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「戦争映画」から学ぶことは「反戦」だけではないのだ!

2016-02-28「戦争映画」から何故学ばない?

 映画「マイウェイ」からのメッセージ

   人間の「原点」とはどんな姿なんだろう・・・「原点回帰」が必要だ!!


 安威川公民館では毎月映画評論家のHARADAさん選出した「名画鑑賞会」が開催されている。土曜日に開催されることが多く、ついつい観たい映画が上映されていても、

テニスの魅力に勝てなくて、ずっと「テニス」を優先し続けてきた。でも、安威川公民館が発行している「名画鑑賞会」のパンフレットを和美さんが自宅マンションの冷蔵庫に貼り付けていたので、どんな名画がこの2月21日に上映予定されているかも知ることができた。和美さんもよく観賞しに行っているようで、バートランカスターやモンゴメリー・クリフト主演の「地上より永遠に」(1953年:アメリカ映画)や「日本のいちばん長い日」(1967年:日本映画)は本当に「感動」できた良い映画だったと高評価していた。

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 私が観たくなったのは「オダギリジョー」と「チャン・ドンゴン」競演の「マイウェイ」という日韓合作戦争映画だ。第2次世界大戦、日本統治下の朝鮮で出会ったオリンピックを目指すほど走るのが速い朝鮮人少年と日本人少年との確執・・・常に「差別感」が根底に強くあり「皇軍」という意識の元、日本人将校長谷川大尉は「皇軍に後退することは許さない」とロシア軍の奇襲から逃げ出そうとする兵士を射殺していくほどの帝国軍人だ。朝鮮人少年は「車引き」となっていたが、「皇軍」として徴用される。凄まじい戦闘場面が繰り返され、結局、日本人兵士も朝鮮人兵士もロシア軍の捕虜となりシベリアに抑留される。そこで、実は捕虜はロシア軍の一員として「ドイツ軍」と戦うことを強要されるのだ。そして、ドイツ軍の激しい攻撃に対して、ロシア人将校が長谷川大尉と全く同じ「突撃」のみを奨励し、「後退する者に銃口を向ける」ことを繰り返すのです。それは、まさに自分の醜い非人間的な姿そのものを想起させる衝撃的なシーンでした。

 二人はロシア軍捕虜の身分から抜け出すために冬山を行軍のごとく越えて、ヨーロッパに入ります。そして、二人は生き別れとなるのですが、ドイツ軍の捕虜からドイツ兵士の一員として生活し始めるのです。まさに連合国軍が上陸作戦を開始しようとしているあのノルマンディーに赴任するのです。連合国軍の猛攻が始まります。そして、「戦争という馬鹿馬鹿しい代物」の犠牲になることから逃げ出そうとするのです。フランスのシェルブールを目指す途中で「ジュンシュク」は命を落とします。そして、平和が戻った日、長谷川は「ジュンシュク」の名前をプリントしたシャツを着て、彼と共に栄光のゴールを通過するのです・・・・・

ただただ「戦争の不条理さ」「戦争の愚かさ」と「人間の弱さ」が際立つ映画でした。戦争映画は本当に数多く観てきましたが、オダギリジョーの線の細さとチャンドンゴンの韓国人特有の日本語のセリフが最後まで気になり続けました。一番印象に残ったのは、ロシア軍捕虜となっていた中国人女優ファン・ビンビンの演じていた中国人女性狙撃手の存在感が実に見事に印象に残ってしまいました。戦争に中にも「美しさ」は際立つんだという印象です。

しかし、振り返ってみれば、私自身本当に多くの「戦争映画」を観てきました。その中の殆どが名作と呼べるレベルの秀作で、明確に「戦争の愚かしさ」と「反戦」をメッセージとして提起し続けてきているとように思います。でも、そんなメッセージ、本当に不思議なほど一部の人の心にしか届かないような時代になってきてしまっています。シリア・中東情勢は5年前の「アラブの春」と言われた民主化運動の波からものの見事に荒廃し、もはや「独裁政治」の時代のほうが良かったと思わせるような事態になってしまっているのです。それはあの悪魔「ジョージ・ブッシュ」の「自由・民主主義」の御旗の下開始された「大国のエゴの戦争」を起点としているのです。その後も「シリア」を舞台に大国ロシアとアメリカ、そしてイスラム国が果てしのない戦いを継続しています。

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「戦争映画」「反戦映画」は権力者の目には一体どのように映っているのでしょうか?まさか「戦争映画」は余りにもつまらないので観てられないということなのでしょうか。自分が今やっているリアルな「戦争ゲーム」の方がずっと面白くて、どんな戦争映画も本当の「戦争」の方が先行きが見えなくて「興奮」するとでも言いたいのでしょうか?以前のブログでも「戦争映画」について記載したことがあります。戦争映画は監督・脚本家が「戦争」に対してどのような思想性を持って描こうとしているのかによって「主題」のポイントが異なってきますが、あの「マイケル・ムーア監督」の「華氏911」などは今、今年の11月のアメリカ大統領選挙の予備選挙の真っ最中だが、「トランプ氏」がアメリカ大統領になればどのような世界が展開していくのか懸念されるように、ジョージ・ブッシュを大統領に再選すると、それこそ大変な戦争の犠牲者がでることを懸念していたのです。これも明らかな「反戦映画」と言えるものだと思います。

