が無いらしい。昔から存在したのは「赤口(せきぐち・しゃっこう)」だけで、吉凶占いがベースにあるので、それぞれの時代特有の「名称」も使われていた。私は、この赤口だけは意味がよくインプットできないでいた。この「赤口」は午前11時頃から午後1時頃までは「吉」で、それ以外は「凶」のため、火の元や刃物など「血」や「死」を連想させるものには近づくな、注意しなさいという日らしいことを初めて知った。今日、この原稿を投稿する2月24日はまさに「赤口」だ!!!注意しないといけない!・・・・「迷信」と言いながらも「影響力」が大きい「六曜」だ!
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by taira710 | 2015-02-24 15:41 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「特別扱い」を毛嫌いする人もいるが、レッスンにコミュニケーションは不可欠!

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 何故か「新しい世界」を開拓する気持ちに溢れている!!!

    ラーメン250円の店・・・生ビール300円・・魅力的な女性が・・・!


 今までの人生、もう67年と7ヶ月も生きているが、「食べる事」が大好きなので、大阪でも近畿圏でも日本中でも世界でも結構いろんな店で食事をしてきた。本当にどれだけの店で食事をしてきたかを数えてみたい気にもなるが、未だにそんな「気持ち」は少しも衰えていない。「食欲」は本能だから、食べることに恵まれているということはとても幸せなことだと思う。ところが、家内の和美さんは料理が上手なのに「食の贅沢」には本当に関心がない。経済的で美味しくて栄養価が高いものが一番値打ちがあると思っているし、彼女の価値観は「人間は一生で食べられる量は決まっているので、暴飲暴食をしていると寿命が短くなるから食べ過ぎないでね!」とよく注意を受ける。まあ、確かに人間も食物連鎖の一員だから、やはりその頂点にいる人間は、食べることに常に謙虚であることは大事な姿勢であると思っている。

 別にこんなまじめくさった前置きを書く必要はないのに、多分、今回のブログは少しテンションが上がっているからだと思う。最初「一見さん」で新しい店に入る瞬間は独特の緊張感が漂うし、値段が高い高級店だったりすると「懐具合」とか「カードの有無」さえ気になってしまう。でも、「旅先」でもガイドブックやインターネットで事前に調べたりはするが、街中をぶらりと散策しながら、今夜は「この店にしよう!」とターゲットを絞って飛び込むのもまた楽しい。それが、旅先の初めて訪れた夜の「路地裏」だったりすると、もう「どんな人に出会えるんだろう!」とまさに「人」との出会いに期待してしまう。中には「この店ぼったくられそうやなあ!」と警戒してしまう雰囲気の店も少なからずある。


 実は今日、12時からの「アルトサックス」のレッスンの日だった。ところが、どうも朝から気が乗らないというか、「何故あんなこと言われたんだろう?」と気になる言葉がレッスンのMAKI先生の口から発せられて、演奏してみたい曲が見つかったのに、MAKI先生にLINEできずに悶々としていた。実は先週、レッスンの最中に、「日垣さんだけ特別扱いすると困ることがあるんです。楽譜を書いてきたり、楽譜をコピーしてきたりするのは、他の人とのバランスがありますからね」と言われたので、「何で突然??」と疑問にも思い続けていた。MAKI先生にレッスンが始まって尋ねてみた。すると「そんなに気にされてたんですか!また、いつでもLINEしてきてくださいね!」と笑顔で返答されてしまった。理由を聞くと、どうもレッスンがなかなか難しい生徒さんがいて「絶対音感」のある生徒さんは、まさに楽譜どおり、あるいは好きな演奏家がいれば、その演奏家の演奏通りに演奏することを希望する生徒さんもいて、個々の希望やオプションに対応するのはなかなか大変らしい。でも、一件落着して、私の大好きなニニ・ロッソの「アドロ」という曲の楽譜を再来週に準備していただけることも約束できた。

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 さらに、MAKI先生が二人目のお子さんを「妊娠」されて、この5月から7月の3ヶ月間「産休」に入られるとお聞きして、何か「自分の孫」が生まれるような嬉しい気持ちにもさせていただいて、その3ヶ月間「私の代わりに教えてくださる先生、可愛いですから、楽しみにしておいてください」「私が復帰するまで止めないでくださいね」と言われたりした。寂しくもあり嬉しくもあり・・・・無事、元気な赤ちゃんが生まれますように!!


 だから、ちょっとテンションが上がった理由が分かりましたか。日曜日は朝食を食べて、アルトサックスのレッスンの前に食事して「満腹状態」でレッスンすると具合が悪いので、いつもレッスンが終わると「おにぎり」を買って帰ったり、王将で食事したりして帰宅することがあるのですが、その日は私の「難問」がすっきりと解決したし、嬉しいニュースも耳にして、今まで行った事のない「店」に挑戦したくなったのです。それが、毎回その店の前を通るたびに「250円のラーメン?ええっ、即席ラーメンでも150円とかするのに、一体どんなラーメンなんやろ、いつも学生みたいな連中がよく食べてるけどなあ」と関心はあった。



 その店の名前は「喜楽」扉を押して中に入るとテーブルとカウンターがあり、3人ほどのお客さんが食事をされていた。「250円ラーメン」を食べるのが目的だったので、ラーメンと餃子とライスのセット500円を頼んでみた。テーブルとテーブルの間には雑誌や漫画が置いてあって、なんと私の愛読漫画雑誌「ビッグコミック」と「ゴルゴ13」の単行本が置いてあるじゃないですか。でも、「いらっしゃい!」と声を掛けてくれたのは、腰が曲がっているのに背が高いかなり年配と見受ける女性・・・「一人でされているんですか?」と尋ねると「はい、ぼちぼちさせてもらっています」と返答される。この女性のお年は幾つなんだろう?とても不思議な印象を与えてくれる女性だ!

