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若者の言葉には「芸術的感動」がある・・・・未来を自らの手で!!

2017-02-27
  「お前が生きてることが芸術やと思ってる!」

  「髪剪處(かみきりどころ)」の不思議ちゃんとの出会いに始まり

    「水河亭」では笑い転げて・・・翌日は「青春」を強く感じた・・・!


 自宅のマンションの「改装工事」が着々と進行しているが、私の髪の毛は数年前から禿げかかってきている、しかし、最近、何か気のせいか「少しずつ伸びている」ように感じている。男性ホルモンが低下してきた証拠なのかなあ・・・?私が「散髪」に行きたくなるのはもみ上げが伸びてきてだんだんうっとおしくなると切りたくなってくる。自分で鋏で切ったことがあるが、左右さが出来てしまったり、和美さんに頼むと苦手なのかとても嫌な顔をするので、「もうええわ!」と言ってしまう。

 私はもう十数年2箇所の散髪屋を利用している。ひとつは阪急茨木駅の構内にあるQBハウスという店で65歳以上は特別なカードをくれて消費税無しのたった「1000円」でやってくれる。「駅」のスペースで開設しているので、かなり利用者は多い。もう一軒は岸辺の極楽湯の中にある「髪剪處」という店だ。店長が40代でと思しき男で、口の利き方が偉そうなのでムカつくが、スタッフの女性たちが仕事熱心なのでよく行っている。ただ「会員割引」があるが「1080円」かかるのだ。以前は時間待ちの時に極楽湯の2階にある漫画コーナーで好きな漫画を読みながら待つことができたので、大いに魅力的だったが、今は出入り禁止になっている。

 そして、2月24日の極楽湯の「髪剪處」に行った。店に入ると先客はおらず店長も不在だった。席に座り「9ミリカットでお願いします」と言ったら「ええっ、丸坊主にしはるんですか・・・もっとお似合いになる髪型があるんですが、ちょっとその髪型にされませんか?気に入らなければ直ぐに9ミリカットにしますから」との突然の申し入れ。このカットサロンに通うようになって、もう10数年になるが、スタッフはよく代わっている。きっと店長が厳しいのだと思う。そして、その日のスタッフは今までおられた女性スタッフとは異なっていて、その日が「初対面」だった。

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 別に私はこだわりはないし、専門職が「もっとよく似合う髪型」と言われたら興味があるし、そんな「冒険的トライ」には大いに興味がある。「それじゃお願いします!」こんな突然の申し出をされた経験なんて今までに無い。カットがスタートして、暫くして「もし気に入らなくても怒らないで下さいね!」「いやあ、そんな怒ったりしませんよ」「モヒカンですけど似合われると思いますよ」・・・そして15分ほどて゛カットは終了した。メガネをかけて鏡を覗き込むと、ちょっと今までに無い感覚だ!「おおっ!モヒカンぽくなってるやん!なかなか気に入りましたわ!」

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 女性スタッフ二人も「よく似合ってますよ、可愛い感じもするし!」と突っ込みようが無いほめ言葉が続く。

 担当したスタッフはYOSHIKAさん、40〜50代なのか、その辺りはよく分からないが「笑顔」が可愛らしいおばちゃんだ。こんな申し出はなかなか面白かったので、一緒に写真撮ってよ!」と呼びかけると最初は恥ずかしいなんて言ってたけど、私が大いに気に入ったようなことを言ったり「次回はまた別のヘアースタイルにして欲しいなあ」なんて冗談を言っていると、今度は写真に素直に応じてくれた。

 そして、土曜日はテニス三昧と「水河亭」での久しぶりの宴会だ。TANAKA夫妻・FUKUSAKI夫妻、TAKECHANも参加しての実に楽しい「新年会を兼ねた宴会」だ。KEIKOママの準備は凄い。「餃子」がメインなどと言っていたが、「ボテトサラダ」「ミネストローネ」「きずし」「味付け数の子」「そらまめの煮豆」「キムチ」さらに「豆腐料理」まで出てきたので「持ち帰り」にキープさせてもらった。鉄板で「餃子」を焼き始めたが、購入してきた「太い白ネギ」と「シイタケ」は実に美味しかった。アルコールはマーちゃんが持参してくれた「Belair Coubet」という赤ワインだ。TAKECHAN持参の石垣島の「梅酒・招福」もあるし、ビールも飲み放題だ・・・・もう満腹・・そして会話は楽しく、MCの「文ちゃん教祖」さんの進行は本当に腹を抱えて笑い転げてしまう。もう腹が痛くて「腹筋の練習」をしているようで辛くなってしまうほどだった。デザートは私が「あんこ」をオーダーしてバニラアイスクリームとのコラボだ。

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 満足な土曜日は終わり、翌日はアルトサックスのレッスンが久しぶりにあるし、O中学校で知り合った4人組の男子中学生が、今、どうしているのか知りたくて、YAMAZAKIを通じてスシローで食事をする約束をしていた。アルトサックスのレッスンでは今回からジャズアレンジをした「聖者の行進」に挑戦し始めることにした。ジャズアレンジした曲は「休符記号」も音のイメージをしなければならないし、「ミッ」「ファッ」「ソー」等と余韻とリズム感が必要だ。・・・そのリズム感を鍛える為に「メトロノーム」を使いましょうとMAKI先生は言う・・・・でも、「メトロノーム」の使い方なんて・・・この音楽に関する器械をどのように活用するか・・・生まれて初めて「体験」することができた・・なるほど・・今回はちょっと真面目に「この一曲」に取り組もう・・・!!!

 そして、午後6時に沢良宜の「スシロー」に向かう。YAMAZAKIと並んで待っていたのはSHIJIだ。中学時代に実に生意気な風貌だった。「おい、お前、道間違ったらあかんぞ!」と注意させてもらったことがある。その事をきっかけに悪ガキ4人とめちゃくちゃ仲良くなってしまった。そして、卒業式を前に「O中学・四銃士へ」という贈る言葉を手紙にして渡した。そして2年間会うことは無かった。ブログにも書いたがYAMAZAKIとドラマチックな再会を果たして、どうしても「四銃士」と揃って会いたいと思っていた。でも、メンバーの一人は島根県の男子のみの寮制「高校」に進学しているので今回は会えない。「スシロー」は超満員だった。モニターで予約した番号は「255番」・・

 でも、幾らでも「話す内容」はあったし、TERAが遅れていたので、階下の「31アイスクリーム」でキャラメル味などを味わいながら待っていた。かなり遅れてTERAはやって来たが、中学時代とは全く異なって、とても大人びて魅力を増していた。「255番」が呼び出された時はもう1時間10分も経過していた。空腹の若者たち3人、YAMAZAKIは高校生だが、SHIMJIは中卒で、今「タイル職人」として2年間頑張り続けている。ピアスをあちこちにして相変わらず独自の美学を持っているが、親父の仕事の後を継ぎ、3年後には「独立」したいと夢を語る。TERAこと「SHINYA」は家庭環境が良くないし、本人も釣竿持参の登校をしてくるような「問題児」だったが、今はコンビニで半年間働き続けてきていて、彼女もいると話す。「ニートはあかんで、やっぱり人間働かないと・・でも、朝辛いねんなあ!」・・・・・

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 4人で「49皿」の寿司と「蛸の唐揚げ」「大学芋」「茶碗蒸し」・・と「特製お茶」と「ガリ」をたらふく食べたり飲んだり・・そして、いろんな会話をした。若者たちは熱い。SHINYAは今の家庭環境から抜け出したいともがいている。とても繊細でいろんな人に気遣いができるいい奴だ。「自分なりの幸せ」を本能的に見つけられるような不思議な魅力を持っている。SHIMJIは中卒で親父の会社に入って「どうせ三日坊主や!」とかなり揶揄されたらしい。ところが、この男は「負けん気が強い」・・運動会の綱引きの時の勇姿を未だに思い出す。SHINJIは「俺の友達はほんまにひとりひとり個性があって、TERAなんかこいつが生きてること自体が芸術やと感じんねんなあ!」そんなSHINYAは「俺はめちゃくちゃ釣りが好きやねんけど、一度セーラー服姿で釣りしたいと思てんねん!」・・・素晴らしい個性の発揮やないか・・・!

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 仕上げは近くの「黒兵衛」で「塩とんこつラーメン」「餃子」を分け合って仕上げをした。帰りのことを考えて「茨木まで行こうや!」と言ってもSHINJIは絶対に譲らなかった。「いや、先生に遠いところまで来てもらうわけにはいけへんわ、今日は俺らの気持ちくんでや!」・・・・「O中学で会いたいと思う先生は日垣先生と吉岡先生くらいやは!」「いやあ、おれも今の17歳の男の若者がこんなおっさんに会いに来てくれるんかなあと思ってたけど!」「そりゃ、先生やからわざわざ自転車に乗ってここまで来たんやで!」「夏には健多も戻ってくるから、また会おうや!」・・・・・・嬉しいやんけ!!!

「覚書」YAMA830・SHINYA77・SHINJI513・KAME1221

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by taira710 | 2017-02-27 16:52 | 人と人との出会い! | Comments(0)

この10日間は人生の「リスタート」だ・・・改装工事で気分一新!

2017-02-27  いよいよ改装工事がスタートした!!あと、わずか!


  さすがに「専門職・職人」のスピーディーな技は凄い!!!