戦争の引き起こす「悲しみ」の深さは「ライフイズビューティフル」が一番だと思います。愛すべき妻と子供をナチスドイツ・ゲシュタポから必死に守り続けようとする男性の悲しみと明るさ・・・・何よりも「戦争」というものがもたらす「狂気」を描いていたのは「フランシス・コッポラ」の「地獄の黙示録」だったと思います。あの9機の爆撃ヘリが「南ベトナム解放民族戦線」の拠点の村落を絨毯攻撃していく際の指揮官がわざわざあのワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量のBGMで鳴らし続ける。私が本当に恐ろしく感じたのはBGMで演出された「大量殺戮」が「許すことのできない非人間的な所業」のように悲しみと怒りを感じながら批判的に観れなかったことです。

「プライベートライアン」は「たった一人の人間の命」の重さを過酷な戦場の中で象徴的に描いてくれていました。トム・ハンクス演じる兵士が身近で爆裂した爆弾のために鼓膜が破かれて耳が聞こえなくなってしまうシーンは同じように観ている人間も聴力を失ってしまったと勘違いしてしまうほどリアルな演出がされていた。もっともっとたくさんの戦争映画を観続けてきているが、「戦争」の愚かしさが何故為政者を含めて、すべての人間に伝わらないのか・・・・やはり人間にはどうしても「理解しえない」もう1種類の人間がいるのかもしれないと思わせられてしまう。

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人間が「人間」に「失望」し始めている時代がもうすでに始まっているように思う。でも、もう一度人間は、この地球と言う「自然」の中に生き続けていく以上、人間が生態学「人間学」をもっと細部にわたって研究し、人間が適正に「欲望」をコントロールし、戦争は明らかな「犯罪」であるということを明確に認識し、様々な人々と「共に生きる」術に気づく知性を引き出せるように成長すべきだと思います。同じこの地球に同じ「人間の命」授かり、一人は言葉さえ覚えない乳児の時に「空爆」の犠牲になってこの世を去り、一人は世界最長老として、孫・ひ孫・玄孫などから笑顔で長寿を祝ってもらえる。それが、その人自身がもたらしたものではなく、為政者の「空爆命令」という暴走・横暴によって人生に終止符が打たれてしまう。・・・赤ちゃんの命を奪う権利は世界の誰一人にも与えられていない。

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by taira710 | 2016-02-28 16:05 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

ガーゼだけでできたパジャマが存在するんだ・・・寝心地の良さを求めて!

2016-02-21 江坂〜グランフロントを探訪!!!んMOKOさんもOKOさん曰く「最近不思議やけど、突然小さい時

  「まったくアレルギーのない人は存在するのか?」

    新しい世界にトライしてみることで見えてきたこと・・・・・・


 大阪に長年住んでいると「江坂」という名前をよく耳にする。私は数年前にあるテニスグループに参加していて「江坂」でテニスに興じていた時期があるが、帰りには「デニーズ」など決まったファミレスで食事することはあっても「江坂」の全体像はとんと分からなかったし、それ以降も行くことは無かった。でも、グルメ雑誌には「江坂」の名店を紹介している雑誌も多く、気になるスポットであることは間違いが無かった。

 そんなある日、TOMOKOさんと話をしていて「肌に優しい寝具」や「パジャマ・下着類」を販売している「クレヨンハウス」という店が、その「江坂」にあるということで、私も急に関心度が高くなり、2月はTOMOKOさんの誕生月でもあるので、一緒に出掛ける約束をした。「雨」になるという予報だったが、太陽も出て「新大阪駅」から地下鉄に取り替えて「江坂」まで探検に出掛けた。新大阪駅で「回転焼き」の名店の「御座候」があった。TOMOKOさんは「最近不思議やけど、突然小さい頃に食べた回転焼きをもういっぺん食べたくなって仕方ないねん」と言っていたが、丁度、新大阪駅の御座候で1個85円で売っていたが、今日は私の買い物も含めて予定が盛り沢山だったのでスルーさせてもらった。

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 TOMOKOさんとは特別に当てがあったわけではないが「江坂」で一緒に食事しようと約束していた。地下鉄御堂筋線の「江坂駅」に降車して、周囲を見回して、まず「飲食店の看板」の多さに驚かされた。私がネット検索で行こうとしていた和食の「音羽茶屋」はTOMOKOも全く同じ店を選んでいたが、残念ながら私達が訪れて時間帯は「準備中」になっていた。こんな時は本当にネット検索は便利だ。そして、筋向いに「そば重」という定食と麺類が充実しているような店が目に入ったので、そこで昼食を取ることにした。私は「そば付しょうが焼き定食」TOMOKOさんは「ざるそば」をオーダーした。しょうが焼きはとても美味しかったのに、残念なことに「蕎麦」は落第点だった。店主と少し会話させていただいたが、「いやあ、なかなかこれだけの種類のメニューを準備するのは大変なんですよ。」と苦労話を話され、テーブルに置かれているメニューには裏表に数多くの定食と酒の肴が記載されていて、これは大変だと十分に想像することができた。