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 そのうちラーメンセットが運ばれてきて、そのボリュームと色合い・香りがなんとも美味そう・・・一口食べてみて驚いた・・・・!「ええっ、ほんまかいな、これが250円のラーメンかいな!美味すぎるで!」そのスープの美味さ、歯ごたえのあるつるつるの食感の麺、そしてチャーシューの美味いこと・・これは手作りでっせ!食事は美味いし、ゴルゴ13もまだ読んだことのない「作品」がまたストーリーの出来が良くて、ついつい順序が逆になったが、生ビールと突き出しの「チャーシュー・メンマ・キムチ・ゆで卵・ねぎ」350円をオーダーしてみた。その突き出しのボリュームのあること。こんな安い「ラーメン居酒屋」は貴重だ。


 「奥さん」(お母さん・おかみさん)に尋ねてみると、「今日は日曜日で少しましなんですが、平日は学生さんやらで満員なんです。夜も居酒屋みたいに使ってくださるお客さんも多くて大変なんですよ」と話される。とても気さくなお母さんで、居心地も良い。いや、なかなか充実した1時間30分でした。本当にゆっくり楽しめた時間帯でした。また、是非この穴場は訪れる価値ありです。あの奥さんはどんな人生を歩んでこられたんだろうか・・そんなことにも興味を持ってしまった。日曜日のレッスンがまた違う意味で楽しみになってきてしまった。


PS:今回は肝心のラーメンセット500円の写真が撮れなくて掲載できませんでした。ラーメン画像は食べログ画像から転載しています。突き出しセットも写真の焦点があってなかったので、少々「昭和風」に加工させていただきました。ご了承ください。

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by taira710 | 2015-02-23 12:15 | 人と人との出会い! | Comments(0)

「風刺画」の精神は「摩擦」「争い」「敵意」を生み出さないことが本分!!

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 「風刺画」の精神とは「侮辱」であってはならない

    しかし「宗教の教祖」はある意味「権威の象徴」でもある・・・・・!


フランスの「シャルリーエブド事件」は明らかな「テロリズム」だ。「イスラム教の教祖ムハンマド」に対する風刺画を書き、それを紙面で発表し続けてきたという理由で、武器を持って「風刺週刊誌発行元」を襲撃、会議中の風刺画の作者や編集者などを乱射し12名が殺された。これは明らかに「表現の自由」に対する許されることのない「犯罪だ」と断罪したいと思っていた・・・・のだが、どうも「真実」は「日本人的感性」というか、私の感覚と照らし合わせても、どうも「シャルリーエブト社」にも大きな問題があることが見えてきた。「真実」は「事実」を見ないと判断できない。

 私は高校生の頃から「体制」や「権威」に対する批判的精神が芽生えていたので、新聞や雑誌に掲載されていた「風刺画」や「山藤章二のブラックアングル」などはかなり大好きなコーナーだった。特に政治家や不祥事を引き起こした企業のトップなどに対する、単に言葉ではなく「カリカチュア(漫画)」として一瞥して、「何を皮肉りたいのか」即座に理解できる手法は何とも心地よかったし、ある意味のカタルシス効果を感じることができた。・・・風刺画に実際的に「政治を改良できる」力があるかどうかは良く分からないが、「シャルリーエブド事件」は「殺意」さえも引き起こす力があることだけは証明された。

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 今はもう新聞を取らなくなってしまったが、長年「我が家」では今の家内と結婚する以前から、本当に長い期間「朝日新聞」を購読していた。天声人語や声欄もよく読んでいたが、社会面に掲載されていた横山泰三の「社会戯評」は必ず目を通していたし、何とも小気味か良い気持ちになったものだ。ほとんどその「批判精神」にズレがなく共感できることが本当に多かった。社会戯評は1954年から1992年までの39年間掲載されつづけ、その回数は「13561回」となっている。常に政治批評だけではなく社会的事象や風俗をテーマにしたものまであり、その批判精神は多岐に渡っていた。

 NHKの「連想クイズ」で親しみを感じていた「加藤芳郎」の批判的精神もなかなか味があった。継続して読んでいたものはないが、毎日新聞夕刊に掲載されていた「まっぴら君」は図書館などで目を通したことがあったし、週刊誌にも単発的に彼の作品が掲載されていたように思う。更に「週刊朝日」も父親が長年購読していて、私も「山藤章二」の独特のユーモアに満ちた批判精神は本当に好きだった。

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 今まで、日本人の「風刺画」の代表と呼ばれる人たちの作品と、実は今回問題となっているフランスの「シャルリーエブド社」が発行している週刊誌に掲載された「イスラム教・イスラム教の教祖」に対する風刺画の内容は質的にもセンス・ウイット・アイロニー・において大きな「差」があるように感じてしまう。実は「ヘイトスピーチ」に関してもブログ投稿したいと原稿を作成中であるが、センスの欠片もない「ヘイトスピーチ」同様、直接的にシモネタと結びつけたり、対象者を「侮辱」したり「差別」したりする「風刺画」は、実はそれは「風刺」から極めて遠い位置にある、「ヘイトカートゥーン=hatecartoon」と呼ばれる様な存在だと思います。

 要は「作者」のセンスだと思いますね。世の中には山ほど「風刺の対象」になるものが存在しているのに、「イスラム教がタブーの領域」とかいうふうに「聖域化」されていることに対して、あえて挑戦するように「ムハンマド」を侮辱するような風刺画を「週刊誌」という媒体を利用して拡散させていく。

 実はこの問題が起こったフランスには「フランス革命」の際に生まれた「ライシテ」「ライシズム」という考え方が定着している。簡単には説明できないが、15世紀頃からフランスでは「宗教・宗派」に関する争い・摩擦は根深くあり、フランス革命後に「信教の自由」が認められたりしたが、それでも軋轢は続き、憲法によって「公的な領域で宗教が可視化されることを禁止する」という条項が記述されることとなるが、社会の公共の場で「宗教色」が現れることを極端に嫌うフランス人は、イスラム教徒の宗教色に対しても「ブルカ」や「ビシャーブ」などを被ることを禁止している。その背景にはフランスの植民地政策と労働力の確保のための「移民政策」があり、イスラム教徒であった植民地の人々は半強制的にフランスに連行されて、労働力として活用されながら、更に宗教に関連して様々な制約を受けるという事態になっている。つまり「シャルリーエブド社のテロ襲撃」は起こるべきして起こった要素も否定できない面があるのです。

 日本の代表的なアニメーション作家の「宮崎駿」は東京のラジオ番組で「異質の文明に対して、崇拝しているものをカリカチュア(風刺画)の対象にするのは、僕は間違いだと思う。やめた方がいい」と発言したと報道されていた。そして、実際にインターネットで検索していたら、その「シャルリーエブド社」の週刊誌に掲載されたことのある「風刺画」とそこに書かれている文章を読んでみて「ああ、何と品に欠ける風刺画なんや、こんなもん三流週刊誌のエログロナンセンスのレベルと変われへんやないか!こんなレベルの表現の自由を支持してるようではフランス人はセンスがなさ過ぎるわ!」と本当に思ってしまいました。・・・・だって、この風刺画・・・・素直に笑えますか?クスっとしたセンスの良さを認めた笑いがこぼれますか?