    「改装」することに踏ん切りが付かなかった「今までの自分」



 「看護助手」でスタートした私の「定職」生活は、とんでもなく安い給料だった。そして、子供も生まれ、翌年には「准看護学校」に行き始め、27歳にもなっていたが、それまで「才覚」に欠ける人生を生き続けていたので「家」を購入するなんてことは考えられもしなかった。「高看」の資格を取得し、中間管理職になった頃は仕事でのストレスが著しく、気分転換に始めていた「スロット」というギャンブルにのめり込んでいった。当然、自分で「起業」するなんてことは思いもしなかった。私にとって大きな転機になったのは、それまで34年間も勤続した病院を「退職」してからのように思う。それほど「視野」が狭く、狭量な人生を歩んでいたように思う。自分では視野を広く物事を考えることを座右の銘にしていたが、今、考えればかなり「井の中の蛙」だったように思う。

 そんな頃から「手に職のある職人」って良いなあと思い続けてきた。「看護師」は確かに技術職だか、患者さん相手のチームワークも要求されるし、「医師」の指示の元に行動しなければならないことも多く、完全に自立した「職人」とは言いがたい面がある。日本文化の中にはまさにその「職人技」を必要とする「工芸品」が多いが、確かに世にある「工芸品」のどれひとつとっても、ただ長年修行をすれば身に付くというものではなく、やはり「才覚・才能」が必要だと思う。でも「技術」ひとつで生きていける職人は羨ましいなあと思ってしまう。

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今、我が家に30代の若者たちが「改装工事」の為に日替わりでやってくる。「建築士」は国家試験だが、「大工」や「改装業者」には必要な免許はなく、年季と修練だと話す。しかし、左官業だったり塗装だったり壁紙の張替えはやはり「修練」を必要とするが、現場は細分化・専門化が進んでいて、オールマイティーにどんな作業でもできる職人は珍しいらしい。

 しかし、賃貸マンションの「改装」それも「住みながら」の改装はかなり珍しいらしいし、「改装作業」がこんな風に行われていくんだということの「リアル」がとても良く分かり、「職人」さんたちともいろんな交流ができて、とても楽しい時間を過ごしている。作業時間中はテレビを見たり録画番組を観たり「読書」したりして過ごしている。大型家具は職人さんが協力してくれるが、細々した家具類・生活用具などの移動は住人の主要な仕事になるの、なかなか大変だ!キッチン&リビングを改装する場合は和室に荷物を収納し、和室を改装する時は、その荷物をリビングに移動させなければならない。生活しながらの改装は、「どこに何を収納したか?」「どこに何があるか?」を理解しておかないと大変なことになるから、業者に任せるわけに行かないのだ。

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 2月20日➡今日の工事のメインはキッチンと和室の壁を破砕して、ひとつのフローリングで統一すること。壁を器具で破砕していくから凄い音です。事前に工事日程と「ご協力とご理解」の挨拶状をお隣さん、階下の住人さんに渡しに行きましたが、平日に自宅不在という保証はありません。騒音はとても気を使います。和室の畳除去と床材の撤去です。畳を除去すると「空間」ができます。防音効果が低下すると嫌なので特殊な「素材」をはめ込んでもらいました。

 2月21日➡フローリングするためにキッチンと和室の高さ調節と防音効果の為に基盤板が貼り付けられていきます。13年キャリアのYASUDAさんの仕事ぶりは実に丁寧です。壁紙が除去されていきます。改装工事には便利な器械が導入されています。レーザー光線でどこを切り落とすか瞬時に分かる器械がありました。釘打ちもコンプレッサーの力で機関銃のように打ち込んでいきます。

 2月22日➡除去された壁紙の跡に左官の手さばきで壁が塗られていきます。36歳のNISHIGUCHIさんは「布袋寅泰」の雰囲気がある元ヤンキーです。仕事は丁寧で人当たりがとても良いです。今度は天井です。背の高いNAKAJIMAさんも30代、なかなかのイケメンです。全国軟式野球のピッチャーでベスト4までいったそうです。

 2月23日➡トイレ・風呂担当の「あやた」さんがやってきました。ウォシュレットに変更するので「配線工事」に来られたんですが、ついでに「洗面」も新品にしてもらうことにしました。HONDAさんはもう40年以上のキャリアの持ち主です。NAKAJIMA君は様々な道具の入った「腰袋」を実に器用に扱っています。キッチンの床や玄関にセメントが張られていきます。新しい床材を貼り付けて、下のデザインが上に透けて見えないようにするためらしいです。

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 2月24日➡トイレの壁紙の除去と、新しい木目調のデザインがキッチンと和室両方に張られていき、見事なワンフロアーに変化していきます。玄関の脱靴場も一新されました。トイレ・洗面の水場の床・壁が一新されていきます。自分で選んだ「デザイン」がフィットしていく感じが満足感を増していきます。

 2月25日➡今日はNISHIGUCHIさん一人です。和室の壁紙除去と新品の壁紙貼りです。一人でやるのはなかなか大変な作業量です。今日は土曜日なので「テニス」に行きたいです。和美さんは「改装期間中はあなたが全責任を負って下さい!」と言ってました。西口さんに相談させてもらって私の携帯番号を教えてミラクルテニスに出かけました。12時半に帰宅して、「今日は2時過ぎにまたテニスに出かけます。家内が5時に来ますので!」と報告すると、「今日は2時ぐらいには作業が終わりますので!」と嬉しい返事。今日はラブテニスの後に「水河亭」での宴会があります。楽しみです。 

 2月27日➡「建具屋」さんのOSAKOさんがやってきました。襖3枚と天の襖2枚と網戸を2枚を持って帰ってくれました。明日には搬入できるようです。

       OSAKOさんは30年以上のベテランです。キッチンの入り口扉とトイレの扉が長年の使用できっちりと閉まらなくなってきています。扉の重量が凄いんです。暫く4隅を点検されていたかと思うと、電動工具で扉をはずしてしまい、カンナを掛けていたかと思うと「終わりました!」との報告、あっという間に2枚の扉がとても軽い感じで開閉がとても楽チンになりました。さすが本職は凄いです。

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明日にはキッチン備品の交換です。トイレのウォシュレット・洗面一式・風呂は暫くしてからだそうですが、1日の工程で終了する予定ですと話されていました。後、風呂の壁のクリーニングです。その全てが完了すると、今回の改装の全工程が終了します。・・・・

でも、待ち受けているのは、押入れ・玄関左のフローリング部屋に収納している様々な生活用品の「取捨選択・断捨離」作業です。ここまでくればある意味「終活」のような心境になってきています。立つ鳥後を濁さず・・・・今度こそ、シンプルかつ清潔な生活を心掛けたいと思っています。改装作業その後も含めて「成功裡」に終えることを願っています。


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by taira710 | 2017-02-27 13:40 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

TOMOの誕生日会は突然の大盛り上がり・・飲んで歩いて食べて喋って!

2017-02-19  天満・中崎町を飲みまくり食べまくりの旅

  天満・中崎町・南森町には「新しい店」が目白押し・・・・

    みんな「転職」して「起業」して夢を追っている!!!


 娘のTOMOKOさんの誕生日の日、私は快晴の中、阿武山にハイキングに出掛けていた。そして、その様子を写真に撮りながら「実況中継」宜しくLINEをしていた。ところが、LINEの様子が突然変わり「今から天満に向かいます」とのこと。様子を尋ねると弟のYOSHIIが卒業式明けののんびりできる日、「寿司」が無性に食べたくなって、誕生日であるTOMOKOさんを誘って二人で「寿司」つもりでいたらしい。つまり、私の実況中継の間に、YOSHIIから誘いのLINEが入り、天満に向かったらしい。私はハイキング中だったので、はなから「参加」はできないと思ったらしい。私は4時までには解散になるので、摂津富田付近でTOMOKOさんを誘って食事でもするつもりでいたので、LINEの内容を見て「俺も参加するから待っといてくれ!」と二人にメールを送ったのだ。

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 一度家に帰りたかったが、もう「寿司屋」の前で並んでいるらしい。今度は二人から交互に寿司屋からの「ライブ映像」のような写真が送られてくる。TOMOは大皿に乗せられた握りずしの前で涎を垂らし、YOSHIIは小鉢物(ナマコ酢・カキ酢)の前で今にも箸で食べたそうな写真・・・・私はまだやっと「大阪駅」・・・やっと天満に着いたがトイレに行きたくなって「パチンコ屋」のトイレに・・・・いざ「すし政」へ!春駒や奴寿司も有名だが、私が駆けつけた時は、どの店の前にも「長蛇の列」・・店員に「連れが中で食べてるんで!」と店内に先に入らせてもらう。「早いなあ!」早速「数の子」「剣先イカ」「ずわいがに」「かき」の握りをオーダー・・・・そして「うなぎ蒲焼」のアテが出てくる。「貝柱」「シマアジ」「ひらめ」「まぐろ」・・・・いや、鮮度抜群、味最高!3人で1万円を超えてしまったが・・・・・「二次会行くんか?」「勿論やろ!」・・・・

 天満から中崎町と散策しながら「旨そうな店」を探すのは実に楽しい。中崎町に古民家を改装したなかなか「昭和レトロ」を感じさせる雰囲気のいい店発見、2階に案内されると、ますます「古色蒼然」として雰囲気で、土壁が剥き出しになっていて、2階の窓を開けるとまるで「道後温泉」のようないい感じ!「ボテサラ」「レンコン」「鶏のささみの一夜干し」「ずり」「梅くらげ」「菜の花」・・・ビールに焼酎・・・味も器もとても良かったのに、ちょっと残念なことがあって、トーンダウン・・・・

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 30〜40分で店を出て・・・「次は餃子食べたないか?」・・・まあ、よう食べる家族ですわ・・・・YOSHIIがネットで調べてくれる。以前、天満駅の近くに「餃子専門店」がオープンしていたが、やはり「王将」があるとなかなか難しい。今は無くなってしまっていた。餃子専門店「餃子の向こう皮」という店があるらしい・・・細い道を入ったところにひっそりと店があり、「餃子専門店」と書かれた提灯が赤々と輝いている。先客が二人・・・「焼き餃子」「しそ餃子」「たまねぎ餃子」とバラエティーもある。生ビールと餃子を適当に注文すると「この味噌ダレで食べていただくとまた美味しいですよ」と小さなすり鉢に入った「味噌ダレ」が提供される。たまねぎ餃子は淡路島のたまねぎを使っているのか、実に風味があって美味しいが、1人前が450円もする。そして、「味噌ダレ」が実に旨い・・・・1年半前に起業したらしい36歳の青年・・・お客さんに来た人が彼女になってくれたらしい・・・名前がまた男前の兄ちゃんだ・・・

