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「政治」に対する不満は不健康・・「笑い」こそが特効薬だ!!!

2016-06-27 沖縄の現状には問題がありすぎる・・・

  探偵ナイトスクープの「小ネタ集」ならぬ

    ここ最近笑い転げた「和美さんのユーモア小ネタ集」で楽しみましょう!!!


 「保育園」で働いていた時も、夕食のときに和美さんとはよく話をしていたが、最近はほとんど「図書館通い」の日々、自宅に帰ると「夕食」が並んでいるので、ビールで楽しみながら、本当によく話をする。「舛添前東京都知事」のことや「イギリスのEU離脱の国民投票」「参議院選挙に向けての各党のマニフェスト」「18歳からの選挙権」、それ以外にも本当に「話の題材」には事欠かない時代になっている。それにしても「舛添」さんの「SEKOI」生き方は世界中に発信されて、東京都も地に落ちたもんだ。それにしても「せこい」という言葉の語源は意外と面白い。そもそも「セコイ」は漢字でどのように書くのか知っている人はどれくらいいるのだろうと思ってしまう。

 いろいろ語源は説があるようですが、「世故」という言葉はかなり昔から存在していたようです。「世故」とは世間付き合いの上の様々な事柄・習俗などを指す言葉で、だから、本来の「世故い」という言葉は「世故」に通じていて世渡りが上手ということを表現していた。次第に「悪い意味」が強まって金銭に細かい「ケチ」の[非難的な言葉]に変質してきたのだと思われる。「言葉」は誤用から新しい意味合いが生まれる。それにしても、家族との飲食代から「美術品」まで、本人は「政治資金規正法」のザル要素を熟知していて「違法」として裁かれることはないことを見越して、まさにご本人は「世故」に通じていると自認していたのだろう・・・と和美さんは分析していた。あんな人間を「東京都知事」に強く押して、応援演説し続けた自民党や公明党の党首の責任は大きいと思う。

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 そんな様々な社会情勢に「不満」や「憤り」を感じながらも、「学生の本分」を忘れる訳にはいかないので、適当に流さないとやっていけない。しかし、沖縄での「県民大会」で抗議スピーチをした被害者の女性とおなじ「うるま市」に住んでいる女子大生「玉城愛」さんの涙ながらに訴えていた言葉「安倍晋三首相、本土の日本国民のみなさん、今回の事件の「第2の加害者」はあなたたちです」という怒りは重たい。昨今の中国やアメリカの戦闘機はマッハ2.5の速度で空中を飛び去っていく。マッハ2.5を時速に変換すると時速1000キロを簡単に超えてしまう。そんな「戦闘能力」が上がっている時代に、何故「沖縄」だけに米軍基地を集中させているのか・・・簡単な話だ。沖縄という地域を米軍をバックにした「ごり押しの力」で制圧できると思っているからだ。

 ああ、いやだいやだ・・・政治家は誰一人「本音」で国民と向き合おうとしない。「権力」というパワーを行使することだけに「快感」を感じているようだ。国民の声に正面から対峙しないのは、本音では「国民」を愚弄しているからだと思う。そんな時、和美さんと話をしていると、いつも「笑い出し」適度な「ガス抜き」ができて、ホッとできる。そんな笑いの「小ネタ集」を幾つか書き出しておこう。

 私の家内の和美さんは「この男の人かっこいいね」なんて言葉を口にしたことがない。でも、昔から好みの「相撲取り」や「映画俳優」「舞台俳優」はいる。でも、どんなに好きでも、その人物の名前を「口」にしない。その「奥ゆかしさ」が「本物のファン」としての資質というか「マナー」らしい。そんなこと言いながら、時々「今の若い男の子は本当に目鼻立ちがはっきりしてて、目はパッチリだし、鼻もすっきりして、ジャニーズなんて、そんな男の子ばっかりだから、全く区別がつかないのよねえ」と言いながら、やおら私の顔を見て「お父さんって、目も大きいし、鼻も存在感があるのに・・・・ジャニーズの顔とどうしてこんなに・・・・・比較するのがおかしいかな?」と静かになる。

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 和美さんには「0.1ミリの技」という特技がある。マンションの4階に住んでいるので、例えば「5Kgのお米」「お酒やビール」「トイレットペーパーやティッシュ」などのかさ張ったり重たい品物は私が購入してくる。それ以外の「食料品」などの費用は私の「年金」から生活費として毎月手渡している。当たり前のことだが、そんな時にしか「お願いする口実」がないので、「ハイ、かずみさん、ほっぺたにチューしてや!」とスキンシップを要求すると、拒否はしないが、その頬っぺたへの「チュー」がもう神業なのだ。「そんな、したかどうか分からんようなチューしよってからに!」と言うと「この0.1ミリの神業は70年以上の修練を経ないと体得できないのよ・・・・・触ったかどうか分からない感触だったでしょう・・でも、ちゃんとお約束のチューしましたからね」と笑って済ます。

 最近は喉が渇くことが多いので、自宅に帰ると、まず冷えた「ビール」を楽しむが、和美さんは最近は「日本酒」を愛好している。「ご飯」はめったに食べずに「日本酒」をご飯代わりにしてアテを楽しんでいる。和美さんの日本酒の「飲み方」はなかなか風情があって、眺めているだけで面白い。つい、そんな時に「俺も日本酒ちょっと飲みたいなあ!」なんていった時に、和美さんはもう十分に飲んでいて、徳利に僅かなお酒しか残っていないことがある。「はい、お父さん、もう十分ビールもお飲みになっているようなので、後は長寿のお薬の「一滴のしずく」だけあげますね!昔の中国の仙人は紫陽花の雫を好んだようですけど!」と笑顔で勧めてくれる。これも私の健康を気遣ってくれてのことか・・・「一滴の雫に甘んじる」自分がいる。いや、さすがに文学少女の成れの果て・・・・言葉は巧みだわ!!!

 先日「リオ・オリンピック」の出場選手選定のための「日本選手権陸上競技大会」が開かれていて、ニュースでその様子を伝えていた。ケンブリッジ飛鳥選手や桐生選手と速さは凄い。テレビでそんな画面を見ていた和美さん「100メートルを10秒で走るなんて・・1秒間で10メートルでしょう。このテーブルの所から走っても、ベランダの外に飛び出てしまってるんやからね・・凄いよねえ!」「和美は走るのん昔から苦手やから、和美と桐生が一緒に走っている姿想像したら笑ってまうなあ!桐生がゴールした時に、和美が何メートル進んでるかやな!想像するだけでおもろいなあ!」「馬鹿にしないでよ・・・私もお父さんが錦織圭選手とテニスしてるところ見てみたいわ。コテンパンやわ!」「錦織圭と対戦したらゲームは取れないやろけど、ワンセット先取で2ポイントはまぐれで取れるかもわからへんで!」「もう自信過剰なんだから・・・」もう呆れて、次の料理にかかっていた。

 そろそろ7月に入ると、和美さんの大好きな「大相撲、名古屋場所」が始まる。27日に番付発表があって、テレビの画面に番付が上がった関取のニュースが出ていて、奈良県出身の「徳勝龍」の着物姿の映像が流れていた。・・・そんな画像を観て「お相撲さんって面白いね。おにぎりや団子が着物着てるように見えるわ」とひとり笑っている。なるほどね。確かにおにぎりの事を想像したら・・「うん、相撲取りに似てるなあ!」

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 まあ、こんな他愛のない会話で笑っているのが楽しい。普通の生活を普通に楽しむ生き方・・・・そんな「普通の生き方」をすべて奪われてしまった沖縄の若き女性、その女性の苦しみ・悲しみ・怒りを心から「怒り」「悲しむ」沖縄の女性たち・・・軍属もくそもあるものか・・・「飲酒禁止・飲酒自粛」なんてふざけた対応策だ。普通の生活を奪ってしまっている沖縄の現状に正面きって向き合わない政党には信頼を預けるわけにはいかない。

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by taira710 | 2016-06-28 01:18 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

Don’t be afraid!・・人生と戦うことを恐れるな!

2016-06-22 「おやじの味」を作り出すことは難しい・・?

 エルガーの「威風堂々」から「吉本ばなな」の世界・・・

    本当に久しぶりに「おやじ」のことを思い出していた!!!