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 「風刺の理念」は必要です。そこには「何事も」茶化して馬鹿にして侮辱して笑いを取るという昨今の低レベルのお笑い芸人のセンスと同じでは困るのです。「風刺」は研ぎ澄まされた感性と、体制や権威に「反発」する精神が共存し、たとえ「バッシング」や「介入」があってもものともしない「強靭な精神」が求められる世界です。そして、「誰」を読み手としているか、誰の気持ちを「代弁」しているかがとても「重要」なんです。そんな世界で、その位置を確立してこそ「風刺画」なのだと思います。

 私には「風刺画」を描くセンスは欠けていると思いますが、「風刺」「皮肉」「揶揄」の精神は旺盛にあると自負しています。だからこそ、自分の気持ちを見事に代弁してくれる「風刺画」の登場に期待しているのです。今は本当に「情報量」が多すぎて、逆に「風刺の精神」が情報量に溺れるような感じで、地道に育っていないように感じています。やはり、どこかに「ハングリー精神」がないと、「政治」や「宗教」や「時代状況」や「社会事象」に「対峙」して、客観視しながら「風刺画」を描く姿勢は生まれてこないように思います。風刺画には「品性」と「節度」が最低限必要なことをもう一度確認していただきたいと思います。
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by taira710 | 2015-02-20 20:14 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

「将棋」の新しい楽しみ方・・・「本将棋」「詰め将棋」そして「張り手将棋」!

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 「張り手将棋」考案・別名「たいら将棋

     子供たちには大人気だ・・・・これは「流行」の兆しあり!


素人のブログにしては「将棋」に関連したブログが多いのが特徴なのかもしれないが、本当に将棋は面白い。テニス仲間の「FUKUCHAN」に教えてもらった「京都将棋」もなかなか面白いが、私がわざわざ購入して持参すると、それは中学校という「勉学」の場である以上、それは自粛する必要がある。だから、昼の休憩時間などによく「本将棋」をしている。この前は「将棋」の腕に自信のあるという2年生の「YUUTAROU」と本将棋を始めたが、最初の日に決着は付かず、翌日も決着が付かず、その都度「棋譜」を写真に撮って残し、またその続きをやるという方法で継続し、結局3週に渡ってやり続けた。まさにプロの将棋士のような気分だった。結果は「一手違い」で私の負けになってしまったが、実に楽しい「対局」だった。観客も多く、将棋を少しでも知っている中学生が5人も周りを取り囲み、「こんな将棋見たことないわ!」と観戦者も興奮する・・・自画自賛みたいだが、「名勝負」だったように思う。

 それ以前から私との対局を希望する生徒が増えてきて、本当は昼休みくらい「休憩」したいのに、希望者がいるし、私も「将棋」が嫌いではないので、ついつい相手をしてしまう。でも、「本将棋」は並べるのにも時間がかかるし、いつも中途半端に終わるので、京都将棋みたいな楽しみ方はないかなあと頭の隅で考えていた。そんな時、普段、テニス仲間と「詰め将棋」をしているので、「詰め将棋」のようなスタイルで「将棋」ができたら面白いなあと思って、1週間前の昼休みに「KAZUYA」と将棋する時に、「先生が考えた新しい将棋があるんやけど、試しに相手してくれへんか!」と頼んだら「いいよ!日垣先生がほんまに考えたん?」「そうやで、将棋の駒並べんのに時間かかるやろ」とか言いながら、始めたら、これがほんまに面白くで、KAZUYAも絶賛してくれて、これ以降、その新しい将棋が二人の間での将棋になり、将棋好きの生徒たちも「こっちのほうが面白いわ!」と、今、支援学級内の将棋は「新将棋」が大流行している。

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 「新将棋」とはインパクトが無いので、考案者の私の独りよがりで「張り手将棋」としました。勿論、別名は考案者の名前を取って「たいら将棋」とさせてもらっています。今、私はインターネットで同じようなことを思いついた人がいて、もうすでに「名前」が付いているかもしれませんが、もうそうならとんだ「勇み足」になります。しかし、まあゲームに関することですから、お許しあれ!でも、もし本当にユニークな新将棋として評価されるのであれば「実用新案」でも取りたい気分ですが、これは「京都将棋」のような独自性には欠けるような気もします。さて、その「張り手将棋」について解説してみたいと思います。

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 まず将棋版には81のマス目がありますが、最初に二人がジャンケンをします。勝った人からまず81マスの好きなところに「王将」と「警護の駒2枚」を置きます。負けた人も相手の布陣に合わせて「王将」と「警護の駒2枚」を置きます。ここからがスタートですが・・・・・・要点をまとめてみます。

将棋の駒は40枚あります。自分の駒は王将を含めて20枚です。歩が9枚、香車・桂馬・銀将・金将が各2枚と「角行」と「飛車」が1枚ずつです。

警護の駒は何を使用してもOKですが、今までの本将棋の経験から一番警護に役に立つ駒は「銀将」と「金将」です。それ以外の駒を使用しても何ら問題ありません。

王将と警護の駒の合計3枚を将棋版の上に置いたので、後「17枚」全てが「手持ちの駒」です。

ただ、ひとつ「禁じ手」があります。それは相手が3枚の駒を置いた「後手」の人は警護の駒で「王手」をすることはできません。あくまで「王将」を守る配置に使い、飛車や角行で「王手」することは許されないのです。これは「先手」が「王手」されたために、即「後手」に回らなければならないことを防止しています。

さあ、対戦開始です。先手は相手の布陣に対して、手持ちの17枚の駒の内、何を使用しても自由です。お互いに詰め将棋の要領で相手の「王将」を攻め落とすのです。

最初の布陣の敷き方が下手であればあっという間に詰んでしまいますが、王手をされても、間駒(合い駒)に「歩」を張ったりして、なかなか本格的な将棋に発展していきます。

勿論、相手から取った「駒」も自由に使用することができます。

また、「裏返って」「と金」になったり「成金」になったりするのは、相手の陣地とされる「3列目」の範囲ですから、自陣に張っては簡単に裏返って「昇格」することはできません。特に「飛車」や「角行」は早めに相手の陣地に張り、「龍」や「馬」に昇格させることが懸命な方法のように思えます。