 餃子は小ぶりだから、丁度いい具合に腹に収まってくれる。そして、また「散策」が始まる。南森町方面もいろいろと新しい店ができているという情報を耳にする。会社が多くサラリーマンが多い地域は自然と新しい店が乗り込んでくる。「天神橋まぐろや」「大阪トンテキ」「串揚げ旬彩さかづき」「とろさば料理専門店SABAR」「ちょっと変わった焼き肉屋さん・USHINABE」「大衆肉食堂・沖縄ステーキ・ステーキ酒場さぎり」「黒龍天神樓」などなど・・・・・そして、今度は天神橋6丁目方面へ・・YOSHIIが「仕上げはおでんが良いなあ!」・・・と言ってたが、「おでん」の提灯は幾つかぶら下がっていたが、なかなか「この店入いろ!」という店がない・・・

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 「ああっ、この店良さそうやんか!ずっとおでんなんて店、シャレが効いてて面白そうやん!店も綺麗な感じやし!」・・・「ずっとおでん・夏はどうする」なんて屋号はオーナーの遊び心に魅力に感じる・・・カウンターに座るが足の短いものにはちょと辛いが、座り心地はなかなか良い。そして、私は生ビール、三人三様好きなものを注文・・しかし、メニューを見て驚くが「レパートリー」の広いこと、そして、組み合わせもまた食べてみたくなる・・・私は「九条ネギ」「芽キャベツ」「ジャガイモ」、YOSHIIとTOMOは「わかめ」「糸こん」「春菊とろろ」「大根」「ブロッコリー」「たまご」「豆腐」・・・いや、驚いた、おでんにここまで工夫をされているなんて・・・

 普通、おでんと言えば大きなステンレスの容器に仕切りがしてあって、いろんな具材が並べられている。ところが、一番の驚きはオーダーした「品物」がそれぞれ全く違った味で提供されてくる。・・・そして、「大皿」に盛られて出てこないことだ。一品ずつ丁寧にユニークな器に盛られて出てくる。こんな「おでん専門店」は珍しいし、新鮮な驚きがある。オーナーは「NAOZUKAさん」・・一緒に働いておられた魅力的な女性は奥さんと思いきや、さにあらず「奥さんのお友達」とのこと。去年の12月にオープンしたというほやほやの店だ。でも、店内はお客さんで賑やかで、明るさに溢れ、秀逸なインテリアは間違いなく「お客さん」を呼べる雰囲気と味と値段だ。

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 ご主人も「転職」しての「起業」だ・・・・とても雰囲気のある「人を集める」魅力に溢れている。てきぱき働く「YOSHIKOさん」もまた魅力だ。午後4時から飲み始めて、もう午後10時前だ・・・・いや、突然の「親子飲み会」楽しかったなあ!和美さんに連絡を入れた時、またまた「ハイキングの続きに飲み会なんて・・・もう!」とまたまた呆れ返っていた・・・私も自分ながら呆れ返っている。それにしても「グルメ」の時代、人間はこんなに「贅沢」を続けて良いのか・・・・「食糧難」の時代の到来は恐ろしい「奪い合い」の状況を作り出すから、何とか訪れないで欲しいと思う。

 明日から10日間「改装工事」が続く・・・・準備万端、スムースに進行して欲しいものだ。


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by taira710 | 2017-02-21 09:35 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

阿武山のハイキングコースは見晴らしが抜群・・・植生も豊かだ!!

2017-02-19  大阪平野が見渡せた!!!

  「阿武山」には古墳があり、自然がある・・・

    そして「京都大学地震観測所」には歴史が残されている!!!


 前日の土曜日は午前3時間、午後4時間の計7時間もテニスしていたのに、翌日の19日に「阿武山ハイキングに行ってくるわ!」と話すと、もうホトホト呆れた顔で「明日から改装工事が始まるのに、そんな無茶してていいの!」と怒り口調で和美さんは言っていた。ところが、さすがに疲れていたのか、前日午後9時過ぎには就寝したのに、目覚ましなしでも起きられると思っていたのに、目が覚めたらなんと「9時38分」を表示していた。「しまった!阿武山散策に行きたかったのに!」と玄関の扉を開けると、もう太陽は燦燦と降り注ぎ、まさに「ハイキング日和」・・・「よし、どうせJR摂津富田駅10時待ち合わせやから、バスの発車時間を考えたらギリギリ間に合うかも!」と一瞬に決心して出かけることにした。

 リュックにタオル・着替えのTシャツ・水筒・貼るカイロ程度を入れ込み、テニスシューズを履いて帽子を被り、大急ぎで出発。岸辺駅で「フライ弁当」と「白桃ジュース」「チョコレート菓子」「コロッケサンド」を購入し、摂津富田駅に到着したのは10時26分。バス停のおじさんに尋ねると「さっきの15分発のバスに20人ほど乗って行かはりましたわ!」とのこと。「よっしゃ、それやったらタクシーで追いかけたら間に合うわ!」とタクシーに乗車するが、「大阪薬科大学」の停留所に到着するまで路線が違うのか追いつかず、結局「京大地震観測所」の近くで降ろしてもらい「1780円」を払った・・・これは想定外・・・そして、私はハイキングコースと逆のコースを歩き始めた。

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 なんと10分ほど下ったあたりで、100メートルほど先の坂を「大阪植物観察会」のメンバーらしき人達が登っているのが遠目に見えたのだ。「良かった、あの集団は大阪植物観察会のメンバーに間違いない!」と後を追いかける。大阪薬科大学付近、つまり阿武山近辺は本当に驚くほどの「急坂」が住宅地の中にいっぱい。追いつくのもなかなか大変だったが・・・「こんにちは!やっと追いつくことができました!」顔見知りの人が何人かおられて、「日垣さんでしたかね!これ今日の資料です!」と渡してくれる。そして、私も舗装された急坂を登り続けるが、途中、何の「標識」「案内板」もない小さな坂道に突然先頭の「案内人」が入って行く。「ええっ!こんな道入ったら、とてもやないが追いつかれへんかったし、出会うことも無かったように思うなあ!偶然、遭遇できて良かったわ!」と改めて感じられた。

 大阪植物観察会のメンバーとのハイキングは本当に楽しい。「植物学のプロ」を何人も引き連れて散策しているようなものだ。阿武山の「植生」はなかなかのものだ。植物の種類が多く、また様々な木にその木の「ネームプレイト」が取り付けられていて、これは「クヌギです」「アベマキです」「クロバイです」等と即座に教えてもらえる。また「ユリノキは別名チューリップツリーとも言います。5月頃に蜜のいっぱい入ったチューリップそっくりな花を咲かせるんですよ!」「ゴンズイという木は赤い果実をつけてとても目立ちますが木材としては何の役にも立たないので、美味しくない魚のゴンズイに由来しているという説が有力です」などと実に楽しい解説が付いてくるのだ。

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 「阿武山古墳」には「古墳」らしき形跡は全く残されていないが、衣服や貴人の遺骨が昭和初期に発掘されたらしい。一説には「藤原鎌足」とも言われているらしい。今回のハイキングでとても「新鮮な知識」を得ることができました。それは「冬芽の日本三大美芽」という言葉です。「美芽」を「びが」と読むのですが、春に花開く多くの植物の中で、冬の間から春に向けてできる「新芽」の形が何とも愛らしくて美しいというのです。その三大美芽と言われる「サイフリボク」「コクサギ」「ネジキ」です。その中の「ネジキ」と「コクサギ」を教えてもらいましたが、ネジキは確かに赤みを帯びた新芽は艶があって美しかったです。

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 そして、いつしか「京大地震観測所」に辿り着きました。今回は特別に建物内を見学させてもらえたり、観測所のサポーターの方から「専門的な説明」を受けることができました。お一人の「HIWAさん」は78歳の観察会のメンバーでもあるのですが、ボランティアとして地震観測所の「ガイド」をされているとのことでした。「ウィーヘルト地震計」「ガリチン地震計」「佐々式大震計」「ブレス・ユーイング地震計」「満点地震計」など生まれて初めて目にするものばかりでした。

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私は幾つか質問させてもらいました。地震計には「倍率」が必要らしいとの説明でしたが、「大きな地震、小さな地震、横揺れの地震・縦揺れの地震といろいろ在りますが、私たち人間は体感でしか測定し得ないですが、地震計は倍率が高いものと低いものとの両方が必要だと理解していいのですか?」「おっしゃる通りです」「地震計はその地震計が設置してある場所の震度は測定できますが、震源地などは測定できないですよね?」「そうですね、震源地を推測するには最低3箇所の地震計の設置が必要です。地震計は日本中のかなり多くの場所に設置されています」

圧巻は「京大地震観測所」の頑丈な石段を登り、屋上テラスに出たときの、そのテラスからの景色の素晴らしさでした。本当に「大阪平野」の全貌を眺めることができ、さらに西には大阪湾、東には飯盛山・生駒山、そして南には「アベノハルカス」を見ることができたのです。それこそ、この場所を「カフェテラス」にして、白いテーブルと白い椅子を並べ、ホットコーヒーとチーズケーキでも出したら、本当に沢山の見学希望者が訪れること間違いなしだと思えるほど素晴らしい景色でした。室内で昼食も許可してもらえて、綺麗なトイレも使用できて、見学料は「無料」・・・実にありがたい事です。

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 そして、楽しい昼食時間も終わり、再び「自然」を巡るハイキングに再出発です。本当に今日は天気も良く風も少なく、最高ハイキング日和です。山道のあちこちに野生のイノシシがミミズ等の土中の虫を食べるために掘り返した跡がいっぱい見受けられました。そして、ひとつとても驚いた光景に出会いました。確か「ソヨゴ」といわれたと思うのですが、8メートル程の常緑高木なのですが、その枝が一本長く伸びていて、近くの地面にその枝先を落とし、その地面に根を張り、なんと驚くことなかれ・・・その地面から新しい「木」が伸びてきていたのです。観察会のメンバーもその「光景」にはとても驚いていました。

 実はこのハイキングでの状況を娘のTOMOKOさんに「実況中継」していました。今日はTOMOKOさんの誕生日です。年齢は女性ですから内緒にしておきましょう。ところが、実況中継のLINEのやり取りの後半から「メール」の内容が突然大きくカーブを切り始めたのです・・・・「今、天満に向かっています。ヨシと寿司を食べに行きます」との突然の内容・・・「ええっ、どうしたん?」「今日、誕生日やからヨシから寿司でも一緒に食べるかと誘われてん!」・・・・・・およそ4〜5Kmの行程を歩き終えて、午後2時40分には「奈佐原」バス停に到着し解散です。さて、その後、私は「どのような行動」を取ったでしょう?・・・・後編に続く・・・

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by taira710 | 2017-02-20 21:12 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

人生は「マンネリ」じゃツマラナイ・・生活に「変革」を作る工夫とは!!