 目的は「クレヨンハウス」・・よくオーガニック野菜の販売店として耳にすることが多いが、江坂駅から10分ほどで「クレヨンハウス」に到着した。店の前には子供たちが溢れるように遊んでいて、立地が良い店だと思われた。最近は本当にアレルギーのある子供たちが本当に多い。店内は2階建てで有機野菜から加工品、衣類・寝具・化粧品・・そして2階には素敵な木製玩具や絵本や洒落た小物など・・・ゆっくり店内で過ごしていても、癒しの時間を感じられるほど、何故か「特別な雰囲気」を醸し出している空間だった。きっと「人に優しい」品物ばかりを扱っておられるので、きっと居心地が良いのだと思う。私も「アトピー性皮膚炎」というアレルギーがある。きっと肌に優しい寝衣や肌着があると信じて訪問したが、「値札」を見てさすがに驚いてしまった。でも、いつまでも「悪循環」を続けるよりも、もし解決策があれば「先取り」すべきなのだ。いつまでも「皮膚科依存」のあり方はきっと間違っていると思っている。クレヨンハウスでの出費は8万円超えてしまっていた。

 そして、梅田の「グランフロント」に移動、梅田は日曜日ということもあって「人・人・人」で溢れていた。ある動物は「集団密度」がある閾値を越えてしまうと「集団自殺」に向かうというが、梅田のあの「密度」の中で人間が行動し続けるときっととんでもない「集団相互殺戮行為」が勃発するように思う。「密集」には危険な要素が含まれている。グランフロントの受付に問い合わせると、北館の5階に「島村楽器」があるという。いや、実はYAMAHAのアルトサックスのレッスンを受けるようになって、月に3度茨木まで通っているが、アルトサックス自体の重量も2.5Kgが標準です。ところが、購入時に付いてくるケースが肩掛け式でこれがまた重くて2.8Kgもあるので、合わせて5Kgを超えてしまいます。これを土曜日終日テニスの翌日に担ぐと、もう肩が痛くて困っていたのです。背中に背負うことができるケースを購入しに来たのです。

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 さすがの「島村楽器」です。美人店員さんが懇切丁寧に教えてくれます。あのグランフロントの5階のフロアーにはピアノから金管楽器まであらゆる種類の楽器とパーツなどの付属部品が販売されているのです。実はさらに購入する必要がある物品があったのです。アルトサックスの演奏に欠かすことのできないマウスピースです。1月のあるレッスンの日、毎回レッスンの後、マウスピースから本体まで木綿のウエスで清拭するのですが、うっかり手元が狂って「マウスピース」を床に落下させてしまいました。その時は気づかなかったのですが、2月のレッスンの日に、マウスピースにリードを固定していたら、なんとマウスピースの口に触れる部分が5ミリほど小さく欠けていたのです。MAKI先生に相談すると「交換する以外ないですね!」と指摘されてしまったのです。

 マウスピースは¥3888円、リード¥3142円、背中に背負うストラップは¥3240円、そして私が選んだ専用ケースは「赤」¥28080円もしました。でも、どれも今の私には「必需品」になってしまっているのです。この年になって「お金」を惜しんで肩を痛めてしまうと、何よりも大好きな「テニス」を控えなければならない。今まで月3回だけれど、こんなに楽しくアルトサックスのレッスンができているのに、負担が大きくなってくると前向きになれない・・・アルトサックスのレッスンが心理的な負担になってくると、それこそ本末転倒です。とても気に入ったものを手に入れることができました。まあ贅沢な話ですが、それはもう「アルトサックス」を自分が挑戦してみたいと決心した時からの必要経費とでも言わなければいけないものだと思います。

 そして、「無印良品」の店が階下にありました。TOMOKOさんと一緒に立ち寄ってみました。もうお客さんで一杯ですが、品揃えもすごい種類の品物が置かれています。その中に「綿100%のパジャマ」が販売されていました。「クレヨンハウス」の3〜4分の1の値段表示です。手触りはとても良かったです。TOMOKOさんにも購入するように勧めました。TOMOKOさんはとても気に入った品物が購入できたようです。誕生日のプレゼントはちょっとした「宝石」並みの値段になりましたが、私たち親は、あと大した贅沢はしません。愛する娘の熟睡・安眠のために惜しむものなど何もないのです。

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 必要物品は購入できました。そして、仕上げに美味しいお寿司を食べることにしました。グランフロントには「函館・函太郎」という名店があることは予備知識として知っていました。南館の7階にあります。もう時間は4時を過ぎていましたが、どの店も人で溢れ、そして店の前の椅子には行列ができています。ところがありがたいことに「函太郎」にはものの5分で店内に入れ「高級・回転寿司」と言われるだけあって、流れてくる寿司は贅沢そのものの盛り付けです。「数の子」「いか」「いかそうめん」「貝ざんまい」「生かに」「カニ軍艦」「しめさば」「炙りまぐろ」「貝柱」など二人で14皿14種そして温泉卵の赤だしと最初は我慢してたけどつい飲んでしまった「生ビール中ジョッキ」占めて¥6837円

TOMOKOさんとの二人だけの時間はとても貴重でした。いろいろ心で分かり合えた時間でもありました。きっと幸せな人生を切り開いてくれることでしょう!!!