 時々「GYAO」を覗くと観てみたいと思う「映画」がある。先週、私の好きな女優「有村架純」主演の「リトル・マエストラ」が無料視聴できた。石川県志賀町福浦という高齢化が進む過疎の町が舞台だ。そこには「アマチュアオーケストラ」が存在していた。ところが、指揮者不在となり、ある茶髪の落ちこぼれ女子高生に白羽の矢が立つ。「天才少女指揮者」というふれこみだが・・・町民はそれぞれに深い悩みを抱えていて「嘘」と「摩擦」が表面化していく。コンテストへの参加曲に選ばれたのがエルガー作曲の「威風堂々」だ。クライマックスの作り方がなかなか感動的だった。大きな音楽堂のステージで最高の演奏をするんだという意気込みでいたのに、志賀町の高校のバスケット部員たちが、他の体育館で苦戦しているのを知ると「誰のために演奏したいのか?」という素直な心の声に導かれて、体育館に応援にかけつける。結果は「応援演奏」空しく敗戦してしまうのだが、町民たちとそのマエストラの心は熱い想いで繋がる・・・・そして、彼女が役目を終えて、志賀町を旅立つ日、港には仲間たちが笑顔で演奏する「威風堂々」が流れていた・・・

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 とても心に残るいい映画だったが、この為に、その後のスマホの調子が最悪になり、わざわざ茨木まで苦情を言いに行ったが「後の祭り」だった。私はソフトバンクと上限「7G」で契約しているが、この「7G」を超えると、もうスマホは全く役に立たない「超低速通信」になり、Yahooニュースを開くのに2〜3分もかかるから「イライラ感」は尋常ではないし、ソフトバンクのアフターケアの低レベルに怒りさえ感じる。あの孫正義がまだこれから先「SOFTBANKのCEO」を継続するらしいが、外国人副社長に245億円もの契約金を支払うのだったら、もっと利用者サービスを徹底しろと思う。

 「威風堂々」という曲を久しぶりに聴いて、気分は半面「高揚」していた。アルトサックスのMAKI先生にメールして「突然ですが、これこれの理由で威風堂々を無性に演奏したくなりました。楽譜を用意していただけると嬉しいのですが」「分かりました。準備させていただきます」・・・実は先週にMAKI先生に7月&8月の2ヶ月間の「休会」を申し出ていた。個人的な理由の休会には1が月3240円もかかるが、「休会申請用紙」の項目に「長期休会・受験」という項目があったので、受付のFUMIKOさんに「通訳案内士の国家試験って受験ですよね。この理由で申請させてください」と申し出ると本社に電話してくれて、嬉しいことにOKが出た。なんと2ヶ月間で「2160円」で休会できることになった。もう7月・8月は正念場だと思っているので、「集中力UP」正直、最後のあがきを見せたいと思って、アルトサックスは9月から再開することに決心させてもらった。そして「威風堂々」は自分への『応援歌』として練習してみたかった。

 先週の日曜日、MAKI先生「日垣さん、威風堂々はエルガーバージョンか平原綾香バージョンのどちらがいいですか?」と尋ねられて、私が「エルガー」を選ぶと、五線譜の紙を出し、ものの3分程で「楽譜」を作成してくださった。最初、先生に演奏してもらい、それを録音し、そして譜面を見ながら演奏する。予想外に『譜面』の運指が易しく、最初のトライから「威風堂々」らしく演奏することができた。そして、先生から「来週は最後ですから私がピアノ伴奏しますから、一緒に演奏しましょう」と声をかけていただいた。嬉しい限りだ。まさか「威風堂々」という大好きな曲を自らの演奏で、自分の「応援歌」として演奏できるなんて・・・・・

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 そして、やる気満々で『図書館』に出掛け、定位置で6時間頑張っていた。さすがに疲れて椅子から立ち上がろうとすると、全身の筋肉が固まったようにバリバリになってしまっている。腰を伸ばし、背筋を伸ばし、身体をほぐす運動をしていた。少し気分転換に図書館の書架を背表紙を見ながら歩き回っていたが「吉本ばなな自選選集」という本が4冊並んでいた。「吉本ばなな」は・・・私が学生時代に愛読した、かっては全共闘世代のバイブルのような数多くの本を著していた批評家・詩人「吉本隆明」の娘だ。でも、今まで彼女の本は一冊も読んだことがなかった。選集は「オカルト」「ラブ」「デス」「ライフ」に分かれていて、パラパラと目次に目を通して、あとがきを読んでみて興味を惹かれて読み始めてみた。

 その中の短編「おやじの味」は若い女性との不倫の目的のために購入した『別荘』で娘が暫く同居生活をし始める。母親とはもう離婚までは至らないも完全な別居生活だ。小さい頃からの父親との思い出をいろいろと回想しながら、おやじの作った「バター入りオムレツ」の独特の味わいに感動し、失恋してしまった不条理な悲しみに打ちひしがれていた自分の馬鹿馬鹿しさに気づいていくという話・・・・・・そんな何気ないストーリーの話は少なからず「共感」する部分があってサラッと読めてしまうのが嬉しい。彼女はこの選集のあとがきに「人生は短いのです。書きたいものを思い切り書いて、愛する人々と助け合って、思いっきり泣いたり笑ったりした後、この美しい星の上で、天寿を全うして死んでいけたら・・・・そう願います。それはそんなに大それたことでも、甘いことでもないと・・・・」・・・・彼女は本名「吉本真秀子(まほこ)」7月生まれだから、まだ51歳だ。吉本隆明がどのような人間だったのか、もっと知りたい気がした。

 それにしても私の父親は随分『個性的』な人だった。愛媛県の温泉郡というど田舎から山口高商(山口大学の前身)を卒業した頭の良い人だったと思うが、「日垣家」に婿養子に入り、それからは「プライド」との葛藤が続いていたのだろう。母親は本当によくできた女性だったから、子供たちは人並みに幸せに成育できたと思う。「反面教師」としての存在感もあった。そんな「おやじの味」ってなんだったんだろう?包丁を持って台所に立っている姿は全く記憶がない。でも、『すき焼き』をする時などは親父が「鍋奉行」を引き受けていたような記憶がある。私の思い込みだが、父親は時々家族を連れて千日前や恵美須町に出掛けたことがあるが、一時期かなり商売が軌道に乗り「儲けた時期」があったのだか、その頃は「ひとり贅沢」をしていたように思う。

 私は、もう亡くなってしまった『姉』以外は、4人の男兄弟だ。今も全員が健在なのが嬉しいが、私以外の兄弟は「おやじ」さんとどのような交流をしていたのだろうか・・そんなおやじは、私とよく話をしていた。以前のブログにも書いた記憶があるが、「部落差別」や「朝鮮人差別」なんて幼少時から当たり前だと思っていて、高校生の私とよく口論をしていた。そんな時に愛媛県の田舎のどのような環境で生活をしていたかなどを詳細に語ってくれたことがあったし、私だけを連れて遊びに出掛けてくれたこともあった。そして、あの忘れえぬ寿司屋、法善寺横町の「一心」で、今も忘れ得ない強烈な「美味の極み」のにぎり寿司を味わったことだ。あの「一心」の味が、私には「おやじの味」になっている。

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 私は『料理』をよく作るが、子供たちにとって「おやじの味」はちゃんと心地よい記憶として残すことができているのだろうか、改めて考える機会になった。「餃子」はよく作っていたが、ここ数ヶ月、ほとんど「肉」を使わない『野菜餃子』が中心になってしまって、ここんところ、和美さんにまかせっきりになっている。後は夏場になればよく「冷麺」を作っていたが、私は錦糸卵からハム・キムチ・きゅうり・しいたけなど山盛りの具を載せるのが好きだが、ある日娘のTOMOKOさんが「お父さんの冷麺、もう食べるの嫌になってしまったわ!」と拒絶反応が出てきて、それ以来「リクエスト」は二度と無くなってしまった。・・・・『おやじの味』はラッキョウ・キュウリ漬け・・・おせち料理のごまめ・・数の子・・・酢ごぼう・・・・やはり「和美さんの味」には勝てない!!

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by taira710 | 2016-06-23 13:19 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「ミ・ベモル」は音の泉・・・そして「鶴橋界隈」は役者の坩堝!!!