2017-02-17  まさに「同棲生活」の再来!!!

   和美さんとの生活は「通い妻」からさらに発展・・・

  この年になって楽しくて仕方がない・・生活に「変革」は不可欠!!

  


 上村一夫の「同棲時代」という漫画が「漫画アクション」に1972年から73年にかけての掲載されていたのは私の20代後半の「フリーター」の時代だった。上村一夫の描く女性はなんとも美しい「色気」と妖艶さを漂わせていて、20代の私にとっては、まさに「憧れ」の世界だった。テレビドラマは「梶芽衣子」、映画は「由美かおる」が女性役として登場していたが、私の中のイメージとはかけ離れていた。上村一夫の描く女性は、最盛期の「山口百恵」のような言葉に表しがたい「妖しさ」が必要だった。

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 今、私は69歳7ヶ月、和美さんは76歳1ヶ月と「高齢者」の領域に入りつつあり、そして結婚暦は43年目になる。しかし、独特な「別居生活」を送り続けているので、まるで「通い婚」のような生活を続けてきた。そして、それは相互の「我が儘生活」を成立させるのに大いに役に立ってきた。しかし、去年の12月のある日に、和美さんが尻餅をついて「日常生活」に不自由を感じ始めた時に、目の前に「要介護生活」のリアリティーが広がった。その時、即座に「折りたたみベッド」をネット発注して、マンションに設置したら、今年になってから1週間に1回から2〜3回マンションに寝泊りするようになり、そして朝7時過ぎには一緒に「朝食」を食べるようになってきている。その生活はまるで上村一夫が描いていた「同棲時代」のようだ・・・・ってのは「嘘」で、あんなに生々しい同棲時代ではないが、お互いに年を取ったなりの、実に落ち着いた「同棲時代」のような生活が新しく始まっている。

 もう何年も前の日に和美さんが作った「家庭料理」の副食をおかずにして自分で朝食を準備して食べたり、適当に焼きそばや朝からラーメンを作って食べ続けていた。その生活に長年慣れてしまっているので、ここ数週間・・・・・・・和美さんと一緒に朝を迎えて「おはよう!」と挨拶をして、台所で野菜を刻む音を耳にしながら「トントントン・」とまな板の上の包丁の響きを心地よく感じながら「できたわよ!」と和美さんの呼びかけに答えて席に着くと、「味噌汁」の芳しい香りと出来立ての卵焼きだったり、かまぼこの切ったのだったり、鮭の焼いたのだったり、オムレツだったりする。お互いに「穏やかで」「平静」な生活を求めているだけなので、この年になって「小さな変革」を成し遂げたような気分に浸っている。

 お互いにこの年になって、これだけ「結婚生活」を続けてきて、こんなにいろんな話をすることは今までの人生で無かったように思うくらいだ。今までも「夕食の時間」などによく話をするほうだったが、最近はテレビのニュース番組やワイドショーを観ながら「トランプ政権の今後」「北朝鮮の脅威」「国や自治体が法案や誘致を進めているIR問題」「東京都議会・豊洲市場問題」など多岐にわたる。和美さんと私とは「総合的」に思想性は似ているように思うことが多いが「表現方法」が全く異なるので、ついつい議論が白熱してしまうことがある。・・・しかし、それもまた楽しみでもある。

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 今年になって「自宅の改装工事」か「転居」で悩んでいた。2月2日に娘のTOMOKOさんが時間が取れるというので、千里丘で待ち合わせをして、摂津区域内の「3LDK」のマンションを見学して回った。千里丘の2軒の「不動産会社」で相談して、合計で9件の物件を見て回ったが、現在の生活環境より優れていると感じられた物件は無かったし、今の住居よりも広く、機能性に優れていた物件は「共益費」をプラスすると13万円にもなる。そして、我が家と目の鼻の先に建てられた新しい「賃貸マンション」を見学しに行ったが、同じ「平方数」を工夫無く無駄に作っているなあと感じたし、最大の欠点はすぐ近くにある商店街の「パチンコ屋」の「客寄せBGM」のスピーカーがマンションの8階にも鳴り響いていて「静かな生活環境」とは無縁の立地条件だった。

 

人生のほとんどの時間を過ごし、そこに「愛する和美さん」がいても、もし騒音が煩かったり、隣人との関係が不穏だったり、「違法建築」がされていたりすると、「平穏」な生活を維持することができなくなる。「静か」で「余計な気遣い」を必要としない環境は本当に落ち着ける。2月2日に「物件」を見て回った時、それぞれのマンションの住人が「どんな人が引っ越してくるやろ?」と好奇な目で見たり、「値踏み」するような視線が気になった。「近所への挨拶」なんて年と共に煩わしくなってしまう。最近は「改装」に関して家主の奥さんといろいろ話をさせてもらっているが、「最近の入居者の方は本当に挨拶に来られないですね!」と呆れたように話されていたのが印象に残っているが、私のハイツの部屋の隣に引っ越してこられた夫婦は挨拶もされないし、ネームプレートも掲げておられないので、未だに「名前」も知らない。

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 娘も息子も、私たちが「高齢」になりつつあるので、それなりの「心配」をしてくれているようで、姉弟で話し合ったりしているそうだ。いろんな「サポート」をしてくれるので、本当に助かるが,いまさら「新しい環境」への適応努力をしたいとも思わないし、いろいろと「最新の物件」を見て回ったおかげで、今住んでいる住居が交通至便・静かさ・隣人問題・友人関係などでどれだけ「優秀」な住居地であるかも再認識することがてきた。

 今、専門業者の改装費用の見積もりも出てきたし、家主との話し合いも順調に進行していて、この2月20日から3月3日までの実質10日間で「改装作業」が完了する予定だ。今は「生活しながら」の「改装」なので、業者が作業しやすい状況を作ることと、自分たちの生活に支障のないように「家の中の荷物」を30箱近い「ダンボール箱(ライフで無料でもらえる)」に整理整頓し、清掃し、万全の状態で待機している。

 和室も「フローリング」に切り替え、「壁紙」も新しいデザインを選び、キッチンは新しいセットに切り替え、浴室はすべて新しいし、トイレは最新の「ウォシュレット」に切り替える心積もりをしている。ただ、気がかりは、アベノミクスのために「物価」は上昇傾向にあって、改装業者は今、引く手あまたの状態で大変忙しいらしい。世の中の「改装」がテレビの「ビフォーアフター」のように劇的かつ「満足度」の高い仕上がりになるのか、その保証はない。ただ、家主が間に入ってくれていて、かなり「やり手」の女性なので、成功裡に「改装完了」が終わることを期待している。

 

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by taira710 | 2017-02-17 14:06 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

半分「癌」と診断されたようなものだが・・・「和美埋蔵金」のありかを知りたい!!

2017-02-12 「終活」には早すぎるのか・・・?


  「ふだらくとかい=補陀落渡海」から「即身仏」まで


  
和美さんの知識はまるで「徳川埋蔵金」のようだ・・・・・!!!


 1月27日の「大腸ファイバー」検査では小さなポリープが見つかり「除去手術」をし、その部位に「アルゴン照射」を丹念にしてもらった。これで3回目のポリープ除去手術だ。今回はポリープが小さかったので「入院」の必要は無かったが、組織診ではすでに「がん細胞」が検出されているので、今後「癌化」していく可能性は否めない。大腸ファイバーの検査の直前に「血液検査」もしておいたが、その中で腫瘍マーカーである「CEA」と「CA19-9」が微妙に「基準値」を超えていたのが気になった。主治医のT先生の指示で胃カメラと「CT検査」を予約して受けることにした。2月6日に「胃カメラ」をしてもらった。検査の前に主治医に「モニターを見えるようにしておいてください」とお願いしていたが、モニターの位置は施術者のDrの「確認」しやすい位置に設置したままで、被験者には非常に見えにくい場所にモニター画面が置かれていた。
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 私は長年「医療・看護」に携わってきたし、母親が「胃がん」、父親が「脳室出血」だっので、DNAによるこの二つの疾患の発症の可能性は非常に高いに違いないと思っている。だから、「胃カメラ」検査も自分の目で確実に現状を「確認」したいと思っていたのに、済生会吹田病院は非常に「不親切」に感じてしまった。さらに咽頭・喉頭反射を抑制するために「口内麻酔」が塗布されたが、塗布してからマウスピースを銜え、20秒後には胃カメラが挿入され「咽頭・喉頭反射」が誘発され、とても苦しい思いをさせられてしまった。正しくは表面麻酔はもう少し長く浸透時間を確保する必要があると思われた。私は両手で「×印」を提示して胃カメラの挿入の中止を合図したのに強引に強行されてしまった。反射は収まったが、この「検査」のあり方は正しいとは思えなかった。とても信頼していたDrだったのでとても「残念」な気持ちにさせられた。

 「胃カメラ」の検査終了後「写真の確認させてもらえませんか?」とお願いしたら「次回の診察の時に説明させてもらいますが、特に異常は無かったです」・・・・でも、私は「最近、簡単にむせたりする事が多いので咽頭・喉頭・食道も丁寧に確認して置いてください」とお願いしたら「咽頭・喉頭は専門外やからね!」とあっさり言われてしまう。結局、すべては2月27日の「診察日」にしか説明してもらえない。腫瘍マーカーが「基準値を超えた」理由が明確になるのだろうか?