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by taira710 | 2016-02-21 21:24 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人形劇は「人間世界」をシンボリックに表現する・・・いいね、羨ましい!

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 「途中下車ぶらり旅」・・・・こんな楽しい時間は無い!!!

    「ギニョール」の世界との出会い・・・・感動的な人形劇の世界!!!


 68年間以上も生きていると様々な情報に触れながら、突然「扉が開いたように」過去の記憶が鮮明に蘇ることがある。それまでの日常生活ではほとんどそのような世界には興味を示さないのに、ふとテレビの画面に登場した「○○の世界で生きている人たち」に刺激を受けて、また新たな扉が開くことも多い。先日、何気なくテレビの画面を眺めていたら、あの有名な相撲タレント「舞の海」が鎌倉の沿線を旅しながらレポートをしていた。番組の題名は「途中下車ぶらり旅」だ・・・・何と魅力的な響きなんだろう。旅好きの私には、目的地を決めずに、ぶらりと途中下車する旅なんて一番楽しい。

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 最近は民放に限らず、NHKも旅番組が多い。昔はやはり制作コストが高かったのか、そんなに各局で旅番組が見放題という状況では無かった。今は、どの時間帯にどの局にチャンネルを合わせても「旅番組」がいつでも見れるほどである。昔は「兼高かおる世界の旅」という超有名番組があり、知性に溢れた「兼高かおる」という女性の160カ国以上からの様々なレポートはとても刺激的でエモーションをくすぐる番組でもあった。1957年にスタートして1990年に終了するまで30年以上にわたる長者番組だった。もうひとつ、草野仁の司会、解答者の黒柳徹子の登場で、もう30年以上続いている「世界・ふしぎ発見」という番組も様々な謎解きがあって、それはそれは楽しい番組だ。特に女性「ミステリーハンター」の竹内海南江の活躍、何事にもトライする姿勢には大いに啓発されたように記憶している。

 話は実は「旅」ではなく「人形劇」だ。私は高校生になっても、実に熱心にテレビの人形劇を観るのが大好きだった。あの頃は島田伸助が声優・ナレーションを担当していた「人形劇・三国志」だった。「諸葛孔明」という知将の存在に強く印象を持ったのも、その番組だ。それまでにも、私の人格形成に貢献した「チロリン村とくるみの木」(1956〜1964)その後に登場した「ひょっこりひょうたん島」(1964〜1969)楽しかった時間だった。そして、大人になっても川本喜八郎・岡本忠成・辻村ジュサブロ-の世界は何とも魅力的で妖艶で、それまでの人形劇の世界から一瞬にして大人の世界に飛翔してしまった印象があった。人形劇が「芸術」まで昇華した瞬間を観た思いだった。

 「ぶらり途中下車の旅」でインパクトがあった瞬間は、ある喫茶店の前にあった縦長の不思議なボックスだった。見学料が300円だったのかな、お金を払うとなんとそのボックスには「のぞき穴」があって、そこから中を覗くと、目の前で「人形劇」が観られる仕組みになっているのです。それは映像ではなく、なんと喫茶店の店主である女性が、そのボックスの中でストーリーのある「人形劇」を操っているのです。もう、そのシーンを観た時に、ただただ「鎌倉まで見に行きたい!」と思ってしまったのです。その画面を実は和美さんと一緒に見ていて、彼女と一緒に嘗ては川本喜八郎の世界を観賞しに行った記憶があるのですが、その画面を観ながら「ギニョールとパペットショーとマリオネットという言葉の違いはどうなっているんやろね?」と言葉を挟んできた。そのことに関しての説明は後回しにして、その「シアターフォーワン」という観客たった一人の為の人形劇を創案したのが「YUKIさん」という女性、人形劇をプロの生業として生きていくためにロンドンの「人形劇学校」に留学したという不思議な人だ。今、その「シアターフォーワン」が世界中の人形劇関係者に興味を抱かせて、あちこちの諸外国からのオファーがあるとのこと。