2016-06-18 和美さんと結婚して42年が過ぎ去った・・・

   盛りだくさんの土曜日の一日・・・・テニスから「鶴橋商店街」まで

     和美さんの「内助の功」が何よりも嬉しく感じてしまう・・・!

 最近になって、特に鏡の前に立つ度に「俺って、何でこんな色が黒くなったんやろ!」と思うことが多くなっている。そして、「ええっ、俺って肝臓でも悪くなってるんかなあ」と内心はちょっと心配になったりする。ちょっと心の隅で悩んでいる時に、我が家の和美さんは夕食のおかずに箸を走らせながら、私の顔をしげしげと眺めながら「お父さん、最近、ちょっとどす黒くなってない?」と心配しているのかどうか分からない口調で言う。「何ぼなんでもどす黒いはないやろ!」「でもどす黒いことはどす黒いよ・・・・・う〜ん・・そうやね、お父さん黒光りして来てるよ!・・・・光ってるから、ちょっとランクアップしたかなあ」と俯きながら笑いをこらえるように口元を緩めている。

 しかし、この女性とは本当に長い付き合いだ。今も「別居状態」を続けているが、何でこんなことになってしまったのかは「二人とも自分が大好きだから」・・・それはさておき、時折、些細なことで「夫婦喧嘩」「口げんか」「言い合い」をしながらも、翌日には双方がケロッとして、また同じような「日常生活」を楽しんでいる。一番ありがたいと思っていることは「食事」だ。私も「料理」ができない訳ではないが、これだけ「毎日毎日」メニューを考え、食材を購入し、実にバランスの取れた何品かの「食事」を作ってくれる。土曜日などは、テニスの後「温かい蕎麦」をリクエストしているが、ほぼ毎週のように「出汁」を丁寧に取った手間をかけて、私の為に作りにきてくれる。さすがに「大雨」だったり「雪」だったり、熱中症を心配しなければならないような「真夏日」には「今日はごめん、自分で何か作って食べて!」と電話してくる。私が一言でも文句を言いかけると「あっ、そう、私が熱中症で倒れても良いの!そんなに蕎麦が大事やのん!」と怒った口調で言う。だから何も言わずに「分かった!」と電話を切る。

 日々「感謝」の日だが、今日はいろいろと予定があって忙しい。午前中はいつも通り「ミラクル」のテニスだったが、なんと14名もの参加者と綾乃お母ちゃんとEMIHOちゃんもやってきていた。でも、3時間、ほとんど「椅子取りゲーム」の要領で待機している時間が多かった。身体がすく醒めるので、待ち時間でリセットされてしまって凡ミスが多かった。帰宅して和美さんの「蕎麦」を食べて、公民館で上映予定だった原節子主演の「青い山脈」を和美さんと一緒に観賞しにいく予定をしていたが、蕎麦の中に入っていた味付けされた「アゲ」が美味しくて、ついつい350ミリリットルの缶ビールに手を出すと、もう2時間以上の映画を観賞する元気は無くなってしまった。夕方はYUKA先生からわざわざメールが来たアルトサックス集団「ミ・ベモル」の演奏会に参加予定をしていたので、しばし「仮眠」をとることにした。

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 午後4時過ぎに目を覚まし、一風呂浴びて、久しぶりに「四天王寺(夕陽丘)」方面に出かける。場所が「クレオ大阪中央ホール」だったので、少し早めに行って「四天王寺界隈」を散策することにした。私が家族と一緒に天王寺区東門町に住んでいたのは1314歳位の時からスタートして和美さんと結婚して摂津市に引っ越すまでだから145年間は住んでいたから、なかなか思い入れが強い場所だ。そんな場所が、今、どのように変わっているか。それまでに和美さんと一緒に行った事はあるが、もう10年以上のブランクがある。まずは聖徳太子が建立したとされる「四天王寺」の境内を回り、懐かしい「亀の池」などを見て回ったが、四天王寺の境内には「日垣家累代之墓」があるので、久しぶりに先祖さんへの感謝を述べに参らせてもらった・・・・綺麗に掃き清められていて安心したが、なんと日垣家の墓の遥か向こうに「あべのハルカス」が印象的な姿を見せていた。よく考えてみれば、ビルの形とお墓の形はよく似ているなあと思ってしまった。そして、我が家のあった場所は、ものの見事に「道路」に変身していて、私が飼っていた「うさぎのピョコタン」が野犬に襲われた際の亡骸を埋めた「ピョコタンの桜」は青々した緑に覆われていた。

 「ミ・ベモル」はポスターのキャッチフレーズ通り「お洒落なクラシック」と「気軽なポピュラーミュージック」を2時間たっぷりと堪能することができた。まず、最初のプレコンサートは6人の男性が突然サングラスをかけて登場したきたと思った途端に「スパイ大作戦」のあのダイナミックな演奏が始まったから、もう期待感いっぱい。ボロディンの「ダッタン人の踊り」は好きだ。そして、第1部の圧巻は「ガーシュイン」の「ラプソディー・イン・ブルー」だった。今までの人生で、この曲のリズムは「マスコミ」を通じて何度も耳にしてきた。でも、今回の総勢21名による「ラプソディー・イン・ブルー」はその「編曲力」「演出力」が圧倒的に素晴らしかった。ソプラノサックス・アルトサックス・テナーサックス・バリトン&バスサックスと「チューバックス」の各パートの音の特徴を最大限に生かしながら、それぞれが生き生きとハーモニーを創造していく音の流れはもう「感動」という言葉でしか評価しきれないくらい素晴らしかった。

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 第2部は「テイク・ファイブ」「A列車で行こう」などで始まったが、最後のチックコリアの作曲した「スペイン」という曲はスバ抜けてその「存在感」を示してくれた。この曲を聴き終わったとき、本当に演奏者の人たちすべてが羨ましくて仕方がなかった。一人ひとりが「サックス」という楽器を愛し、20人を越えるハーモニーをそれぞれが努力して作り上げる。そして、その「完成度」は完璧に近く、その達成感はその技量を身につけた一員でないと味わうことができない「領域」に違いないのだ。

 余韻は「興奮」を残していた。「よし、久しぶりに鶴橋に突撃しよう!」上六まで歩き、近鉄沿線で一駅、「鶴橋」の焼肉はじめ飲食店のネオンや明かりは懐かしい。私の青春時代の3割ほどは、ここ鶴橋に残っている。共同で「アジト」を借りて、あの「つかこうへい」も遊びに来たことがあった。そして、何よりも「魯迅読書会」で「TOUDOU和美」さんと知り合ったのだ。よく、屋台の飲み屋で過ごし、家まで送ると言っては阪急「石橋」まで行ったんだから・・・・・「青春」とはやはりエネルギーの塊だったんだ。選択肢は山ほどあったが、「入船寿司」は本当に懐かしい。かなりの有名店だが、もう15年以上行っていなかった。幸い、すぐに座ることができた。

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ビンビールを注文し、まずは「カンパチ」と「トリガイ」・・「剣先いか」「えび」「真つぶがい」「かつお」「炙り太刀魚」は塩で食べる。そして、次々とお客さんが来られるが、男2名と女3名の団体が・・・雰囲気は普通のサラリーマンではないが「印象深い」顔つきをされている。そのメンバーの会話が面白くて、ついつい噴出してしまった。男性が「俺は泉州の熊取出身やから水なすが好きやねん。うまいぞ」というと、女性が「なんでえなあ、ナスなんてスポンジ食べてるようなものやないの!」と全否定。その「スポンジ」という比喩が面白くて、ツボにはまってしまった。

それからは、一緒に会話を楽しみ、またまた大笑いをさせてもらった。どこまで「真実」かどうかは分からないが、その50代と思しき女性は「やっとのことで喫茶店辞めさせてもらったわ!」と嬉しそうに話していたかと思うと、「今度、おかき売って生活しようと思っているんです」・・・どこまで、ほんまやねん?・・・男性の突っ込みとKIYOMIさんという愛嬌のある女性の切り替えしがまるで「ぼやき漫才」のごとく進行する。私も余りの楽しさにハイボールを2杯もお代わりをさせてもらった。そして、右隣には頭のツルツルの年配の男性が・・・「仕事おわってきたんですわ。焼肉やってますねん」・・・でも、次々とお客さんが、もう午後10時に近いというのに・・・名残惜しかったが、商売の邪魔はいけません。お愛想は5000円をちょっと超えてしまっていました。楽しいなあ、やっぱり鶴橋はおもろますわ。

そして、そのまま帰路につけばいいものを、「天満」で下車して、天神橋筋商店街や裏通りを歩き、中崎町から梅田まで散策して、いや、実に楽しい1日でおました。明日から、頭を切り替えて、今日1日の遅れを取り返さないと・・・・・ハッハッハ・・・

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by taira710 | 2016-06-19 02:01 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

私の生まれた年に「姦通罪」は廃止された・・・「不倫」「不貞」とは誰が決めた!