 「胃カメラ」検査の3日後には「腹部CT検査」「胸部レントゲン」検査をしてもらった。CT検査室の女性の対応は「検査」される側の不安に対して十分に「安心感」を与えようとする態度が見受けられ、アメリカ製のCTの検査器械に「息をして」「息を止める」という意味のイメージングイラストが可愛らしい図柄で表示されていて、その図柄に関してもとても楽しそうに「説明」をしてもらえた。

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 そんな「人間ドッグ」に入ったような「検査」の日々が続いた2週間だったが、やはり古希を迎えようとしている「年齢」では何らかの身体的変調が発現して「当然」の年齢になってきている。ここ数年、私の人生と共に生きていた「俳優」「タレント」などの有名人が様々な「癌」で亡くなったり「公表記者会見」をされたりして、その後は経過もよく職場復帰されている人たちも多い。・・・昔は「70歳」なんて「稀」と言われる年齢だったのに・・・今の平均年齢は男女共に80歳を越えてしまったいる。しかし、70歳にそろそろ「終活」も考えておいた方が良いと思っている。

 「終活」といえば「人間の死に方に関しての考察」と言い換えて良いのかも知れない。私も和美さんも珍しく「海への散骨」を希望している。墓石の下なんてとても居心地が悪い。さらに「死んでから」も地球の「対流」と共に生きていたいと思うし、人間のそもそもの「故郷」は墓石の下にあらず・・「自然の流れ」の中にあると思っている。人間の身体の60%は「水分」です。火葬場(焼き場)で重油で焼かれてしまえば、60%は蒸発して水蒸気となり「昇天」してしまいます。後、骨や筋肉や内臓は「灰」になり、のど仏など僅かな「骨」が残ります。・・これを骨壷に入れて墓の下に収納するのです。そんなに嬉しいことなのでしょうか?・・・
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 歴史的に振り返ると人間は様々な「死に方」を選んできたように思いますし、埋葬の様式も様々です。その中で「補陀落渡海(ふだらくとかい)」という生きながらにして南海の観音浄土を目指して行われた一種の「捨て身行」があります。平安時代から江戸時代にかけて20数回行われたという記録が残っています。まさに「即身仏」になる為に四方に鳥居が組まれた「帆船」に乗り、太平洋に繰り出したのです。ほとんど自発的に行われたようですが、「強制」された例もあるようです。
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 そんな「死に方」に関して考えていた時に和美さんがやってきました。部屋に入ってくるなり「ハイ!お父さん!チョコレート!」と渡してくれました。中を開けるとロッテのガーナチョコレートです。きっと200円もしないと思います。でも「気持ち!」が嬉しいです。「俺のために買ってくれたん?」「う〜ん、友達に貰ったの」「・・・・」

 和美さんが夕食の準備を始めながら「鼻歌」を歌っています。珍しくリズミカルな曲です。「和美、その曲どっかで聞いたことあるなあ?」「お父さんって茶色の小瓶って知ってる?」「いや、そんな曲名聞いたことないわ!」「お父さんの得意なスマホで聞いてみてよ!」・・・「ええっ、むむ!」「それじゃ、コロブチカは?」「藁の中の七面鳥なんて絶対に知ってるはずよ!」・・・スマホは本当に便利すぎる・・生きた百科事典・・リアルタイムでどんな曲でも聴ける。「茶色の小瓶」はグレンミラー楽団で聴いたことのある名曲だ。「コロブチカ」はロシア語で「行商人(コロベイニキ)」という長編詩に旋律がつけられて「民謡化」していったフォークダンスの名曲だ。「藁の中の七面鳥」も始めて耳にしたが、なんとあの有名な「オクラホマミキサー」だった。

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 高校生の時代の「フォークダンス」の思い出は強烈だった。好きな女性と踊りたい一心で踊っていても、その数人手前で曲が終わってしまった時の悔しさ。逆に女性の方から強く手を握られた時のあのドキドキ感・・・コロブチカもオクラホマミキサーも円形になって踊るので、女性と男性の輪の大きさが違うので、一クール踊ると自然と「相手」が変わっていく。そんな幾何学的原理も理解できずに、ただ思春期の葛藤の中で踊っていた。

 本当に和美さんは不思議な女性だ・・・一体どれだけの「知識」があるのだろう・・どれだけの「埋蔵量」があるか分からないが、この未知の世界を掘削していく価値は大いにある。まだまだ「補陀落渡海」の船に乗るには早すぎるだろう・・身近にこんなに面白い「宇宙」があると思うと、簡単に「死」に赴くわけにはいかない。2月27日にまたどんな衝撃的な説明があるか分からないが、「死と対峙」することは少しも怖くはない。まさか知らないと思って「補陀落渡海」について尋ねてみた・・・「昔、吉野から海に向かって船を出して、そのまま死に赴いたという話でしょう。そんな死に方、お父さんはできないやろね!」「・・・・・・・・」


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by taira710 | 2017-02-12 15:51 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

人類にとっての「理想郷」は人間にとっての「好適環境水」の発見にあり!

2017-02-10  人間は何故そんなに欲が深いのか??


  「好適環境水」の環境では魚の成長は著しい


     人間はどんどん「環境」を悪化させている・・・アホな生き物やなあ!



 
ここ数年、「中国」を始め世界中で「魚類」の需要が急速に増えている。魚類の美味しさが「寿司」「和食」を通して認識され、中国は「漁獲量の確保」の為に、南シナ海の島々を埋め立てて、自国の領土と「領海」を拡大しようとしている。なんとも凄まじい中国為政者たちの考え方だ。国家間の摩擦が起こらないはずがない。今までの人類の歴史が書物となり、教育制度も普及して「政治と正義のバランス」の必要性が分かりそうなものだけれど、世界中の国にとんでもない「権力志向」の強い馬鹿が「最大権力」を我が物のように行使し始めている。

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 そして、漁獲高は最盛期に比べて2〜3割にも落ち込んでしまっている。特に中国の乱獲は著しいし、地球温暖化による影響で、日本近海に生息していた魚類はほとんどが生息地域を北に移動させているらしい。今「近大マグロ」という養殖マグロはブランドになっている。そして、日本中のあちこちで「新しい養殖業」が開拓されてきたが、「海」の養殖面積はそろそろ「限界」に来ているらしい。当然「養殖」となると設備投資が必要だが、現代の「異常気象」の世界でなくても「外洋」に養殖場を作ることは認可もされていないし、台風の時に間違いなく破壊されてしまう。そんな状況を打ち破るように研究し始めているのが岡山理科大学専門学校の取り組みだ。キャッチフレーズは「海から陸へ」・・・

 この「プロジェクト」が実に興味深いし「将来性」がある。岡山理科大学専門学校の山本俊正アクアリウム学科長らの取り組んでいる「研究」の中身だ。2005年から研究がスタートと2010年には養殖された「シマアジ」が初出荷されたらしい。凄いスピート゛で「企業化」されていく研究だ。この研究の特徴は何と言っても「好適環境水」という魚類の養殖環境の開発だ。「好適環境水」という言葉から私が連想するのは、山の源流から海に注ぐ「川」の河口と「海」との接点である河口で作られる環境というのは、山からの様々な「栄養源」に溢れ、川の「淡水」と海の「海水」が混ざり、その環境に川の生き物も海の生き物も「集合」するという要素だ。淡水と海水が自然に「調合」されていく環境が「海水魚」にも「淡水魚」にも好まれる「要素」を含んでいるという事実だ。釣りを愛好する人間にとっては「河口」は最高の「好釣場」であることは常識だったのだ。

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 「好適環境水」の微妙な「調合」は公にされていないが、そのメリットはとても大きい。まず、今までマグロ・ハマチ・ブリなどの「海水魚」は「海」で養殖、ニジマス・コイ・アユなどの「淡水魚」は「川」で養殖するのが、まさに「常識」だった。ところが、この「好適環境水」という環境は「海水魚」にとっても「淡水魚」にとっても「最適」の環境として感じられるところです。・・・ということは「好適環境水」さえあればどこでも、つまり「山奥」でも魚類の養殖ができるということなんですねえ・・・これはコペルニクス的発想転換です。「好適環境水」で養殖すれば「成長の速度」も数%高いと事実が証明していますし、「好適」である為に「抗生物質」や「消毒剤」を使用する必要が無いと言われています。

 今や「生命動物教育センター」から「岡山理大フグ」「理科大青ウナギ」「森のマグロ」がすでに商品化されているのです。日本は山がちの国です。山には「淡水」が溢れています。「水」さえ確保できれば、後は「好適環境水」の要素を調剤混合すれば良いだけのこと。しかし・・・・・近い将来に人類はなんと「100億人」に増加すると言われています。100億人分の日々の食料を生み出し続けなければならないなんて・・・これは間違いなく「食料戦争」が勃発するに違いありません。日本の歴史を振り返っても、稲の生産に必要な「水」をめぐっての争いは頻発していた歴史があります。