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 そんな「人形劇」への扉がパッと開かれた日々・・・今日、保育園・幼稚園の保護者主催で「人形劇」の催しがホールで開催された。観客は子供たちと先生方150人以上、1時間余りの間、当然、泣き出す子供が3人ほどいたが、もう5〜6歳の子供たちまで大はしゃぎで笑いっぱなしで、合いの手を入れたり、もう子供たちの「心のツボ」を心得た演出が次々と展開していく。一つ目は「うさちゃんのお買い物」二つ目は紙芝居の「私の名前はワンちゃん」そして、蛇が登場する「そして、だから・・・」という不思議な題名の人形劇だ。「うさちゃんのお買い物」は演者がうさぎのお父さんに扮して、娘のうさちゃんに「ケーキ用のイチゴの買い物」をお願いするストーリー、お父さんウサギが家の中を覗くと、うさちゃんは寝たふりをする。お父さんが「よく寝てるなあ!」と言ったら起きだして遊ぼうとする。人形劇だが、「一人何役」もされるという「アーちゃん」だ。一番笑ってしまったのが、子供たちの反応だ。うさちゃんが狸寝入りをすると大きな声で「寝てないで!」と報告するし、その繰り返しに子供たちは爆笑する。

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 そして、私が一番笑ったのは、買い物に出かけたうさちゃんが一匹のカメに出会うと、わざわざ裏返しにして、カメさんが困っているのをそのままほったらかして買い物に行く姿だ。やっと元通りになっても、買い物の帰りにまたまたひっくり返されてしまう。カメも可愛くて面白いが、子供の「残酷さ」の一面をそのまま表現していて、子供たちも共感することができるのか、ほぼ全員が大笑いしていた。演者の「アーちゃん」は長年役者として生きてこられて、突然「人形劇」を生業とすることを志し、今、年間を通して、近畿圏の様々な保育園・幼稚園・児童館などに出張したり、人形芝居フェスティバルなどに参加されているとのこと。私よりはかなり若い印象を受けたが、さすがに芝居・演劇をされていただけあって、言葉は聞き取りやすいし、視聴者の心を鷲づかみにする演出は明らかにプロフェッショナルだった。

 二つ目の題目の「私の名前はワンちゃん」・・・導入部がまた単純だが面白い。子供たちに質問する「私は犬ですか?猫ですか?、それともまったく他の動物でしょうか?」そして犬の特徴を画用紙に書き探しに出かける。すると「茶色の斑点」のある生き物が・・ところが、ページがめくられると、そこに現れたのは同じように尻尾に茶色の斑点のある「猫」・・・子供たちは大笑い。・・それからいろんな展開が・・・

 それにしても、「たったひとりの人形劇」は照明機材から小道具、音響設備すべて自前の準備品の多さに驚き・・・・機材の片づけをお手伝いさせてもらいながら、いろいろとお話をさせていただいた。「演劇・芝居」も面白いが、子供たちに受けそうなストーリーを考えて、それをいろんな工夫をしてたった一人で演じて見せて、子供たちの笑い声が聞こえたり、子供たちからの声が、心からの「遣り甲斐」を感じさせてくれるらしい。正直、久々に出会った「羨ましい仕事を生業としている人」だと感じた。そりゃ、様々な苦労があろうことは十分に想像できる。前述した「YUKIさん」も「演者」として独り立ちするまでにとても苦労された様子だ。でも、人形劇という独自の世界観を作り上げることは本当に素晴らしい事だと思う。

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 さあ、「ギニョール」と「マリオネット」と「パペット」に関して解説しようかなあ、やっぱりやめておこう。そんなことより大事なのは「表現するハート」だ。子供たちだけでなく大人も心から笑えて、心から楽しくなって、明日も「楽しい一日」でありますようにと努力しようとする気持ちになれることだ。今日も、また気持ちがリフレッシュされて、また一歩前向きになれた一日だった。人形劇団「大福」の「アーちゃん」ありがとうございました。とのはのレポートはとても刺激的で知性う超有名番組があり、知性の


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by taira710 | 2016-02-12 22:52 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人間に備わっている鋭敏力と鈍感力・・・ぐでたま感・・恐怖症・・

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  和美さんの一言・・・
    「鈍感力を鍛えてよ!!」

この年になっても、まだ「悟り」も「達観」も得られていない・・・・


 つい3日ほど前のことだ。夕食の時間に日本酒を飲んでいて、一合を飲み干して、「もう一本つけてえや!」と和美さんに頼んだら、スッと空になった徳利を手に取ろうとして、その徳利が一瞬横倒しになってしまった。その瞬間に私の口から「ああっ!」と大きな声が出てしまった。自分が最後の一滴をお猪口に注いで、徳利は空になったと知っているのに、横倒しになった瞬間に「こぼれる!」と思ってしまって、奇声を発してしまったのだ。実は奇声を発してしまったのには、もうひとつ大きな理由があった。その徳利とお猪口は和美さんが寿命で割れてしまった100ショップ徳利に代わって、新しく選びに選んで買ってきたものだったからだ。その徳利とお猪口がセットになった品物の「柄」と「形状」がとってもとっても私も気に入ってしまって、ますます「お酒」が進む雰囲気を醸し出してくれるからですわ!