つい「先週」に思いついたので、「細部」に関しては詰めてはいないですが、今まで4人の中学生と4回トライしてみて、この「張り手将棋」はなかなか面白いと自負しています。今まで「将棋の駒」を使った遊びとして「ヒョコ周り」とか「将棋版・積み木崩し」などを経験してきましたが、時間の無いときなどに「将棋の駒」20枚も並べる時間がたった3枚に短縮されますし、王将の逃げ場所が布陣によってはいろいろと見出されるし、逆に「さかうま」の状態になることも多々あり、結構「立体的思考」が必要な将棋に」なって面白みは倍増していきます。

 さて、ここまで「原稿」を書いて、インターネットで「将棋盤・将棋の駒」を使った新しい遊び方を「検索」してみました。インターネットに検索されたのは「将棋盤」や「将棋駒」の新しいデザインに関するもので「動かし方」が分かり易くデザインされていたり、カラフルな将棋盤や中には「ファッショナブル」なチョコレートのようなデザインもありましたが、「新しい楽しみ方」に関してのサイトはなかなか見つけることができませんでした。プロの将棋士の方は「詰め将棋」まで考えられるんですから、すでに「張り手将棋」は練習項目としてあるのかもしれませんが、実際やってみるとかなり「実戦」としての面白さがあります。

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 ちなみに「張り手将棋」と命名したのには、ふたつ大きな理由があります。ひとつは家内和美さんの影響で「大相撲」が大好きですが、最近、横綱クラスも「張り手」を使うことが多く、テレビの画面を通して感じる「張り手」の迫力は凄いと思います。将棋盤に自分の選んだ「駒」を張り付ける瞬間が、その相撲の「張り手」の迫力と共通したものがあるように感じたことです。そして、まさに「将棋の駒を指す」というよりは「好きなところに張れる」という意味合いを込めています。

 デザインを新たにして、更に「歩」を「9枚」も使うなんてことはめったにないというか、今までの段階では経験していないことなので、もう少し「駒数」を縮小しても良いのではと考えたりしています。何はともあれ「将棋を楽しんでいて」まさに「瓢箪から駒」・・・いや、違うなあ「意外なところから意外なものが生まれた」んじゃなしに、今までの「本将棋」と「詰め将棋」の延長線上にあった楽しみ方だ。是非、将棋愛好者に広がってくれることを期待している。もし、すでに考案者がいれば、お目にかかりたいものだ。

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by taira710 | 2015-02-19 19:19 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

「解体屋」はとても有望業種だ・・・・だが「空爆」はテロだ!!!

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 解体屋ゲンちゃん」は未来を見据えて英会話の勉強をしている!!!

    「解体業」はこれからますます「がっちり」の業種だ!!


 私の通勤路で、昨年から東芝が使用していた大きな「倉庫ビル」を重機を何台も使用して解体している。昨年から始まっていたが、この
2月の中旬になってもまだ「解体」が完了していない。その倉庫を何故わざわざ解体しなければならないのか、解体途上の倉庫ビルの「心棒」を観察しているとかなり頑丈に作られていて、まだまだ使えそうな「建物」だ。その解体の進行状況が気になって、今までにも何回も写真に撮り、その「遅々」とした進行状況に半ば呆れたりしている。ただ、解体するだけではなく、周囲への「粉塵の散布」を防止するために、作業中は四六時中「散水」していて、支柱に使用されている「鉄材」などは別個に回収したりで、「リサイクル」の精神も見て取れて、なかなか興味深く見守らせてもらっている。

 先日もその現場付近を通ると
4台もの重機が唸りを上げながら大活躍していて、さすがに何人かの通行人もその様子を眺めていた。丁度、かなり高齢だがこの付近に住んでいそうな男性と目が合って「会話」を交わしたが、どうも、この解体の目的は、この大企業の跡地を「最新装備を備えた21世紀の住宅地」に模様替えをする「企画」が具体的に進行し始めているらしいことである。電柱も1本もなく、必要なライフラインは埋設され、緑も豊かで、家の中は最新家電設備が設置され、かなり「快適な住宅地」が設計図として出来上がっているという情報が耳に入ると、その「解体作業」の先にある光景も楽しみになってきた。

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 実は「解体作業」にはかなり若い頃から興味があって、アメリカと欧米流の「ダイナマイト」など爆発物を利用しての「ビル解体」の映像は本当に好きだ。当然、爆発物=危険物を扱うので、かなりの「熟練」が必要とされるのだろう。まあ、興味といっても「見物人」「岡目八目」としての物見としてしかないが。

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 そんな「興味」を持っていて、昨年末から12日間のたびで「フィジー共和国」を訪れた際に出会ったのが、TOMOKOさんのクラスメートのKOUJIくんこと「解体屋ゲンちゃん」30代の恰幅のいい愛嬌のある、本職「解体屋」のお兄さん・・・娘と同じく「英会話」の勉強にフィジーに留学に来ているとのこと。そのゲンちゃんと「解体業の将来と英会話」について話を聞かせてもらったら、何と「先見の明」がある発言の数々。「僕は神奈川県の横浜で解体業の仕事してるんですけど、もう高度成長期に建てられたものがどんどん老朽化してきて、後は「解体」して、次の新しいものに作り変える時期に来てるんですね。もちろん、海外も同じような状況ですし、解体屋はこれからはますます需要が拡大していく分野なんですね。さらに「解体屋」として世界に雄飛するためには英会話力が不可欠だと思っているんですよ。だから、それを見越して英会話の勉強に来ているんです」と話していました。この意気込み素晴らしいですね。そんな彼を応援しています。

 そんな折、先日の「情熱大陸」という私の大好きな番組に、実は「解体屋のプロ」が登場してきたんです。解体業、特に日本のように解体屋であっても「ダイナマイト」などの危険物は簡単に使用できない状況にあるので、アメリカ流の作業はほとんど不可能。それでは、これからの時代、100メートルを超えるような高層ビルを次々と解体していかないといけない。そんな「需要」があるのに、従来のやり方では、まず工期が長く人件費や重機のレンタル代が大変だと思う。また「粉塵対策」での足場に鉄骨にシートに、解体そのものにかかる費用だけではなく、トラブル防止のための「経費」が莫大な金額になってしまう。そこで、「解体屋」キャリアがあるのに、いつ辞めようかと思っていた全く目立たない男が「新しい解体技術の開発プロジェクト」のメンバーに選ばれた。