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 実は「好適環境水」のことを紹介するのが私の目的ではありません。今まで「ガイヤの夜明け」「素敵な宇宙船地球号」などの番組で紹介されたことがあるほどポヒュラーな情報です。私は人類にとって必要とされる「好適環境水」に相当する「平和環境」とは何かと考えているのです。こんなに「利害」を求めての争いの多い時代は本当に次世代を担う子供たちが求めている世界なのでしょうか・・・「悪辣な為政者や企業人間たち」が権力や利潤を求め続けているゆえに作り上げられた「不自然な世界」だと思うのです。

 人間は「宗教」「国境」「領地」「領海」「資源」「貿易」「経済」・・・あらゆるもので「争い」を引き起こします。人間にとって「競争意識」は必要です。しかし、際限のない欲求を持ち続けているのは、人間の中の「権力志向の強い輩」であったり「利潤追求が無限のスパイラルに入っている強欲企業人間」や「犯罪者・暴力団」などごく一部の「品格にかける人間」だけなのに、それが「世界のすべて」のように錯覚しているだけなのです。汗水たらして働いている人間は「ささやかな幸せ」に喜びを感じているのです。一般の市民は「足りるを知る」謙虚な生き物なのに、「ええかっこしい」の馬鹿政治家たちが他国を侵略したり軍備を拡大したり「独り占め」しようとして「争い事」を増やしていくのです。

 しかし、本当に「民主主義」が強くなれば、今のような「政治」を生業とするような政治屋に依存しなくても「安定した体制」は樹立できるように思います。私は「無政府主義」には反対ですが、良心的で見識のある人間がトップに立てば、必ず「善き社会」はできると思います。しかし、それはやはり「理想的」でリアリティーが伴っていないかもしれません。大前提として「理想主義」に走る前に、理想に近づく為の「裏づけ」が必要だと思うのです。その「裏づけ」が「人類にとっての好適環境水」の発見です。

 イギリスの産業革命以降、ますます「資本主義」が推進され、今やたった8人の世界の大富豪の「総資産」と地球上の32億人の「総資産」と同じだというデータが公表されました。一体何という「現実」でしょう。・・・今更、その状況を平均化することは難しいでしょう。しかし、「戦争」と「貧困」が無くなれば、とても幸せな世界が生まれると思いませんか。イスラム教徒とキリスト教徒が共存できる社会・・・それは今までの「アメリカ合衆国」であり「カナダ」であり「イギリス」であったのです。・・・イスラエル建国なんてことを突然「力任せ」で引き起こそうとするから「摩擦」が起こるんです。大国が「石油利権」を独占しようとするから「中東戦争」が引き起こされ続けてきたんです。

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 人間にとっての「好適環境水」とは端的に言って「衣食足って礼節を知る」ということではないでしょうか。しかし、単純なことなんですが「73億人の人類」が充足できる「衣食住」に満たされることなんていつのことになるのか・・・余りにも「利潤の偏在」が著しいすぎるのです。人間なんて可愛いもので、毎日「贅沢」しなくても生きていけるのです。ところが「一汁一菜」さえも得られず「難民」として「別天地」を求めて命からがら故郷を捨てようとまでする人たちが何十万人といるのが「世界の現状」なのです。なんで人類はこんな「イビツな世界」を作ることに何の抵抗も感じなくなってしまったのでしょうか・・・・一部の人間が一生かけても使い切れない資産を持ち続け、それを当たり前のように引き継いでいく・・・多くの人たちが「一滴の水」を確保することにさえも苦しんでいるのに・・・

 「America First!」と叫んでいる某国の大統領・・そして、そんな人間に迎合するように出かけていく「亡国の首相夫妻」・・資本主義がスタートして200年以上の歴史があるのに、「WINWIN」の貿易関係なんて「理論上成立しない」ことに何故気づかないのだろうと思う。明治維新以降の諸外国との貿易関係を俯瞰しても、どれだけ不均衡な貿易を強要され、日本の文化財がどれほど流出してしまったことか。「永久運動」が物理的に存在しないように、地球上のどの国も永遠に「富」を生み出していく世界なんて存在しない・・・ただ、ますます「格差社会」が拡大し、たった一人の「資産」とその他の人間の総資産と一緒なんてことは簡単に起こりそうに思う。「規制緩和」は最大のビジネスチャンスと言い切る人間が牛耳っている限り、本当の「平和」は到来しない。

 でも、世界各国で「好適環境水」が少しずつ作られつつあるのも事実だ。「理想的理念」を忘れずに生きて生きたいものだ!!! 

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by taira710 | 2017-02-10 11:19 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

イモトアヤコという女性は「平和」を愛するジャンヌダルクなのか?

2017-02-07  イモトアヤコって女性の生き方に敬意!!!

  彼女の止め処もないバイタリティーの源泉はどこなのか?

    本当に「呆れてしまう!」「お手上げ!」「参った!」彼女への最大の賛辞!!!

   しかし、一言言いたいことが・・・・


いもとあやこが登場した特番「世界の果てまでイッテQ ワールドツアー99カ国の奇跡」は22.5%という高視聴率だったから、きっとこのブログの読者も観賞されていた方がいたんじゃないかと想像しています。今までのブログでチラッ書いたことがあるが、以前から「イモトアヤコには勝てない!」と思っていた。私は男で我ながらとんでもない負けず嫌いだから簡単にこんな言葉を口にすることはまずない。でも、「イッテQ」という番組で彼女の世界各国で挑戦する様々な「体験」の内,そのほとんどはまず「彼女」にしかできないというとんでもない「挑戦内容」だったことが多い。

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イッテQには「宮川大輔」「手越祐也」「出川哲朗」なとのなかなかの芸達者が揃っているが、そんな彼らでも「イモト」に対して「俺にはでけへんことしよるなあ!」と内心感心しているに違いない。世界を観光旅行するだけなら「世界ふしぎ発見」のミステリーハンターに山ほどいる。しかし、歴代の122人に及ぶ彼女たちの誰一人として「イモト」には太刀打ちができないと思う。

勿論「番組制作上」ディレクターはじめ通訳・ガイドなど様々なサポーターが周りを固めている。しかし、彼女が挑戦し続け成し遂げてきたことは、先日亡くなられた世界七大大陸最高峰完全制覇された「田部井淳子」さんさえも超えているんじゃないかなあと思ってしまう。それほど凄いことをあの顔とおの体形でやってのけてしまうから・・・・本当に凄い。幾ら「凄い」と思っていても、今まで「イモトアヤコ」のウィキペディアに目を通したいと思ったことなどなかった。やっぱり「凄く」ても美人でなければ「関心」を示せない。でも、世界99カ国での彼女の挑戦を全貌を2時間特集で見せ付けられた時に「彼女の存在」は、人類が「第三次世界大戦」という悲劇を迎えたとしても、決して「人類」は生き延びるに違いないという「確信」を得られる姿を目の当たりに見ているように感じられたからだ。

彼女はある意味「人類の最先鋒」としての「象徴的な存在」とも言える。もし彼女がミステリーハンターのような「美女」の一人だったら・・・彼女は同じように「コモドドラゴンと対決したり」「ヘビにかぶりついたり」「幼虫を食べたり」「泥まみれ」になったりできるだろうか・・・・できる以前と挑戦することを「承諾」するだろうか・・・取り返しのつかない「傷」を負うリスクだってあるのだ・・・・それにしても「珍獣ハンター」というキャッチフレーズでスタートした辺りは、それは製作者の意図するところのものだから、「芸能界にデビュー」したいと思っていた鳥取県出身の21歳の女性「井本絢子」にとっては必死だったのだろう。文教大学情報学部を出てね「東京ホルモン娘」なんてコンビ名で2006年から頑張っていたらしい。そして、「イッテQ」のオーディションに合格する。そして、「珍獣ハンター」のレギュラーパーソナリティーて活躍し、一躍「有名人」になってしまう。

普通なら「それをやり遂げたら終わり・・次の楽な仕事」・・・とんでもない。そこから「ゲテモノ食い」イモトの一番苦手な生き物「ヘビ」への挑戦が続く。ヘビの形をした「グミ」に噛り付かせたり、もうディレクターの要望は際限なく続く。ところが、今度は「登山部」のスタートだ。まあ普通なら日本100名山を登り尽くそう・・というレベルだろう。ところがイモトアヤコの挑戦は「エベレスト」「マナスル」「マッターホルン」「モンブラン」「アイガー」「キリマンジャロ」「アコンカグア」「マッキンリー」・・など世界七大大陸の「最高峰」の頂上を目指す「挑戦」だ・・・・こんな「過酷」なことに誰が挑戦しようとするものだろうか・・?

彼女のあの無尽蔵とも思える「体力」はどこから生まれてくるのだろう。それは陸上部で培った俊足と記載されているが・・・・どの程度のレベルなのか?・・・2009年の「24時間テレビ」のチャリティーマラソンでは126.585Kmという最長距離を走りぬいている。彼女は身長158センチ、体重48キロという「体格」が公表されているが・・・・本番前のトレーニング合宿に耐え抜く「根性」が人並みではない。私も学生時代「硬式テニス」の夏合宿「ワンダーヴォーゲル部」の御所トレーニング、比良山系金糞峠の訓練合宿は「死ぬほど」辛かった記憶として残っているが、あの程度のトレーニングでは世界のどの大陸の「最高峰」も登れやしない・・・そんな甘いもんじゃねえ!