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 ところが、そんな私の「ああっ!」という奇声に、和美さんが逆に反応してしまって「徳利のひとつが倒れたぐらいで、一体何事が起こったのかと思うような声を出さないでよ!そんな小心者の男なんて魅力ないわよ!」「もっと何事にも動じない鈍感力を鍛えなさいよ!」と怒られてしまった。その時は前述したような理由を何一つ弁解しなかったが、和美さんの言った「鈍感力を鍛えなさいよ!」という言葉が何ともカッコいいインパクトのある言葉に聞こえて、「そうやなあ、やっぱり鈍感力を鍛えないと、これからの時代みっとも無いことになるよなあ!」と本当に思ってしまったのです。

 「鈍感力」と言えば、あの「中年男性のロマン不倫文学」というジャンルで「失楽園」「化身」「愛の流刑地」などのベストセラーを生み出し、中年男性に「恋愛」という「うたかたの夢」を与えた「渡辺淳一」がエッセーとして出版した「鈍感力」という本が2007年に100万部を超えるベストセラーになっている。しかし、この「鈍感力」というエッセーは、読み手だけでなく、当時の流行語にもなり、受け手にとって好きなように読解され、政治家は国民の声に鈍感になり、亭主は妻や子供の声に鈍感になり、タレントは視聴率に鈍感になり、男は女との恋愛に鈍感になってしまった。「鈍感」という言葉は本来は否定的な要素を含んだ言葉だったが、渡辺淳一のような「恋愛」に独自の世界観を開拓できるような作家が、まさに上から目線で言い放つと、とても厄介で危険な要素を含む言葉に容易に転化していく。

 私は、今、小さな子供たちを相手に仕事をしていて、さらに「保育士」さんという「保育」「教育」に日々努力している人たちと同じ職場で仕事をしていて、今更ながら「鈍感」に仕事をしていられるほど甘くはない世界であることは、ここ3ヶ月余りで十分に経験していて、和美さんのいうところの「鈍感力」はどのような局面で発揮すれば良いのか、正直なところ、職場ではよく見えていない。

 ただ、最近、40年以上保育のキャリアのある園長先生の子供への対応で「なるほど、これが鈍感力という物なのかもしれないなあ!」と感じることがあった。実は、毎日のように午後4時を過ぎたころから、長時間保育の子供たちと遊ぶことが多くなってきている。先日も子供たち7人ほどと一緒に遊んでいて、中には度を越した子供がいて、私の顔ばかりを目がけて手加減することなくドッチボールをぶつけてくるので、「こら、そんな危ないことしたらあかん、先生も血が通ってるから、そんなことされたら痛いねんで!」と怒ってしまった。翌日、F園長先生が「昨日は日垣先生が本気で怒られるような事があったんですか?」と尋ねられた。その時は「子供たちが本当に事の良し悪しを正しく理解するためには大人が本気で怒ったらダメなんですよ!」という言葉で終わっていた。私にとっては、あの程度のことは良いだろうという程度の理解だった。

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 ところが、ある3歳クラスのヤンチャなTOKIちゃんという男の子が、そのクラスに園長先生が訪れた時に、まさに悪戯心から園長先生のクツをわざわざ事務所の園長先生の机の下に隠しに行ってしまった。園長先生は訳が分からず事務所まで来て「私のクツが無くなったの!」と嘆いていた。午後、その子が事務所に来た時に「TOKIちゃん、先生からちょっとお話したいことがあるの!今朝、先生がバラ組さんに行った時にクツが無くなってしまったの。TOKIちゃんは気を利かしてくれて先生のクツを事務所まで届けてくれたと思うんだけど、先生は裸足で事務所まで帰らなくっちゃいけなくなったのよ!TOKIちゃんはクラスの誰かがTOKIちゃんに内緒でTOKIちゃんのクツを持っていっても平気なの?先生はとても悲しかったんだけどどう思う?」暫く、TOKIちゃんの沈黙が続いていたけど、その口から「ごめんなさい!」という言葉が聞かれた。

 園長先生は満面の笑みでTOKIちゃんを褒め、そして「TOKIちゃんありがとう、先生の気持ちがとってもスッキリしたわ!TOKIちゃんはやっぱり先生の思う通りの優しい男の子だったんだ!」と抱きしめていた。TOKIちゃんも満面の笑みで、その抱擁に応えていた。・・・・・そうか、「子供の自尊感情を高める接し方」・・・なるほど、教育の現場における鈍感力とはこういうことなんだ。即座に感情的に反応することなく、一拍置いて、子供でも理解できる言葉に置き換えて、子供の「内省」を図る作業・・・トラブルがあったら、その場で、子供と同じ目線で「語りかけるように」事の良し悪しを客観的に判断させる。・・・これが「保育」であり「教育」なのだ!