 でも、そんなに簡単な「新しい技術」が開発できるはずもない。試行錯誤を繰り返しながら、彼は出会う様々な人に「アドバイス」を乞い、プロジェクトチームの会合では、メンバーの意見に真摯に耳を傾け続けた。やはり「粉塵対策」が一番の課題だった。粉塵が飛ばないように、解体する空間を人工物で覆わなければならない。これにも「工期と経費」がかかる。その時、あるスタッフの「屋上をそのまま覆うフタとして利用できないか」という画期的な視点からの意見。彼はその言葉を聞き逃すことなく、その意見の具体性を追及し続けた。

 今、その高層ビルの屋上そのものを「粉塵対策のフタ」として最大活用し、その屋上を支えつつつけたまま、階下を「解体」していくと、そのビルは「縦の寸法」がどんどん短くなっていくように、ものの見事に粉塵を撒き散らすこともなく、解体作業が見事に完遂されていくのです。その作業の美しいこと。今、その「工法」に関しては特許・パテント申請にも奔走しているようですが、またまた「日本の頭脳」が世界的に評価される代表的なものになりつつあります。

 私は幼少時から「物を壊す」ことが大好きでした。まさに「解体」することが好きだといっても過言ではありません。そして、あらゆるものには「寿命」があるし、見事に物は「劣化」していきます。人間は「安全」「命」を守り続けるためには、そのような劣化していくものにいつまでも頼っていては、いつか大きな「リスク」に巻き込まれてしまいます。

私の住んでいるマンションの礎石には1979年と刻まれていまする今年「築36年目」になります。先日家主夫婦がベランダの防水に関して説明しに来られた時、「このマンションそろそろ建て替える必要あるんですかね?」と尋ねると「まだまだ大丈夫ですよ!」と太鼓判を押すような勢いのある「返事」が返ってきて、かえって驚いてしまったんですが、何を根拠にそのような自信に満ちた返事が返ってきたんでしょうか?「あなた方夫婦より,このマンションのほうが長生きしますよ」という意味なんでしょうか。

 何はともあれ、「解体屋ゲンちゃん」の読みはとても正しいと思います。さらに新しい「工法」が発明されるかもしれませんし、とんでもない「工法」が考えられるかもしれません。

そんな瞬間、「空爆」が最も簡単な「解体作業」に違いないと思ってしまった。あの凄まじい破壊力・・・・・

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今まで「空爆」されてきているパレスチナ・イラク・シリアなどの映像を見ていると、これが「テロリストのやっていることとどれだけの違いがあるの?空爆のほうが数十倍残酷なことをしてませんか?」と思ってしまう。アメリカ本土には空爆の歴史がなく、ヨーロッパにはドイツ空軍による空爆が行われていた。それは、だれがそこにいるか「確認」もすることなく、まさに「推測」だけで、あれだけの破壊力のあるミサイルや爆弾で攻撃している「有志連合」・・・・それに加担する日本・・・イスラム国を攻撃していたパイロットが撃墜されて死んでも、報復空爆しないのに、人質になって殺されると「報復空爆」が当然のように行われる「理屈」・・・・これは「憎しみ・憎悪の連鎖」そのもの・・・

「解体」とは新しいものを作り出すための「破壊」・・・しかし、「空爆」「自爆テロ」「テロリズム」が生み出すのは、新しいものでは決してなく、それは「憎悪」と「深い悲しみ」

何故気づかないのか、何故繰り返すのか・・・・果てしのない「殺戮」!!!

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by taira710 | 2015-02-17 21:53 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

大統領にも総理大臣にも良識と品格が必要だ・・国民の未来が決まる!!

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 世界には「民衆に語りかける言葉」を持っている「大統領」がいる。

   
 「施政方針演説」の「改革」の中身・・・・それは国民の願い通りなのか?!!



 「国を司る」ということは簡単ではないことは理解できる。これほど「多様な価値観」の時代、それをひとつにし「合意」を図ることなどおいそれとはいかないと思う。「政(まつりごと)」に宗教が介在するとそれは「中東戦争」「イスラム国=イスラミックステート・ISIL」との軋轢のように、まさに「戦争」状態に拡大していく。しかし、ウクライナと親ロシア派との戦闘状態に対して、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領の仲介で16時間にも及ぶ長時間の会談の結果、ロシアのプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領の間で「72時間後」の「停戦合意」と「重火器の前線からの撤去」が協定された。

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この「会談」の成果がもし何十%でも発揮されたとすれば、やはり世界中で起こっている「戦争」は為政者の「指令」の下で起こっているという「証明」でもあるということです。プーチン大統領の指示ひとつで最前線での「戦闘行為」が無くなり、「重火器」が撤去されたとしたら、裏返せば為政者の意向で戦争という「犯罪」が引き起こされているということだと思います。安倍晋三さんはA級戦犯が合祀されている靖国神社を参拝することが大好きです。しかし、事実、A級戦犯の「指令」によって前線の兵士が「敵」に銃口を向け「殺戮」し続け、自分も敵の銃弾に倒れ異国の地で命を失う・・・・私には安倍晋三さんがA級戦犯と同化・同質化する部分が多分にあって、自分が権力のトップの座に着いた「今」、これから自分のやりたい放題の政治を行っていくのに、絶対に「裁かれることのない」状況を作りたがっているように感じてしまう。まあ、いずれにしろ、今回のブログの主役は決して「安倍晋三」ではないことだけは確かだ。



 為政者の思想性・理念・方針・姿勢によって、どれだけ「国」の方向が定められ、国民が「幸せ」に人生を送れるかが決まってくることだと思います。スペインや中国のように国の方針・指令系統によって「原発」は廃止され「自然再生エネルギー主体」の国づくりができるはずです。皆さんは「中国」でさえ、原発よりも自然再生エネルギーの比率が上回っている現状をご存知でしたか?