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彼女の活躍、「存在感」は世のデスィレクター・演出家などの興味・関心を引くのだと思う。今はMCの番組も存在しているし「女優」として「ドラマ」「舞台」でも活躍しているという。当然次は「映画」かも知れないが、彼女の登山の際の「ドキュメンタリー映像」ほど凄い感動作品はない様に思う。自分の「素」を出しながらも、状況を判断し、「映像作品」としてどのように仕上がるのかという「勘」もフルに働かせながら、果敢に何事にも挑戦し続けている。

でも、イモトアヤコの生き方を見ていて、気に懸かっていることがある。というのは、彼女のあの挑戦的な生き方を見ていると「挑戦的=好戦的」と感じることがある。ある国の女性と「格闘技」のような殴り合いをしていたが、相手の女性に好きなように殴られたことにとても屈辱的な表情で悔しがっていた。そして、対戦相手の女性が近づいてきてま「握手」を求めるとまたまた「どつき合い」になっていっていた。彼女には「やられっぱなし」ということは耐え難いことに違いない。その点は私と共通点がある。私も「負けず嫌い」だ。だから小中学校でいじめのような対応をされても、それ以上の「倍返し」をするので、相手は私をイジメようとはしなくなった。

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ところが、イモトアヤコの「好戦的」な側面と、私の「負けず嫌い」とはかなり距離があるように思っている。「コスタリカ」という中南米の国は「世界で最も幸せに暮らせる国ランキング」で一位に輝いているが、「常備軍を廃止した国」「自然エネルギー先進国」がイギリスの研究機関NEFに評価されたのだ。イモトは「軍隊が無いとなんで幸せ?」と発問し「戦争にならないからじゃないの?」「でもさ、こっちが戦争を仕掛けなくても、もし向こうから来たときに、軍がないとアチャーとなっちゃう・・」と納得がいかなかったらしい・・・・・・彼女の物の考え方を象徴的に表しているように思う。

・・・今、トランプは際限のない「軍拡競争」を繰り広げようとしている。安倍晋三・稲田照美も日本の自衛隊を「軍隊」に昇格させ、防衛費をうなぎのぼりに上げようとしている。日本は世界で唯一「原爆」を二発も投下された「被爆国」なのに、その「責任」を果たさず、何故「軍拡」に走ろうとするのか・・・「第三次世界大戦」は間違いなく「核兵器」が使用されるというのに、なにをチマチマと「局地戦」の兵器を装備しようとしているのか・・・日本が「核装備」を検討するような時代になったら、もう間違いなく「終末」が到来する。

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あれだけ「野生的」なイモトアヤコがやはり「軍隊を持つこと」が平和の礎になっていると考えているのは、あれだけ「自然」に肉薄するような生き方をしていても、ただ「有名になりたい」という芸能人志向が強く、ディレクターに言うままに「行動」してきて有名になり、「好戦的な性分」は変わらないし、「思想的」には余り「熟成」されていないように感じてしまった。私は決して性善説ではないが、政治が「性善説」に依拠することなく進められたら、間違いなく「敵」を作り、いずれ「戦争」に突っ走っていく。


 一人の「イモトアヤコ」という女性の生き方は、私は「何か」を象徴的に表しているように感じている。・・・・彼女は一生懸命に生きている・・今、31歳、彼女の歩みは素晴らしい・・・人々を魅了している・・・彼女は貴重な休みを返上して被災地のボランティアに出かけたことがあるらしい・・・その「思いやりの深さ」「優しさ」「機動力」「積極さ」「人を魅了する力」をいつか「本当の平和」を作るために貢献してもらいたいと思う。それにしても、「凄い女」がいるもんだ!!!
PS:全く関連のないような「画像」が添付されているが、イモトアヤコという「女性」が「なんらかの関心」を示している「事物」を列挙しているだけ・・・何も見えてこないが「巨大建造物」に異常な興味を持っているというのは面白い。どんな「心理的背景」があるのだろう?

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by taira710 | 2017-02-08 12:31 | 人生をいかに生きるか! | Comments(0)

サンドイッチは圧縮して食べると実に美味いのだ!・・・邪道???

2017-02-06 私は「パン」が大好きなのに・・・

 「パン」の語源に興味持ったことありませんか?

   英語で「bread」ですよね!・・・・俺流のサンドイッチの作り方!!


 1月に図書館で「福袋」を借りた。中には司書さんが選んでくれた3冊の本が薄茶色の紙に包まれていて中身は選ぶ時点では分からない。その中の一冊「こんがり、パン」という本は河出書房新社が発行している「おいしい文藝」シリーズの一冊でパンをテーマにした著名人のアンソロジーだ。
絵本作家さいとうしのぶの「ちょっと昭和な関西の味」はバッテラ・おばけ・紅しょうがのテンプラ・どて焼きなどの関西人が大好きな味の数々を歴史的考証を加えながら随筆的に分析している。そして、エッセイスト岸本葉子の「カフェ、はじめます」はちょっとした小説だ。

その中の「こんがり、パン」は41名の作家が登場する。以前に読んだ「ぷくぷく、お肉」も面白かったが、その他にも「ずるずる、ラーメン」「ぐつぐつ、お鍋」「ぱっちり、朝ごはん」などが同じスタイルで発行されているようだ。このシリーズは「食」に興味がある人は、例えば、今回は「パン」だったが、その「世界」がとても広がりをみせてくれ、こんなパンもあるんだ、パンひとつでこんな面白いエピソードがあるんだとか、笑ったり感心したり、不思議でユニークな体験ができる「読書」だ。

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私の記憶に残っている「パン」の原点は3〜4歳の幼少時に食べた「パン」にあったように記憶している。大阪の西区立売堀で「食料品店」を両親が開いていたことがあって、店頭に「菓子パン」などが並んでいたように思う。小学校に入学してからは「コッペパン」と「食パン」だ。コッペパンは紡錘形で底が平たいパンだが、小さい頃からコッペパンと呼んでいたが、何でコッペパンなのか、今の今まで知らなかった。

念の為に調べてみた。まあ、「語源」というのは後から調べるから諸説あって、なかなか「これだ」というものがない時が多いが、そのひとつに、フランス語の「切った」という意味の「coúpe(クーペ)」と「パン」という意味のポルトガル語の「páo」とを合体させた【和製英語】ということが分かった。表面に入れられていた「切れ目」から、初めて作ったパン屋さんがそのような「命名」にしたんだろう。ついでだが、紀元前3600年前の遺跡からパンらしきものが発掘されていて、ローマ時代にはパン屋があったらしい。「聖書」にパンという言葉が記載されているというのは本当だろうか?さらに日本にはフランシスコ・ザビエルが渡来した室町時代に伝来し「麦餅」「蒸餅」「麺包」「波牟」などと表記していたのが「パン」のことだと分かってる。

小学校時代・・・昭和28年から34年の時代だ、あの頃「コッペパン」は美味しくなかったなあ。「クジラ」のおかずなんて「臭くて」食べるのがとても苦痛だった。中学生になっても同じような状況だったが、少しは「菓子パン」が献立表に出ていたように思う。高校生になったら、お母さんに手作り弁当を作ってもらっていたが、弁当がない時は学校内の食堂で「うどん」や「カレー」の方が腹に溜まるのでパンを選ぶことは少なかったが、甘い物が食べたい時に菓子パンを購入していた。特に記憶に残っているのが、クロワッサンではなく、貝殻のような巻貝の形のパンの中にチュコレートクリームがたっぷり入っている菓子パンが大好きだった。私の人生で「パン」にはまったという時期はないが、決して嫌いではなく、かなり好きな方だと思っている。大学時代は京都に通っていたので、そして「ワンダーヴォーゲル部」で活動していたので「空腹」を満たすためには【炭水化物】と「肉類」の安い店や学食で食事することが多かった。

27歳で結婚して、正雀の駅前近くに「新しいパン屋さん」ができると、たまに寄っては店内で食べたり、持ち帰ったりした。また、茨木駅の構内にできたパン屋さんで買って帰ることもあった。しかし、正雀は「パン屋」さんが定着しない風土がある。今もパン屋さんが開業しているが、私の記憶では3軒目で、2回は商売にならず早々に撤退している。ケーキ屋さんもなかなか定着しない。「正雀」で人気の行列のできるパン屋さんになるには大変な努力が必要だと思う。まずはユニークなパン作りの才能も必要だし、デザイン性も重視される時代だ。インスタグラムに投稿して【綺麗!可愛い!美味しそう!】と思われる視覚的要素も必要なのだ。更に店のインテリアの質の高さ、更にメインとなる「お勧め品」の月替わりの開発・・・・いやはやパン屋さんもなかなか大変な商売の時代になった。昔は数種の菓子パンと食パンを並べていたら商売になった昭和30〜40年代とは大きな違いだ。

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 茨木市の中学校で働いていた時、阪神高速道路沿いにあった「パン工房・シャルドン」は立地条件から考えると難しい場所と思いがちだが、大変な人気だった。交通量が多い所で、駐車場が広かったのが流行っていた理由だろう。味も確かに美味しかったが、菓子パンにこの値段?と中学生には「出費」が痛い店だったと思う。

 私は【旅行】が大好きだが、日本全国を旅をして「パン屋」さんに立ち寄ったことが無いと思う。コンビニでパンを買ったくらいのことはあるが、この都道府県のこの有名なパン屋さんの「このパンを食べてみたい!」と思って旅をしたことは一度も無い。頭に思い描くのは【寿司】と【魚介類】【ブランド牛】くらいだと思う。それにしても、今の時代はスイーツにしろ「パン」にしろ、全国的に有名な店が目白押しだし、こんな辺鄙なところに店を開いてお客が買いに来てくれるの?と不思議に思う場所にも「有名店」がある。

 私はいろんな種類の菓子パンを食べたいとは余り思わない。「メロンパン」「クリームパン」もわざわざ買って食べたいとは思わない。一番「購入欲」が高まるのは「ジャムパン」と「アンパン」そして【サンドイッチ】だ。サンドイッチは本当に好きだ。一番好きなのが「トーストサンド」で焼いて食べたい具をサンドするスタイルが好きだ。コンビニやパン屋で売っている包装されたサンドイッチはそんなに好きではない。焼いていないパンは実は食べ始めに上顎(口蓋)にひっついて喉が詰まりそうになったりするのが嫌なのだ。間違いなくトーストした直後の温かいサンドイッチが一番美味しい。