2016-06-15 老若男女もっと人生、恋をすればいいのだ!

タブーの領域に踏み込んじゃった!!!

  今、この「平成」の時代に「姦通罪」が復活したのかな???

  「不倫問題」で謝罪する人間は、もっと「本音」を語れ!!!


 村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」という小説の中に、登場人物のたちのこんな会話場面が描かれている。

「女なんて嫌というほどいっぱい寝た。もう要らない。何人寝たって同じだよ。やることは同じだもの」と五反田君は少し後で言った。「愛が欲しい。ねえ、大変なことを君に打ち明ける。僕が寝たいのは女房だけだ」僕はぱちっと指を鳴らした。「すごい。まるで神の言葉みたいだね。光り輝いている。記者会見をやるべきだね。そして「私が寝たい相手は女房だけです」と宣言するんだ。みんな感動する。総理大臣に表彰されるかもしれない」「いやっ、ノーベル平和賞だってもらえるんじゃないかな。なにしろ「私が寝たい相手は女房だけです」って世界に向かって宣言するんだぞ。普通の人間にちょっとできることじゃない」・・・・・・・

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 そして、小説の世界から現実のテレビ画面に目をやると、ビーキーはじめ、四遊亭角楽、フランキー加藤、競馬会の貴公子:岳豊、「不倫は文化」だと発言したように週刊誌に書かれてしまった石田純六・・・・ランジェリーナ・ジョリー、日本落語協会会長の桂文春枝、恐妻家の芸人・宮迫じゃないで〜す、そして「性的依存症」で入院までしちゃったプロゴルファー・タイガー・オッズ、アメリカ大統領・クリキントンまでが「不倫問題」の火中の栗のように・・・「渦中の人」になってきた三流紙報道の歴史がある。さすがに「五体大満足」の著者でもある「オットー竹」さんの不倫報道には驚きましたが。それだけ、「精力」が人一倍強いのだと思います。でも、テレビをつければ「不倫報道」という時代は、何か根本的なマスコミの取材記者や芸能レポーターなどの「人格」「人間性」に間違いがあるような気がしてならないのです。

 そもそも日本の歴史を振り返ると、「卑弥呼の時代」以降は「女性」は政略結婚の道具のような扱われた時代がとても長く、庶民は祭りの時に「夜這い」に行ったり、反面「源氏物語」のような貴族の世界が展開していく。戦国時代からの「覇権争い」の歴史の中では、女性はきっと重要な存在だったんだろうが、やはり「庶民」は苦しい生活の中にも「恋」に恋焦がれていたのだと思う。そして、江戸時代・・・400年の「泰平」と言われる時代は「大奥」があり、将軍は「女性」を独り占めにしていた。そんな日本における「女性の歴史」は明治維新になって大きく「転換期」を迎えたわけではない。数少ない「女性活動家」「婦人問題研究家」などの忍耐強い「戦い」の中で、やっと「婦人参政権」が獲得されているのだ。平塚雷鳥が「元始、女性は太陽であった!」と回帰しつつ、家父長制の中で、女性はまだまだ「一人前の人間」としての扱いを受けてなかったのだ。

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 そして、21世紀の時代、女性は「視聴者」だけの立場の人たち、「読者モデル」や「ブロガー」で自分の生き方をアピールする女性、そして偶像化された「アイドル」や高嶺の花の女優たち・・・・・確かに一見「自立した女性」が増えてきたように思う。しかし、そんな女性たちを周りの男たちはどのように眺めているのか・・・・?マスコミが「女性」の尺度を画一化し、「可愛い」かどうか、「美しい」かどうか・・そして、男たちは、その尺度で女性を評価する。そして、インターネット社会、馬鹿な男たちは「いいね!」と評価されたい一心で「仮想現実」の世界で恋愛感情を増幅させるだけさせて、容易に「殺意」へと転化させていく。まさに「男女の関係」が大きく歪み始めている。

 最近、本当に「不倫」があたかも「犯罪」のように報道されている。もてる男は「浮気」も「不倫」もして当然だと私は思っている。「結婚制度」の歴史を考えれば、これは宗教界や為政者が自分たちの都合の良いように考えた単なる「社会制度」のひとつだと思っているのだ。世の中の多くの生物は「強いオス」が子孫を残す為に「メス」を独占する。日本歴史における権力者のすべてが、おのれの「権力」のままに「女性」を我が物にしてきたし、そもそも「大奥」なんて存在は「女性独占欲の思想」そのものだ。人間の「男」だけが、生物学的に「例外」であるはずがない。本音というか「男の本能」はすべての女性を独占したいと思っているのだ。

そんな世の中の「要素」を常に冷静に分析しているのは「社会学者」だ。私が常々、その的確な論評や分析でとても「評価」しているのが・・・偉そうに言ってるが、いや、こんなに「バランス」が取れて、かつ辛辣・的確にコメントできる人がいるんだと、彼女の文章を読むのがとても大好きな、その人は「上野千鶴子」さんだ。社会学者で認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」の理事長の上野千鶴子さんは「女と男の関係」という表題のコメントの中で

「結婚契約がパートナー以外とはダメというお約束としても、契約を破っている人はたくさんいます。合意で違反しているカップルもいます。そもそも身体の「性的使用権」を、たったひとりの異性に生涯にわたって譲渡する契約など、不自然で不合理。守れない約束はしないものです」と表現しています。

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私の人生経験に照らし合わせても、この「原理とも言うべき規範」は正しいと思っています。機会さえあれば、「男」という生き物はいずれ「浮気」か「不倫」をする生き物に「変身」するのです。そうしない「男」はただ「一歩」踏み出す勇気を持たなかっただけか、そのような「チャンス」に恵まれなかっただけの話なのです。「浮気」「不倫」に「不道徳」というレッテルを貼るのは、明らかに間違っています。「浮気」であろうと「不倫」であろうと、そこには「刹那的な恋愛感情」が生まれ、それが「永続的」に変化して、きっと「結婚」「再婚」なんてドラマもたくさん生まれているにちがいないのです。「不倫」には「ビビッドな人間感情」が内在しているのです。

「センテンス・スプリング」などの週刊誌業界の人たちや、三流新聞の記者たち、芸能レポーターの人たちはそんなに「品行方正」な「まじめ馬鹿」ばかりの集まりなのでしょうか・・・・そんなわけ無いですよね。自分は「不倫」を楽しみながら、芸能人やタレントの「不倫」を執拗に追及しては、「飯の種」にしている。「ゲスの極み」や「節操」がないのは当事者ではなく、あたかも「犯罪者」扱いするマスコミ人間の身勝手な姿勢に感じます。そもそも「不倫」の瞬間を狙って芸能人を付回すパパラッチ族はゲスの極みそのもです。

芸能人たちも落語家たちも女優も俳優も「不倫」に対して免疫が無さ過ぎます。きっと「本音」ではなくポーズなのかもしれませんが、あれだけ国民的なタレントだった「ビッキー」ちゃん、記者の質問に「誰も傷つけない恋愛がしたいです。お約束します」・・・・・ああ、なんて情けないコメントなんだろう。あれだけユーモアに溢れ、才能豊かな女性は「もっと激しい恋がしてみたいです。世界中の人を敵の回しても良いぐらいの燃える恋がしてみたいです」と何故語ってくれないのでしょうか・・・・そんな「こじんまりした」なんの「感動」も与えない「ありきたり」の恋がしたいんですか・・・?もう、そこで「マスメディア」を舞台にしている芸能人間としては失格だと思います。



渡辺淳一の不倫文学がどれだけ読者を獲得しているのか。江戸時代の「心中もの」の舞台がどれだけの観客を感動させたのか・・・そして、明治・大正時代にかけて、どれだけの「文豪」が不倫の当事者となり世間を騒がせたか・・・・・と言いながら、私は女房を誰よりも愛しています。今はもはや「不倫」や「浮気」なんてしたくても・・・できません。・・・・・でも、人間の人生にはどんな出会いが待ち構えているか、どんなドラマチックな展開が秘められているのか・・・誰にもそんな可能性はあるのです。「男と女の出会い」は誰しもが簡単に即席で経験できるものではないのです。ゆえに、「不倫は文化ではないけれど犯罪でもない。不倫は男と女に間に偶然生まれた燃えるドラマなんだ」と思っています。自立した女性はこれからもますます「不倫」「浮気」を楽しんでいいのです!003.gif003.gif003.gif016.gif056.gif056.gif056.gif053.gif054.gif053.gif054.gif


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by taira710 | 2016-06-15 21:05 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

同い年の友人が元気でいてくれることが何よりも嬉しい・・花言葉「幸福が飛んでくる!」

2016-06-11 こんなにRefreshできる時間は貴重だ!!!