 徳利が転げたくらいで奇声をあげるなんざ、こりゃ、まさに「鈍感力」の不足と言うべき事態・・・・和美さんは、それこそ10代から保母をしながら多くの子供たちに接し、我が子も二人育て、毎日のようにたぬき親父の食事を作りながら、今も「達観」した尼さんのように生きている。・・・しかし「宗教」に帰依しているわけではなく、日々、自分の世界を豊かにすることに関心を抱き続けている。「鈍感力」とは日々「些細な事柄」に左右されることなく、世の中のあらゆる事柄に「感情的に反応」することなく、人間は「人間」として自然に生かされていることに気づき、「人間という生き物の身の程」を知るという生き方なのかもしれない。・・・しかし、今の世の中が「歪んでいる」ことは間違いがない。

 ネットで「鈍感力」という言葉を調べていると、私が一番感じていることとピッタリの言葉に出会った。それは「白い鈍感力」と「黒い鈍感力」という言葉、そうなんだ、鈍感力という言葉に「色」を付けると、本当にすんなりと自分の心の中に「居場所」を作ることができた。「赤い鈍感力」もあるかもしれないし「ブルーの鈍感力」もあるかもしれない。色の数ほど「鈍感力」があるとまたまた分からなくなってしまうので、やはり7色くらいかな!白い鈍感力は誰に対しても「気遣い」はできる。人間関係は良好に維持できる感性が備わっていないといけない。確かに「凡人」には難しいことだが、周囲の人をイライラさせる「黒い鈍感力」はやはり排除したほうが良い。

 保育園・幼稚園で働いてみて分かったが、保育士さんや幼稚園教諭の人たちには「白い鈍感力」を身に付けている人たちが多い。いつも「笑顔」で子供たちに接し、それでいて「保育・教育」の要素は決して忘れない。「小さなことにはこだわらない」常に「優先順位」が即座に判断できて、意見を言うが「協調性」は忘れない。「笑顔」があればいつも人間関係はスムースに回転していく。そして、常に子供たちの未来のために「前向き」な姿勢を継続できている。「白い鈍感力」は世界の未来を担う子供たちの成長に必要な「情緒」を育成するのに不可欠の要素だと感じさせられた。

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 世の中の子供を虐待する保護者から、世の中の何たるかを何一つ分かっていない経済ゲームおたくの日銀総裁、そして、まるで芸能界の不祥事のような無様な実態をあからさまにされ続け、相変わらず軽薄な発言を続ける自民党の党員&大臣ども・・・・「政治」とは政治家だけが楽しむゲームではなく、国民の幸福度をあげるために、まさに「奉仕の精神」で貢献し続ける仕事のことだ。鈍感な今の「与党政権」は「黒」一色に染まりつつある・・・・

ああ、情けない世界だ。


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by taira710 | 2016-02-11 00:16 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

エプロンマンは正義の味方・・・子供の「虐待」は許さない!!!

2016-02-05 この1週間の振り返り!!!

 「睦月」も終わり・・・そして「如月」がやって来た!!!

   まさか「エプロン」を買いに行くことになるとは・・・エプロンマン登場!!

 

先週の土曜日は1日テニスに興じていたが、夜の水河亭への参加は遠慮させてもらった.喉の調子がいま一つな時にアルコールを飲んだり、よく喋ると間違いなく調子を崩してしまう。なぜ、そんなに「健康管理」に真剣になってるのかには理由がある。2月2日の火曜日から「0歳児保育」の「ひよこクラス」に保育スタッフの一員とし参加することになったからだ。私は看護歴がもう40年を超えてしまったので、0歳児保育に入ることに特に緊張感があるわけではない。0歳児のクラスには現在5人の子供がいて、それぞれに「個性」が豊かで可愛くて、本当に一日笑っていられる。オムツ交換も離乳食援助にも何一つ抵抗感はない。・・・クラスに入るのに子供たちが「喜ぶ」格好がしたいし、「安心」できる存在として仕事が遂行できるかどうかだけだ。その為には可愛いエプロンが不可欠だ!

 0歳児はもう「アンパンマン」が大好きだったり、いろんなキャラクターに関心を示している。68歳を過ぎたおじいちゃんが仕事場として選ぶ以上、ちょっと可愛くて子供たちに歓迎されるスタイルで、尚且つ、同じ0歳児クラスの女性保育士さんからの「顰蹙」(ひんしゅく)を買わない程度の印象で仕事ができればと思っていた。でも、保育士と同様の仕事をする時に「白衣」は具合が悪い。医者・看護師の白衣は赤ちゃんを泣かせるだけだ。実に見事な「トラウマ」を作り出している存在でもあるのだ。必需品は可愛い「エプロン」あるいは「割烹着」なのだ。今、小保方晴子さんの「あの日」という手記が話題になっているが「料理」が特に苦手でも無いので「割烹着姿」には抵抗感は全くない。

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 日曜日はライフでエプロンを探したが数種類しか無く、子供が喜びそうなデザインのものは1枚も無かった。アルトサックスのレッスンが茨木であるので、茨木の「イオン」で探してみることにしていた。前週のレッスンの日に「ジャニーギター」のレッスンを開始した。今日で2回目だ。それにしても、この曲が私の脳裏に何故鮮明に記憶されているのか・・・最初の出会いが全く記憶に蘇らない。でも、「リズム」だけは最初から最後まで口ずさむことができるのだ。私にとっては不思議な一曲だ。Youtubeで調べると、懐かしい顔「ペギー・リー」の往年の歌声と容貌が・・・・映画「大砂塵」の挿入歌だということだが、この映画を見た記憶は無いが、この曲だけは本当にはっきり覚えている。