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さて、本題に入りましょう。ここに一人の大統領がいます。南アメリカにある「ウルグアイ」というサッカーも強い国の大統領は「絵本」の主人公にもなったことのある「ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ大統領」です。彼は2010年より第40代大統領に就任、今年大統領を引退するが、彼が大統領として「実施」してきたことが素晴らしい。彼のキャリアーを簡単に紹介すると、ウルグアイの首都モンテビデオの貧困家庭に生まれ、20代の後半に極左ゲリラ組織「ツバマロス」に所属、逮捕され軍事政権に13年間収監されていた。出所後「左派政治集団」を結成。1995年下院議員選挙に当選し、2009年の大統領選挙で見事勝利する。問題は彼が大統領になってから国民のためにやり遂げてきた政策の中身だ。

 まず彼は自分の大統領としての「給与」の90%を「寄付」しているし、首都郊外の質素な住居に妻と生活をしている。所持している車も1987年製のフォルクスワーゲン・ビートルという廃車寸前の車です。決して「首相官邸」なんて豪華な建物には住まないし、ロールスロイスなんて専用車も必要としないのです。彼のその質素で清廉潔白な姿勢は国民の大きな支持を受け、彼の行き過ぎのない穏やかな「消費社会」と安定した「生産社会」は食料輸出国としても成果を挙げ、今、国民はブータン以上に「幸せな生活」を送っているのです。それは経済的指標に見事に現れています。

 これはムヒカ大統領が南米諸国が集まったリオ会議でのスピーチの「抜粋」です。全文はラッキーな人はインターネットで探し出すことができると思います。そのスピーチは「私の頭の中にある厳しい疑問を声にさせてください」という前置きではじまります。

「質問させてください。ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?・・・なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?・・・即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。・・・・このような残酷な競争で成り立つ消費社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄の議論はできるのでしょうか?・・・・消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。・・10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。・・・・これは政治問題です。」・・実はまだまだ素晴らしい言葉が続きます。



 でも、皆さん思いませんか?世の中にはこんなにも素晴らしい言葉を国民に投げかけられることができる大統領がいるのに、先日の安倍晋三総理大臣の「改革」という言葉を何十回と使いながら、なんと「無味乾燥」で「恐ろしい響き」を含む施政方針演説だったんでしょうか!あの表情と語気から「安心感」と「信頼感」を感じ取ることのできた国民はどれだけいるのでしょうか?

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もう一人います。1984から11年間ドイツ連邦共和国の大統領を務めたリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーです。今年の1月31日に満94歳で亡くなられている。外交官の息子として生まれ、成績優秀な学歴があるが、第2次世界大戦の際にはドイツ軍将校として「ソ連軍」と戦ったキャリアがある。ニュールンベルグ裁判では父親の弁護に奔走していた。1954年にキリスト教民主同盟に入党。それから政治の世界に深くかかわっていく。そして1981年、西ベルリン市長に就任し、1984年5月に第6代大統領に選出される。そして、その就任演説はその格調の高さゆえにドイツ内外に感銘を与え、日本でも「荒れ野の50年」という邦訳として出版されている。その内容は自国ドイツで起こった「ナチスドイツによるユダヤ人虐殺や戦争責任」に対して

「過去に目を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる」

「自由民主主義体制において必要な時期に立ち上がるなら、後で独裁者に脅える必要はない、つまり自由民主主義擁護には法と裁判所だけでは不足で市民の勇気も必要」」

彼の在任中にベルリンの壁で分断されていた西ドイツと東ドイツは統一されるのですが、1994年に大統領を退任した後も政治と慈善事業に積極的に関与し続けたのです。彼の戦争犯罪に対する「個人としての共同責任感」とでも言っていいのか、しっかりと「戦争犯罪」に向き合っている姿勢と言葉の真摯さには素晴らしいものがあります。日本にとっての正しい歴史認識とは・・・・・



悲しいかな・・・・安倍晋三の言葉からは「大事なことは国民に知らせずにすべて秘密にする」「武器を大量に輸出して三菱重工業や武器生産能力のある企業を応援する」「集団的自衛権を広め、いつでも戦争できる体制を整える」「社会保障・社会保障と魅惑的な言葉を振り撒き、国民を煙に巻き増税をする」・・・何の節度も節操も無い言葉にしか聞こえないのですが?これは私の耳が悪いのかな?



もう一度、ウルグアイの愛称「エル・ぺぺ」大統領に再登場してもらいましょう。

貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」というアンデス地域に住む先住民族の言葉を引用し、これがこれからの時代の文化的なキーポイントだと言っています。日本には格差社会が広がり自動車産業や電力会社・通信会社など利潤追求に際限が無い企業が乱立しています。しかし、彼は「人類にとっての発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。今こそ生活スタイルを見直さなければならないと思います。と締めくくっています。先日発表された安倍晋三の「資産」と「給与額」から、この人に期待するのは無理な話なんだろうね・・・・・
質実剛健な大統ある「ウルグアイ」というサッカーも強いくに030.gif029.gif030.gif029.gif034.gif034.gif034.gif049.gif056.gif



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by taira710 | 2015-02-16 10:26 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

「剣道」の精神力・・・・それは「残心」常に余裕を残す冷静さ!

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 久しぶりに「竹刀(しない)を握った! 
「残心」が肝要!!

 「剣道」の道には「厳しさ」と「こころ」が感じられた・・・いいね! ! !


毎年
2月ともなると、中学3年生は「受験」「卒業式」など控えていて、とても忙しくなるから、授業のカリキュラム変更も多い。今日はその「変更」のおかげで、午前中「3時間」もの「体育」の介助になってしまった。3年生の男子は「ソフトボール」でキャッチボールの時間も取らずに即「試合」だ。ところが3時間目の2年生女子の体育は「創作ダンス」が終了し「剣道」になっていた。「剣道」なんて、「竹刀」を握ったことなんて・・あれは一体いつのことだったんだろうか?