3歳のANJUが69歳のSUEBONの誕生日を祝う!!!

  長生きの秘訣は「ラン」の栽培???・・・・・
30年後の自分??


 佐藤愛子という作家の存在を知らない人は結構多いかも知れない。
1923年生まれの女性で現在92歳という年齢、父親が破天荒な「佐藤紅緑」という小説家だったということで、小学校時代は父親に送られてきた「大衆小説」の雑誌の、特に「恋愛小説」を読みふけっていた。かなり「早熟」だったらしい。私よりも24歳も年上だが、この女性はいつも知的でありながら、不思議に「艶」を感じさせる知的な色っぽさを感じさせてくれていた。1969年の「戦いすんで日が暮れて」は直木賞を受賞している。そして、驚くことに2014年に作家人生最後の作品として「晩鐘」という長編小説を発表している。そんな彼女と寂聴尼(瀬戸内晴美)は親友の関係らしい。

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 瀬戸内寂聴は1922年生まれだから、まあ1歳の差がある。そんな佐藤愛子が寂聴尼と対談していた時に「ありがとうございます。いつも私の前を歩いていただいて、三途の川の手前で貴女に踏ん張って戴いているお陰で、私は今もまだ永らえていられるのです」って雰囲気の言葉を話されていて、とても感銘を受けたことがあります。不思議なことに、私の人生の中に「高校時代」の同級生以外に、「同い年」で交流のある現在進行形の人は本当に少ないのです。嬉しい事に、テニス仲間の「SUEBON」は同じ年の68日生まれですから、私よりこれからもずっと「1ヶ月」は死ぬまで「人生の先輩」であり続けてくれるのですから、その人物が目の前を歩き続けてくれているお陰で、とても「私の励み」になっていることを日々感じているのです。

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 そんな「SUEBON」の69歳の誕生会をしたくて、私が仲間に呼びかけをしました。そんな誕生会に私の大好きな「ANJU」とそのお母さんの「MIZUEちゃん」も参加してくれることになりました。久しぶりの「ラブ」のテニスは、12人もの仲間が集まり、とても盛り上がりました。そして、午後5時を過ぎて、MIZUEママと「ANJUちゃん」がやってきました。もう「3歳」です。私も保育園の看護師として半年近く働いたことがありますが、牛でも馬でも鹿でも、この世に生れ落ちたら、本当に短時間で自分で歩き始め、そして、親の行動を見習いながら「成長」していきます。人間も歩き始め喋り始め、そして、状況を自分なりに観察して、「自分の言葉」として話し始めるのです。つまり、たった3歳、いや、たった3年間生きただけで、「美味しい物」に強い興味を示し、大人同士の会話に興味を示し、分からない言葉があれば「○○って何のこと?」と好奇心いっぱいに質問をするという術を行使し、「笑顔」という武器を使って大人の仲間入りをする。

 彼女は「SUEBON」に自分で描いた「絵」をプレゼントし、「ハッピーバースデイ」を一緒に唱和する。69歳になるSUEBONの似顔絵は実物に勝る男前、そして、色紙が「ちぎり絵」のようにレイアウトされている。正直、私は「不思議」で仕方がない。私は3歳児の時の記憶を100%近く忘れてしまっているが、最近の「3歳児」は記憶を記憶として残し続ける能力を身に着けているように感じてしまう。パーフォーマンスがまるで一人前なんだから・・・

 そんな「SUEBON誕生会」の宵は本当にビックリするほどご馳走だった。毎回「恒例」のように「試飲タイム」でスタートする。それは午後6時まで楽しんできた「テニス」の為に、喉がカラカラになっているから。そして、まずは「空腹」をちょっと満たす為に、握り寿司の盛り合わせ「2割引」と豪華太巻き、そして「稲荷寿司」で予想以上の満足感。ANJUの目の前の3種類の可愛いお皿の上には、もう食べ物が一杯。「食べる事」が大好きなANJUはもうニコニコで上機嫌です。一口でほお張る姿が素敵としか言えない!

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 メインディッシュはバラエティーに富んでいます。「焼き餃子大根おろし」は乙な食べ方です。「味噌風味焼き豚」は脂身の美味い事よ!サラダはたっぷり、ブロッコリーは新鮮、きゅうりの和え物に白菜の「キムチ」・・・・そして、「摂津の湯」で一風呂浴びてきたミッちゃんは「赤ワイン」と「ナッツ類」を持参・・・・・赤ワインで「パパ、誕生日おめでとう!」なんて良いよね。まだまだご馳走は続く。「水ナスの鉄板焼き」と「枝豆」、そして食パントーストにMIZUEちゃんの自宅で作った「バジルソース」をたっぷり塗りたくって口に入れると、もうその香りとオリーブ油とにんにくの利いた味わいが最高!デザートはシューアイスにホットコーヒー・・・・・ANJUのお腹はもうパンピンポン・・・

 TAKEちゃんはもうビールで真っ赤っけ・・・・・食事にも大満足だけど・・・一気に押し寄せる「酔い」には抗えなくて、ソファーでしばし小休止。ANJUもさすがに満腹の後の「睡魔」には対抗できない様子にて、MIZUEママに甘えてしまう。でも、3歳の女の子にしては「落ち着き度」が素晴らしい。周囲を常に観察し、かつ自分らしさを発揮する術をもうすでに体得している様子。「SUEBON」の誕生会はとても楽しく盛り上がった。そして、最後に水河ママの自家製の「紫蘇漬け紅しょうが」をお土産に戴いた。もう最高の出来具合・・・・まさに、最近流行の「いいね!」そのままだ。来月の私の誕生会も約束、ゆびきりげんまん!

PS:1 昨日は茨木市まで自転車で「皮膚科」の受診に出かけた。健康保険の任意継続の保険料が去年に比べて2500円近く高いので、協会に問い合わせすると「退職時の最終月の給与額」が「標準算定基礎額」になると言う説明。市役所の国民保険の窓口に相談に行くと、なんと、毎月「7000円近く」も安くなる査定額。ああ、2か月分で14000円も手続き損をしてしまった。もっと早く手続きをしておけば良かった。でも、610日までは保険証は「使用OK」とのことで、国民健康保険への切り替えをするのに「資格喪失」の書類の提出が必要になる。まあ、政府・行政府という世界はそれぞれに独自の「テリトリー」を確保していて、民衆には「無駄」ばかりを強いている。こんな場合は「こうした方が得ですよ!」なんてアドバイスは誰もしてくれない。

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 そして、久しぶりに茨木まで自転車で出かけて、ダイコクで「目薬」を購入し、昼は沢良宜の「スシロー」に立ち寄った。最近、テレビに放送しているスシローの「活あわび」の提供コマーシャルが「食指」をそそる。丁度、昼時間にかかっていたので、店内は賑やかだ。隣の席の中年の肉体労働者風の男性は一人で16皿とうどんを食べていた。すごい大食漢・・・なかなか魅力がある。私は「あわび」が久しぶりに食べたくて2皿も注文、広告ほど大きくはないが、なかなか「厚み」があり、280円というコストパーフォーマンスは納得がいく。そして、「鶏チャーシューの葱のせ」と「生ハムマヨネーズ和え」は抜群に旨かった。

PS2 テレビの画面で知った。笠置地方に現在もお住まいの98歳の男性Mさんの生き様は素晴らしいです。最愛の妻だった女性は92歳で先立ち、残されたその男性は、今、「ラン()」の栽培に情熱を燃やしています。美しいものを愛でるという本能は幾つになっても失われるものではないのです。私も来月69歳の誕生日を迎えます。Mさんと比べると、私は後なんと30年も健康でさらに「認知症」を患うことなく、Mさんのように様々な蘭の品種の名前をスラスラ口にすることができ、人様に対して「滑舌」良く話できる能力を持ち続けることができるのか?,長生きすることも勿論ですが、まったくMさんと同等の生き方を勝ち取る「自信」がありません。SUEBONと私は同い年です。私は来年のこの時期に「70歳」の誕生日をちゃんと健康で迎えられるかどうかにさえも「不安」が付きまといます。

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by taira710 | 2016-06-12 10:16 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

昭和34年、12才の私は休憩時間の遊びに夢中だった・・・ああ・・・

2016-06-08 12歳の頃の私は何を考えていたのかな?