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 レッスンが終わった後、買い物の邪魔になるアルトサックスは音楽教室に預かってもらって、「ロサヴィア」の雑貨店や「イオン」に出かけた。雑貨店はまだ良いが、イオンのエプロン売り場は女性用下着などの売り場と同じで「試着」を申し出たら、女店員が気を利かせてくれてわざわざ「男性用品売り場」の試着室まで案内してくれた。でも、毎月のように保育所に送られてくるエプロン専用カタログのように様々なキャラクターのデザインに溢れたエプロンは残念ながらどこにも売っていなかった。例え、0歳児といえども目に映るものに対してはとても敏感だ。子供には様々な刺激を与えることが必要なのだ。

 そして、ちょっとだけ気に入った「エプロン」を1980円で購入して、2月2日から0歳児保育に入った。なんと子供たちの可愛いこと。そして、AKARINは親離れがなかなかできにくくて保育士さんが懐かせるのに苦労した女の子だ。ところが、私が介入すると直ぐに私に懐いてしまって、私が食事するときに私の膝に座ろうとする。さすがに、熱い汁物があったりしたので、AKARINが膝にすわるのを許さなかったが、その行為はもう10ヶ月も保育してきたH保育士さんには「信じられない」光景だったようで、大先輩のM保育士さんが「H先生、日垣先生に嫉妬したらあかんよ!」なんて言っていました。

 ウンチのお世話もしょっちゅうです。でも、驚いたことにパンツ交換にわざわざ使い捨て手袋を使い、おしっこもうんちもそのままくるんで保護者に持ち帰ってもらうことになっているんです。人間の子供が「排泄」するたびにとんでもない「ごみ」が生み出されるのです。私は看護師として長年「排泄介助」をしてきましたが、使い捨て手袋をして交換したという経験は今回が初めてでした。つまり「大人」が介助することによって、大人から赤ちゃんへの感染を防止するための不可欠な要素として「使い捨て手袋」の使用を導入しているのです。保育士さんは「ウンチトラブルは本当に多いんですよ。丹念にしすぎて悪いことはないんです」と話されていました。いやあ、人間の子供は一体どれだけ過保護に保育・養育されすぎるのだろう・・・・このツケはどこかで払わなければならないだろう!

 2月はいろいろと行事が多い。今年度から小学校に就学する子供たちは、この2月に進学する小学校訪問をする。ところが、1月下旬からインフルエンザが大流行し、30名もの園児が罹患するし、とうとう「学級閉鎖」という事態になってしまった。当然、小学校への訪問予定はすべて中止となり、実にスピーディーな対応がされ、10日間でほぼ収束に向かった。感染症は「初期対応」がいかに重要か・・・それが顕著に現れた状況だった。そして、2月3日は予定通りに「節分の会」がほぼ全員参加で行われた。子供たちも0歳児から可愛い鬼の姿になって登場してくるから、本当に心から笑ってしまうし、可愛すぎて抱きしめてしまう。

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 でも、本当に「保育園・幼稚園」に勤務して、人は人から「愛されて」人間に育つという真理が理解できてきた。保育士さんは園長先生から就職1年目の保育士さんからも本当によく「抱きしめられている」・・・・子供たちも「抱きしめられる」ことに喜びを感じていることがひしひしと伝わってくる。

 昨今、悲しすぎる「虐待」事件が多すぎる。確かに「子供」は我侭な存在だ。何故か?この世に生まれて「人間」として成長するには、周りの大人が「有り余るほどの愛」を注いであげなければ「信頼感」を芽生えさせることができないからだ。最近の若すぎる母親や父親は「我慢」することを学ぶことなく成長してきている。でも、子供を作る本能を持っているので、「子供」はこの世に生まれてきてしまう。我侭な親と我侭な子供が衝突すると、我侭で自己中心的な親は「虐待」という行為を始めてしまう。子供はただ犠牲者になるしかない。

 赤ちゃんも含めて、子供の仕事は「食べること」「寝ること」「遊ぶこと」「笑うこと」そして「泣くこと」が仕事だ。虐待して「泣かせること」は子供の本来の仕事ではない。言葉を学習していない子供が、自分の欲求を親に訴えるために「泣く」のだ。親は自分の想像力を駆使して、なぜ泣いているのかを想像しなければならない。親は子供の泣く理由がわかった時に喜びを感じ、そして「わが子」に愛情を感じるのだ。この人類が自然体で本能的に繰り返してきた「わが子を愛する」「子供を愛する」という当たり前の「連鎖」をある種の人間が「断ち切ろう」としている。そんな歪んだ人間を量産しつつある社会を、ある国の首相は「一億総活躍社会」という幻想を振りまいて、またまた「権力」を我が物としようとしている。日本の国民の皆さん、もういい加減に「政治家どもの嘘」に気づいたらどうだ!「オレオレ詐欺」よりタチが悪い!!!


PS:茨木ロサヴィアに「とろ家」が新装開店した。まぐろ好きの私にはたまらない店だ!大いに繁盛して、これからもちょくちょく寄せてもらいたいと思っている。

 


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by taira710 | 2016-02-05 21:19 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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