今年から「剣道」が2年女子の「体育種目」に加えられたとのことで、新品の竹刀が50本購入されていました。私の仕事は「介助員」ですが、担当の生徒さんが「手術」のために入院しておられるので、「介助要素」はないのですが、久しぶりに「竹刀」を握ってみたくなりました。いや、本当に久しぶりです。小学生の頃は、私は自分が東京・箱根方面に修学旅行に行った際に「木刀」を自分用のお土産に購入して帰ったように思います。かなり重量感のある木刀でしたので、始終、家の中や外で「木刀」を振り回すのはなかなか大変で、その内「興味」は薄れていきましたが、その木刀はかなり長い間、家の中の片隅か物置のような部屋に収納されていたように記憶しています。

 多分,竹刀は自分で購入した記憶もないし、家に「竹刀」があったように記憶していないのですが・・・中学時代の「体育」の時間に「剣道」なんてあったんだろうか・・・高校時代のクラブに「剣道部」ってあんたんだろうか・・・?「柔道部」があったことは間違いが無いが・・この辺りが判然としない・・卒業アルバムで確認をしないといけない。・・が間違いなく「竹刀」は握ったことがあるし「素振り」をやっていた記憶もある。

 小学校の頃から時代劇が大好きだったから、「チャンバラごっこ」なんてあんな好きな遊びは無かったように思うほど好きだった。新聞紙を丸めて「剣」にしてみたり、棒切れがあれば即「刀」になっていたし、西部劇も好きだったので「ピストル」「拳銃」の真似は山ほどしていたし、今の子供たちと同じように「口々」に「バシュッ」「ズバッ」など好きなように擬音語を織り交ぜていた。懐かしい思い出だ。

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 一番最初の記憶は、私たちの世代では武内つなよしの「赤銅鈴之助」しかない。詳しくストーリーは覚えていないが、必殺技の「真空斬り」や悪の集団の「鬼面党」などの名前は未だに覚えている。そうだ流派は「北辰一刀流」だったなあ!1954年の「少年画報」に最初に掲載されているから、当時私は7歳だから愛日小学校2年生だったんだ。兄貴が買っていたのを読んでいたんだろうか? 1957年からラジオドラマ化され、吉永小百合が声優をしていたらしいが、そのことは私の記憶には残っていない。

 その後は、私が26歳になっていた頃の1973年の「週刊少年マガジン」から連載が開始された「ちばてつや」の「おれは鉄兵」だ。あの名作「あしたのジョー」が完結して何とも寂しい気持ちだったが、初回からそんな気持ちを吹き飛ばしてくれた、何とも痛快で自由奔放な漫画だった。そこに描かれていたのは、剣道ではなく「けんか殺法」だったが、それもまた魅力だった。それから1981年の「週刊少年サンデー」から連載が開始された村上もとかの「六三四の剣」はなかなかの本格正統派剣道漫画だった。

 剣道は大昔から「礼に始まり礼に終わる」武道といわれているが、剣道は嘉納治五郎が「柔道」を創始したような歴史がなく、江戸時代後期に「防具着用」の竹刀稽古が流行し次第に「流派」を超えて広く「試合」が行われるようになったことを「起源」としている。明治時代以降「大日本武徳会」が試合規則を定め「競技」として成立した。現在は全日本剣道連盟が事業を継承している。その連盟は剣道を「スポーツ」とは分類せず、あくまで心身を鍛錬し人間形成を目指す「武道」であると定義している。それが「オリンピック種目」とならない大きな理由なのかもしれない。フェンシングはオリンピック種目なのに、どうなんだろう?

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 ただ、私は今日の久々の「剣道」の鍛錬に参加して、まず、竹刀を降り始める前に全員が体育館の床に正座して、中学生としてのあるべき姿を「言葉」に出して「唱和」し、その内容が「勉強します」「家族・友達を大事にします」「命は自分で守ります」だったことに「感動」させてもらった。そして、彼女たちの足元を見ると全員が「素足」だった。体育館シューズを履いているものと思っていたのに、外気温がマイナス2℃の日によくやるなあ!素振りを140回繰り返した。竹刀の持ち方も足の運びも思い出した・・・

 私は剣道の精神で一番気に入っているのが「残心(ざんしん)」の心得と「止心(ししん)」の意味だ。剣道は「気合い」と「掛け声」を大事にする。そして試合になり相手を「打突」する際に、全精力をその一撃に集中して挑んでいく。しかし、見事に技が決まったとしても、そこで注意を怠るととんでもない反撃にあったり、結果に至ったりする。そうでないように、どのような状況においても「注意力散漫」にならず常に「余力・余裕」を残して心を途切れさせないこと。この「残心」は本当に気に入りました。人間はなかなか緊急事態には過剰な反応をしてしまいやすい存在ですし、思ったより「小心」で想定外の状況では「余裕」が無くなることが多いもんです。そんな人間の未熟さに対して「心の糧」となる言葉と言えます。

 「止心」はまさに「打突」した後に心の余裕が無くなってしまい、周囲に注意が及ばなくなってしまっている状態になることだ。これはいかなる場合でも問題がある。私は看護師・救急救命士の立場で40年間仕事を続けてきているが、様々なケースに遭遇してきたし、今後も遭遇する可能性がある。そんな時に、常に心に余裕を持ち、冷静に最良の選択肢をチョイスし、「命の救命」に対処する・・・それは「残心」がなければできないことだ。さらに自分自身の問題として,地震や津波など想定されている様々な「災害」に遭遇しても、同様に対処できる「精神力」を身につけたいと思っている。介助員として働きながら、また「新しい心構え」を教えてもらった。

 「残心」それは美しい心の所作であり、常日頃からの己の心の躾(しつけ)であり、人に対する優しさに満ちた「余情残心」そのものである。

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by taira710 | 2015-02-14 08:30 | 人生こそ旅の連続!! | Comments(0)

「真逆の思想」・・・・ええっ、逆転それともパラドックス???

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 高速道路の「逆走・!!!危ない!」

「逆転の発想」「逆説的思考」・・・「逆」には「理論」と「解決法」があるのか?


 今朝の
NHKで年間200件以上も発生しているという高速道路の「逆走」に関した報道番組があったが、ただ「認知症」によるものとか「全くの勘違い」によるものか、その原因に余り深く関心を持っていなかったのですが、その番組の説明で「深く」納得できた気がしました。そうか「高速道路の逆走」ってこんな要因で起こるんだということが明白になった瞬間でした。ただ「馬鹿やなあ!」「どないなってるんや、危ないやろ!」というセリフが大して意味を持たないことがとてもよく分かりました。

 その番組の説明では「認知障害」には幾つかの種類があり、その代表的なものは「アルツハイマー病」と「ピック病」です。前者の「アルツハイマー病」の幾つかの特徴の中で際立っているのは「空間認知の障害」です。ということは、自動車を運転しいて、突然自分がどこにいるか理解できなくなってしまいます。そしてあちこちにある「交通標識」や「矢印」の意味までもが理解できなくなってしまうんです。空間認知の障害によって、分からないままに「正しい方向」に行くこともあるでしょうが、SAあたりでの症状発現は本当に恐ろしいことです。突然「物忘れ」が起こるのと同じように「空間認知障害」は突然起こり、どちらに行こうとしているのかさえ分からなくなるのです。