「はなちゃんのみそ汁」から「産霊山秘録」まで・・・・・

    68歳の私の本分は「勉強」すること・・それとも「人生を楽しむこと」?


「はなちゃん」は福岡県の中学校に通学している実在の中学2年生の女の子だ。5歳の時に、実のお母さんが「がん」に罹患し、当時5歳の「はなちゃん」に「一人でも生きていけるように」と「みそ汁」の作り方を教えはじめたことが契機になっている。料理が好きでお話が上手で歌が大好きだったお母さんの「死」は本当に辛かっただろうと想像できる。でも、はなちゃんはお母さんが亡くなった後、「うつ病」のように塞ぎ込んでしまったお父さんの姿を見ていることが耐えられなくて、お母さんから教わった通りに、朝早起きして、お父さんのために「みそ汁」を作り始めるのです。それはまさに「お母さんの味」の再現だったのです。5歳の娘に励まされて、お父さんは自分を取り戻し始めます。

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 それから7年、彼女はまだ中学2年生ですが、一流の「料理家」になっていたのです。料理は奥が深い世界ですが、彼女は努力し続けます。そして、「料理」を通じてお父さんやおばあちゃんなどの家族との「心の交流」やプロの料理家とのつながりを広げていきます。そして、「本」まで出版してしまったのです。「はなちゃん、12才の台所」は「みそ汁」から随分レベルアップしています。そして、とてもとても「前向き」で、ページのあちこちに「笑い」「ユーモア」が溢れているのです。

 最初はお父さんが「血圧が高い」のに「塩分大好き」「濃い味大好き」なので、はなちゃんは心配になります。そして、野菜たっぷりの「塩分」を控えたお母さん譲りの料理の数々にトライしはじめます。実はお父さんも「料理」が上手なのです。特に「焼き飯」なんかは今でもお父さんには勝てません・・・何故か?それはお母さんが使って大きなフライパンが重すぎるからです。・・・そして、会社に出かけるお父さんのために「お弁当」を作ります。バランスの取れた、そして開けて嬉しい「パパ」というメッセージ入りです。

 はなちゃんは「料理」「歌」「ダンス」「おむすび」・・・そして、今は自家製の味噌作りから「梅干作り」までプロフェッショナルです。将来「管理栄養士」の資格を取得したいという現実的な「夢」も明確です。でも、お母さんは「がん」になり、お父さんは「うつ病」になりました。だから「人生7割、何事も、いい加減が大事!」という教訓は「はなちゃん」の心の中にも生きているようです。そして、「いつもママと一緒だよ。ありがとう、ママ」という言葉が自然と湧き上がってきます。・・・・そんな心がホッと温かくなる一冊でした。この一冊も「新聞の記事」を読んでいて読みたくなったのですが、図書館の「蔵書」の中にあって本当に嬉しかったです。

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 最近は本当に「勉強」そっちのけで「読書」ばかりしています。もう、本心は「国家試験」のことは諦めているのかもしれません。だって、活字ばかりを読んでいると目がしょぼしょぼしてくるし、肩は凝ってくるし、足は循環不全でだるくなってくるし・・もう、この歳で「同じ姿勢」で何かやり続けることは「修行」のようなものだから、結構辛いんですよね。でも、「読書」はその世界に入り込めて、それこそ寝転びながら楽しめるので少しも苦痛じゃないんですよね。

最近読み終えたのは、まずは北方謙三の「抱影」・・・2010年に出版されている。主人公は「チョイ悪おやじ」だ。若い頃、空手の試合で、友人の妹の「響子」の美しさに目を奪われてしまって、惨めな敗北を喫するが、この事を契機に、この「響子」という存在がその男の「人生」になってしまう。ところが、これが「チョイ悪」にとっては信じられないプラトニックな関係を20年以上も続けているのだ。そして、時が訪れる。響子が後数ヶ月の余命という病に犯されてしまう。画がプロ並みの技量の持ち主の彼は、「刺青」の彫り方を学び、そして、今まで一度も触れたことのない「絹のような白い肌」に真っ赤な炎に囲まれる「不動明王」を彫り切るのです。この時の描写力は本当に凄い・・・そして、ハードボイルド調のストーリーは「暗黒の世界」に沈められるという結末に続いていきます。

有川浩の「図書館戦争」は映画になったよう記憶している。かなり印象に残る題名だが、ストーリーは全く知らない。読み始めて、これは近未来の日本の話と違うんかなあと思ってしまった。「焚書坑儒」は紀元前200年代の秦の始皇帝の時代の話、「書を焼き払い、儒者を生き埋めにする」という思想弾圧の史実のこと。日本でも多くの「小説」「思想書」が「発禁本」扱いされたのは、昭和10年代、今からたった80年ほど前の話、歴史は繰り返すというか「特別秘密保護法」の成立なんて「思想統制」の典型的な形だ。そして、「放送法」に関しての介入なんて、表現の自由への「規制」でしかない。主人公の笠原郁は文学少女の時代に読みたい本を本屋さんで手に入れた瞬間に、国家権力側の良化委員会のメンバーに取り上げられてしまう。その瞬間に図書委員会の特殊部隊の青年が介入してくれて郁にとっては「心の王子様」になってしまう。そして、彼女は憧れもあり「本を守る」仕事がしたくて図書委員会のメンバーとなり、「表現の自由」のために戦い続ける。「心の王子様」と再会できるのかが、もうひとつの大きな「伏線」として流れている・・・・

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まだ、今、読んでいる最中というのが「産霊山秘録」という半村良のスケールの大きなSF時代小説だ。「ヒ」とか「ネ」とかの言葉が出てくるが、その言葉の意味がまた深い。至る所に聞き覚えのある歴史的人物が登場するかと思えば、テレポーテーションのような世界も描写され、さらに時代がどんどん展開していき、様々な「謎」が解かれていく。飛稚(とびわか)・随風・犬走りの六・オシラサマ・稲荷の新吉など登場人物も個性的だし、

神籬(ひもろぎ)・依玉(よりだま)・伊吹・ 産霊山(むすびのやま)など読み方がよく記銘できない不思議な「名称」が小説らしくて惹きつけられてしまう。たった一人の頭の中でこれだけ壮大なストーリーが創作されていくんだから、やはり「小説家」の頭の中は常人でないことがよく分かる。今、300/507ページを読んでいて、まさに「産霊山秘録」の核心に入っていく中断のクライマックスに入りかけている。

 「ヒの一族」・・・・常に陰にいて、世の中に「戦争」という惨い世界が勃発しないように様々な「画策」をする不思議な一族だ。そして、その正反対の世界が「ミ」が醸し出す世界だ。常に緊張を煽り、一触即発の世界を作り出していく。今の時代は政治家は堂々と嘘を突き通し、企業のトップは禿頭を全国に見せて謝罪し、公務員は不祥事を起こし、若者はストーカーになり、ご近所トラブルは頻発し、ごみ屋敷は量産され、学校ではイジメが起こり続け、世界では戦争とテロが起こり続けている。まさに半村良の示す「ミ」の世界観が現実のものとなっている。

 「ヒ」は「ひがき」の「ヒ」では決して無いが、平和を愛する「一族」であることは確かだ。和美さんは本当に優しいし、TOMOKOさんもYOSHIIも善良な人間だ。そして、親族も穏やかで優しい人間ばかりだ。大きな社会貢献はなかなかできないが、常に政治・経済の動きを注視して、やはり「声なき声」を届ける努力は少しでもしていきたいと考えている。「ネならば祓らわねばならぬぞ!」・・・今の政治は「舛添」もその一人だが,余りにも「誠意ある信念」に欠ける政治屋人間が多すぎる。まさに「ネ」の予感だ!070.gif071.gif070.gif071.gif056.gif082.gif


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by taira710 | 2016-06-09 11:53 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

43年間の間に自民党員は「痴呆化」してしまったのか?・・過去に学べ!