 もうひとつのこだわりは、サンドイッチは掌を使って思いっきり力を加えて「圧縮」したくなることだ。圧縮すると中の具がはみ出して来たりするが、それはかぶりつく前に食べてしまえばいい。その後は具がはみ出すことなく、気持ちよく歯形を入れかぶりつき咀嚼することができる。最初はよく味が分からない。ところが、徐々に噛み砕くうちに具の様々なハーモニーが味わえるのだ。一時、山崎パンの「ランチパック」にめちゃくちゃはまったことがあった。特に「キャベツメンチカツ」が大好きで、袋に貼り付けてあるポイント点を集めるほど食べ続けていたことがある。あれは「具が飛び出さないサンドイッチ」を具現化したヒット作品だと思う。・・・でも、最近は自宅で「手作りサンドイッチ」を作ることが増えている。

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 和美さんが「ポテトサラダ」を作ってくれた翌日は「自家製サンドイッチ」を食べたくなるし、和美さんが20%引きの「食パン」を購入して来てくれた翌日はサンドイッチを作りたくなる。賞味期限が1日過ぎただけで2割引になるんだから、賞味期限の無かった時代を生きてきた和美さんは「たぬきの餌」に平気で2割引を当たり前のように買ってくる。私も定価と「2割引のパン」との差が分からないし、トースターで焼いたら数日前の硬くなったパンでもふっくらと美味しくなることを知っているので全く平気だ。

 それにしても、「インターネット時代」になって、全国いや世界中、どこでも「美味しいパン」を探し出せる時代になってしまった。「パン屋」が「商売」である以上、ネットに掲載しないパン屋さんはもはや皆無に違いない。この世には数限りないほどのバラエティーに富んだパンがある。私は「パン」が大好きだが、今まで通りの「我流」のパンの味わい方・楽しみ方を通し続けて生きたいと思っている。近々立ち寄ってみたいパン屋の情報に出会った。堺筋本町にある「Rベーカー」だ・・・・・・それにしても、今まで生きてきて一度たりとも自分で「パン」を作りたいと思ったことがない・・・・?
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by taira710 | 2017-02-06 14:12 | 人生にはさまざまのテーマがある! | Comments(0)

こんな劇的な再会ってあるんだ!!中学校の四銃士たちが懐かしい!!

2017-02-01 この世のワンダーランドの絶景!!

 「終末時計」は本当に秒読みを始めているのだろうか?

    こんな劇的な再会ってあるんだ・・・感動と悲哀の連鎖!!!


 月1回顔出しをして楽しんでいる「生駒ビル読書会」の主宰者「土居豊」さんの職業は作家であり文芸ソムリエだ。村上春樹という作家に関しての「評論」はハルキストにはよく知られているほど村上春樹の小説には特に精通されている。そんな土居さんに一番面白く感じられた作品は何ですか?とお尋ねした時に「勿論、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドですね!」と即答されたことがあって、村上春樹の作品の次の挑戦作はこの本に決めていた。そして、2月1日の昼過ぎから読み始めたが、なんと618ページもある大作だ。ところが、最初のページから不思議な世界に導かれてしまって、ここ1週間の間に現実に私の周りで起こったいろんなことが読みながら次々と思い出されて、私自身が自分のワンダーランドに迷い込んだような状態になってしまった。

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 一番驚いたのが、昨夜の夜9時半を回った時のことだ・・・・こんなドラマチックな出会いが現実に起こるなんて、本当に驚いてしまった。その出会いを解説する前に、少し流れを解説しておきたいと思う。その「奇遇さ」がより一層リアルになると自信を持って言えるからだ。1月31日、私は朝から「履歴書」を書いていた。今日が締め切りで摂津市の教育センターまで「エントリーシート」の提出に行った。最近は求人募集に対しては「エントリー」するという用語が使われているようだ。職種は「障害児教育の介助員」だ。校務員補助の仕事にもエントリーしたが不採用だったので、少し方向転換させてもらったが、やはり自治体の「非常勤職員」といえども69歳という年齢はかなりネックになっている。そして、「面接日」の決定用紙を貰い受けて帰宅した。そして、最近、歯の一部に鈍痛が感じられ始めていたし、もう数年「歯石除去」をしていないので、もう4年ぶりに歯科受診をした。虫歯は新しくできていなかったが、年齢相応の歯肉の退縮は進行していた。

 歯石除去をして少量出血と炎症防止の薬品の塗布がされて、なんと2940円もの治療費を請求されたが、歯石除去は本当に気持ちが良い。そして、歯科受診が終わって慌てて「茨木テニス」の会場まで電動自転車で飛ばしていった。テニスは常連メンバーだけだったが、実に楽しかった。というのは1月26日に1年ぶりの「大腸ファイバー」の検査を済生会吹田病院で受けて、小さなポリープができていて「除去手術」を受けた。勿論、当日は「絶食」で、その後の1週間の注意事項が書かれた用紙を渡されたが、3日間はお粥や消化の良い物だけで、アルコール・香辛料は厳禁とされていた。また自転車に乗っての外出、激しいスポーツ、ジョギング・重労働は1週間も禁止されていた。

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でも、翌日の生駒ビル読書会は村上春樹の「風の歌を聴け」が課題図書だったので、和美さんは反対していたが、のこのこと出かけて行ったが、新しいメンバーが4人も参加されていて、とてもユニークな読書会になった。1月28日土曜日のテニスはさすがにスルーさせてもらった。でも、一律のマニュアル用紙だが、もっと高齢で、数箇所のポリープの除去をした人などはこの程度の安静度であっても不思議はない。

 ところが、この「内視鏡検査」の直前に採血をしてもらい、その「検査結果用紙」をもらい、医師からも「精密検査が必要やね!」と言われた重大根拠があった。昨年まで一度も検査に異常値が出ていなかったのに、1月26日の採血では腫瘍マーカーで有名な「CEA癌胎児性抗原」と「CA19-9」が上限値を超えていたことだ。まあ、「腫瘍マーカー」はあくまで「指標のひとつ」なので、いろんな理由で「上昇」することがあるので、後は2月に予約している「胃カメラ」と「CT」検査で精査したいと思っています。

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 でも「安静」は苦手だし、取り越し苦労や「不安」を増幅させるのは私の主義ではない。ガンと診断されれば、最善の対策に委ねるだけの事。母親は「胃癌」だったし、親父は脳出血だったし、私には70代で発症するDNAがある可能性は高い。でも、それで萎縮しては「人生」はつまらなくなる。「テニス」はその点、本当に夢中になれるので、ストレス解消、健康維持に最適のスポーツだと思っている。そして、テニスを終えて南茨木・摂津市と「正雀」に向かって自転車を進めていた。そして、「摂津小学校」と「星翔高校」の暗い道を通り、電柱の明かりがついている所を左折した途端、正面から一人の男が乗った自転車がこちらに向かってきた。・・・・「あっ!」

 ほとんど真っ暗なのに、その電柱に一瞬照らし出された「男の顔」・・・私は急ブレーキをかけ停車すると、その青年も停車して、「顔を見合わせ」・・・「YAMAZAKIやないか!」「おう!先生やないか!ええっ、こんなところで再会できるなんてビックリや!亀が今年の正月に大阪に帰ってきて、先生のこと話してたんや!」私も本当に驚いてしまった。電柱の電球の明かりが無ければ、まず気づかない。それも、40〜50メートルある距離の内、明かりで照らし出されているのはわずか8メートルほど・・・反対方向から来た人間がお互いの顔を認識できるチャンスはほんの「一瞬」・・・

 実は私が介助員として働いていた茨木市のO中学校の生徒の内、3年生だったYAMAZAKI君の他、KAMEKAWA君、NAKAHARA君、TERAKAWA君とはめちゃくちゃ仲が良かった。慎哉は教科書も持参せずに登校し、マイペースで時間を過ごしていたが、そんな男が私だけに修学旅行の土産を買ってきて、他の先生方を驚かしていた。慎二は実に男ぶりが良かった。運動会の綱引きの時の一番最後尾で頑張っていた姿は、めちゃくちゃ男前に思えた。健多は可愛い奴で「お前の子供の頃の写真見せてくれや!」と頼んだら、ほんまに10枚ほど持ってきてくれたけど、それが予想以上に可愛く、こんな子供が中学生になるとこんなに生意気になるんやなあと特別な感慨があった。今回出会った亮汰は実にリーダーシップ旺盛な男で、応援団を見事に仕切っていた。そんな4人から「平!元気か!」「成人式迎えたら絶対に飲みに行こな!約束やで!」と言い合っていた。でも、彼らは「卒業」し、私は退職してしまった。

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 4人のことは常に頭の隅にあって、YAMAZAKIは「星翔高校」に進学したのは知っていたのでいつか会いに行きたいと思っていた。でも、間違いなく野球部に所属しているから、先輩たちの前で「後輩」としているYAMAZAKIは見たくなかったので3年生になるまで待っていた。今年の4月から3年になるYAMAZAKIとこんな「劇的」な再会ができるなんて!そして彼の電話番号を教えてもらい早速帰宅してSNSで連絡をした。

「先生、ほんまに久しぶりやったな!会えへん思ってたからめっちゃ嬉しいわ!最後の年やし、気合入れて頑張るわ!日本一熱いキャブテンになってみせるわ!2月飯行こうぜ!また連絡してください。これからも先生よろしく!」・・・・・嬉しいなあ、中学校卒業して、もう2年も経過してるのに、私のSNSに対してこんな嬉しいメール返信してきてくれるなんて・・・2月中に彼と彼の野球部の仲間をご馳走してやりたいと思っている。最近の高校生との交流、これもまたオモロイで!!!彼らには「未来」がある。でも、核の廃絶を無視し、環境汚染問題を蔑ろにする暴挙に出ているアメリカ大統領のサインは確実に「終末時計」を残り2分半にしてしまった・・・・・

 


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by taira710 | 2017-02-02 11:49 | 人と人との出会い! | Comments(0)
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人生は旅、仕事も遊びも旅さえも旅気分で楽しもう!!


by PEACENIK平ちゃん
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