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 もうひとつの「ピック病」には「欲求のコントロール不能」があります。高速道路を走っていて「出口」を間違えてたり、通り過ぎてしまうということは、認知症でなくても起こりうることですが、「しもた、通り過ぎてしもた!」と後悔して、遠回りして目的地に向かうのが常識人というか社会性の残っているドライバーの選択肢です。ところが、このピック病の欲求コントロールは極めて制御困難なので、とても安易に「出口まで逆走して走りたい」と思ってしまうらしいのです。「罪悪感」や「危機意識」なんて全くなくて行えるのです。

 実際にあった事故で高齢者の女性の逆走のために正面衝突して若い命が失われました。でも「認知障害」が原因しているために、その女性は「責任能力」がないということで「不起訴処分」になりました。若い息子を失ってしまった母親は、どう考えても「納得」がいきません。その加害者になってしまった女性の主人は「認知症が現れていることは知っていました。でも、私の住んでいる場所は車が無ければ何もできない地域なんです。車の運転を全面禁止すれば、家内はどんどん認知症が進行してしまうように感じられて・・・本当に取り返しのつかないことをしてしまって、心から申し訳ないと思っています」と話されていました。

 でも、これは今も現在進行形の「高齢化社会」の「悲しい縮図」のように感じられてきます。行方不明になってしまっている「高齢者」、「買い物」にさえ行けなくなってしまっている「買い物難民」の高齢者、「脳の萎縮」だけの問題ではなく、生き続けるための食品購入の手段さえも困難になってきている。この2月の北海道・東北・北陸などの豪雪地域なんて「生き死にの瀬戸際」のような気分で「雪下ろし」「雪かき」を高齢に鞭打ってしなければならないのです。「認知症」が発症すれば「雪下ろし」ができなくなるんじゃないでしょうか。それは「生死に関わる問題」のような気がします。また、未だに「振り込め詐欺」の被害者は圧倒的に「高齢者」です。もはや「冷静」な「危機管理」ができない状態になっているのでしょうか。でも「自分の財産」を全て奪われて,生活の質は大きく変質せざるを得なくなるでしょう。高齢者にとっては、やはりそれは「寿命を縮めてしまう」要因になりうるに違いありません。

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 「逆走」は全く宜しくありません。誰しもが迷惑をするのです。しかし、これからの「高齢化社会」をより良いものにしていくためには、今までの「理念」「概念」「価値基準」「道徳観」などには無かった何か新しい「規範」「政策」「対策」作りが必要なのではないでしょうか?「逆もまた真なり」ではないですが、「高齢者の方々の価値観」もまた「多様」なため、単一な方法では適応範囲も狭すぎる。その多様性の中に「未知の解決法」が潜んでいるような気がするのです。「逆転満塁ホームラン」ような「一発逆転」のような「妙案」はなかなか浮かばないかもしれませんが、・・・例えば、「人工頭脳」というものが「自動車運転」に搭載されています。つまり「車に目的地をインプットしないと車のエンジンはかからない」「目的地と違う方向に行こうとすると、ナビゲイターがドライバーに注意を喚起する」「人工頭脳は常に標識を判断し、それに違反するような運転をしようとすれば、ストップがかかる」顔認識と同じように「標識認識」ができれば、かなり「逆走トラブル」は軽減するように思うのですが・・・・・

 人生を「逆走」するということは、それまでの人生での頑張りを全て「反故」にしてしまうことに等しい場合もあります。しかし、例えば「ギャンブル」の世界でも「一発逆転」があり、「恋愛」の世界でも「逆転劇」が起こりえますし、スポーツでも「逆転勝利」そして、宝くじやロト7で「大当たり」するなど、人生には「最後の最後」まで「大逆転」のチャンスが残っているんです。しかし、マイナスの「逆転劇の主人公」になってしまうのは、やはりその人の「リスク管理」が不十分だからと思っています。何事も「逆転」のチャンスを見出すには、それまでの地道な努力が必要とされることも多いと思います。まさに「ノーベル賞級の発明・発見」などはその最たるものだと思います。

 私自身は、人生において大きな「悔い」が残っていることは「無い」と言って良いのかもしれません。確かに「持ち家」を持つことなく「家賃」を払い続けていることは、選択肢として間違っていたのかなあと考えることはありますが、きっと「持ち家」はそれなりの苦労や出費があるに違いありません。今、住んでいるマンションが「分譲マンション」であったとしたら、もうすでに払い終わって自分の財産になっていたでしょうが、「心理的な気楽さ」は何事にも代えがたいと思っているのです。「看護師」として人生を未だに送り続けられていることには「誇り」さえ感じていますし、家内の和美さんは素晴らしい女性ですし、娘も息子も自分の人生を楽しんで生きています。今更「一発逆転」なんて気持ちは余り無いですが、時々宝くじやロト7を購入したりするのは、「一攫千金」の気持ちはあるのだと思います。

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今の時代、「核家族」に始まり、「高齢化社会」「過疎化社会」「老人難民社会」と、大家族制度時代にあったメリットがゼロになり、高齢者は「嫁」を頼りに生きることもできず、幾つになっても「独居老人」としての生活を強いられ、「買い物難民」として日常生活を継続することも大変な時代になっている。こんなことは社会学的・経済学的には「想定内」の話。1000兆を超える「国の借金」を作った「犯人」は誰であるか誰も追及せず、原発再稼動をして、もし事故が起こっても国から委嘱された原子力規制委員会のメンバーは誰ひとり責任を追及されない・・・そして国さえも責任を追及されない。

 「逆もまた真なり」はラテン語「vice versa」が語源だ。条件や要素を逆転させても、同じことが成立するさまを表す。しかし、問題は「何が本当に真実で正しいことなのか」が不透明になっている現実だ。福島原発の放射能事故で誰も責任を問われない国、秘密保護法案で「真実」を隠し続けることを公認してしまった国・・・安倍晋三の首相施政方針演説・・・のあの強気、「責任の所在」を明確にしない政治がある「ベクトル」を示すと、きっとそこには「国民不在」の反民主主義の世界が「権力」をバックに構築されていく。その危険性に「権力」を持った人間は気づこうとしない!己が「権力」そのものだからだ。やはり「歴史」は繰り返すのか?楔を打ち込まなければ大変な「日本」が出来上がってしまう。 

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by taira710 | 2015-02-12 20:05 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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