2016-06-06「積極的平和主義」には嘘がある・・・

  1973年のリアルは「2016年」の現実と瓜二つ・・・

    「時代」はなに一つ「進歩・進化」していない・・・それでいいのか


 朝日新聞の「縮刷版」というものが2ヶ月遅れくらいで毎月発行されているが、「東京版」が原本になっているので、読み進めていると「ちょっと違うなあ!」と感じることが多い。「ローカル面」というのがあり、東京23区の記事なんかが掲載されているし、テレビ番組欄は関西版と全く異なっている。・・・だから、拭い切れない「異和感」が付きまとう。本当に「真実が掲載されているの?」という違和感だ。昨年は1年前の2014年度の全冊を読み通した。だから2年続けて「縮刷版」を読んでいて、なかなか「プラス度」の高い読み物だなあと再認識している。実に面白い記事を拾い読みできる。

 そんな「縮刷版」は一体いつから「発行されているんだろう?」という単純な疑問を感じてしまった。IT社会になってから、新聞も「電子版」というものができ、新聞社と契約するとiPadの画面で「新聞」を読める時代になっている。図書館司書の女性に「この縮刷版って何年度から発行されているんですか?」と問い合わせると、丁寧に調べてくれて、わざわざその原本の何冊かを私の勉強しているテーブルまで持参してくれたりする。本当に図書館司書はある意味サービス業だが、とても「接遇」を大事にしている。答えは「1973年」だった。1973年と言えば、私が「26歳」の時だ。なんと43年前の話だ。私が看護助手としてI病院に入職したのは27歳の時だから、その前年度の時はまだ「フリーター」をしていた。あの頃は、昼は親父さんの会社(三陽金属商社)の手伝いをしながら、「うお佐」というすし屋のシャリ炊きをしていたんじゃないだろうか。夜中というか早朝と言うべきか3時

 「1973年」という年代に刺激されていろいろ想い出しながら、その「縮刷版」を開いてみると、編集の仕方は最新の「現代版」とは大きな違いがあって、主要なトップ記事や社会面、政治面が主で「テレビ欄」や「株式欄」など余計なものは見事に省略されていた。ところが、その縮刷版をパラパラ開いてみて、様々な「記事」に目を通しながら・・・・「なんや、全然、人間って進化も改善もされてないやんか!」と強烈な衝撃を感じてしまった。1973年度の新聞に掲載されていた内容・・・・まず「ドル・10%切り下げ、円まず277円に」という「変動制」への移行の記事、今は「107.09円」となっているが、株価の変動は著しい・・・

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「アベノミクス」なんて消費税UPを延期しても成功なんかしない・・・・・トップ5%のセレブ族でも小金を貯めている中流人もある程度満たされてしまってリーズナブルな旅行を楽しむ程度で、そんなに「大量消費」なんてするわけないよ!自分たちで典型的な「格差社会」を作っておいて、今更「誰が?」経済を流動させるような大量消費をするのか?・・それをインバウンド(海外からの外国人旅行者)に期待するような施策はますます「日本の隷属化」を促進させ、本来希求すべき「日本人らしい幸せ」がどこかに吹き飛ばされてしまうような悪い予感がしている。中国人などの大型資本が「好漁場」の日本列島をほって置くはずがない。・・まさに「亡国的な施策」が進行している。

今は「シリア」「ISIL」がが大変な状況を作っているが、1973年はまさに「中東戦争」の真っ只中、「中東、17日ぶりに停戦」という大きな見出しが第1面を飾る。セルビア、ウクライナ・・・アルカイーダ・・・・テロリスト集団の勃興、世界のどこかで「戦争」が行われている。「戦争」を引き起こすのが「為政者」で必ず犠牲になるのは「無辜の市民」だ。こんなに戦争ばかりしているのにロシアのプーチン大統領とシリアの「バッシャール・アサド大統領」は生きながらえている。バッシャールは穏やかな人間だったらしいが、後継者だった兄が突然「事故死」したために「大統領」になっている・・・不幸が不幸の連鎖を作っているのだ。

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当時はパレスチナゲリラによる航空機乗っ取り事件などが頻発していたが、2016年もボコハラムやタリバーン、ISILなどの世界中のテロリスト集団の引き起こすテロにより大きな犠牲者が生まれ、規模も「戦争」に拡大している。経済面は「各国、必死のインフレ対策」「消費者米価引き上げ、自民内に反対論」「マイホーム、がっぽり増税、ずるい奴、がっぽり脱税」と見出しが2016年と少しも変わらない。一体「政治」って何ぞや?「ただの政治家の暇つぶし」に違いない!どんなバカてもできるが、良心的な人間にはまず勤まらない仕事だ!「クジラも水銀汚染」という見出しが目に痛い!福島原発の放射能は本当に「海」の放出されることなく、食い止められているのか?そんな技術はいつ開発されたの?「除染」なんて言葉を使ってるが、その洗浄に要した「放射能汚染水」はいったいどこに行ってしまっているのか?東京電力ほどのブラック企業が「そんな不可能なことを」どのように隠し通そうとしているのか?

その頃、「中国」が「メガトン級の核実験」を国際的な批判を無視して実施していました。今は「北朝鮮」がその愚か過ぎる軍事的行為を繰り返しています。社会面では4億8000万円の横領詐欺事件が起こっていましたが、今も「刹那的な快楽」を求めて何億と横領してしまう良い年したおっさんやおばさんが後を絶ちません。そりゃ、政府が国民から集めた社会保険料を「ギャンブル投資」して増やそうとするんだから、国が「悪い見本」を見せるんだから「馬鹿な大人」は真似しちゃうよな!

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さらに似通っているのが「暴力団、迷惑」の文字と「自衛隊・違憲判決」という文字、今も山口組が分裂して「抗争」を繰り返しているが、「伊勢志摩サミット」の期間だけは「絶対に騒ぎを起こすなよ!もし起こしたら国家の威信をかけて叩き潰すぞ」と警察の幹部が恫喝したらしいが、それは「必要悪」として国さえも利用してるということなのか?「自衛隊は違憲」なんて今の日本国憲法の条文に照らし合わせると「違憲」は正しい司法の判断だと思います。でも、「自衛隊」を「軍隊・国防軍」に昇格させたい輩がわんさといて、安倍晋三というお神輿を担ぎ上げて・・・「憲法」を「改悪」しようとしている。「自衛隊不要論」なんて言った覚えはないですが、何故「集団的自衛権」を承認し、「戦争」を引き起こせる軍隊に昇格させたいのか・・・・・70年間も「平和」を維持できた「現行憲法」の内に秘められた「素晴らしい力」を「改正」という言葉が蔑ろにしてしまうと、いとも簡単に「壁」に穴が開き、「戦争」が引き起こされてしまう。

「戦争」は安倍晋三の「撃て!」というたった一つの言葉が引き起こされてしまうのです。あの男が「日本」が仮想敵国に脅かされたときに言わないはずがない。だからこそ「集団的自衛権」という「発動権」を認めさせたのではないのですか?「憲法9条」の持つ潜在力を大事に「堅持」しなければいけないのです。広島・長崎に原爆を落とし、多くの日本人の命を奪ったアメリカ軍ですが、「永久に戦争を放棄する」という人類にとってとても大事な「宝物」を残して行ってくれたんです。それを「占領軍の押し付け」とか「自主憲法ではない!」と否定する輩は、きっと「内心」では全く別の「権力志向的」なことを妄想しているからだと思いますね。

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時が43年も経過しているのに、自民党・公明党の発想は全く進化するどころか、高齢化による「硬直状態」になってしまっていて、何一つ「異論」を唱えない。あれだけの員数がいれば、必ず「異論」が出るはずなのに、もう「力関係」で沈黙を守り「保身」を最優先させている。ますますこんな時代は「些細なこと」を契機に戦争が勃発してしまうリスクを内包している。それが地殻の「プレート」が跳ね上がり大地震を引き起こす力学と同じく、「中国」「北朝鮮」「韓国」との摩擦が懸念される。中国人旅行者の好き放題を放置していたら、必ず国際的な問題が引き起こるに違いない。「地位協定」のある沖縄県とは全く異なった「ヘイトスピーチ的」反応が起こってしまう・・・・・「憲法」は守らないと!

  

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by taira710 | 2016-06-06 23:58 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

「存在感」は「劣等感」の裏返し・・・そんなことはない、充実感だ!

2016-06-03 「存在感がない」とは悩むことじゃないよ!!!

  「絵本専門の翻訳家」伏見操さんの本音の一言・・・・・???

     こんな面白い文章に出会ったことがない・・・笑いっぱなし!!!


 「あさが来た!」の波瑠さんの面白い演技に続き、今、放映されている「とと姉ちゃん」も時々観る事がある。NHKの「朝ドラ」は、「仕事」をしている時は全く観ることができないので、長年関心が無かったが、退職してから土曜日などにチラっと観る機会があって、その時の展開が面白いとついつい機会を探して積極的に観る様になる。丁度、土曜日の午前中にテニスを楽しんで、昼に和美さん特製の「きつねそば」を食べている時に「週1回」のペースで楽しんでいる。大昔のように「毎日」観なければおれないと言う程の執着はない。これも年を取った証拠なのかも知れないが・・・ただ、「とと姉ちゃん」にちょっと関心が強いのは、その原作が、私が若い頃に愛読していた「暮らしの手帖」を創刊した大橋鎮子とその姉妹の活躍をベースに作られているからだ。

 「暮らしの手帖」は一時「休刊」になっていたが、今、見事に「復刊」されていて、それなりの売り上げがあるらしい。でも、私が一番大好きだった「各メーカーの製品の性能比較」はコストと時間がかかりすぎて、メインの「課題」では無くなっている様だ。昭和30年代後半から40年代にかけて、一時は「定期購読」までしていた。別に家族の誰かが定期購読しているのを読んでいたわけではなく、私がお金を払って読んでいた。「朝日ジャーナル」や「思想の科学」という雑誌もよく購入していた。最近は図書館で過ごすことが多いが「勉強」に疲れて頭を切り替えたくなったときに、よく階下に下りて雑誌コーナーで新聞を読んだり「雑誌」をパラパラと読んだりする。

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 そんな折、「暮らしの手帖81」(4・5月号)を拡げていて、昔よく読んでいたコーナーなどをちらちら読んでいて、「この文章、面白いなあ!」と何回か繰り返し読んでしまった記事に出くわした。その記事の表題は「存在感がない」とある。出だしからインパクトの強い文章で始まっている。ちょっとここで、その文章の一部を引用してみたいと思う。この巧みな言葉の使い方、澱みの無い言葉の流れ・・・そして、読んでいて「笑いがこみ上げてくる」・・この感覚!

「私は極端に存在感がない。威厳もないし、気配もないので、いることに気づいてもらえないことが多い。行く手をふさいでいる人がどいてくれるまで、じっと後ろで待っていると(気が小さいので「すみません」の一言が言えない)、振り向いたその人に驚かれ、悲鳴をあげられることがよくある。気配が全くないので、さっきからずっと後ろで待っているのに、ちっとも気づいてもらえないのだ。レストランで注文しようと店員さんを呼んでも、すぐに来たためしがない。両手をあげて、大きく振ってもダメ。(中略)大人数の飲み会で、乾杯の時、私だけ飲み物が来ないこともよくある。来てないことに気づかれず、乾杯されてしまう。(中略)私は何にも持っていない手だけをあげて、乾杯する。裸の王様の軟弱バージョンみたい。これらすべての原因は、私に存在感がないことだ。(中略)機械ですら、私の気配を読み取らない。存在を感知して水を出す水道は、感知器のすぐ前で指を動かしても反応してくれないし、自動ドアが開かないこともある。・・・・・なんとも情けない限りだか、この気配のなさが役に立つことも、きっとあるのだろう。・・・略」(一部抜粋)

 他にもフランスでの「滞在許可証」申請時の話やランニングマシーン使用時の話など存在感が無いという「その事実」を証明するようなエピソードが続く。本当に笑ってしまう。私もその幾つかは経験したことがある。また、デジカメで人に撮影してもらう際に、私だけ「顔認識」をしてくれない事実に気づかされた時は、さすがにショックがあった。で、読みながら、この文章の筆者は「暮らしの手帖の編集部の女性スタッフの一人なんだろうなあ!」と思いながら読み終えようとしたら、文末に「私の仕事は児童書の翻訳」とあり、本名が「伏見操」と記してあった。その文章が余りにもリズミカルで面白かったので、「伏見操・翻訳家」という2つのキーワードで検索してみたら、これまた「楽しい文章」というか、インタビュー記事が掲載されていて、この「存在感がない」という文章とは程遠い、正反対のバリバリの「存在感」を示しながら仕事している彼女の実像が伝わってきて、その「落差」の面白さにまたまた「その女性の感性と発想力と行動力」に強烈な刺激を受けてしまった。

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 伏見操さんは1970年埼玉県生まれ。上智大学文学部仏文科卒の女性だ。「なんとなく絵本関係の仕事に就きたい」というモチベーションがあったが、この女性の就職活動がユニークだ。よく新しい「児童書」にも「スリップ」という販売数確認のための短冊形の紙が挟まれている。その短冊形の紙に印刷されている会社に手当たり次第に電話をして、絵本の輸入会社に就職する。6年間勤続し、そこで「洋書は売れているのに日本語版が出でいない絵本の多さ」に気づき、日本の各出版社の「傾向」を学んでいたので、会社を辞めて、自分で翻訳した本を持ち込んで「最初の一冊」の出版に漕ぎつけるんですが・・・・ここからが、彼女の「存在感」が世界的になっていく話・・・・感動してしまいますよ!

 彼女は「自分の好きな本」を作るときは徹底しているんですね。デザインから書体までこだわる。外国の絵本の装丁を、いかに生かしながら「日本的」にするか・・ストレスも絵本の中の主人公に語らせたり・・・「絵本への愛情の深さ」が尋常じゃないですよね。そして、「上智大学の仏文科」卒業の力量が発揮されてきます。彼女は外国の絵本の翻訳には「エクスクルーシブ(独占契約)」という手法が必要なことを学び、自分が翻訳してみたいフランスの絵本作家のリストを作り、フランスの出版社にフランス語での手紙を出し、翻訳してみたかった「フランス人作家」全員と直接会い「自分の思いをストレート」に伝え、そしてエクスクルーシブを獲得してしまうのです。

 こんな行動力のある女性が前述のような「存在感がない」という文章を書けるんですから、本当に笑ってしまいませんか・・・そして、別に「嘘」をつかれているという嫌な感じは全くしないし、あっけらかんとしていて、尚且つ「前向き」なのがまた素敵だ。彼女の翻訳作品は一度も読んだことはないが、きっとリズミカルでユーモラスでそして優しさに満ちている内容に違いないと想像できる。そして、やっぱり、伏見さんの「オリジナル」なストーリーの絵本が出版されることを期待したい。きっと「存在感がない女の子と男の子の交流」を描いたストーリーなんて面白いと思ってしまう。

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 私の卒業した大阪市のど真ん中にあった「愛日小学校」も「船場中学校」も統廃合で跡形もなく無くなってしまった。そして、同窓会が開かれた記憶もない。大学は中退してしまったので、未だに交流している友達は一人もいない。高校3年生の時の同窓生や看護学校、そして病院職員との交流は続いている。そして、今、「テニス」「アルトサックス」「植物観察会」など様々な関わりの中での「交流」が広がっている。でも、そんな中で私の「存在感」ってあるんだろうか?って、この文章に接してちょっと考えてしまった。

ここ2ヶ月ほど前から、また娘のTOMOKOが私と一緒に「テニス」に参加するようになった。ところが、先日「TOMO、お父さんってまあまあテニスうまいやろ!TOMOはお母さんに似てるから動きがドンくさいなあ!」と言うと「お父さんは確かにテニスは上手いけど、品がないのがあかんわ!」と一蹴されてしまった。ガク、こんな「存在感いらんわ!」・・・・・反省!反省!

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by taira710 | 2016-06-03 11:13 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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